世界の不具合(二人の勇者)
困ってしまった。
王都の大通りの噴水近くのベンチに座って、ぼんやりと青空を眺める。
噴水を中心にして、たくさんの馬車や通行人が行きかっている。しかし俺は宝石箱の中に意図せず入れられた石ころのように、なじめないでいた。
そもそも今まで、アリスやピョイ教授の手を貸してもらって、過ごしてきたから実際に少し時間が空いたらこれをやろうというのが思いつかない。
元の世界だったら、スマホとかを弄ればすれで暇が潰せたが、この世界ではそんな便利アイテムはないし、そもそも何があるのかもあまり分かっていないのだ。
だからベンチに座って、ぼんやりと青い空を眺めているのが、俺の思いついた暇つぶしである。
カチャとポケットの金貨が鳴った。
この金貨はアリスと別れる前にもらったものだ。
あの後、アリスは城へと入っていった。
しかし俺は城に入ることは認められなかった。
今は『大侵攻』の非常事態の最中で、安易に城内に入れられないと説明された。
アカガと貴族のリダは、アリスの証言の下で、城の牢へ直行した。アリスは反省しているから、アカガの待遇をよくするようにと言い含めていた。
アリスが宰相に話をしている間、見張りの付いた馬車の中で待つか、王都を観光するか二つに一つだった。
それで選んだのが、観光だった。
しかしよく考えたら、誰も知り合いの居ない前知識のない場所に観光だと放り出されても、どこに行けばいいのか分からない。
そもそも迷子になったらどうしようかと、考えてしまう。
城は王都のどこかからでも見えるから、迷子になりようもないのだが、最近はあまり前向きな思考ができないでいる。
このまま温かい日差しの下で、だらだらと過ごすのもいいかもしれない。
段々と眠くなってきたし、いっそここで寝てしまおうか。
そう思っていたら、腰のあたりをさわさわと何か虫が這うような感触があった。
虫を払う事も億劫でそのままにする。
今は眠気に身を任せよう。
「おいっ!」
「はい!」
唐突に怒鳴り声が聞こえた。
裏返った変な声で返事を返してしまった。
目を開けると、手を掴まれた貧相な男性と動きやすそうな防具を身に着けた男性がもみ合っていた。
「ま、まだ何もとってや、いません……。どうか、ご勘弁を……」
もがきながら、貧相な男性は哀れな声で許しを求めている。
「確かに取っていないようだな。だが、顔は覚えたぞ。次にお前が盗みをしていたら、問答無用だ」
「はい。はい」
貧相な男性は、ぺこぺこと頭を下げ、解放された腕を撫でながら人ごみの中に紛れて行った。
「まったく、あの手の人間は本当に絶えないな。それで大丈夫か。王都と言えど、こんな所で無防備に寝ているなんて、命知らずも甚だしいぞ。今回は、無事だったが次は身ぐるみはがされても文句は言えないぞ」
説教されてしまう。
盗みをされそうになっていたらしい。
確かに、こんな所で寝るのは自殺行為だった。
「すみません。ありがとうございます」
お礼を言って、恥ずかしいので立ち去ろうと思い、立ち上がる。
「どういたしまし……。って、あれ?」
助けてくれた男性が、変な声を出した。
「もしかして、始まりの町で家がないって言っていた人なんじゃないかい?」
男性の言葉を聞いて、始まりの町での記憶がよみがえる。
俺はこの世界に初めて降り立った時に、家がなくて困っていた。その時に、借りている旅館の一室を貸してくれた人がいた。
その人が、まさに目の前にいる。
お礼も言えずに、始まりの町からいなくなってしまった。
「こんな短い間に、王都までたどり着くなんて、やっぱり君は勇者だったんだな!」
がしっと俺を抱きしめる、レベル差もあり加減もないため、まるで重機のように俺を締め上げる。肋骨がギリギリと変な音を立てていた。
「くっ、苦しい……」
「すまんすまん」
俺がレベル1だと露とも思っていないので、笑いながら解放してくれた。
割とジョークではなく、本気で死にかけた。やはりこういうレベル1と知らない人間からの軽い接触が一番危ないかもしれない。
*
「なるほど。君も大変な思いをしてきたんだな。まさか、魔王の幹部をアリス姫と一緒に倒してきたなんて……」
お世話になっているので、周囲に広めないように約束してもらってから、これまでの冒険をほとんど脚色をせずに話した。
脚色をしなくても、充分に濃くて、二杯もコーヒーをお代わりしてしまった。
あれから再会のお祝いを兼ねて、近くの喫茶店に入った。
そこであの時言えなかったお礼とあれから起きた出来事を話した。
この人がいなければ、俺は家がなくて生きていくことさえできなかったかもしれない。命の恩人だ。
これまでも死にかける状況になった事はあったが、一番どうにもならなかったのはあの時だったかもしれない。アリスに引っ張られて旅をしていたが、この時ばかりはまったく助けてもらえるあてもなかった。
だからこの人になら、全てを話してしまっても構わないだろうと思った。
アリスの事も言ってしまったが、まあ、問題はないだろう。
「それにしても、不思議なものだな。君とアリス姫が一緒に旅をしていたというのは……」
俺の話をすべて聞き終えて、彼はそんな感想を言った。
「どういう事ですか?」
俺とアリスが、旅をしたというのがそんなに不思議なものだろうか。
確かに俺は一般人でアリスは王族。
身分差はあるが、アリス自身が王族感がなくて、むしろ王族という身分の方があっていないように感じてしまう。
一時は下水道に潜って調査していたので、会う度にひどい匂いを漂わせていた。そんな風に身体を張れる王族というのが、想像もできない、アリスが当の王族であるけれども。
「いや、君の話を聞いていたが、私の予想では、君は勇者だ……、おそらく」
「俺が勇者?何かの間違いだと思いますよ」
勇者というのは、ゲームとかで聞く物語の主人公だ。
魔物と戦って強くなり、仲間を集め、最後には魔王やラスボスを倒すような存在である。
いや、勇者という言葉は直近で聞いたことがある。
アリスと宰相の会話に出てきた言葉だ。
確かその時には、アリスは勇者ではないと言っていた。
「君はこの世界の戦況について、聞いたことがあるかい?」
「え?はい。今、『大侵攻』が起きて、前線が崩壊したと……」
「ああ。もう聞いているのか。流石だな。それも重大だが、最も重大な問題がある」
「重大な問題?」
『大侵攻』が起きて、城の宰相がアリスを戦線に戻そうとしているのに、更に重い問題があるのだろうか?
アリスが戦線に戻って、また問題行動をしてしまう事だろうか?
それとも魔王の幹部が、バリアを超えて人間界に来ている事だろうか?
「えっと、アリスが、『大侵攻』で戦おうとしている事ですか?」
思いついたことを伝えてみると、笑われた。
「いやいや、アリス姫が戦線に戻ってくれるのはありがたい事だよ。むしろ、アリス姫が戻らないと、『大侵攻』で文明が終わる」
「文明が……」
「そうではない。人間軍と魔王軍の戦いは、拮抗しているように見えて危うかった。『大侵攻』を押し返せなかったのも、それが理由だ」
「本来なら、押し返せたんですか、『大侵攻』を」
「百年前も、押し返せた。今回はどうなるか分からない。例えアリス姫がいようと、押し返せるか。分からない」
「そんなに『大侵攻』は恐ろしいものなんですね」
甘く見ていたかもしれない。
あれだけ強いアリスがいるから大丈夫だろうと思っていたが、『大侵攻』が成功してしまう事もあるのだ。
「ああ。この世界の重大な問題。それは……」
「それは……」
まるでクイズ番組のように、答えを引き延ばされる。
ごくりと唾を飲みこんで、その答えを待つ。
アリスがいる事でも、魔王の幹部が人間界に入り込んでいる事でもない。
だとしたら、何が問題なのか。
「この世界に、勇者がいないことだ」
「勇者がいない?」
出された答えが、ぴんと来なかった。
「勇者がいないなら、アリスを勇者にしてしまえばいいのではないですか。お前が勇者だ、みたいな感じで。アリスなら、喜んで勇者になると思いますけど」
適当に言ってみたが、本当にアリスなら喜んで、勇者という称号を掲げて、敵の中に飛び込んでいきそうに思えた。
それで倒しまくって、逆に恐れられそうだ。
「いや、勇者というのは、そんなものではないのだ。勇者というのは、スキルだよ」
「スキルというと、レベルアップすると手に入るという……?」
「そう。そのスキルだ。勇者のスキルを持つ者が、この世界にはいないのだ。だから最前線で戦っている者たちが、苦戦を強いられている」
「勇者のスキルはそんなにも強いものなのですか?」
「ああ、そのスキルを持っているだけで、全てのステータスが大きく上昇し、とんでもない威力の魔法を使って、魔王軍の幹部と渡り合える。人間が今まで滅びなかったのは、勇者がいたからだ」
「でも、そのスキルを持っている人間が今、いない……」
「そうだ。アリス姫は勇者として期待されたが、結局、勇者のスキルは発現しなかった。アリス姫は前線から軍法に背いて戦線から退いたが、俺の考えではあの強引な突撃は、レベルアップをもくろんだんじゃないかと思っている。18の誕生日前に敵陣に突撃して、レベルアップして勇者のスキルを手に入れようとしたんだ」
「18の誕生日……?」
「ああ、勇者のスキルはこれまで18までに、この世界の誰かが発現させている。だから勇者は18までの男女の誰かから出てくると言われている。アリス姫は最後の望みをかけて、レベルアップをしたんだ」
アリスのあの戦闘狂みたいな過去にそんな理由があったなんて、少し反省しなければいけないかもしれない。
「でもどうして、アリスなんです?確かに強いけど、他にもたくさん軍人はいるのでしょう」
「18までに勇者のスキルが手に入るという定説と同じように、もう一つ勇者を発現する人間の特徴があるんだ。レベルアップが異様に早いという特徴だ。君も一緒にいたなら、見ているんじゃないか。彼女のレベルは、歴史的に見ても異常な数値を記録している」
「はい。確か、六千とか……」
魔王軍の幹部と比べても異様に高いレベルをしていた。
「もう、六千か。俺が最後に聞いたのは五千だったから、またそんなに上がっているのか。異世界から来た君に言っても行っても分からないかもしれないが、この数値は私たちの目から見てもかなり高い。レベルだけで、ステータスが魔王軍の幹部と並ぶほどだ。信じられないレベルだよ」
「そ、そうだったんですか。俺もちょっと異常だなと思いましたけど、まだ全然人とあってなくて……」
「前線の軍人でも、一番上でも二千程度。大体が千前後だ」
「そんなものですか」
「ああ、そんなものだ。アリス姫は十分に勇者の素質を備えていたにも関わらず、勇者になれなかった。世界中から期待されていながらも、勇者になれなかった。そして勇者になろうと最前線で戦い続け、いつしかレベルが異常なレベルになってしまった。まあ、そのおかげもあって、魔王の幹部を倒すという勇者並みの手柄を最後に残せたんだが、アリス姫は戦線から身を引いてしまわれた」
身を引いたというか、始まりの町に飛ばされた。
「アリスのレベルがあんなにも高かったのは、そんな理由があったんですね」
「私の想像でしかないけどね。でも精度は高いと思っている。あれほどのレベルに到達するのは、勇者の素質をもってしても難しい。望んで死地に飛び込んで言った末のレベルだろう」
「それって、ただの戦闘狂だったりとかは……」
「いや、そんな人間なら、もっと早くに死んでいるさ。アリス姫は賢く、強かな軍人だ。勇者というスキルを求め、そして失敗した。アリス姫は18を過ぎてしまわれた。彼女は勇者ではない」
アリスは勇者として期待され、自分も努力したが、勇者にはなれなかった。
「でもアリスはまだ諦めていない」
「どういう事だ?」
一緒に旅をしていた自分なら分かる。
「アリスは未だに勇者になろうと、戦い続けています。魔王の幹部と戦って、魔王の所まで行こうとしていました。だからまだアリスは諦めていないんです」
何故、あんなにも簡単に魔王の幹部と戦い続けるのかと思っていた。レベルが高いと言えど、魔王の幹部の恐ろしさを一番知っているのは本人だろう。俺という足手まといがいる中でも、俺を守りながら魔王の幹部と戦ってきた。
きっとそれはまだアリスが己を勇者であると信じ続けているからだろう。
だから勇者として、魔王の幹部と先陣を切って戦い続けていた。
「そうか。まだアリス姫は諦めていないのか。私達はとっくにアリス姫を見放してしまったというのに……。他の勇者に期待してしまった」
コップを大きく仰いで、たたき割りそうなほどの強さで机にドンと置いた。
ぐいと袖で口元を拭う。
「いや、恥ずかしい事を言った!すまない」
俺に向かって、深く謝罪をした。
「え?その、いや、自分は謝られることをされていませんし」
「いいや、俺は君にアリス姫と同じような事をしようとした。謝らせてくれ」
そう言って、もう一度俺に頭を下げる。
「自分はそもそも勇者じゃないですし、謝られることではないです。勇者になるのは、アリスのような強い人だと思います」
「そんな事はない。おそらく、君にも勇者の素質はある。君もまた勇者になれるはずだ」
「俺は大した人間じゃないです。気のせいです」
俺を買ってくれるのは嬉しいが、そんな凄い事ができるような人間ではないのだ。
「俺はアリスが勇者になれると思います」
「そうか。そう思うのは、君の自由だ。話し込んでしまったな、私はこれから用事があるから戻るよ」
そう言って、自然に領収書を持って立ち上がる。
「ありがとうございました。色々と勉強になりました」
「たいしたことではないよ。これからも君とアリスの活躍を祈っているよ」
会計を終えて、外へ出て行ってしまった。
目の前の冷めたコーヒーを一口飲む。
ほっと一息つく。
後は、アリスの迎えが来るのを待つだけだ。
その時、外でざわざわと何やら騒ぎが起きているのに気付いた。
同じカフェにいる人たちも窓から外を覗きこんで、野次馬を始めている。
そしてバンとカフェの扉が、勢いよく開けられる。
「新川修平という人間はいるかしら!」
俺の名前を無遠慮に言い放った。
視線を向けると、黒いふわふわとウェーブのかかった髪をした黒いドレスの女性がふんぞり返りながら立っている。
いかにも王族っぽい立ち姿から、アリスからの迎えが来たのだと思って、「俺です」と手を上げた。
「あなたが……」
まるで猫のように鋭い眼光で、俺を品定めするように見てくる。猫がネズミをみつけ、距離を測られている感じだ。
すると彼女の後ろから、男が二人ほど現れて、ずかずかとまっすぐ俺の方に向かってくる。
危機感を抱く前に、慣れたように椅子に座った俺の近くに立つ。
やっと様子がおかしい事に気付いたが、既に俺ができることはなくなっていた。
「連れてきなさい」
黒い女性の一言で、俺は二人の男に抱え上げられてしまう。
そして外に止められた豪奢な馬車に放り込まれた。
男二人が、俺の後に乗ると同時に、馬車は走り始める。
流れ作業のように、俺は拉致された。




