王都へ(アリスの帰還)
「ここが、王都か……」
目の前の賑やかな大通りを見て、感嘆の声が出てしまう。
王都というだけあって、とても大きな都だ。
今馬車で通っている大通りを取っても見ても、今まで見た町の中で最も広く、歩いている人も今までの数倍だった。
何台もの馬車が、すれ違えるほどの巨大な通りに、多くの店が並んでいる。キャッチが表に出て、店の宣伝をしていた。
通りを歩いている人も格好も様々で、鎧を着ているものから簡単なTシャツのようなものを着ている人まで幅広い。
「そうよ。懐かしいわ。そうでしょう、リダさん」
「ふん」
アリスが馬車の中でふてくされた顔をしている魔法都市の騒ぎの元凶であるフリョ・リダの父親に話しかけた。
「オレは一度も来たことはないわ。こんなデカいとこなんやね」
そして俺の隣に座るアカガが、窓の外を俺と同じように乗り出すように見ながら言う。
「ま、これがオレと貴族様の最期の景色になるかもしれへんから、楽しませてもらうわ」
アカガもリダも、馬車につなげられた手枷足枷をはめられている。
この世界では魔法とかも使えるので、この枷に魔法の発動を阻害する何かが組み込まれているらしい。
だから魔法を使って暴れられることもなく、レベル1の俺が同乗していても安全という事だ。
「それは……。でも、正直にすべてを話せば減刑はされるんだろう」
アカガが黒幕の一人だったとしても、俺の友人だったのは変わらない。だから処罰を受けないようにしてあげたい。
「私の父は頑固であっても、愚者ではないわ。正直に話せば、減刑をしてくれるはずよ。しかも今回は魔王の幹部がいた。一般人であるあなたが、魔王の幹部に逆らえなかったというのは理由として十分よ。一般人ではない場合は、別ですけどね」
アリスが隣で黙り込んでいる貴族へチクリと言った。
しかし返事はせず、観念したように目を閉じている。
「このまま城へ向かいましょう。私についてきてくれたあなたへの褒美も期待してね。私がうんとうまく言っておいてあげるから」
「褒美か……。実感が湧かないな。というか、あんな事があったから、今は嬉しいって思えるような感情になれない」
一昨日に魔法都市から出発して、馬車で揺られてきたが、まだまだ心が復活してきた感じはない。
アリスの叱咤激励によって、諦めという言葉から逃れたが、それでも事件の前に戻れたかというとそうでもない。
むしろやることがなくて、あの時の事ばかり考えて、より悲しくなってきてしまう。
「一緒にぱっと王都のどこかで打ち上げをしましょう。それで気分を入れ替えましょう」
「打ち上げか。魔王の幹部を倒していったのに、そういえば打ち上げはやっていなかったな」
エルフの隠れ里では祭りに合わせてやっていたけど、今回はあわただしく出発していたからできていなかった。
「そうね。今回ばかりはね。いろいろと被害が出ちゃったし、それに黒幕を野放しにしておくわけにはいかなかったから」
チクチクとアリスの口撃が止まらない。
「まさか自分の子供を実験の道具にするような外道な貴族がいるなんて思わなかったわ。しかも自分の領地に招いて、自分の領民を実験道具にしようとしているなんて、放置できるわけないでしょう。しかも悪い事に……」
アリスが一旦、言葉を区切った。
そう、アリスが王都に急いできたのには理由がある。
本来は、数日、休むつもりだったらしい。
しかし俺が目覚める前に始まりの町で世話になった商人からの速報を聞いて、出立を決めたのだ。
「まさか『大侵攻』で、前線基地が崩壊するなんて……ね」
アリスは緊張した面持ちで言った。
*
「開けなさい!」
城の巨大な門の前に着くと同時に、アリスが声を張り上げた。
「誰だ!許可のないものは……」
門番らしい全身鎧の人間が、アリスに注意をしようとした。
周囲の同じ格好をした甲冑が、手に持っている武器をアリスへと向ける。
しかしアリスは構わず、「私はアリス・キングです。門を開けなさい」と続けた。
「アリス様……?」「アリス様だと」「確かに、あの姿は……」
アリスの声を聞いて、ざわざわと門番の間でさざ波のように困惑した声が広がっていく。
「しかしアリス様は……」
「私が開けろと言っているのです。ごちゃごちゃと言わずに、開けなさい」
「しかし……」
アリスが何度も強引に開けるように迫るが、さすがに門番も仕事なのでアリスの言葉と言ってもすぐに開く決断ができないらしい。
確かアリスは罰せられて、始まりの町に飛ばされていたはずなので、そもそもアリスの命令で開くのは難しいんじゃないかと今更ながらに思う。
アリスは自分に任せろと言っていたが、これがアリスの作戦なのだろうか。
だとしたら、かなり雑過ぎないか……?
「開けなさい!」
「ですが、アリス様……」
アリスと門番が押し問答をしているが、傍から話を聞いていても、流石に開けてもらうのは無理そうだと感じる。
「アリス、流石に出直さないか……」と俺が馬車の中からこっそりとアリスに言うと同時に、「何事だ」と野太い男性の声がした。
「宰相殿、お騒がせして、申し訳ありません。アリス様が、お戻りになられて、門を開けろと仰っていまして……」と門番が男性に謝った。
「げっ。一番面倒くさいのが、出てきちゃった。騒いでいれば、誰か出てくると思ったのに……」
アリスが嫌そうな声で、随分と失礼な事を言っている。
見ると、白いローブをまとった小太りの男が、門番たちの後ろから歩いてきていた。
身長は低いが、低い声のおかげか、存在感がある。
全身甲冑が宰相に道を譲り、まるで海を切り開くように、その男が歩く道ができていく。
「アリス様、まさかそちらから現れるとは思いませんでしたよ。予想のつかない行動をするのは、変わりませんね」とあきれたように言う。
アリスの突飛な行動は、昔からのようだ。
本当にそれに付き合わされる身にもなってほしい。
「それで、何の御用ですか。最前線へ向かうと聞いていましたが、気が変わって、元の隠居暮らしが懐かしくなりましたか?それならば、さっそく馬車を反転させるのがよいでしょう」
「いいえ。最前線に行くのは、変わらないわ。でもちゃんと正当に行くことができると思ったから、戻ってきたのよ。聞いたわよ、『大侵攻』があったのでしょう。百と何十年ぶりかしら?手が足りてないんじゃないかしら?」
アリスが強気に言う。
すると馬車のすぐ近くまで来た宰相は押し黙った。
完全にアリスの物言いは、宰相に効いているらしい。
『大侵攻』とは、毎日のようにバリアのほころびを超えてやってくる魔王の軍隊が、一度に複数個所あるいは巨大な穴をあけて、超巨大な軍隊として一気呵成に乗り込んでくることだ。
本来は魔王軍の幹部とプラスアルファを人間側が圧倒的な物量で押し込み返しているが、『大侵攻』の時ばかりは数の有利が崩され、必然的に不利となってしまう。
百年単位で、この『大侵攻』は起こっていて、その度に人間界は危機に陥っているらしい。
しかも今回は、複数の魔王の幹部が乗り込んできているらしい。
それで最前線基地から撤退せざるを得ない大打撃を受けてしまった。
今、最前線から撤退し、第二次戦線を構築している所であるというのが、アリスの聞いた内容だ。
アリスはこの『大侵攻』を利用して、自分の戦線復帰を狙っている。
今は何でもいいから戦力が欲しい状況だろう。
例え、アリスのような暴走した人間でも『大侵攻』を押し返すためには、必要とされる。
もしも『大侵攻』を止められず、進んでしまった場合、人間が滅ぼされてしまうだろう。
「確かに、今は猫の手も借りたい状況です。承知しました。アリス様の入城を私が許可します。門を開けなさい」
宰相はあっさりとアリスの言葉に頷いた。
もう少し抵抗するかと思ったけど、あっさりと話がついてしまった。
やはり『大侵攻』は、重大な出来事なんだ。
魔王の幹部たった一体で、アリスとともに町一つが一丸とならなければ勝てないレベルだ。それが複数体いて、しかも軍隊を率いてくるなんて地獄のようだ。
アリスのような高レベルの人間が何人いるかは分からないが、苦戦を強いられているのは確かだ。
あるいは、アリスよりも強い人間もいるかもしれない。
当然戦場だから、レベルも上がりやすいだろうし、レベルだけならアリスと並ぶ人間もいるかもしれない。
今のところ、人間のレベルを見てきて、アリスの足元にも及ばないようなレベルしかなかった。
レベルが4桁に行っている人を見たことがない。
「アリス様、今は人間で最強のあなたが必要です。今回の『大侵攻』は、歴史的に見ても、最も巨大で被害は甚大です」
宰相が観念したように、アリスに言った。
そしてアリスよりも強い人間がいるという俺の予想が外れてしまう。
やはり進んで魔王の幹部と対等に戦うアリスよりも強い人間がいる訳ないか。
でも最強がこんなビームぶっぱというのは、ちょっと残念だ。
「そう。やっぱりね。だったら、早く私が言ってあげないといけないわね」
アリスは宰相の言葉を聞いても、全く怖気づくことなく、早く行きたそうだ。
「ですが……」
宰相はアリスの言葉を遮るように、言葉を続けた。
「私も王様と同じ気持ちです」
アリスの目をまっすぐに見据えている。
宰相の目は敵意や不快感ではなく、悲しさと優しさで満ちていた。
「アリス様、あなたは勇者ではない。だからもう戦う必要はありません。私は今もそう思っています。貴族の元へ嫁ぎ、穏やかに過ごすべきであると……」
しかしアリスはその言葉から逃れるように、視線を逸らした。
開いていく門から見えるまばゆく豪奢な城の内側を見ながら、「誰が何と言おうと、私は戦うわ」と力強く宣言する。
この世界に未だに詳しくない俺には、どういう話なのか分からない。
だけど開いた門の内側は、どこか別の世界のように感じた。




