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Lv1の剣  作者: 豚野朗
魔法都市
90/206

新たなる旅立ち(次の町へ)

 深い水底から浮かび上がるように、おぼろげだった意識が徐々にまとまっていく。

 凄まじい眠気とだるさが、意識のはっきりしない身体に鉛のようにのしかかり、また水底に意識が沈んでいきそうだ。

 考えることも億劫だったが、意識がはっきりしていく内に、記憶がよみがえる。

 異世界に転生したことや始まりの町で襲われたこと、エルフの隠れ里でのこと。

 そして魔法都市での一連の出来事。

 最後の最後に、リッチの悪あがきでカノンの身体を乗っ取られそうになったから、俺がゴーレムになったフリョ・リダに呼びかけて、そのフリョ・リダに殺されたのだ。

 胸を魔法で貫かれる感触。

 それは今でも鮮明に思い出せる。左胸に走る重い衝撃と急速に意識がなくなっていく感覚。

 紛れもなく死に向かっていたはずだ。

 しかし俺は今、このように思考している。


 何故という疑問と同時に、重い瞼を持ち上げる。

 白い天井が見えた。

 いつもの朝に見上げる寝起きしているアパートと違う天井だ。

 どこのものだろうか。

 しかしどこかで見たことがある。

 記憶を探っている内に、視界の端に金髪がひらりと舞い込んだ。


「アリス?」

 俺は自分が知る唯一の金髪の持ち主の名前を呼んだ。

「起きたのね。身体は大丈夫?気分は悪くない?」

 窓際で風に当たっていたアリスは、俺の枕元の椅子に座った。

「ああ、ちょっとだるいだけだ」

「良かったわ。成功したのね……」とアリスは嬉しそうに微笑んだ。

 しかしその表情は喜んでいると同時に、何か悲しそうなのでぞわりと嫌な予感がする。具体的に言えないが、何か胸騒ぎがした。


「カノンは……」と俺が言うと、びくりとアリスが肩を震わせた。イヤな予感がさらに増す。

「カノンはどこにいるんだ」

 俺は身体のだるさを押さえつけて、身体を無理やり動かして起き上がる。

 身体にかかっていたシーツを押し退け、カノンの姿を探す。


 よく見れば、ここはピョイ教授の研究室だった。

 リッチとの最後の戦いで壊れた壁や天井もそのままで、がれきもそのままだ。俺が寝ている場所は、保健室かどこからか持ってきたベットだろう。それを研究室の無事な奥の方においていた。

 机も椅子も壊れて、床に散らばっている。歩くだけで、足を汚してしまいそうなほど散らかっていた。

 そして入り口近くには大きな血だまりができていた。

 きっと自分のであるだろうが、まるで大きな池のようになっていて、自分が流した血とは思えない。

 壊れた天井から見える空は、すっかり日は落ちていて、月が昇っていた。月の位置がまだ低い事を考えれば、まだそんなに時間が経っていないようだ。せいぜい2、3時間くらいだろうか。


 そしてさして探す必要もなくすぐにカノンの姿は見つかった。

 アリスのいるベッドのふちと逆の側で俺の手を握っていたのだ。

 身体の感覚がほとんどなくて、気付くのが遅れてしまった。

 そして心からほっとする。

 カノンは床に膝をつき、俺の手を握りながら、布団に突っ伏していた。腕も足もそろって、五体満足で無事であった。

 ふうと息を大きく吐く。

 アリスの不穏な表情から変な不安に駆り立てられてしまった。


 俺は握られている手と逆の手で、カノンの頭を撫でる。くしゃりと俺の手で、少し乱れていたカノンの髪型が崩れる。そして俺の手の隙間をカノンの髪が滑っていく。

「よかった。無事に乗り越えられたのか……」

 感慨を込めて、深くため息をつきながらつぶやく。

 今日はなんて言う日だったのだろうか。

 衝撃の事実と死闘を何度も繰り返した。こんな日はもう二度とこないだろう。


 カノンが起きたら、今日の事を面白おかしく語ってあげよう。

 きっと驚くはずだし、カノンの事だから興味深く聞いてくれるだろう。

 明日の朝、カノンが起きれば、さっそく聞かせてあげたいな。

 もう戦いは終わったから、もう毎日緊張することもないし、しばらくはゆったりと日常を暮らしていきたい。

 アリスに引っ張られて、また別の町に行くことになるかもしれないが、さすがに今回はゆっくりと休ませてもらおう。行きたいと言っても、カノンにしがみついてでも休みをもらう。

 もう研究室の壁もなくなってしまったことだし、カノンの外出許可も学長からもらえるかもしれない。

 いや、さすがに無理かな。


「おっ、起きていたんだ。どうだい調子は?」

 知った声が聞こえた。

「はい。すこしだるいですけど、問題ないです」

「そうかい。それはよかった。無事成功だね」

 出入り口のなくなった研究所の崩れた壁から、ピョイ教授が研究室だった空間に入ってきた。

 ピョイ教授の服も、誇り塗れでよれよれになっている。おそらく今まで何か働いていたのだろう。


「おっと……」

 天井から元はゴーレムだったであろう岩が落ちてきて、ピョイ教授の脇に落ちる。ピョイ教授は落ちた岩を避けて、俺たちの元に歩いてきた。

「危ないですね。というか、何でこんな所にベットを置いたんですか。危険じゃないですか?」

 俺は笑いながら、ピョイ教授に言った。

「うん。どうしようもなくてね。君は心臓を丸ごと焼かれていて、動かせなかったんだよ。だからアリスに頼んで、ベットを持ってきてもらったって訳だ」

「心臓を丸ごと……」

 自分の胸元を見るが、普段通りで全くそんな事になっていたとは思えない。自分の目で左胸を焼かれるのを見ていたのだから、そうなっていたのは確かだ。

 本当にきれいに治っている。


「うん。綺麗に治っているね」

 ピョイ教授が俺の左胸を触診し、何度もうなずく。

「心臓を焼かれても治せるんですね。魔法って、そんなに万能なんですね。正直びっくりしました」

「魔法は万能ではないよ。しかし良かった。初めての事だったんで、不安だったが何とか成功したか」

「ありがとうございます」

「うん。これでカノンも浮かばれるよ」

 ぐさりとピョイ教授の言葉が、心に深く突き刺さる。


「それ……、どういう……意味……ですか……?」

 吹き飛ばしたはずの不安が俺を押しつぶそうと、何倍にもなって戻ってきた。

 言葉がうまく出ない。

「ああ、まだ言っていなかったのか、アリス」

 枕元で座っているアリスを見ると、肩を震わせて俺から目をそむけ、窓の外を見つめていた。

「ど、どういう事だよ。アリス!」

 アリスの肩を掴んでゆする。

 しかし唇をかんで、目を伏せていて、一向に話そうとしない。


「落ち着きなさい」

 ピョイ教授にアリスをゆすっていた手を掴まれてしまう。

「カノンは……」

 ピョイ教授が何かを説明しようとしているのを振り払い、カノンの肩をゆする。


「カノン、カノン。カノン!起きて!朝だぞ!目を覚まして!」

 カノンに呼びかけるが、カノンは目を覚まさない。

 いや、そもそもカノンが人間と同じように寝るのだろうか。

「カノン!起きてくれ!」

 大きく身体を揺らすと、カノンの身体がベットからずり落ちそうになって、あわててカノンの身体を支える。

 人間のようにずっしりと重い身体。力のうまく入らない身体で支えるには難しく、ピョイ教授が助けてくれなければ一緒にベットから落ちていただろう。


 そしてうつぶせになっていて見えなかったカノンの前面が見えた。

「あっ……」

 メイド服がはだけていてあらわになる胸元。

 その左胸の部分、人間で言うと心臓のある部分が切り取られ、そしてそこから見える中身は空っぽだった。

 ピョイ教授が言っていたではないか。

 カノンは左胸に埋め込まれた心臓のような魔道具によって、動いているのだと。


 思わず自分の左胸を見てしまう。

 俺の失った心臓。

 同じように失われているカノンの心臓の魔道具。

 そして何故か元のように心臓は戻って、俺は生きている。

 符号がぴったりと合う予感がして、俺は思考を止めた。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 叫んだ。

 月に吠える孤独なオオカミのように。

 いや、そんな高尚なものではなかった。

 ただ目の前ではっきりと見えかけた真実から目をそむけ、ただ自分の中にあるどうしようもない感情を発散するだけの無力で空しい悲鳴だった。

 乗り越えたはずだったが、全く乗り越えられていなかった。

 いや、むしろ最悪の形で俺の前に現れた。

 力の入らなかった身体が、現実を拒絶するために、全力を尽くして叫びをあげている。

 自分の叫びで、脳を、耳を、そして視覚も触覚も、埋め尽くしてしまいたかった。

 何も感じないようにしてしまいたい。


 しかしそれはかなわない。


 身体は当然のように力尽きた。

 ぼとりと力の抜けたマリオネットのようにベットに倒れこんだ。

 徐々に戻ってくる感覚の中に、手の中のカノンの手の感触があった。いつもいろいろな遊びを一緒にしてきた手だ。

 しかしその手はピクリとも動かない。

 さっきまで叫んでいて、寝ていられないはずなのに、その手は一切動かない。

 まるで死んでいるように、動かない。


「どうして……」

 俺は目から溢れる涙を拭わず、ピョイ教授に問う。

 拭わないのではなく、もう身体に力が入らなくてぬぐえないのだ。

「どうして、こんな酷い事を……」

 守り抜いたはずなのに。

 カノンは心を手に入れて、俺の死を泣いていたのに。


「カノンが望んだからだ」

 ピョイ教授は端的に答えた。

「カノンが……?」

 動かない手を握り締めて聞き返した。

「そうだよ。カノンが心臓を上げて良いと言ったんだ、泣きながらね」

 カノンが自分から望んで、俺に心臓を渡してくれた。それはとても優しいことかもしれない。

 でも、それでも……。

「でも、俺はカノンの方が生き残ってほしかった……」

 胸にぽっかりと穴が空いたような虚しさに、嗚咽する。叫んだせいで喉が痛むが、それよりもずっと虚しさに締め付けられるような胸の痛みの方が強い。


 でもきっとカノンが決断したことなのだ。

 それを生かされた俺が否定したら、カノンの意思が無駄になってしまう。

 だから俺はただ嗚咽を繰り返し、現実をかみ砕き、飲み込んで消化していく。

 涙がとまらず、枕がぐしょぐしょに濡れる。それでもカノンの思いを受け止めようと、その枕の中で涙に溺れるように嗚咽し続ける。

 カノンの思い出が、頭の中で走馬灯のように映る。

 そしてその中で何度も繰り返していた言葉が、俺の脳裏によみがえる。


「カノンは、外に出れたのか?」

 二人へぽつりと質問をした。

 カノンは研究室から出られなかった、許可が下りなかったから。だからカノンに何度も外に出られれば良いねと俺は言っていたのだ。

 一緒に出て、外の世界を見ようと言っていたのだ。

 ミコの時には、この願いはかなわなかったから、カノンにはかなえて欲しいと思っていた。


「いいえ。カノンはここから離れなかったわ」

 少しの沈黙の後、アリスが答えた。

「なんでっ!」と衝動的に叫んでいた。そしてのどの痛みがぶり返し、咳がでる。

「もう壁もドアもないのに、どうして!あそこから出ることができたんじゃないのか。それとも許可が下りなかったからっていうのか?」

 皮肉にもリッチによって、この研究室の壁は崩れている。そこから簡単に出ることはできたはずじゃないかと。


「いや。許可は取ったさ」とピョイ教授は言った。

 ひらりと頭に落ちる一枚の紙。

 そこに外出許可と荒い筆跡で書かれて、大きな印鑑が押されていた。

「学長が気を利かせてね。即席で作ってくれた。こんなぐちゃぐちゃの中で、忙しいハズなのにね」

「だったら、何で!」

 俺はその紙をぐしゃりと握りつぶして、ピョイ教授に怒鳴った。

 カノンは許可があったはずなのに、アリスは外に出れなかったと言った。

 矛盾している。


「仕方ないじゃない!」

 俺に負けじとアリスが叫んだ。

 まるで怒られているかのように感じ、身体がびくりと震える。

 アリスが聞いたこともないか細い声で言った。

「だって、あなたの傍を……離れたくないって、聞かないんだもの」

 声は震え、泣いているかのようだ。

「死んでしまうって。離れたくないって。しがみついていたのよ。そんなのどうやって……」

 ついに堰を切って、アリスはぽろぽろと泣き始めた。


「アリスを責めないでくれ。彼女も自分も説得したんだ。だけどカノンは一切譲らなかった。それほどまでに必死に、治癒の魔法をかけ続けて、心臓を失った君を生き延びさせていた。代わると言っても、まったくこちらの声を聞いてくれなかったよ」

 ピョイ教授が諭すように淡々と説明する。

「そんな……。カノンは外に出たいって言っていたのに……」

「そうだね。でもそんなことよりも君の事を案じていたんだ」

「カノンが……」

 自分の新しい心臓がある左胸に、手を当てる。俺の声にこたえるように大きく鼓動した気がした。


「カノン……。ありがとう……」

 空しさに耐えながら、自分の心臓となってくれたカノンに感謝を伝える。

 未だに適合していないのか、締め付けるような痛みは続いていた。きっとこの痛みは、なくなってしまうことがないような気がする。


「また俺は生き残ったんですね。大切にしようとした人に助けられて……。俺は無力だ。何もかもを成し遂げたつもりでいたのに、結局失っていた」

 涙にぬれた枕にしがみつく、溺れた人がわらにもすがるように。

 必死でいろんなものを拾って落とさないように走ってきたつもりだったのに、ゴールしてみれば手の中には何もない。

 折れそうになりながらも、必死で走って、生き延びて、死んでまでゴールしたというのに、俺は何も手に入れていなかった。

 こんな空しい事があるか。

 RPGでボスを倒したというのに、何も手に入らず、逆に失っていたなんて、酷過ぎるじゃないか。


「ごめん。アリス、俺はもう……」

 俺はごくりと唾を飲みこんだ。

「無理だ……。これ以上は……」

 諦めの言葉を、俺はアリスにこぼした。

 悲しくて、空しくて、やるせなくて、身体に力が入らない。心の穴が広がり、深い絶望に転げ落ちていく。

 何をしても、努力しても、死ぬ気になっても、何も残らないのだ。それなら、何もしない方が増しじゃないか。


「だめよ」

 アリスの凛とした声が響く。

 はっきりとした強い否定の言葉だった。

「だめ。何としても、立ちなさい。折れてはだめ」

「そんなこと言ったって……。今日、俺はずっと頑張ってきただろう。もう無理なんだ。もうやめたい」

「いけないわ。そんな事を言うのはやめなさい」

「アリス、俺は……」

 もう俺の中の何かが折れたんだ。

 これ以上、進むなんて無理なんだ。


「ダメよ。戦場で仲間を失って、あなたのようになった人をたくさん見て来たわ。その人たちはみんな、死んだようになって、最期には自分で命を絶ってしまうの。だから立たないといけないのよ」

 戦場に立ち続けたアリスの含蓄を含んだ言葉。

 しかし俺の心には何も響かない。

 ただただ空しさに囚われたままだ。

「それでも良いかもしれないな。これ以上、悲しい事が起こるくらいなら、いっそのこと……」

 自分で、ふがいない自分にとどめを刺してあげるのも良いのかもしれない。


「何言っているのよ!」

 アリスは俺の上にかかっていた布団が跳ね飛ばす。

 夜の冷えた空気が、ぬくぬくと温かくなった布団の中の空気と交換された。

「な、何するんだ!」

 アリスの暴力的な行動に、身体を起こして、文句を言う。


「せっかく、カノンがあなたに心臓を渡してくれたのに、あなたはそれを捨てるわけ?」

「それは……」

「たとえ、苦しくても、生き延びた以上、死んだ人たちの分まで生きなくてはいけないのよ。そうじゃなくちゃ、カノンの思いはどうなってしまうの?命を懸けて、あなたに命を上げたカノンの思いは」

 アリスは泣きそうな顔をしながら、絞り出すような声だった。


 初めてアリスの悲痛な表情を見てしまうと、カノンの死で悲しんでいるのは自分だけではないのだと気付いてしまう。

 むしろカノンが心臓を自分に上げようとしていた一部始終を見ていたアリスの方が、自分よりも遥かに辛い思いをしたかもしれない。

 だからアリスは必死になって、俺を奮い立たせようとしているのだろう。

 カノンを止められなかったから、俺に後を続いて欲しくない。

 そういう事なのだろう。


 アリスはキレイな顔を、悲痛に歪ませて、縋り付くように俺の首元を掴んでいる。

 俺よりもレベルが高く強いハズなのに、まるで今にも泣きだしてしまう子供のような弱弱しさを感じた。

 襟を握る手も、小さく震えている。

 今までこの世界で俺を引っ張り、進んで戦いの最前線へと飛び込んでいく戦闘狂の姿とは、真逆の年相応の女性の姿だった。

 涙が流れそうなのを必死にこらえ、潤んだ瞳で見下ろし、俺の次の言葉を待っている。


「分かったよ」

 そんな顔を見て、意思を貫き続けられるほど俺は子供ではなかった。

 俺以上に、絶望に呑まれそうなのはアリスなのだ。

 アリスだって、カノンを守れなかった俺と同じ当事者の一人だ。

 俺と同じように、カノンの死に責任を感じてもおかしくないのだ。しかも俺のように無力ではなく、自分に力がある上で、彼女はカノンを失っているのだ。

 だとしたら、俺よりも責任を強く感じているはず。


「分かったよ。カノンが心臓をくれて、生き返らせてくれたんだ。アリスの言う通り、生きていくよ」

 震えるアリスの手を優しく包み込む。

 まるで氷のように冷たい。

「ごめん。カノンがいなくなったショックで心配させるような事を言ってしまったんだ。もう大丈夫だよ」

「本当よね。私を安心させるための嘘じゃないわよね」

「嘘じゃないよ。俺のせいで、カノンが死んでしまったんだと思っていたんだ。カノンを守ろうとしたけど、俺は無力で弱いから起こったと思った。これ以上、悲しい事が起こらないように、閉じこもろうとしたんだ」

 俺はアリスに自分の気持ちを偽らずにまっすぐに伝える。


「だけどそれは俺だけの感情じゃないんだよな。アリスだって、同じようにカノンの事を悲しんでいるはずなのに、俺だけだと思い込んでいた。だから悲しいけれど、アリスが諦めないっていうなら、俺も諦めたらいけないなって、思っただけだよ」

 俺の言葉を聞いて、アリスはあからさまにほっとした顔をして、表情を緩ませた。

「そう、なら……、良かったわ。もう絶対に言わないでよ、あんなこと。本当に悲しくなるんだから」

 いつものアリスの軽口が戻ってきた。


「ごめん。でも、今日だけはカノンの事を思っても良いかな。明日には、一緒に行くから。今日だけは、今日一日だけは……」

 この胸の痛みをこの一日だけは向き合っていたい。

 カノンの思い出に、ずっと浸っていたい。


「分かったわ。明日から王都へ行くわよ」

「王都……?」

「ええ。王都。つまり、王様、私のお父様に会いに行くわ」

 いつもの笑顔と共に言った。

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