過去との決着(研究の成果)
「やったか……?」
アカガは自分にのしかかるがれきをおしのけながら、外の様子を確認する。
「まるで地獄のようやな……」
煌々と燃える溶岩が目の前の窪地に広がり、さながら溶鉱炉のようだ。
アカガの父親が放った魔法は、その威力と粉塵爆発、魔石の相乗効果によって、その周囲の岩を溶かしつくしていた。
その溶岩の上には巨体の魔物型ゴーレムの姿はない。
「さすがにあの父親でもこれなら……」
アカガは疲れ切った表情で、足元に座り込んだ。
「これで終わりなんか……。はぁ……、こんなに呆気ないんやな……。何年も悩んで、解決はたった一日……。本当にあほくさいわ」
土を手ですくって、「研究もこれで終わりか……。カノン母さんと会う事は、もう二度とないんやな……」と寂しそうにつぶやく。
「『お父さんを任せる』なんて言われていたのに、それも守れず……。何人も何体も犠牲にして、得たものは何もない。……本当に、あほくさいわ……」
アカガは青い空を見上げて、ため息をついた。
「これですべて終わりなんやな……」
そう呟いて、また深くため息をつく。
「まだ、終わりではない」
アカガの言葉に答えるように、どこからか声が響く。
「はっ!親父!?」
その声の主の名を呼びながら立ち上がろうとするも、ほとんどすべての魔力を使っていたためふらつき、しりもちをついてしまう。
「うっ。何で、まだ……。くそっ……。なら、もう一度……」
しかしアカガは知っている自分が用意したすべての準備は使い切ってしまっていることを。
「もう油断はしない」
溶岩から半分以上解けてながらも、起き上がる魔物型のゴーレム。
当然父親が乗っている所も、溶岩の影響を受けて、相当のダメージを受けているはずなのに、まだ生きていた。
「クソが。しぶと過ぎるやろ……。何でこんな中で生きていられるんや……。いや、まさか……」
アカガはそのゾンビのようなしぶとさに困惑し、すぐに恐ろしい事実にたどり着く。
「そう、私の身体の一部をゴーレムに置き換えている。これなら、今までできなかった膨大な魔力を使える上に、こんな風に腕の一本二本吹き飛んだところで修復できる。すべてを置き換えた方が強力になるが、制限時間がある。しかしゴーレムの魔法を使える私なら、全てを置き換えなければ無制限に時間を延ばせる。ふはははは……」
ずずずずずと周囲の地面が揺れる。
そして巨大なゴーレムだった残骸や周囲の地面が、溶岩の上に立つ半壊したゴーレムへと吸い込まれていく。
「ふははっははは……。良いぞ。このまますべてを飲み込み、もっとデカく、強く。すべてを踏みつぶしてやる」
周囲の土を吸収し、魔物型のゴーレムは不格好に成長していく。
溶けだしていた左腕は巨大に成長し、身体よりも大きくなり、そしてその体も多くの土で肥大している。
その姿はもはや元の形すら、とどめていない。
「うははは……。もっと、もっとだぁ!」
勝利と愉悦の高笑いが響き渡る。
ぶくぶくと膨らみ大きくなっていくゴーレムの姿を見上げ、アカガは悔しそうに顔をゆがめた。
「くそぉ……。どうすればいいんや……。このままだと、本当にヤバいゴーレムを作りかねないで……」
「ふはっはははっはは……。実に気分がいい。これなら、あのピョイのことも……」
実に楽しそうに、笑う。
しかしそれは唐突に止まった。
何故なら……。
「楽しそうだね。僕も混ぜてくれよ」という声が聞こえてきたからだ。
「こ、この声は……」
「ぴょいぃぃぃぃいぃぃぃぃぃ!」
父親はその者の名を叫ぶ。
「久しぶりだね。少し太ったかな?」
溶岩の上に立つ巨大なゴーレムに向かって、ピョイは軽口をたたく。
「それにそちらは、彼の息子さんだよね。もう少し前に気付ければよかったんだけどねぇ……。よろしくね」
「え。は、はい。よろしく……。って、何でこんな所にいるんや」
「本当は戻ってこない。新川くんや生徒会長を迎えに来たんだけどね。魔法都市の方で何かが暴れ始めるし、こっちでも戦いが始まっているしで、本当に大変だよね。新川君たちに魔法都市の方を任せて、僕はこっちに来たのさ」
けらけらと緊張感がない。
「そうなんや。じゃなくて、ここは危険や。早く逃げへんと……」
「ふふふ、僕だって、こう見えても魔法学校の教授なんだよ。生徒を置いて尻尾を巻いて逃げる訳にはいかないだろう」とピョイ教授は言った。
「いや……でも、あんなのに勝てるんか?もう親父の力は……」
そう言いながら、アカガは山よりも巨大になったゴーレムを見上げる。
「そうだ。私はお前を超えた!これで!」
勝利を確信し、高笑いをする。
「何年も苦汁を飲まされ続け、ついに私は……」
「すまない」とピョイは謝った。
高笑いがピタリと止まる。
「何を言っている?」
「謝っているんだよ、君にさ」
「負けを認めるというのか?それで私が止まるとでも思うのか?そんな謝罪で!」
今度は激高し、肥大化した左腕を振りかざす。
それは天を突くようだ。
太陽にも届きそうな巨大な左腕をピョイに狙いを定める。
「いや、戦いは、もう、終わっている」
ピョイは一つずつ区切るように言った。
「何?」
バゴン……。
大きな何かが落ちる音がした。
「何の音だ?」
左腕の一部が剥離して、それが近くに落ちた音だ。
隕石が落ちたように地面がへこみ、その欠片は粉々に砕けた。
そしてそれは加速度的に進行する。
次々とゴーレムの身体が壊れ、歪み、ひび割れていく。
膨大な魔力で練り上げたゴーレムの最高傑作が、砂上の楼閣のようにあっけなく壊れていくのだ。
「な、何をした!ピョイ!」
慌てる声を上げながら、周囲の土を回収し補填しようとしているが、それよりも壊れていく方が早い。
「僕の研究は、無限に魔力を発生させる装置の作成だよ。知っているだろう」
「それがどうした」
「だったら、逆の研究だって、研究の範囲内さ。むしろ敵と言っても過言ではない。魔力っていうのは自然と消滅するものだからね」
「まさか……」
回りの土を回収する魔力が弱まった。
いや、魔力を失っていく。
「昔からの悪い癖だよね。調子に乗ると、周囲へ気を配れなくなってしまう。普段はもっと慎重なのにね。慎重だったから、こんな長く近くにいたのに僕は気付くことができなかった」
ピョイはクスクスと笑う。
「自分が集めている土の中に何が入っているのか分からないのに、そんなに集めてしまったのはミスだ。適当に足元にまくだけで、それをたくさん身体に取り入れてしまった。魔力を拡散させる力を持ったものをね」
ピッと指をさす場所には、赤い小指の爪サイズの石が光っていた。
「くそぉ!ぴょぉぉぉおいいいいいいいいい!」
高く上げた腕を振り下ろそうとするも、その腕自体がもげて溶岩の中に落ちてしまう。
ドロドロに溶けながら、腕は溶岩の中に沈んでいく。
そして肥大した身体から、無造作に引きはがされるように集めた土が崩れていく。
魔力の失っていくゴーレムは立つこともままならなくなり、溶岩の中に崩れ落ちる。
アカガとピョイの目の前で、巨大なゴーレムは溶岩の中に浮かび、崩れながら溶かされていく。
「なぜだ。何故だ。何故だ!」
溶岩の中に沈みながら、声を荒げる。
「何故だ。ピョイ!」
悲鳴のような声で。
「何故、あの時、お前はあいつを奪っていかなかったんだ!何故、残していったんだ!あんな惨めな思いで手に入れたって、嬉しくはなかった。お前が認められたんだ。なら、お前が手に入れるべきだったはずだろう!それなら、納得できたはずだ」
子供が泣き叫ぶように、ピョイへの恨み言を連ねる。
「すまない。あの時、何もかもを奪ってしまうのを悪いと思ったんだ。だからカノンを任せた。でもそれが追い詰める原因になってしまったんだね。ただ幸せになってほしかっただけだったんだ」
「ピョイ、お前に情けをかけられて、私はお前に合わせる顔がなかった……」
ゴーレムは半分以上溶岩に沈んでいる。
もう助けることはできないだろう。
「そうか。僕もそうだ。カノンと一緒にいるのを見たくなくて、会いに行けなかった」
ピョイは独白する。
「ふっ。結局、私達は似た者同士だったという事か」
少し柔らかな声でアカガの父親は言った。
「じゃあな。結局、最後までピョイ、お前の勝ちか。ここまでくると清々しい。ははっ、私の研究はピョイの研究に、尽く打ち負かされるとは」
ぼろぼろと崩れていく。
溶岩に呑まれていく。
「ピョイ、身勝手だが息子を任せる。今回の件は、全て私の独断だ。ただ手伝わせていただけなんだ。どうか頼んだ……」
ゴーレムは溶け、そして溶岩の表面には何もなくなってしまった。
ただぐつぐつと煮えたぎる溶岩と、その淵に立つ二人の人間だけが残された。
晴天の空に似つかわしくない、とても悲壮な顔をしていた。




