最後の策(決着)
『スノウ・ブリザード』
ハカナイさんが魔法を使った。
視界を奪うほどの激しい吹雪がこの空間に現れる。
魔法実習の時よりも大きく激しい吹雪だ。あの時は、この魔法を使っても、若干中を見ることができていたはずだ。
あの戦いの中でさえもハカナイさんは加減をしていたのだろう。先生方が目視で評価をしていたから、それを気にしてだろうか。
それはキメラから俺たちの姿を隠した。
この瞬間が俺たちがキメラを倒し得るための準備の時間だ。
そして俺たちは息を合わせて、行動を開始する。
キメラが吹雪に戸惑っている間が勝負だ。
一分もしない間に完了する。
後はもう実行に移すだけだ。
「ハカナイさん!」
彼女の名前を呼んで、俺は合図をする。
『スノウ・ボール』
ハカナイさんの杖から吹雪の向こう側へ雪の塊が飛んでいく。
吹雪の向こう側を見ることができるのは、作り出した本人だけだ。
その雪の塊が飛んで行った方向にキメラがいるのだろう。
「ぐぉぉおぉぉおお」とキメラの唸り声が聞こえる。
おそらくハカナイさんの魔法が当たって、生徒会長の付けた顔面の傷に効いたのだろう。
今の声で、俺たちもキメラの居場所を何となく把握できた。
作戦はもう始まっている。後はキメラを倒すだけだ。
キメラの唸り声が聞こえてきた方から、ドドドという音がした。
それは瞬く間に大きくなっていく。
こちらに近付いているのだ。そしてこの音は、キメラが走る音だ。
おそらく目の前もほとんど見ることのできない吹雪の中を猛スピードでまっすぐに俺たちに向かって、突撃してきている。
吹雪によって、隠されている俺たちに向かって。
スピードと質量に任せた突撃の勢いのまま結界を破り、その勢いのまま俺たちを殺すつもりなのだろう。
単純で明快な殺し方。
その行動は読みやすくて、とても助かる。
キメラと結界が衝突した。
結界はキメラの突進の勢いに負けて、ヒビが入る。だが耐えきった。
しかし次のキメラが振り回した腕の威力には、さすがに結界は粉々になるしかなかった。
粉々になった結界のかけらは雪がとけるように空中で消えていき、キメラは吹雪ではっきりとみえないままそこにあるものを薙ぎ払う。
それはぐちゃぐちゃと壊れていく。
キメラは勝利を確信し、口を開けて大きく吠えた。
それは予想通り、俺たちの目の前で行われた。
キメラが俺たちを殺しきったと油断するその一瞬を待っていた。
ぴたりと吹雪が病んだ。
タイミングはばっちり。
目の前に現れる吠え続けているキメラの巨体。
俺はその口に向かって、魔石の入った袋を投げつける。
放物線を描き、結界を通り抜け、思った以上にすっぽりとキメラの口に入った。
「あがっ?」とキメラは口の中に入った魔石に気付いて、やっとこちらを見た。
俺たちが全員無傷で結界の中にいるのを見て、人間のように目を丸くしている。
さっき結界を破り、全員を殺したと思っていたのに、俺たちは変わらずにここにいる。
センダイは杖に魔力を込め、もう発射できる状態だ。
俺が持っていた魔石は、魔法に反応して強化させる。
この魔石は敵の魔法をいなすために使おうとしていたが、味方の魔法でも変わりはない。
「喰らえ!」とセンダイが杖をキメラの顔面に向ける。
『ライトニング・ボルテックス』
杖から雷撃が走った。
それはまっすぐにキメラの顔面に向かう。
そして確実に命中した。
次の瞬間、口の中に放り込んだ魔石がその雷の魔法に反応し、威力を増幅させる。
さらに生徒会長の付けた傷で、ダメージが入りやすくなっている。
どごぉおん!
キメラの顔面で、ものすごい音がした。
まるで何十もの重なった雷が、一斉になったような凄まじい音だ。
それがこの魔法の結果のすさまじさを物語っている。
そう、センダイの魔法と魔石の結果、キメラの頭を吹き飛ばしてしまっていた。
ぶしゅうと気の抜けた音を立てて、頭の無くなった首から血が噴き出す。
噴水のように、宙に舞った血は重力に従って落ちてくる。
その血は結界に落ちて、俺たちに降りかかることはない。
そしてキメラの巨体は力を失い、ゆっくりと背中から倒れる。
ドスンと地面にぶつかる音が聞こえて、やっと俺は息を止めていたことに気付いた。
大きく呼吸をしてやっと、キメラを倒した実感がふつふつと湧き上がってくる。
俺は投げつけただけだから、何の役にも立っていない。
他のみんなが優秀だからこそできた事だ。
ハカナイさんの吹雪で、キメラの視界を遮り俺たちがどう動いていたとしても見えないようにしてくれた。
それから俺たちは位置を少しだけ動いた。
そしてユキ先輩の結界はそのままにして、アカガに俺たちのいた場所に土の柱を出してもらう。
吹雪の中ならば、その土の柱でも人間のように見えるだろう。
さらにアカガには、万が一のために結界を張ってもらった。
そして後はキメラが吹雪の中、俺たちの元居た位置に向かって突撃して、偽物の俺たちをキメラが倒したなら確実に隙ができるだろうと踏んだのだ。
そして結果、それは見事に予想通りに成し遂げられた。
大きく深呼吸をして、肺からすべての息を吐き出したとき、力が抜けてどさっと俺はしりもちをつく。
また首の皮一枚で生き残れた。
アリスがいない戦闘は、こんなにも辛い。
ただ剣を渡していれば済んだ戦闘とは、全く違う。
安心感という物が一時もなく、とても精神がすり減った。
「みんな、お疲れ様。後は、戻るだけだね」と生徒会長が少し回復したのか、ふらふらと立ち上がりながら言った。
「お疲れ様です。大丈夫ですか。まだ回復し切っていないのなら、もう少し休んで行った方が……」
「大丈夫。早く戻ろう……」と生徒会長は来た道を戻ろうと歩くが、やはりふらつくようでユキ先輩が支えに入る。
「ありがとう。ユキ、君も結界を張っていて疲れているだろう」
「いえ、大丈夫よ。あんな魔法を使って疲れているのは、会長でしょう」
ユキ先輩の肩に生徒会長の腕を回す。
ハカナイさんも二人に近付いて、心配そうにしている。
「あの魔法って、そんなに凄いんですか?」
キメラに傷をつけた魔法。
センダイの魔法を魔石でやっと吹き飛ばした身体に傷を入れられるのだから、威力に関してはこの中で一番だろう。
「あぁ、基本的に魔法毎に魔力の消費量は決まっている。だけど、一部の魔法は魔力をつぎ込めば、強化できるんだ。ただし、とても魔力量が大きくなっていってしまうんだけどね。あの魔物を倒すには、僕の魔力をすべてつぎ込んでしまった。危険だったけどね」
生徒会長が分かりやすく説明してくれる。
そんな魔法もあるのかと、感心する。
そもそも魔力がほぼない俺には何の関係もないけれど、知っておくに越したことはない。
魔法がいつか楽に使えるようになれば良いのだが。
「大丈夫か。修平。オレの肩を貸すか?」と言いながら、アカガが俺の方に近付いてくる。
「大丈夫。ちょっと気が抜けちゃっただけだよ」
「そうなんか。怪我はしてへんよな」
「あぁ、まったくの健康体さ」
アカガは俺に手を差し出してきたので、俺はその手を取って立ち上がる。
「まったく、俺の背に乗れ。よろよろ歩かれても迷惑だ」とセンダイが悪態をつきながらも、しゃがんで生徒会長をおんぶしていた。
「悪いね。センダイ君」
「まったくだ」
四人が坑道から脱出する準備が整えていく。
俺もその四人に近付こうとしたとき、バキと上で音がした。
何の音だろうかと見上げる。
「危ない」とアカガの声と共に、俺は首根っこを掴まれて後ろに引っ張られた。
全く準備のしていなかったので、またしりもちをつき、豪快に固い地面にぶつけてしまう。
「いたぁ!」
俺の声と同時に、すぐ近くでずどどと大きな音がする。
そこには、壁があった。
いや、壁ではない。上から落ちてきた岩が道を塞いでいる。
落盤という奴だ。
使われていない坑道で、あんな戦いをしたんだから、こうなっても当然だろう。
「アカガ、大丈夫か」
俺のすぐ近くで壁に向かって立っているアカガに声をかける。
「あぁ、問題ないで」
「助かった。ありがとう。でも、困ったな……」
アカガと一緒に元は道だった壁を見る。
完全にふさがっていた。もともと本当に壁だったと言われても問題はないほど、完璧にふさがっている。
「生徒会長!ユキ先輩、ハカナイさん!センダイ!大丈夫ですか!」
しかも俺とアカガ以外のみんながいない。
もしかして今の落盤の下敷きになってしまっていたら……。
「大丈夫そうやで、オレ達の近くに落ちたんや。あっちは無事やで」
「そうか。アカガの魔法で、これをどけられないか?」とアカガに尋ねるが、首を横に振った。
「流石にこの厚さの岩をどかせないわ。別の道を探すしかないんやないか。生徒会長たちも戦闘で疲れているんや。助けがすぐに来るとは限らないと思うで」
そう言って、アカガは俺の後ろを指さした。
更に奥へ進む道だ。
アカガは先へ進んで、他の脱出経路を見つけようと言っているのだ。
生徒会長たちの助けもなしで、俺とアカガだけで奥へと進もうとしている。
しかし誤算はアカガは俺がレベル1だと知らないことだ。
もし奥にさらにさっきの魔物がいたら、俺は何の役もたたない。
どうすれば……。




