戦闘(キメラ)
狭い坑道の中で、魔物はまるで飛んでいるかのようなジャンプで俺たちに飛び掛かる。
そしてユキ先輩とハカナイさんが張った結界に、バンと張り付いた。それだけで、ビキリと音を立てて結界にひびが入る。
「ぐっ……」とユキ先輩が苦しそうな声を出した。
飛び掛かってくるだけで、優秀な魔法学校の生徒の張る結界にヒビを入れるなんて、あのキメラは本当に強い魔物なんだ。
そうでなければ、ピョイ教授がアリスに依頼をするなんてことはしないだろう。
『エアロ・ブラスター』
生徒会長が呪文を唱え、突風が一直線にキメラへと襲い掛かり、その巨体を遠くへと吹き飛ばした。
「まずは、結界のヒビを直して!センダイとアカガは、あいつへ攻撃魔法を!」
素早く生徒会長は指示を出す。
「直します」とハカナイさんが答えて、張られている結界のヒビはすぐになくなった。
対応の早さが優秀さを示している。
ハカナイさんは気が小さいのかと思ったけれど、戦闘にもちゃんと臆さずに魔法を使っていて、意外にしっかりしているのかもしれない。
他の生徒会のメンバーも全く魔物との接敵に、動揺せずに油断なく魔物へ対応している。
これが異世界の人たちとの違いだろうか。
俺の時は初めて魔物に襲われた時は、逃げ回っていたものなのに。その後に来た魔王の幹部との戦いでは、助けを求められたのにみっともなく断ろうとしていた。
そんな自分とは、はっきりと違う。
きっと何度も魔物と戦ったことがあるのだろう。
生活の在り方から違う。
俺はただ何もできず、彼らの後ろ姿を見つめているしかない。
何の力もなく、準備してきたものも役に立たない。
誘拐犯と戦うつもりだったから、魔物に有効そうなものはない。
フリョ・リダとの戦いのように、相手の魔法を利用して撹乱し、アカガやセンダイが戦いやすいように動くつもりだった。
でもあのキメラには、そんなものは通用しない。
前にアリスが戦っていた時には、奴は魔法など使わなかった。だから今回、俺は完全なお荷物となっている。
まるでアリスと魔王の幹部との戦いのようだ。
吹き飛ばされたキメラは、軽々と着地して、ズドンズドンと凄まじい足音をさせながらこちらへかけてくる。
ドドドと巨体が迫ってくる姿は、まるでブルトーザーのようだ。
あれに当たったら、ひき肉にされてしまうだろう。
『ロック・ブレイク』
『サンダー・ビリビリ』
アカガとセンダイの魔法が、突撃してくるキメラの顔に命中する。
ぐぉぉぉぉ!
地鳴りのような叫び声が上がる。
2発も魔法を正面から受けたんだ少しくらいダメージを受けているはずだ。
もうもうと立ち込める砂埃の中、キメラが悶えるような声が聞こえてくる。
アリスがいなくても、何とかなるじゃないか。
このまま結界を張りながら攻撃魔法を続ければ、たとえ強い魔物であっても倒すことはできる。
背後から戦いを眺め、勝利を確信していた。
しかし結界の向こう、砂埃の中から唐突にゴリラの腕が結界に振り下ろされる。
ドゴン。
まるで巨大なハンマーが振り下ろされたかのような音と共に、空気が衝撃で震えた。
ヒビが結界と腕がぶつかった場所に放射状のヒビができている。
そして砂埃の中でもう片方の腕が、きりきりと引き絞られた弓のように振りかざされていく影が辛うじて見えた。
あの衝撃をもう一度、あの場所に食らったら結界は確実に破壊される。
俺の手の中には、あれを食い止める手段はない。
『エアロ・ブラスター』
生徒会長がまた吹き飛ばそうと魔法を放つが、キメラは最初ほどは吹き飛ばず、僅かによろけただけだった。
「今だ。この隙に、修復をしよう。次は魔物の攻撃を攻撃魔法で防いだら、僕が追撃を入れる。今度は、結界に触れさせない!」
「分かったぜ!」とセンダイが次の魔法の準備をしている。
そしてキメラはさっきの攻撃魔法が毛ほども効いていなかった。傷すらもなく、僅かに毛が焦げている事が見て取れるくらいだ。
二人の魔法が弱いとは思えないが、クリーンヒットしたのにまるで効いている様子が見えないのは流石にまずいように思えてきた。
吹き飛ばして距離を取る方法も、キメラにあまり効かなくなってきている。
生徒会長の風魔法でよろめいたキメラは、もう既にもう一度腕を振り上げていた。
『ロック・ウォール』
アカガが放った土の魔法で、キメラの足元から何本もの土の柱が生えて、キメラの身体を打ち、すっ転ばせる。
「喰らえ。顔面っ!『サンダー・ボルテージ』」
センダイの魔法が空中を飛び、キメラの顔面に命中した。
眩しい閃光とともに、衝撃がほとばしる。結界で砂埃は防げたが、大きな地面の震えと音が伝わってくる。
突進を止めた時の魔法は、まだ手加減をしていたようだ。
センダイが本気で放った魔法をキメラは、完全に顔面に受けた。
これなら……。
そう思う間もなく、キメラが立ち上がったのが見えた。
頭を振り、もうこちらをにらみつけてくる。
そして顔をこちらにむけているが、その顔面にはやはり傷一つもない。
「くそっ、何なんだあいつ、固すぎんだろ」
センダイは吐き捨てるように言った。
「あの腕はおそらくレイジング・コングの物だ」と生徒会長が言った。
おそらくレイジング・コングというのは、魔物の名前だろう。しかし俺には全く聞き覚えがない魔物の名前だ。
「レイジング・コングって、最前線のあたりにいる魔物でしょう。なんでこんな所にいるのよ」
「あの腕って、そうなのかよ。じゃあ、他の部分も、他の魔物ってことになるんのか?」
ユキ先輩とセンダイが、レイジング・コングの名前を聞いて、不満の声を上げた。
全くついていけていないが、あの魔物の毛むくじゃらなゴリラのような腕が凄い魔物の腕だという事は分かる。
それはこの場にいる魔法学校の生徒でも、すくみ上るような強い魔物であるのだろう。
センダイの言う通り、きっと他の部分もそんな魔物の部位なのだ。
攻撃魔法を当てても、全然効かないのはそんな強い魔物がくっついているからなのだろう。攻撃が強いのも同じ理由だ。
アリスはあんなにも簡単に一刀両断していたのに、アリスじゃなければこんなきついのか。
結界は何度も敗れそうになるし、攻撃魔法は全く効いていない。
もうキメラはセンダイの攻撃から立ち直って、地面をひっかき突撃の準備をしている。
あの突撃を食らったら、また結界にひびが入ってしまう。そうなったら、またキメラを吹き飛ばさないと破られてしまう。
でもキメラに攻撃魔法でダメージが入らなければ、結局のところいたちごっこになる。
いや、キメラはこちらの防御を割ることができるが、俺たちはキメラへ有効なダメージを与えられる手段がない。
キメラを倒す方法は、今の俺では思いつかない。
勝てないとしたら、逃げるしかない。しかしここまで何時間もかけて来たのだ。その道をキメラから逃げながら戻るなんて、素人目で見ても無理筋過ぎる。
あれ、もしかして、これって詰んでいるのでは?




