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Lv1の剣  作者: 豚野朗
始まりの町
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来襲(岩石巨人)

 俺は忘れていたこの世界が魔王と戦っている世界であり、常に魔物に襲われる世界であるという事を。


 巨大な岩の塊。

 人間の身体を模した形をしているが、その大きさはまるで違う。

 見上げるほどの巨体だ。

 街を囲む塀がその巨体のひざ下にも届いていない。

 デカすぎる。

 スカイツリーと同じくらいの大きさがあるんじゃないか。


 そして顔の口の部分が横に裂けた。

 グォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……!

 地鳴りのような咆哮。

 地面が揺れているように感じる。立っていられなくて、しゃがんだ。


「何なんですか。あれ」

 近くでしりもちをついている剣の女神の祝福について答えてくれたふくよかな修道女に話しかけた。

「私にも分からないよ」

 そう会話していると、「逃げてください」と冒険者らしい剣を携えた男が走りこんできた。

「教会の中に残っている人はいますか」

「いないです。今日は私だけ」

「分かりました。急いで、一緒に逃げてください!」

 冒険者はそれだけ言って、また他の方向へ逃げてくださいと叫びながら走っていった。


「立てますか」

「大丈夫です。ありがとう。一緒に逃げましょう」

「はい」

 そうして二人で一緒に逃げようとしたとき、「よかった。ここにいましたね」と声をかけられた。

 見ると、商人の女性が息を切らしている。

「新川さん、あなたにお願いがあるんです!」

「はい?」

 俺に何の用だ?


「実は……」

 商人が説明しようとしたとき、激しい光が空を走った。

 真っ白な光が岩の巨人の頭にぶつかり、激しい爆発を起こした。

 そして激しい爆風が、俺たちを襲う。

 身をかがめて、爆風に耐える。台風なんかとは比べ物にはならない。

 吹き飛ばされそうになるのを必死で我慢する。


 風が収まって見上げると、肩から上の部分が円状に吹き飛んでいた。

「倒した?」

「いや、無理だ」

 商人の否定する声と同時に、岩の塊のように見えるのにまるで泥が形を作るようにドロドロと肩の部分が蠢く。

 そしてどろりと液体のような動きをして、最初のように形が元に戻った。


「嘘だろ!普通頭を吹き飛ばされたら倒せるもんだろ」

「普通じゃないから。あれは魔王の幹部だ。ロックジャイアント。レベル1600です」

 信じられない数字が出てきた。

「レベル1600?」

「ええ、ここにいる冒険者じゃ手も足も出ない」

 この街にいる冒険者は30くらいだっけ。

「じゃ、じゃあ、さっきの光は?」

「おそらくこの街で唯一対抗できる人の魔法だ」

 また光が走り、再び強烈な爆風が吹き荒れる。


「な、なら、任せればいいだろ!こんなすごい攻撃ができるんだから」

「ダメだ。ロックジャイアントは再生速度が魔物随一。これまでも人間の軍と戦って、あの再生速度で勝ってきたんだ。いかにあの方が凄かろうと、そう易々と勝つことはできない」

 商人が俺にそんな説明をする意味が分からない。

「つまり、なにが言いたいんだよ!早く逃げないとここもやばいだろ」

「聞いて!これは新川さんにしかできない事なんです」

 強い言い方に、この商人が表面上は落ち着いているが焦っていることを理解した。


「俺にできることなんてないだろ。俺はレベル1だぞ!」

「あそこで戦っている方は、お前の剣を買い取ろうとしていた方なんです。あの方のために、私はこの辺鄙な場所まで来て出張所を立てたんです」

「はぁ?それがどうしたんだよ」

 3度目の爆風。

 早く逃げなきゃやばいという焦りが、口調を荒くする。

 しかも倒せないのだと聞けばなおさらだ。


「あの方は強い。だけどこちらに満足な装備を持ってきていない。私が持ってきたものも二流品のまがい物ばかり。一時の気を紛らわせるためのモノでしかない。あれと戦うには、不十分なものばかりだ。だからあの方が全力で戦えるための武器が欲しい。分かるだろう。君のその剣だ」

 商人が俺の腰に視線を向けると、同時に俺も剣を見る。

「剣は気味の元に戻るが、さっきみたいに一旦は持っていられる。だから武器としては使えるはず。魔王の幹部がこんなところまで何のために来ているかは全く分からない。だけどこのままではこの場所は壊滅する。あの方が全力で戦うための武器を持って行ってほしい!」

 商人は深く頭を下げて、俺に頼んできた。


 そして俺は叫んだ。

「無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理!」

 全力で拒否した。


「レベル1だぞ。相手はレベル1600!どんなクソゲーの難易度ハードもナイトメアも優しく見えるわ!正直こんな爆風の中を進むのも死にそうなんだけど!」

「そこをどうかお願いできないか。この戦いが終われば、お金を頼めばいくらでも出してくれるはずだ。戦えと言っているわけじゃない。ただ剣を渡してくれればいいんだ」

「それが難しいって言っているんだよ。どうやってあそこまで行くんだよ」

「馬車ならある……。それを使ってほしい」

 教会の入り口に乗ってきたらしい馬車が置いてある。


「い、生きて帰れる保証は……」

「はっきり言って、ありません。勝てるかも不明です」

「こんなハンデを背負いながら、そんな危険なことをしなきゃいけないのかよ」

「それは……」

 商人は黙ってしまう。

 強く言い過ぎてしまっただろうか。

 いや、でもまだ来て一週間もない世界に対して命を懸けられるほど愛着なんてまだない。

 強ければ、頑張って挑戦しようと思えるかもしれない。でもレベル1ではっきりと生き残れるという確証がないのに、命を捨てるようなことができる訳ない。


「俺はただの一般人です。戦いなんかまだやったこともないただの弱い人間です」

 目を逸らして、そんな情けない事を口にする。

 俺だって助けてあげたいという思いはある。

 だけど理想と現実は違う。

 俺が行ったところで、すぐに殺されるに違いない。


「私は商人でしかない。だからお願いするにも、お金しかない。レベル1でも生活できるように、工面する。あの方も同じ考えだろう」

「生き残れたら、だろう」

「そうだ。あれを倒せるかどうか分からない以上、逃げたって同じだ。あれに対抗できる手段は、あなたしかいないんだ」

「俺しか……」

 通りを逃げていく人たちが見える。

 生きようと必死に逃げている。


 ズドンと再びの光と爆風。

 見上げると、削れた巨体を水のような動きで修復されていく。

 何度目の再生だろうか。

 再生の度に小さくなっていったり、歪になったりはない。

 もしあのまま消耗戦になったら、どちらが勝つのか。

 ここがあれに踏みつぶされたら、あの逃げている人たちはどこに行くのか。


 身元も分からない怪しい俺を助けてくれた受付のお姉さんやレベル1だからと特別に仕事をさせてくれたあのおばさんはどうなるのだろうか。

 それに俺に宿を譲ってくれたあの冒険者は、助けたこの街が自分が去った後に魔王の幹部に潰されたと知ればどうなるのだろう。

 こんな俺を助けてくれた親切な人たち。


 まだ誰一人として、俺からお礼が言えていない。

 だったら……。


「分かりました。行きます。武器を渡せばいいんでしょう」

「はい。ありがとうございます!」

 商人は俺の手を握り、ぎゅうと力を入れる。

 柔らかい掌と熱い体温が伝わってきた。


 しかしそれは相手が同じくらいの力であれば、ドキッとしただろう。

「いただだだだだっだだだだ!」

 万力のような握力で、俺の手が危険信号を発していた。

 骨がギシギシと鳴っている。


「ああ!すみません。あなたがレベル1という事を忘れていました」

「さっきまでずっとそのことで話していたんだけどな!」

 魔王の幹部に挑む前に、身内に殺されかねない。


「行くのですか?」と今度は近くで聞いていた修道女が心配そうに話しかけてきた。

「はい。さっきはありがとうございました。親切にしてもらったので、その恩を返さないといけないんです」

「そうですか。私は全くお手伝いできませんが、せめてあなたに祝福を授けることはできます。よろしいでしょうか」

 断るなんてできるはずがない。


「はい。ぜひお願いします」

「では、戦いに祝福がありますように、『ブレッシング』」

 彼女が唱えると、その手から光がこぼれ、それを俺に振りかけるように手を振り上げた。

 降りかかってくる光は熱さも痛みもないが、どこか安心させてくれる。

「ありがとうございます。じゃあ、行ってきます」

「いってらっしゃいませ」

 そういって、手を合わせて俺が馬車に乗るまで祈っていてくれた。


 隣に商人が乗り込み、手綱を持った。

 馬車が走り出し、逃げる町の住人に逆らいながら魔王の幹部の元へ向かう。

 これが俺の最後の戦いになるのもしれない。

 まったく心の準備も装備の準備もできていない。

 だけど戦いは、もう始まっている。


 *


「急いで!急いで逃げてください。最低限の貴重品だけを持って、指示に従って逃げてください!」

 冒険者だけでは手が足りなくて、ギルドの受付である私も声掛けをしている。

 手は全く足りていない。

 それに何が起こっているのか全く分からない。


 あの魔物が出てから、すぐにギルドから住人の避難をさせるように指示が出た。

 冒険者たちとギルド職員全員で、手分けをして住人の避難の誘導と残されている人がいないかの確認をしている。

「こちら北側地区。足を痛めている婆さんを発見。回復魔法を持っている奴を回してほしい」

「了解」

 耳に装着した通信装置から救援の要請が来る。

 違う回線へと変更して、「北側地区に足を負傷したお婆さんがいるので、そちらに向かって」と回復の魔法を持っている部隊へと連絡する。

「了解。ヒア、北川地区に負傷したお婆さんがいるそうだ。向かってくれ」

 これで良し。


 ただ気にかかっているのは、身元不詳の彼。

 身元が分かっていないから、救助から洩れてしまうかもしれない。

 今日は商人の所に行って換金してくるという話だったけど、どうなっているのだろうか。

 避難を一緒にしてくれていればいいけれど。


「ダメダメ!今は目の前の仕事よ」

 彼の事を考えるのは、一旦置いておく。

「こちらです。誘導に従って速やかに逃げてください!押さないで、走らないでください」

 あの化け物を見て、慌てふためき、我先にと逃げようとするものが後をたたない。


「危険ですので、走らないで」

 声を張り上げて、走っていこうとするのを制止させる。

「あ、あれは何なんですか?」

「申し訳ありません。こちらでも今確認中です。まずは逃げてください」

 こんな質問も後を絶たない。

 私にも何も分からないし、説明のしようがない。


「開けて!開けてください!」

 誰か分からないが、逃げる先から聞こえてくる。

 そしてゴロゴロと車輪の音が聞こえた。

 馬車が向こうから、逃げる人たちに逆らって走ってきていた。


「お願いします!開けてください!」

 思いもよらない事だったから、反応が遅れた。危険だから止めないと。

「ちょっと!そこの……え?」

 馬車に乗っていたのは、思いもよらない人物だった。


 レベル1の彼。

 馭者席に女性の隣に座って、大声で馬車の走る道を開けている。

 あの魔物と戦おうとしているのだろうか。


 困惑している間に、あっという間に通り過ぎてしまう。

 あの謎の戦っている女性ですら、あの魔物を倒しきれていないのに。

「待ちなさい!」

 馬車に声を掛けるけど、気づかずに行ってしまった。


「ちょっと、私は用事ができたの。すぐに戻るから」

 近くにいる冒険者にその場を任せて、馬車を追った。

 魔物についてまだ全然知らなかったので、無謀にもあれに立ち向かっているに違いない。


「早く連れ戻さなきゃ」

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