研究室(襲撃)
「ここね」
アリスは下水道を通って、研究室にまでたどり着いた。
剣を何本も腰に携えながら、結界の前に立つ。
結界はまるで黒いシャボン玉のように、表面はゆらゆらと幾度も色を変えている。そしてその結界は膨大な魔力を放ち続けている。
その魔力はアリス自身でも、感じたことがほとんどないほど巨大なモノであった。
「蛇が出るかじゃが出るか。ふふふ、何が出るのかしらね」
アリスは楽しそうに呟いた。
頭から暗いローブを被り、顔や髪を完全に隠した格好である。
傍から見れば、怪しさ満点の姿だ。
しかもまるで弁慶のように、何本もの剣をそろえているのだから、ますます怪しさは爆増している。
しかしそれを指摘するような人は、下水道にはいない。
彼女はただ一人で、暗い下水道の中を通り抜け、この最奥の研究室前へと到達した。
この魔法都市の異変を片付けるために、戦いに来たのだ。
「新川の方も心配だけど、仕方ないわね。今日終わらせてあげれば、新川も楽になるでしょうし、ひと頑張りしましょうか」
アリスはピョイ教授から、新川の失踪について話を聞いていた。
そして学長からの貴族が大軍を率いてきたことも、教えられて来ている。
アリス自身がそれらの問題ごとに対処することを進言していたが、ピョイ教授と学長が自分たちで解決するとアリスに言って、送り出したのだ。
後ろ髪をひかれながらも、アリスは一昨日発見したこの研究室へと襲撃にきたのだった。
ぐぐっとアリスは伸びをする。
「んんっ。上の方の事も気になるけど、ちゃっちゃとやってしまいましょう」
ローブの中に手を入れて、そこから球体を取り出した。
球体はまるでスイカのように、青色と銀色の線が交互に入った模様が入っている。手のひら大の大きさで、どこか金属的な光沢を放っていた。
それはアリスがここに来る前に、ピョイ教授から受け取ったものである。
昨日、アリスの出発を遅くしてまで用意したものだった。
「本当に効果はあるのかしら?」とアリスは少し疑心を抱きながらも、その球体を結界に向かって放り投げた。
その球体は結界に触れると、ピーンと甲高い音を放つ。
「やばっ、大丈夫かしら?」
アリスはちょっと驚いた声を出して、研究室の内部へ音が聞こえてしまったかと心配して距離を取る。
球体と結界がぶつかり合っていると、次第に結界の色が薄くなっていく。
黒かった色が、徐々に薄くグレーになっていき、代わりに球体が輝き始める。
結界を維持していた膨大な魔力が、球体が当たっている間にどんどんと小さくなっていく。
そして数分後、恐ろしいほどの魔力が全くなくなってしまい、結界はアリスの見ている間に音もなく消滅してしまった。
そして研究室の強力な結界の張られていた入り口には、一つの青と銀の金属球体がぽとりと転がっているだけだ。
もうそこに結界が張られていたという事実を確認できる方法はない。
「ピョイ教授の言っていた通りね。こんなにも効果があるなんて驚きね、あの強力な結界を消せるなんて。もしかして、魔界との境界に張っている結界も消せるのかしら……、そうなったら、魔王軍がなだれ込みそう。便利だけど、恐ろしいわね」
球体を拾いながら、アリスは魔王軍との戦いに使った場合の危険性について、少し憂慮した。
魔界と人間界とには、結界が張られており、それのおかげで魔王軍からの進行を食い止められているのだ。
それが破られたら、魔王軍の侵攻は遥か昔結界のなかった時のようになってしまうだろう。
「それを今、考えてもしょうがないわね。さ、行きましょうか」
アリスは腰の剣から一本取り出して、片手に構える。
結界のなくなった研究室の扉を、『シャイニング・セイバー』と剣に光をまとわせて切り刻み、強引に中へ侵入する。
がらがらと扉だった破片が地面に落ちたものを踏みしめながら、研究室の中に入り、「へぇ」とその光景に驚く。
そこにあったのは、大量の檻だった。
そしてそこで買われているものはすべて魔物。
しかもありとあらゆる地域にいる魔物が、そこに収められていた。
「すっごーい、こんなに魔物を集めているなんて、どこのド変態よ。このあたりの弱い魔物ばかりじゃなくて、前線近くに出てくる魔物までいるじゃない。でもどうやって、捕らえてきたのかしら?これだけの魔物を連れてくるって、相当の労力になるわよ。ただの一研究者っていう訳じゃないわね」
突然現れたアリスに警戒した魔物たちが、ギャアギャアと騒ぎ始める。
しかしアリスは表情の一つも変えずに、一つ一つの檻の中を覗き、そこにいる魔物の姿を確認しながら、奥へと進んで行く。
研究室然とした銀色の壁で囲まれた檻がたくさん並ぶ部屋を通り過ぎて、次の部屋へと続く扉を切り刻む。
そこは廊下になっており、右と左に延々と伸びているように見えた。
さらに両側の壁に扉が等間隔に並び、とてつもなく広い空間が広がっていることが分かる。
「さて、どうしましょうか。魔法都市の下にこんな大きな場所が広がっているなんてね。下水道にもつながっているようだし、他にもどこかにつながっているのかしら?」
そう言いながら、アリスは近くの手ごろな扉を切り刻んだ。
がらがらと崩れていく破片を踏みつけ中に入ると、そこには手術台があった。
しかも人間用ではなく、もっと巨大な何かのための物である。
そこに乗っている魔物も手術台に見合った大きさをしていた。
「レイジング・コング……。しかも成体ね。こんなのまで連れてきていたのね。これまでに見てきた魔物は、すべてこの辺りに出てくる魔物ばかりだったのに、どうしてこんな元から強い魔物がいるのかしら?」
レイジング・コングは、魔王軍との最前線近くの森に出てくる巨大なゴリラである。
魔王軍との最前線では、魔王の魔力の影響で強い魔物が出ることが多いのだ。
「このゴリラに、何をしようとしているのかしら?良く見えないわね」
そう言って、アリスはぴょんと軽く跳躍して、レイジング・コングの腹の上に乗った。
「変なところは……っと、あら、片腕が……」
レイジング・コングの片腕がなくなっているのを確認した。
「治療をしているの?それとも……いえ……、そういえば、前に戦った強いキメラの魔物……」
目を閉じて、記憶を探る。
「そう、あの魔物、腕がゴリラのような腕だったわ。そうよ、まさにこんな風な……」
そしてもう一度、足元のレイジング・コングの残った腕を見る。
「なるほどね、あの強い魔物がここで作られたっていう証拠になりそうね。やっぱりここで作られていたのね。しかもまだこのレイジング・コング、生きている……。可愛そうだけど、ここであなたを野放しにしておくわけにはいかないわ」
アリスは剣を両手で掲げて握る。
『シャイニング・セイバー』
まるでバターのように、レイジング・コングを両断した。
血がバシャと手術台に飛んだ。
アリスは身軽にレイジング・コングの死体から降りて、周囲を見渡して何もない事を確認する。
「それにしても、妙に静かね。魔物の声しか聞こえないし……。警報もならないわ。どうしてかしら?こんなに乱暴に侵入しているのに、まだ鳴らないなんておかしいんじゃない?」
扉を強引に開けて、しかも保管している魔物を始末しているのに、まったく警報はなっていなかった。
「まるで抜け殻のよう……。でも魔物は残されているわ。こんなにたくさんの貴重な魔物が……。これを置いていくなんて、考えられない。もっと上にいるのかしらね?それとも、他にこれ以上に良いものがあるのかしら?」
アリスは何もない廊下を歩き、次の扉を切り刻む。
「ふふーん、次の扉はなにかしら?」
鼻歌を歌いながら、その扉の残骸を通り抜ける。
そしてがちゃりと音がした。
「ガチャリ?」
中は隣の部屋と同じように、魔物が入った檻が大量に並んでいた。
アリスが入ってきたことで、興奮した魔物が叫びながら檻の扉部分に激突すると、カギがかかっていないようで外へまで出てきた。
「あら。まさか、どこかからちゃんと見えていたのかしら?」
不敵に笑いながら、ぞくぞくと飛び出してくる魔物たちに剣を構える。
ぐおぉと両隣の部屋からも魔物たちが、声を上げているのが聞こえる。
「全部の魔物を捨て駒にでもするつもり?」
侵入者であるアリスへと、魔物たちは攻撃的な目を向けた。
ドドドと背後の廊下からも魔物が足音を出しているのが、聞こえる。
「ふふふ、まさか何百匹いるのかしらね?」
剣に光をまとわせながら、アリスは魔物の山へと飛び込んだ。
そして始まる凄惨な血の宴。
アリスは魔物たちをばたばたと切り伏せていく。
「魔物をすべて、捨てるつもりなの?」
魔物を軽やかに切り捨てながら、アリスはつぶやく。
「強い魔物を作る研究はどうしたのかしら?」




