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Lv1の剣  作者: 豚野朗
魔法都市
58/206

カノン(心)

「修平、今日は返さなイワヨ」

 カノンはまたどこから覚えたか分からない言葉を言った。

「カノン、意味を分かっていっているんだよな」

 一応、確認のためにカノンに言う。


 今日は日曜日で、魔法学校は休みだが、カノンと遊ぶためにピョイ教授の部屋を訪れていた。

 ほとんど生徒のいない魔法学校は、どこか寂しく感じる。

 ぴょんぴょんと窓や階段の上から飛び降りて、地上に降りたり空を飛んだりする異様な光景が見えないのが、少しだけ寂しい。

 あの景色を見慣れてしまったようだ。


 ピョイ教授は変わらず、自分の机で何かの書類仕事をしている。何の書類を見ているのかは、全然知らないけれど。

 カノンはというと、変わらずメイド服を着ていた。

 俺が好きだからと言う理由で、メイド服を着ていたはずだが、結局誤解は解けないままカノンはメイド服を着続けている。

 今更、否定すると図星を突かれているみたいに見えてしまいそうで、カノンに強く言えない。

 どうやって、やめさせようかと頭をひねっている所だ。

 それにもうメイド服のカノンも見慣れてしまったので、他の服を着ているカノンを想像できない。


「もちろんデス。明日までずっと遊ぶとイウ事デス。今日は、修平と明日マデ遊ぶデス」

「若干違うけど、大体あっているような……」

「ドウいう意味デスカ?」

「いや、何でもない。それで、今日は何をするんだ?」

 具体的な説明を、カノンにするのは少しだけはばかられる。

 カノンは全く何も知らない子供のようで、そういう事を教えるのに抵抗感がある。


「絵本を読むデス」

「絵本?」

 カノンが手渡してきたのは、前に俺とカノンで朗読劇をした絵本だった。

 王子とメイドのお話。

 恋の逃避行の童話だ。


「カノンは、この物語が好きなんだな」

「ハイ。この本は、ピョイ教授が初めてクレタモノですノデ」

 内容が良いわけではないのか。

 これをピョイ教授が初めて渡したから、大事にしているという事なんだな。

「モノを長く大事に使うノハ、大切ナ事デス」


「そうだけど、ストーリーとかはどう思っているんだ?王子様が好きだったり、メイドが可愛いとか感じたりしないのか?」

 俺がカノンに聞くと、カノンは首を傾げた。

「良く分かりません」

「そうか。じゃあ、読もうか。また王子役は俺で、メイド役はカノンで良い?」

「ハイ。私がメイドデス。修平がスキなメイドデス」

「その言い方も、変な意味にとれそうだからやめて」

 カノンの奇天烈な言動に振り回されながらも、絵本の表紙をめくって、カノンと横並びに座りながら、朗読劇を始める。


 *


「今日は、これまでにしようか」

「ハイ」

 日が落ちて、月が昇り始めてた頃、俺はカノンに終わりを告げた。

 カノンは素直にうなずいたが、どこか寂しそうに見えたのは俺の見間違いだろうか。


 一日中、カノンと遊び続けた。

 朗読劇が終わったら、トランプから双六、おままごとと、身体が人形だからなのか疲れ知らずで、ほぼ休みなく遊んだ。

 俺はマラソンをしたかのように、疲れてしまっていた。

 いつも1,2時間くらいしかしていなかったから、半日近く遊び続けるのは意外に重労働だった。

 肩をぐるぐると回すと、ゴリゴリと音が鳴った。

 座り続けながら遊んでいたから、足が固まって少し痛みを感じる。


 立ち上がって屈伸をして、足を動かしていると、「帰るなら、私が送っていくよ」とピョイ教授が言った。

 今日は遊んでいる間も全く話してこなかったのに、最期の最期でやっと声を聞いた。

「忙しいんじゃないんですか。いつもこの時間に帰っていますから、大丈夫ですよ」

「いや。今日は一日外に出ていなかったから、ちょうどいい」

 ピョイ教授は立ち上がって、俺が何かを言う前にさっさとドアから出てしまったので、大人しくその背中を追った。


 廊下をピョイ教授の横に並んで歩く。

 生徒のいない廊下は寂しい。

 太陽の光もなく、魔力の焔による明かりしかなくて心もとない。

 ちらちらと光りが揺れて、俺とピョイ教授の影が揺らぐ。


「新川修平君、君はカノンと一週間遊んで、どう感じた?」

 ピョイ教授が唐突に俺に聞いてきた。

「どう感じたというのは、どういう事でしょうか?」

「感想だよ。感想。カノンと言う動く人形と遊んでみて、どう思ったのか教えてほしい。今後の研究のためにね」

「研究ですか」

「そう。研究だ。私が行っているのはね」

 ピョイ教授は俺の方を見ないで、廊下の先の暗い闇を見つめながら言った。


「楽しかったです。カノンのやることにいつも驚かされて、毎日相手していて全然飽きませんでした。それに教えたことはすぐに理解するので、遊びにストレスは感じませんでしたし、凄く楽しめました」

 俺は素直に言った。

 学長との話で言おうとしたことも、混ぜて答える。

「そうか。楽しめているなら、良かった。カノンと遊んでいるのが嫌々だと、俺の良心が痛むからね」

 本当の事なのか、それとも口で適当に言っているだけなのか分からない。

「そういう意味なら、俺は全然嫌ではありませんよ。なんていうか妹ができたみたいで、毎日が楽しいです」

 カノンに感じている感情は妹っていうのが、ぴったりな表現かもしれない。

 手のかかって、可愛い妹。

 そんな感じがする。


「妹か。見た目はカノンの方が、上に見えるけどな」

「それは、まぁ、カノンは見た目は大人ですから。でも突拍子もない事をしたり、距離感のないような感じが、妹のような感じがします。俺には血のつながった妹はいませんけど、妹がいたらあんな感じなのかなと思いました」

「ふふ、そうかもしれないな」

 ピョイ教授は笑った。


 廊下を通り、昇降口、それから門まで来た。

 月はもう家よりも高くなってきている。

 もう夜も本番になってきた。

 街灯の光の中で、親子連れの歩行者や空を飛ぶ人たちが多くなってきていた。

 今日は、日曜日で仕事も休みで、親子で遊びに出ていたのだろう。


「それで、カノンには心という物があるように感じましたか?」

 そして門をくぐったところでピョイ教授が重々しく、口を開いた。

「心ですか?それは、どういう?」

「カノンは魔導心臓を取り付け、動くように魔法陣を施した人形だ。そして私の研究の最終目標は人形の国を作る。そう、国を作れるほどの心を持った人形を作り出すことです。だからカノンと遊んでくれた新川さんに聞きたい。カノンに心はありましたか?」と今度は足を止めて、俺と向かい合って言う。


 心を持った人形が、ピョイ教授の目的?

 それはどういう意味だろうか。

 心と言うのが、非常にあいまいで良く分からない。

 でもカノンが無機質な機械のようには思えなかった。

「心は、あると思います。絵本を大事にしたり、誰かのために何かをしようとしたりするのは、心があるからなのではないですか?」

 カノンはピョイ教授からもらった絵本を大事にしたり、俺のためにケーキを作ろうとしたりしていた。

 何を勘違いしたのか、砂糖の代わりに塩を使ったケーキだったが。


「それは一般論として、私が事前に伝えていた内容なんだ。物を大事にしよう。誰かの好きなことをしてあげよう。そんな事を君が来る前に教えていたんだ」

「あれはピョイ教授が言ったから、それを覚えていてやっていたという事ですか?」

「そうだと私は思っている」

 ピョイ教授は冷酷に俺の言葉を肯定した。


「じゃあ、ピョイ教授の考える心っていうのは、なんなんですか?」

 否定されて、少しむきになって強い口調でピョイ教授に尋ねた。

「自発的に考えて、無償の奉仕を行う。それが心なんじゃないかと思っている。もしカノンが私の言葉以上のことをすることができれば、それが心を持っているという証明になる。だけどまだ今のところは、私の言う事をそのまま実践しているだけに過ぎないんだ」

「それって、普通の人でも難しいんじゃないですか、自発的に無償の奉仕なんて。自分でボランティアをするっていう事でしょう」

 誰かに言われて、親切なことをする人はいるかもしれないけど、自分からやるという事は難しいんじゃないか。

「そうかもしれないね。でもそれが私の研究なんだ」

 ピョイ教授が照れることもせず、堂々と断言した。


「どうして、そんなに心を作りたいんですか?」

 俺からしたら、自分で考えて動く人形を作るだけでも凄いと思うのに、それ以上を考えている。

 どこからその熱量が出てくるのだろうか。


「かつて、私には一人の研究仲間がいた。その研究仲間との目標なんだよ。それを私一人でも、作り上げたくてね」

 少し寂しそうにピョイ教授は言った。

 月を背負うように立つピョイ教授は、少しだけ悲しそうに見えた。

「その研究仲間はどうなったんですか?」

 かつてという単語に少しだけ嫌な予感を感じて、遠回しな言い方をする。


「あぁ、死んだとかじゃないよ。ただ、少しだけ離れないといけないことになってね」

 離れなければいけない事っていうのを追求することが、ピョイ教授の顔を見てしまって言えなかった。

 寂しそうで、悲しそうで、なんだか泣いてしまいそうな顔をしていた。


「その、カノンに心が生まれなかったら、どうするつもりなんですか?」

 研究目標とやらを聞いて、カノンのこれからについて、少しだけ不安になってしまった。

「どうもしないよ。カノンは私の最高傑作だよ。これから別の人形を作ろうと、決して壊したり捨てたりなんかしないよ」

 ピョイ教授の言葉にほっとする。


「カノンの次の人形については、まだ考えていないから、安心して。君の妹は、絶対に捨てたりはしないよ」

「そうやってからかうのはやめてくださいよ」

「あはは。カノンは妹か。カノンに家族が増えるのは、嬉しいよ。そうなると、アリスはお姉ちゃんかな。そして私が父親か」

 想像がまったくつかない家族だ。

 アリスもカノンと同じくらい手のかかる感じがする。

 逆に自分もアリスに色々と迷惑をかけているから、どっちもどっちかもしれない。


「ピョイ教授が父親ですか。なんか、想像できないですね」

「そりゃあ、まだ私は独り身だからね」

 ピョイ教授はけらけらと自虐で笑う。

「カノンと結婚したいとかはないんですね」

「そりゃそうさ。カノンは私の作った人形なんだから」


 ピョイ教授はパンと手を叩いた。

「君に聞きたかったのは、そんなところだ。じゃあ、新川君、気を付けて帰ってね」

「はい。ピョイ教授、ありがとうございました」

「うん。お疲れ」

 そう言って、ピョイ教授は俺に背中を向けて、魔法学校へと戻っていった。

 俺はピョイ教授の背中が魔法学校の中に消えていったのを見届けてから、自分の借りているアパートへと向かう。


 明日からまた学校だ。

 フリョ・リダたちがまた砂化魔法をかけられないように気を付けていくように、学長に頼まれている。

 少し気は重いが、頑張ろう。

 そのために、今日は早めに寝ることにしよう。

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