学長(Yo!)
放課後になって、両開きの重厚な木材の扉のある部屋の前に来た。
ここがこの魔法学校のトップである学長がいるのだ。
魔法学校であるという事から考えると、ひげの長い厳格な魔法使いのおじいさんがいそうだ。
かなりレベルも高いだろうし、怒らせないようにしないと。
その学長にカノンが危険ではなく、安全で親切なんだと説明しなければならない。
外出したとしても絶対に人を傷つけないし、何も危険なことはないと。
カノンが外に出て、景色を見てみたいという願いを叶えるために、この会話は絶対に成功させないといけないぞ。
ごくりと緊張で唾を飲みこむ。
この会話でカノンのこれからが決まるのだ。
怖気ずいてなんていられない。
「よし」と気合を入れて、ノックをする。
「どうぞ」と中から男性の声がした。
「失礼します」と言いながら中に入ると、そこには長いひげを蓄えた魔法使いのおじいさんが座っていなかった。
色鮮やかな室内に目が痛くなって、思わず扉を閉じてしまう。
一旦、深呼吸をする。
予想外の光景が広がっていて、咄嗟に逃げてしまった。
廊下で深呼吸を繰り返す。
きっと今の部屋の中の姿は、カノンの願いをかなえようと気負った結果、緊張によって見えてしまった幻覚なのだろう。
まさか魔法学校の最高権力者の部屋が、あんなカラフルな訳がない。
目の前の扉は、重厚で落ち着いた焦げ茶色だ。
こんなにも落ち着いて真面目な色の向こう側が、目が痛くなるようなド派手な色の世界が広がっている訳がない。
幻覚に違いないんだ。
そう心に言い聞かせて、もう一度ノックをする。
重く響きの良い木材の音がした。
落ち着く。こんな音がする扉があるんだから、中も落ち着いているに違いない。
黒とか茶色とかの色が占めているに違いないんだ。
「何をしているんだYo!どうぞって言ったんだYo!なんで入ってこないんだYo!」
その扉が勢いよく開けられて、同時にハイテンションな様子で話しかけてきた。
扉の隙間から見える部屋の中の様子も、最初に見た時と同じだ。
しかも学長の部屋の中から出てきた男性は、俺が想像した学長とかけ離れた男だった。
背が高く、金色の髪に真っ赤なアロハシャツを着ている、アロハシャツと言うのがこちらの世界にあるのか分からないが。
真っ黄色の半ズボンをはいていて、学長の部屋にいるとは思えないほどのヤンキー感あふれる男だった。
ただ頭に魔法使いのようなとんがり帽子だけはかぶっているのが、とてもアンバランスだ。
「が、学長に会いに来たんですけど、学長はどちらにいらっしゃるんでしょうか」とその男性に尋ねる。
きっと他に学長がいて、この人はきっと別の用事で来た人なのだと思いたい。
ただ部屋の中の椅子に座っていた人が、この人だったことを俺はばっちりと見ていた。しかし最後の確認として、聞いてみる。
「何を言っているんだYo!俺が魔法学校!学長!アチョー・アレブル!だYo!」
上に人差し指を突き上げるポーズを取りながら、アチョー・アレブル学長は名乗った。
俺は目を手で覆う。
学長がどんな人間か、どう話そうか、などと考えていたが、今すべての計画が打ち砕かれた。
こんなハイテンションヤンキーっぽい人に、どう説明すればいいんだ。
俺がパニックに陥っていると、「よく来たYo!新川修平!とりあえず入れYo!」と扉の中に招かれる。
「失礼します」と言って、案内されるままに中に入る。
黄色いじゅうたんに、壁が真っ赤に塗られていて、色の洪水に俺の目が爆発しそうだ。。
天井もまるで空のように青色に染められている。
机も椅子も明るい緑色だ。
アチョー学長は杖を振るって、お茶を入れている姿を見ると、こんな外見だけどちゃんと魔法使いであるらしい。
「ようこそYo!お茶をどうYo!」
「ありがとうございます」
ハイテンションな口調に引きながらも、お茶を受け取ってひとまず口に含む。
お茶の味は、ピョイ教授の所でカノンが出してくれるお茶と同じ味がして、パニックになっていた心が落ち着いてくる。
そうだ、誰であってもカノンの願いを叶えるために外出許可をもらわなければいけない。
「アチョー学長、今日はカノンの近況報告に来ました。それで……」と俺が説明しようと口を開いたとき、アチョー学長は掌をこちらに向けて俺の言葉を制止させる。
「あぁ、OK、OK!レベル1の君が何の怪我もない事を見れば、問題ないZe!外出許可が欲しいんだRo!力になるZe!」
色々とうるさい男かと思ったけれど、意外に話が分かる人なのかもしれない。
「ただ外出許可が確実に出るとは、限らないZe!そこは承知しておいてほしいZe!教授連の説得ができるとは限らないZe!」
「教授連……」
ピョイ教授の口からも何回も出ていた言葉だ。
「そうだZe!俺の爺様が学長を下りてから、力をつけて手が付けられないんだZe!貴族たちを味方につけてしまって、俺の権力では歯が立たないんだZe!しかも俺のことも嫌っているみたいだZe!何でか分からないんだZe!」
前学長から引き継いだから、こんなにも若いのか。
そして教授連が嫌っている理由は、何となく分かるけど。
俺も苦手だ。
「教授連の筆頭が、ゴジョ―先生だZe!彼が戻って来てから、力をつけてしまったZe!寄付をたくさん受けられるようになったから、強く言えないZe!カノンの外出許可は教授連が、強く拒否しているZe!という訳で、申し訳ないZe!」
しゃべり方がうざいが、彼も頑張ってはくれているみたいだ。
「なぜ、そんなに強く拒否しているんですか?カノンが危険な存在と思えないんですが」
「それは分からないZe!まるで当てつけのようだZe!ゴジョ―先生とピョイ教授に、恨み会うような関係はないはずだZe!ゴジョ―先生が最前線に研究に行く前は、完全に別分野の人間で共通項はないんだZe!戻って来た後も、ゴジョ―先生は研究に専念していて、ピョイ教授と会っていないと聞いているんだZe!」
何故か分からないけど、教授連にカノンとピョイ教授が目の敵にされているってことか。
ゴジョ―先生は不思議な雰囲気があった。
あれはピョイ教授に恨みがあったってことだろうか。
でもそれは違うように思える。
あの恐ろしい感覚は、もっと危険な雰囲気のようで……。
「ピョイ教授も頑張っているが、うまくいっていないZe!外出許可は、俺も頑張ってみるZe!長い目で見て欲しいZe!」
「そんな、俺はカノンと約束をしたんです。カノンに外の世界を見せてあげるって、どうにかなりませんか?」
「頑張ってみるZe!申し訳ないZe!」とハイテンションながら、少し声を落としている。
やはり難しいようだ。
「俺も力になりますから。オレに何かできないでしょうか」
「新川修平。君は学生ライフを楽しめば良いんだZe!それに君には他の役割もあるんだRo!学生内からこの学校を観察するという役割だZe!」
「それは、そうですが……」
それがピョイ教授に生活の援助をしてもらう約束だった。
今のところは、全く役に立っていないけど。
「君のおかげで、教授連の鼻っ柱を折ることができたんだZe!マジ感謝だZe!」
全く身に覚えのない事を褒められる。
「俺何かやっちゃいましたか?」
「やったじゃないか。教授連のお抱えのフリョ・リダをみんなの目の前で倒すっていう偉業をね。俺も殺されそうになったら、助けに入るつもりだったけど、まさか倒してしまうなんてびっくりだZe!」
アチョー学長の言葉を聞いて、納得する。
助けが入る予定があったということも驚いたが、フリョ・リダを倒したことがそこまで影響があった事にも驚く。
「俺も少し動けるようになるZe!教授連の生徒の魔力量を飛躍的に向上させた研究が、強すぎるんだZe!でもこれで魔力量を増やすことが、絶対ではないと証明できるZe!それでも全然足りないZe!」
アチョー学長の力になれるなら、あの戦いもあってよかったのか。
死ぬほど嫌だったけど。
「じゃあ、俺はこれからも学生内で色々と動いていればいいっていう事ですか?」
「そうだZe!それでその関係でも呼んだんだZe!」
「何ですか?」
「学生の砂化事件の件だZe!被害者の生徒と一緒にいたんだRo?」
「はい。いましたけど、俺は事情聴取を受けた時と同じ内容しか分かりませんよ」
そもそも砂化事件に遭遇しているけれど、怪しい動きをしていた人を見ているわけではないし、砂化している人の共通点がある訳でもない。
ただ砂化事件に立ち会っているだけだ。
「違うんだZe!砂化事件の被害者の共通点が、分かったんだZe!それでその生徒たちが被害にあわないように、観察をしていってほしいんだZe!もちろん、明日は休みだから来週からでいいZe!」
「共通点があるんですか?魔法学校と魔法道具店で全然違う場所でしたけれど……」
「さっき言った教授連だZe!特にゴジョ―先生の研究室だZe!そこに頻繁に立ち入っている人が、被害者なんだZe!」
「ゴジョ―先生?」
あの怪しい先生が、砂化事件と何か関係があるのか。
「そうだZe!その生徒が被害にあわないように気にかけてほしいというのが、追加の依頼だZe!もちろん、報酬は用意しているZe!これが前払いだZe!」
ゴトと机の上に重そうな革袋が置かれる。
僅かに緩んだ革袋の口から、きらきらと光るコインが見えた。
革袋の中身すべてが、このコインだろう。
「こんなに、良いんですか?」
「君の負担が増えるから、その分だZe!受け取ってくRe!」
そういうなら、もらっておこう。
「それで誰なんですか。観察する人っていうのは……」
誰だろうか。
誰であろうと人が死ぬかもしれないというならば、助けてあげたい。
この世界に来てからというものかなりの頻度で、人の死に立ち会っている。
魔王とかがいる世界だから仕方ないのかもしれないけど、俺が努力すれば助けられるなら、それに越したことはない。
「フリョ・リダ君のグループの人たちだZe!彼らは全員、ゴジョ―先生の魔力量増強研究の被験者なんだZe!生徒会に顔を出しているみたいだし、休み時間中だけでも気にかけて欲しいんだZe!」
その言葉を聞いて、俺はなぜ革袋がこんなにもパンパンに入っているのか分かった。
今すぐにでも、断りたくなる。




