初日の成果(何もないですけど)
ピョイ教授の部屋を開けると、俺に気付いたカノンが「お帰りなさいマセ、ご主人様」とメイドっぽく挨拶した。
そしてまだメイド服を着ている。
「気に入ったの?そのメイド服」
「ハイ。修平がスキだと聞イタノで」
朝のやつか。
似合っていると言っただけで、メイド服が好きだとは言っていない。
カノンの言い方だと、俺がメイド服好きの変態みたいに見えちゃうじゃん。
早く訂正しないと、素直に受け取ってしまうカノンは俺がメイド服好きだと認識してしまう。
それだけは回避しようとして、訂正しようとしたら「ただいま」と隣の部屋からのそりと黒い影が入ってきた。
「うぉぉ、って誰かと思ったら、アリスか……」
一瞬驚いたが、声と頭からすっぽりとかぶっている黒いフードの端から見える金髪でアリスだと判断する。
まるでゾンビのような動きで、近くの椅子に座った。
足元が濡れて、引きずったような跡が床にできている。
椅子の背もたれに寄りかかってぐったりとしていた。
「アリスがそんなになるって、なんか強い魔物が出たのか?」
心配になって、アリスに聞くと首を振って否定されてしまった。
「すっごい臭かった。鼻が曲がりそうよ。下水って言っても限度ってものがあるでしょう」
「まぁ、魔法の触媒とかも交じっているから、それも加わって臭いのかもしれないな」
確かに下水の匂いが、アリスの身体からほんのりと漂っている。
それだけ下水道の匂いが強烈だったのだろう。
「魔物は巨大化したネズミくらいしかいなかったわ。今日の探索範囲ではね」
「そうか。下水道の臭いにおいの中良くやってくれたね。一日で見つかるとは思えないからね。これからも調査を頼むよ」
ピョイ教授はアリスを労りながらも、調査は続行するようだ。
アリスの様子を見ると、俺が今日授業で当てられ続けて精神的に疲れたなんて言うのが小さい事に感じる。
むしろ安全なところで、椅子に座って授業を受けていただけだった俺は恥ずかしい。
「それで新川はどうだった?」
そんな事を考えていたら、アリスが俺にタイミング悪く聞いてきた。
「いや、何にもなかったよ」
「本当に?それならよかったわ。目につけられないようにしなさいよ。目的は分かっているんでしょう。脅しとかで一発魔法を撃たれただけで、あんたは死んじゃうんだからね」
アリスが怖い事を言う。
「え?マジで?」
「それはそうでしょう。あなたは明確に敵ですよって名乗っている奴を、そのままにしておくの?」
「そ、それは……」
確かにそうなったら、何か牽制とかをするかもしれない。
「あれ、もしかして、俺が一番危ない?」
「もしかしなくても、あなたは常に危ないわよ、レベル1だし。どんなしょうもない事でも、当たったら死ぬのよ」
「怖いこと言わないでくれよ」
「私は別行動しているから、自分で頑張って逃げるなりかわすなりしていかないといけないのよ」
アリスが俺の気付かなかった点をガンガン指摘していく。
ピョイ教授はカノンが入れた紅茶を飲みながら、「大丈夫大丈夫」と軽薄な言葉を言っている。
「なんか、降りたくなってきたんですけど」
「はっはっは。ならお金は出さないよ」とピョイ教授は笑っていた。
そうだ、生活費を握られているのだ。
部屋とか生徒と言う身分とかも全部やってもらったんだ。
やるしかないんだ。
「修平、死ぬノデスカ」
カノンが俺たちの会話の中に入ってきた。
そして俺の目の前に膝をついて、手をがしりと握ってくる。
デジャブが頭をよぎる。
朝のやり取りと同じ悲劇が繰り返されようとしているのを感じ取った。
「い、いや、死なないから。大丈夫安心して」
速攻で否定する。
手を握りつぶされる前に、先手をうつ。
「良カッタです」
そしてあっさりと手を放してくれる。
危なかった。
この世界の人間も人形も握力が、強すぎる。
俺の手がいつ握りつぶされるか分からない。
結局、俺は魔法学校の生徒として潜り込むことになるようだ。
アリスの言う通り、死にかねないから気を引き締めて行かないと。
*
「クラウス王子、イケません。私と貴方デハ、身分が違いスギマス。ドウか、私の事は忘れテクダサイ」
「いや、俺はお前を忘れたりはしない。身分が違うというのならば、俺は喜んで投げ捨てよう。お前を手に入れられないというのなら、こんな身分は何も意味をなさない」
「貴方は次期国王トナリ、国を明ルク導いていく使命を持ってイルノデス」
「お前を切り捨てるような国を導かなければならない道理が、どこにあるのか。例え、それが神が決めた運命だとしても、俺は逆ってみせよう」
「私のタメニ、貴方がソノヨウナ無謀をする必要ナドないノデス。お考え直ししてクダサイ」
「いや、俺は決めたのだ。父上がお前を国外へ追放すると決めたあの瞬間から。世界中を敵に回しても、お前だけを守り続けて見せる。ルカ、お前を愛している」
「チガイマス」
「え?俺、どこか間違ってた?」
カノンとカノンが読んだメイドと王子の逃避行の物語を、俺が王子役、カノンがメイド役で演じていた。
アリスは先に風呂に入りたいからと言って、もう既に帰ってしまっている。
ピョイ教授はデカい専用の机に向かいながら、ずっとペンを走らせていた。
俺とカノンは向かいあって立って、一冊の絵本を手渡しあって演じている。
「間違ってイマセン。デモよく見てクダサイ」
カノンに言われて、その絵本のページに目を落とす。
よく見ても、ちゃんと間違えずに読んでいる。
間違っていないと言われているから、それとも違うのだろう。
絵本のページには、メイド服を着た少女と王子が夜の花咲く丘で月に照らされながらキスをしているシーンが描かれている。
はたとカノンの言いたいことに気付いた。
「キスをしてクダサイ」
「いや、いや、そんなシーンだとしても、わざわざ俺とカノンがする必要はないよね」
「アリマス。ピョイ教授は、言ってイマシタ。読んで覚えるダケジャ、人間の心は分からナイト実際に試スノガ一番ダト」
「余計なことを!」
しかも筋が通っているように感じるのがたちが悪い。
「いや、なら俺じゃなくてもピョイ教授でもいいんじゃないか?」
「あぁ、私は忙しいんで、そっちでやっていて」
書類仕事を延々とやっている割に、即座に反応してくるのもちゃっかりとしていてむかつく。
「なぜ、ピョイ教授がスルのデスカ。今は、修平がクラウス王子デス。マジメにヤッテクダサイ」
「真面目か真面目かじゃないとかじゃなくてだな」
これを説明するのは難しい。
「キスっていうのは、恋人同士でする事であって、演じているから軽々しくやるのは違うと思うんだよ」
「なら、修平と恋人にナレバ良いデスカ?」
「そうだよ。まだ俺とカノンは恋人じゃないだろう」
よし、これでかわせた。
このまま次のページに進んで、うやむやにしてしまおう。
「ジャア、今カラ修平は恋人デス」
おっと、そう来たか。
そう来ちゃったかぁ。
俺は心の中で頭を抱える。
せっかく買わせたと思ったのに、恋人と言う関係性の重さが分かっていないからこそのこの言葉だろう。
「修平、キスしてクダサイ」
カノンが俺の方に顔を突き出して、キスの催促をしてくる。
これはまずい。
力では俺の方が圧倒的不利、このままだとキスをされてしまう。
「カノン、待って」
早く何か考えないと。
そしてあと少しで、キスしてしまいそうなほど接近した時、「カノン、もうやめてあげなさい」とピョイ教授が言った。
「ドウシテですか?」
「新川君には、恋人が既にいるんだ。恋人は一人に一人ずづなんだよ」
「そうだったのデスカ。恋人でナイナラ、キスがデキマセン」
「そ、そうなんだよ。俺にはミコっていう恋人がいてね」
ピョイ教授の助け舟に全力で乗っかる。
うんうんと頭を縦に振って、恋人がいるアピールをした。
これでもう大丈夫だと思ったら、「キスはドノヨウナ味がシマシタか」とさらに質問が来た。
しかも答えにくい質問。
「ええっと、それは、その……」
口籠っていると、またしてもピョイ教授が「新川君が困っているだろう。それに絵本の真似をしているんだろう。早くしないと、夜になって最期までできないよ」と助けてくれる。
ダメな無責任、適当男だと思ったら、こんなにも頼りになるなんてと見直した。
「私も定時には帰りたいからね。早く終わらせて、新川君をアパートに連れて行かないと」
やっぱり見直す必要はなかったかもしれない。




