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Lv1の剣  作者: 豚野朗
始まりの町
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売りに行く

 翌日、俺は件の商社に向かった。


 腰に剣を差して行くべきか、悩んだ末に冒険者になるんだしと思って結局剣は持って行くようにした。

 行く予定だった商社は幸いにもホテルの近くだった。

 つまり高級市街の中だ。


 商社は意外にも小さかった。他の店と比べても一回り小さい。

 完全に出張所みたいな感じで、窓から覗いてみても中も狭かった。全然繁盛しているようには見えない。

 外観は高級な店に思えないほど汚れていた。少し薄汚れていて、最近できたにしてはあまり整えられているとは思えない。

 有名な販売店だと聞いているが、何のためにこんな所にこんなこぢんまりとしている店を建てたのか良く分からない。


 隣には巨大な豪邸がある。

 広い庭に白い洋風の三階建ての建物だ。

 豪邸はこの商社の人の住んでいる所なんだろうか。どれだけのお金を持っていれば、あれだけ豪邸に住む事が出来るのかな。


 そういう俺に関係の無い事は横に置いておいて、中に入ってみる。

「すいませーん」

 中に声をかけてみるが、返事はないし店員すら出てこない。

 仕方が無いので展示されているものだけを見て回ってみるが、残念ながらステノ実は無かった。

 その代わり、高い高い剣や鎧とか服とかアクセサリーとかが揃っていた。女性ものが何故か多いような気がする。

 店の雰囲気とも全くあっていない。

 鎧も女性ものだし、服もドレスだ。アクセサリーも女性向けのものが多い。


「女性専門店だったのか?ステノ実なら男女関係なさそうだし、大丈夫かな」


 でも見て回っている感じ、何か同じ体型のものが多いような?

 装備を買うわけではないし、気にしなくて良いよな。

 薬にしているとも言っていたから、薬品が並んでいる所を見てみたがそれらしいものはなさそうだった。

 高級店なのは情報通りだけど、ステノ実があるというのはがせだったようだ。


 店員は全く出てくる気配は無い。

「不用心だなぁ。こんなの置いておいたら、盗んで下さいって言っているようなものじゃ無いか?」

 店の中を一巡して、独り言を呟く。


「いえいえ、盗まれないように魔法がかかっていますから、お客様が気にすることではありませんよ」

 いつの間にかカウンターに座っていた女性が、俺の独り言に答えた。

 二十代くらいの若い女性だ。柔らかい顔つきをしていて、着ているものは豪華とは言えないけど質の良い服を着ていた。


「うわっ!」とみっともない声を上げてしまった。

「今回は何をお探しですか?」

「ステノ実を探しているんです」

 カウンターで女性はまるで俺を見積もるように目を細めた。


「ステノ実ですか。いくらまで出せるのでしょう」

「今持っているのは三千です」

 それが俺が稼いだ金額だった。住む所も食事もほぼただなので、まるまるそのままだ。

「それで、何をお買いになるつもりですか?」

 にこやかに言っているが、暗に言っているのは出て行けっていう所だろう。


「ステノ実はあるんですか、どうなんですか」

「お引き取りください」

 答える事すら、拒否してくる。

「な、なんとかなりませんか?」

「お引き取り下さい」

「せめてあるかどうかだけでも」

「お引き取り下さい」


 とりつく島がないと言うのは、このことだろう。

「出世払いとか」

「そろそろ警察を呼びましょうか?」

 脅しの言葉がかけられる。流石に警察なんて呼ばれたら、今の身分も定かじゃ無い俺は一発アウトになるに違いない。

 冷やかしに来た人間だとでも思われているのだろう。


「すみませんでした」

 頭を下げて謝る。

 そして諦めて、店から出て行こうとした。

 やっぱり自分には合わないようだ。


 しかし「ちょっと待って」と背後から突然呼び止められる。

「え?」

 振り向いてみると、女性は立ち上がって前のめりになっていた。


「ねえ、その剣。どこで手に入れたの?」

「え?」

 腰に差している剣の事だろう。

「これがなんですか?」

「見せて貰っても良い?」

 俺の質問には答えない。

 まあ、見て貰っても何かが減るわけでもないしと思って、カウンターに載せてあげる。

 すると女性は剣をとって、柄やつばを眺めて始めた。それから鞘から刀身を出してみて、鋭い視線で傾けてみながら観察し始める。


 そして5分ほど後、剣を元のようにカウンターの上に戻した。

「10万。それで買い取りましょう」

 それだけ言った。

 10万というと、食堂で働いている人達の一か月分くらいだ。高いかといえないが、安いわけではない。ここで売られている剣はもっと高い。売るとなるとそれくらい低くなるのか。

 いや、でも。剣を今後使えるかは分からないが、女神から貰ったものだ。


 流石にそんな程度の値段では無いはずだ。女神が作ったと言っていたのだから。

 女神からのもらい物で無ければ飛びついたはずだ。

 だけど多分、売るならもっと高く出来る。


 この女性はかなりのやり手に違いない。

「ダメです。これは売れません」

 剣を腰に差し直して、拒否の言葉を放つ。


「何故ですしょう。親の形見とかですか?」

 多分俺の若さでこの剣を持っている理由として、それが一番近い質問なのだろう。

「違います。ただのもらい物です」

「なら、20万に上げましょう」

 いきなり二倍に上げた。


 多分まだ上がるだろうな。

 一回目はかなり安く提案したに違いない。

 どこまで上がるかは分からないが。女神様から貰ったものだから、ゲームで言う神造物みたいなものだ。確実に、上がり続けるだろう。

 そう言う知識が無いこの世界の人間だと思って足下を見ているのだろう。


 騙されないようにしよう。

 そう思って、「ありがとうございました」と言って出て行こうとした。


「ステノ実、お探しでしたよね」

 その言葉に足を止めざるを得なかった。

 凄まじい商売根性。

 俺が欲しがっている情報をさっそく目の前にぶら下げてきた。

 ここで俺はしまったと思った。

 自分からそれを提案するべきだった。それならもっと有利に話せた。


「あるんですか?」

「来週、ステノ実の薬が王都でオークションにかけられます」

「オークションですか」

「はい。そこは会員しか入れません。ただ私なら裏から手を回して1本までなら入手できます」

 それが本当なら、この人は割と凄い立場なのかもしれない。


「さっきも言った通り、俺はお金を持っていませんが?」

「なら、その剣と物々交換で構いません」


 こいつ、と心の中で悪態をついてしまう。

 昨日受付の人に聞いた話では、ステノ実は一千万と聞いていた。そんなものと交換って、そんな価値のあるものを10万とか詐欺過ぎるだろ。

「そんな価値がありますか?この剣に」

「ええ。破格ですよ」

 女性は笑みを崩さない。心が読めない。

 もしかしてまだ上げられるのか。


 冒険者になるにしても、剣は売り払っても大丈夫なのか。

 女神から貰ったもの。それも世界を救えと言われて貰ったものだ。

 そしてその時浮かんだのは、女神の笑い声とその姿だった。

 それを思い出して、売ることに決めた。なんかむかついたからだ。


 レベルが上がらない事を解決しなければどうにもならないし、それに普通に生きていく事も考えておいた方が良い。この女性と同じように商売を初めても良いだろう。

 だったら、上げられるだけ上げてみる。


「一本だけですか。例えば、何本も手に入りませんか」

 思い切って、要求してみると女性は俺の顔を見つめながら、唇に指を触れさせて黙った。

 沈黙が下りる。

 この要求はやばかっただろうか。


 でも最初の値段から見ても、まだ低く見積もっているはずだ。

 これが最大だったら、どうしようか。ここでもう買い取れませんって言われたら。

 でも女神からもらったもので、おそらく目の前の女はそれを見抜いている。だから釣り上げようと思えば、まだ釣り上げることも可能なはず。

 色んな考えが心にわき上がってくる。

 こんな沈黙も彼女が作り出しているのだったら、俺のような商売の素人にかなうわけが無い。


「3本」と女性が沈黙を破って言った。

 単純に三倍だ。つまり三千万と同じ価値がある。

 まだ上がるのか。それともここで妥協するべきか。

「これが私の出来る最大の譲歩です」

 最初と表情の変わらない女性が言った。


 本当なのか?

 まだまだ譲歩できるんじゃ無いか?

 くそっ。こんな事なら、この世界の情報もっと集めておくんだった。

 上限はどこなんだ。最低でもそれを越えなきゃ、相手の術中だ。でも吹っ掛けすぎて、見限られても困る。これをそんな値段で買ってくれる所はこの街では無いだろう。


 でも特をするためには、吹っ掛けないといけない。俺はこの街に来たばっかりで今はおんぶにだっこの状態なんだ。その状態から脱出するためには金は必要だ。

 ステノ実のやつだって、自分が使って残りは誰かに転売すれば、金になる。無駄にはならない。


 二十本は、流石に無理だろう。

 十本ならいける?

 多分これ位なら、悩んだ末に受け入れるはずだ。

 そして最後の交渉をしようと、声を出そうとした。


 チリンチリンと音がどこからか鳴った。

 すると女性は「申し訳ありません」とぺこりと頭を下げた。

「へ?」と間抜けな声を上げてしまう。

「私はこれから出かけなければなりませんので、店は閉めさせて頂きます」


 先ほどの張り詰められた空気から突然解放されて、全然ついて行けず頭が回らない。

 女性が俺をぐいぐいと押して、店の外に出されてしまった。

「では、次のご来店をお待ちしております」と言われ、目の前でドアが締められる。


「嘘だろ?」

 もう何が何だか、分からない。

 うぬぼれるけど、レア物の商談よりも優先される何かがあるって事なのか?

 こんな始まりの街に?

 女神の作ったものよりも、更に重要なものがある。


 何なんだ、この店は。


 *


「どうでしたか?」


 ギルドに戻ってきて、おなじみの受付のお姉さんが声をかけてくれた。

 今は夜と違って結構冒険者がいる。机は半分以上埋まっている。


「来週にステノ実のオークションがあるという話しでした」

「それはこんな所で離して良い話なのですか?」

「あぁ、分からないけど、口止めはされなかったな」


 そしてはっとしてしまう。

「オークションの話しはダミーで、もしかしてもう持っているのか?」

「なるほど。オークションで出るから自分が堕としてあげるという貸しを作らせて高く売るつもりだったんですか」

「そうだよな。だったら、もっと高く売れたのか。二十本も実はいけたのかも知れないのか。そうだよな。裏で手を回してくれるっていうのは、恩に感じるよな。嘘だろ。そんなのをあの場で考えたのかよ」


 こえぇ。

 あの場で売らなくて良かった。

 でもきっとあっちも次に行く時には、俺がこの事に辿り着いていると考えるよな。微妙に爪が甘い所以外は、凄まじい手腕だわ。


「騙されかけたんですか」

「どうなんでしょう。まだ推測の範疇にすぎないけど」

「問題は起こさなかったようで良かったです」

「俺が騙されたのは良いのかよ。まあ、警察呼ばれかけたけど」

 そう俺が言うと、ひきつった顔をする。


「大丈夫だよ。最終的に呼ばれなかったし。最初はとりつく島も無くて本当困ったよ」

「そんな状態から交渉まで入れたんですか」

「あぁ」

 頷いて、剣について説明しようとしたが、思い直して口を閉じた。こういう場所で、あそこまで値段を付けられたものを見せびらかす必要はないだろう。

 冒険者に殺されるかも知れない。


「そこら辺は、俺の交渉術だな」と少し格好を付けてみたけど、半目で「へぇ」と言われただけだった。

「ステノ実は手に入る予定ですか?」

 話しを元に戻した。

「手に入るかも知れないぐらいだな」

 本当は剣を売ってしまえば、確実に手に入るだろうけど、わざわざ言うほどでは無いな。

 剣を売ってしまうかも悩んでいる状況だし。


「今日は店じまいしてしまったらしいし、これからどうするか」

 午前中の内に今日の予定が終わってしまった。今日は皿洗いの仕事はない。

「そうですね。明日はどうしますか。まだお願いできると思いますけど。叔母さんも可哀相だと言って、安い賃金で良いならずっと雇ってくれると言っていますよ」

 贅沢をしないなら、良い提案だった。

 延々とこの街で下働きみたいな事をし続けるのも良いのかな。


 だけど一度夢見て、この世界に来たわけだしもう少し頑張ってみるべきだろう。

「いや、ちょっと周囲の所にいる魔獣だけでも見に行きたいんだけど、良い?」

「それは私が許可する物でも無いんですけど。大丈夫ですか?」

「それを見に行きたい」


 どんな魔獣がいるのだろうか。

 ちょっと見に行くだけだ。

 でも散々脅されているから、ちょっと不安だ。


 俺には推定何千万ものする剣を持っているんだ。きっと大丈夫だろう。

 剣の値段が、そのまま強さにつながるかは知らないけれど。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  Lv1の主人公が今後、どんな行動をとっていくのか楽しみになる作品でした。 [気になる点]  個人的な意見ですが、誤字がそれなりにあるので、誤字報告ありに設定した方が良いと思います。 [一…
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