カノン(ピョイ教授の夢)
「まったくなにやっているんですか、ピョイ教授は」
カノンのメイド服の上からタオルをかけて、寒そうな胸元を隠してあげる。
何で寄りにもよって、こんな露出度の高いものを着ているんだ。
「カノンの事を大事だって言っていたのに、何でこんな服を着させているんですか」
「いやいや、大事だからこそ、じゃないか」
ピョイ教授は近くの机から椅子を引っ張ってきて、そこに座って足を組む。
「昨日、君たちが来た時に、アリスが王族だって知って、カノンは王族の物語を読んだみたいだ。それでメイドの服装をしてみたいっていうから、急いでメイド服を用意したっていうのに」
「似合イませンカ?」
カノンがメイド服をペタペタといじりながら、寂しそうに俺へ聞いてくる。
「うっ……」
悲しそうな表情に少し罪悪感を感じる。
「似合っているわよ。新川は照れているだから、大丈夫よ」
アリスがカノンの緑色の髪の毛を撫でながら言う。
「照れてル?では、修平はキレイと思ってイルのですカ」
「そうよ。男っていうのはね、そういう見栄を張るから、ちゃんと読み取ってあげないといけないのよ」
アリスが知ったような口をきいているが、事実なので言い返せない。
メイド服はカノンに似合っているけれど、ただ男としては目のやり場がないから困るのだ。
豊満な胸にきゅっとしまった腰つき、まるで彫刻のような現実離れした肉体。
そしてきりっとした美人顔なのに、ちょっと抜けた口調がどこか魅力的に見える。
子供のような純粋で、配慮や遠慮をしない直球な物言いに面を食らってしまう。
実際に生まれてから、1年もたっていないから子供っぽいのは当然だ。
外見は成熟した大人で、内面はまだ生れ落ちて間もない子供。
そのギャップがどこか男心をくすぐる。
彼女がピョイ教授に作られた魔法人形だとしても、意識してしまう。
俺にはミコがいるというのに。
こんなすぐに他の女性に浮ついていたら、何か俺が軽い男みたいに見られかねないじゃないか。
「どうナノですカ?」
ずいっとカノンが俺に詰め寄ってくる。
それも他人の距離感を測れないから、キスをしそうなほど近い。
「わ、分かったよ。綺麗だ、綺麗だから、離れてくれ」
俺がカノンの圧力に負けて言うと、「ヤリました」と言った。
「ピョイ教授、誉めラレました」
「おう、良かったな。カノン」
「これで、私は、修平と結ばれマス」
カノンが俺の手を取って、衝撃的なことを言い放つ。
「どういう理屈だ!って、ピョイ教授、何を読ませたんですか」
大笑いしているピョイ教授に叫んだ。
「何って、王子がメイドと恋をして、意地悪な婚約者から逃げるお話だよ」
「王族と聞いて一番に進める話じゃないだろ、それは」
カノンの握る力が強く、俺の力では抜け出せない。
「ちょっとカノン、手を放してくれないかな」
優しく言うも、「嫌です」と否定される。
「手を離しタラ、殺さレテしまいマス」
きっとそれは物語の内容だろう。
話の内容が重いだろ。
「大丈夫だから、死なないから」
むしろ指が死んじゃう。
「本当ですカ?」
「本当、本当!」
「良かったデス」
パッとすぐに手を放してくれる。
こういう時には、切り替えが早いな。
「私、メイドしマス」
そう言って、カノンは棚から茶葉を取り出して、隣の部屋に行った。
給仕をすると言っているのだろう。
「カノンは最高だな」と笑い終えたピョイ教授が自画自賛する。
「自慢しないでください」
出会った時から、こんな感じでしゃべるのが疲れる。
「自慢ではない。事実だよ」と当たり前と言うように、恥ずかしげもなく言い放つ
こういう所がうざい。
「どこでもいいから座ってくれ。話を進めようじゃないか」
話が進まなかったのは、ピョイ教授が原因だが、そんな事を口に出してまた話を腰を追っても仕方がない。
近くの椅子に座る。
アリスも別の所で、椅子に座り、行儀悪く背もたれにだらしなく寄りかかっている。
「さてと、昨日も言った通り、君たちには少し調査を手伝ってほしい」
ピョイ教授は突然、まじめに話し始める。
「新川修平君、君には僕の臨時の研究員として働いてもらう。暇な時には、授業に出てもらっても構わないよ。むしろ出てもらいたいかな?変にここに引きこもられて、何か隠していると思われたくないからね」
「授業って、俺は全然ついていけないですよ。魔法なんて一回も使ったことないし」
「だから良いんだろう。この私が切羽詰まって、素人を雇い入れたと思われた方が、怪しまれるよりはいいだろう。むしろ、どんどん無知を晒していけ」
酷い事をいう人間がいるもんだ。
人に恥をかけと、命令してくるんだから。
「研究員と言っても、簡単に言えばカノンのお世話係だけどね。話し相手になったり、遊んだりしてくれるだけでいい。お菓子とか飲み物とかも出すよ」
「分かりましたけど、自分何もできませんからね。レベル1ですし」
「構わない構わない。むしろそれなら、死なない方を気にした方が良いんじゃないか?」
はっはっはとピョイ教授が笑うが、俺は笑えない。
さっきもカノンによって、指が死にかけていたし。
「笑ってないで、何かレベル1を脱する方法とかないんですか。研究者なんでしょう」
「研究者にも限界はあるさ。女神の祝福だろ、完全に専門外だ。私にできるのは、ただ新しい命を作ることだけさ」
それは神と呼んでも良い事では。
そんな事を思ったが、ほめることになるのでぐっと我慢する。
「それで、次にアリス君だ。君は顔が知られ過ぎているし、見た目が派手過ぎる。君には、下水道の調査をしてほしい。ここ最近、下水道で異常が起こることがある。ネズミが大量発生したり、異臭がしたり、魔物が発生したりね。原因を掴んでほしい」
「了解よ。昨日も言ったけど、新川と別行動するなら100本くらい剣がいるわよ」
アリスは女神の剣『一太刀』以外の剣では、ぶっ壊してしまうのだ。
ロックジャイアントとの戦いでは、何十本と消費していた。
アリス自身は王族だからお金が足りないなんてことはないけど、今は逃げている身分だからお金はない。
剣の値段は知らないが、それでも大量に買ったらかなりのお金が必要になるだろう。
「問題ない」とピョイ教授は断言した。
「私は腐っても魔法学校の教授だぞ。お金だけは山ほどある。剣ごとき何百本でも買ってやるわ」
そう言って、ピョイ教授は汚い部屋の床に置かれた木の箱を大仰な身振りをしながら、開け放つ。
その箱の中には、ぎっちりと様々な剣が入れられていた。
「どうだい。これで足りるかい。たりないなら、もっと買ってやろう」
「十分よ。出世したのは、知っていたけどここまでとは思っていなかったわ」
アリスが中からいくつか剣を取り出して、鞘から刀身を出しながら言った。
「ふふふ、そこまででもないさ」
アリスとピョイ教授は、旧知の仲らしい。
それでピョイ教授を頼りに、この魔法都市に来たのだ。
「と、いうことで、この2点が、君たち二人を援助するための条件だ。何か文句はあるかな」
「ないわ。無理言っているのは、私だから構わないわ」
「俺も文句はないです。この杖ももらえた事ですし」
「おお、その杖か、役に立ってよかったよ。魔力を自己発生する魔石をくっつけただけなんだけどね。この大発明も、他の教授連からは呆れられてスルーされたんだよ。魔力の発生量が少なすぎるってね。だから家具とかの魔力で起動するものに仕えないんだけどね」
「それが俺にはおりがたいんですけどね」
戦闘や何かの魔法を使うときには、何の役にも立たない不良品の道具。
だけど魔力がほぼゼロの俺にとっては、その家具を起動できる効果だけで凄いありがたいのだ。
もしこの杖がなかったら、俺の部屋に置かれていたほとんどのものが見栄えのいいただの置物に早変わりしてしまう。
この世界はほとんど生活しているだけでレベルが上がるから、魔力も自然と高いのだ。
そんな力を求めているのは、俺くらいしかないだろう。
「お待たせシマシタ」
隣の部屋からカノンが戻ってくる。
お盆の上にティーカップとポットをのせて、こちらに歩いてきた。
メイド服を着たままなので、その美貌と相まって本当に城で雇われるメイドのように見える。
各自の前にカップを置いて、そこに丁寧にポットから紅茶を継いでいく。
「うんうん。上手だよ。流石私の作った人形だ」
その手慣れた紅茶を注ぐ動作にまた、ピョイ教授は自画自賛する。
「あんたが本当に夢をかなえるなんてね。美人な人形に命を与えたいとか、かなり前に言っていたわよね」
「当たり前だろう。それが、私の生きる目的だ」
継がれた紅茶を飲みながら、ピョイ教授が言う。
「あはは、じゃあ、もう生きる目的は達成しちゃったじゃない」
「そんな事はないぞ。次は彼女を外に出して、やることだ。そして大量生産し人間と共存する。最後にはこの世界に人形の国を作る。素晴らしいだろう!」
立ち上がって、熱のこもった演説をする。
「面白いわね。本当にピョイ教授は」とアリスがからからと笑う。
「だから、当面の目標は、カノンを外の景色を見せてやることなんだ。だけど学長や他の教授連が固くてね。どんなことがあるか分からないから、ちゃんと安全が確保できるという保証を見せてくれと言われてね。だから今はそのデータ取りさ」
「外の景色ですか」
ピョイ教授の話に共感してしまう。
思い描くのは、自分の恋人だったミコの事。
結局彼女は、隠れ里の外に出られなかった。
「そうだよ。この狭い室内では、気分も曇るかもしれないだろう。私は別にそんな事はないが」
研究者肌っぽいもんな。
ずっと室内にいても、むしろテンションが上がっていきそう。
その時、魔法学校に金の音が鳴った。
「おっと、色々と話過ぎたようだ。これが君の学生証だ。話は通してあるから、職員室に行ってくれば案内してもらえるよ」
俺の名前の入ったカードをもらう。
「それを持っていれば、魔法学校内のどこにでも行けるからね。それに食堂もタダだよ。それに大体のお店で安く帰るからね。便利カードだよ」
「ありがとうございます」
食堂タダと店で割引は嬉しい特典だ。
「じゃあ、俺は行ってきますね」
「いってらっしゃい」
アリスがお茶を飲みながら、片手でひらひらと手を振った。
メイドの真似をし続けているのか、カノンは礼儀正しく頭を下げる。
扉を閉じて、俺は俺の役割に徹することにした。




