継承の果実(エルフの最後の秘密)
がたがたと馬車に揺られ、晴天の道を進む。
馬車の中で一人で寝転び、窓から入ってくる冷たい風に吹かれる。
突きさしてくるような日差しから逃れるために、馬車の外から顔をそむけた。
身体がだるく、何もしたくない気分だ。
そして動けないからこそ、物思いにふけってしまう。
昨日のことはまるで夢のように感じる。
邪悪龍ディアボロと戦って、暴走したミコに襲われて、そして恋人のミコは命を落とした。
また目頭が熱くなってしまう。
目元を袖で押さえて、涙をこらえる。
まだ全然俺の心の中では整理がついていない。
馬車の窓の外に見える広大な森。
エルフの隠れ里の周りに広がる森と同じもの。
青々とした葉が生い茂り、気持ちのいい木漏れ日が差し込む森だ。
ここでダークナイト・グランドと何度も戦った。
一度目は唐突に、二度目は
もうそれもはるか昔のことに思える、たった二三日しか経っていないのに。
戦いの最中には、ミコと手をつないでいたんだっけか。
ミコが安心できるように小さくて柔らかい手をつないで、俺たちは遥かに強い敵と戦っていた。
ため息をつく。
自分の人生に春が来たと思ったのに、すぐに俺の手から消えてなくなってしまった。
まるで掴んでしまえば、粉々になって消えてしまう泡のように。
結局俺のところに残ったものは、横に適当に放り投げてある女神の剣と御者台で馬車を操作しているアリスだけだ。
『レベルック』
暇で魔法を使うと、馬車の壁越しに周囲の魔物が見える。
3桁台の魔物を見て、俺はもう一度ため息をつく。
ステータスカードを見て、レベル1と変わらぬ数値。
ダークナイト・グランドやロックジャイアント、邪悪龍ディアボロと4桁のレベルを持つ魔王の幹部たちとアリスたちと一緒に戦おうと一切変わらない。
今、外の魔物に突撃したら、俺は一瞬で返り討ちになるだろう。
そしてステータスカードのスキルの項目に目を移す。
『植物魔法』
そこに書かれた新しい文字。
文字の上を親指でなぞる。
俺が手に入れた、いや、受け取った力。
それはミコがなくなってすぐの出来事だった。
*
ミコが亡くなってからずっと泣き続け、心が落ち着いた時には、ガリアさんやカエデさんが呼び集めたエルフたちが俺とミコの周りをぐるりと囲んでいた。
おそらく1時間くらいは周りの目を気にせず、みっともなく泣き叫んでしまった。
今も涙が油断すると流れ出てしまいそうになり、目を閉じてただ目元の熱さをごまかす。
周囲で泣いているエルフたちがいるのに、ミコと会って日の浅い俺だけが大泣きしていたら、申し訳ない。
てきぱきとエルフたちは悲しみに暮れながらも、弔いの準備をしている。
ミコと一番近くで過ごしていたガリアさんとカエデさんは、その中でまとめ役として多くのエルフに指示を出していた。
アリスもその中で力仕事を担当し、どこからか巨大な棺桶のようなものを持ってきた。
そしてその棺桶の中に、今までそのままにされていたミコを横たえる。
棺桶の中で手を胸の前で、穏やかに眠るようなミコにまた涙が出そうになる。
やっと収まったと思ったのに、また目を閉じた。
「新川さん、アリスさんから聞きましたが……」と前触れもなくガリアさんが俺に声を掛けてくる。
「アリスから?」
「はい。ミコ様があなたに自分を食べてと言ったとか……。それは本当でしょうか」
そういえば、そんな事をミコが言っていたような気がする。
「確かにそう言っていました」
まさか本当に自分を食べてほしいなんて思ってはいないはず、だってあの時には暴走した感情からは解き放たれていたはずなんだから。
「そうですか」
ガリアさんは考えるように、しばらく目を閉じて黙ってしまった。
俺の隣にアリスが来て、「ミコのあの言葉の話をしているのよね」と言った。
「そうだけど、ガリアさんが……」
「分かりました。ミコ様の最期の言葉がそうであるならば、私も従わなければなりませんね」
どういうことなのか分からないが、ガリアさんが何かを決心したことは分かる。
「新川さん、アリスさん、これよりエルフ族の最期の秘密について、お伝えします。ただし他言無用で、お願いします」
「それはもちろん」
最期の秘密と言われても、もういろいろな秘密を明かされ続けてお腹いっぱいなんだけど。
一体いくつの秘密があったんだ。
「私たちの記憶やスキルの受け継ぎについてです。先ほどはごまかしたままでしたね。それをここで説明させていただきます」
「それが俺たちと何の関係が……」
そこまで言って、「まさかとは思うけど、新川に受け継がせるっていうの……?」とアリスが隣で驚いたように言う。
「そうです。それがミコ様の望みですから」
ガリアさんが肯定する。
「エルフじゃなくても受け継げるのか?」
「はい。流石にすべてとは言えませんが、一部を受け継ぐことは可能です」
そう言いながら、ガリアさんはミコの横たわる棺桶の横に膝をつく。
「私たち、エルフは人間と異なる種族です。新川さん、エルフは人間以外のものなら何に近い種族だと思いますか?」
突然なぞなぞを出された。
つまり人間+何かがエルフって言っているのか。
普通に接してきたし、人間と違うと言っても耳が長いくらいだから、唐突にどこが違うかなんて聞かれたってとっさには思いつかない。
何百年も生きるとか、弓とか魔法が使えるとか、そんな事しか思いつかず、口籠ってしまう。
その前に俺はこの世界に来たばっかりだし、他の種族についての知見なんて持っていない。
ガリアさんはミコの胸の上あたりに両手をかざし、呪文を唱えている。
長くそして発音の難しそうな言葉を滑らかに歌うように、唱え続けていた。
それはまるでミコに向けた弔いの歌にも聞こえる。
次第にガリアさんの手から緑の光が放たれ、それはミコの胸元を包むように大きくなっていった。
優しく温かい光だ。
そしてミコの胸元から服を貫いて、何かが生えてきた。
ゆっくりと大きく上に伸び、ガリアさんの手元あたりで止まり、その先端が大きくなった。
まるで何かの花のようだ。
その先端は次第に赤くなり、重そうに垂れ下がる。
ミコの胸元に、一株の実を付けた植物が生えていた。
「さきほどの答えを言いましょう。エルフは植物に近い生物です。亡くなった後、半日以内にこのように魔法を使う事で、エルフの力を植物として生まれ変わらせることができます。そしてこの実を食べることで、記憶とスキルを受け継ぐことができるのです。昔にスキルの引継ぎを知った人間といざこざがあったので、反省してその時から秘密にしていたのです。このことは王家ですら知らないはずです」
ミコの胸元になる一つの小さな果実。
それがミコのエルフとしての力。
「さぁ、新川さん、お食べください」
ミコの隣からガリアさんは引いて、俺は代わりにそこへ膝をついた。
まるで眠っているかのような穏やかな顔。
その胸に成る一房の赤い果実を俺は手に取った。
掌に収まるような小さい果実。
だけどずっしりと重く、そこに膨大な知識やスキルが詰まっているような気がした。
エルフの1000年以上の歴史が、この果実の中に納まっている。
これを食べたらどうなるのか。
少し恐ろしさは感じる。
でもミコは食べてくれと言った。
後悔はしたくない。
それにこれがミコだというのならば、俺と一つになることで一緒に外の世界を見て回れる。
一番重要な時に、逃げ回るばかりで何の役にも立てなかった俺の僅かばかりの償いだ。
「ミコ、一緒に旅をしよう」
小さく呟きながら、その実をもぎ取った。
そしてゆっくりとかみしめながら、その実を飲み干した。
甘く、苦く、そしてほんのりと酸っぱい味がした。
自分に変化が起きると身構えていたが、そんな事はなかった。
「あれ、何も起こらない?」
「エルフならば過去の記憶がフラッシュバックしますが、人間ならば一部のスキルしか受け継げません。これはエルフと人間の体質の違いで、しょうがないことです」
「そうか。よかった」
でも少しだけ残念に思ってしまう。
ミコの思いも知れたら、という考えが頭のどこかにはあったから。
「新川、ステータスカードを見てみたら」とアリスが言う。
そして興味津々に俺の隣に立って、一緒に見る気満々でいる。
ステータスカードを懐から取り出して、アリスに見えるようにかざす。
レベル1なのは変わらない。
「見て!」とアリスが声を張り上げた。
そこに『植物魔法』という文字が新しく追加されている。
レベルが上がらないせいで手に入らないと思われていたスキルが、俺のステータスカードに追加されていた。
嬉しいような、悲しいような。
でもこれでミコもともにいられる。
心の中でその文字へと語り掛けた。
一緒に行こう、この世界の旅を。
「本当に良かったの?ミコの魔法、貴重なんでしょう。こんなにあがめられてまで、引き継がれてきたのに。『植物魔法』も貴重なんでしょう。ディアボロを封印できるほどの力を持っている魔法なら、エルフの中で持っておきたいんじゃないの?」
「あの感情による暴走の記憶がある以上、それを受け継いだエルフにも悪影響が残ってしまうはずです。我々、エルフにとってそのような暗い感情は天敵です。だからこそ、それを洗い流してくれる神泉がある空間は私たちにとっては住みやすい空間でした」
『空間でした』と過去形でガリアさんは表現した。
もう神泉を生み出すユグドラシルはない。
神泉は失われてしまった。
「神泉がなかったらどうなるんですか」
「エルフ同士で魔法をかけ合うだけですよ。そんな心配なさらないでください」
「それはよかった。神泉がなくても生きていけるんですね」
「もちろんですよ。ユグドラシルが作られる前から我々はいる訳ですから」
それもそうだ。
ユグドラシルは邪悪龍ディアボロの封印で、ディアボロと戦ったエルフたちがいるはずなんだ。
「そこでアリスさんにお願いがあります」
「なにかしら?」
ガリアさんは身体が直角になるまで頭を下げて言った。
「どうか一筆書いていただきたい。我々エルフを国で援助してくれるようにと。隠れ里は壊滅しましたが、エルフに課せられた役目は終わりました。これより我々は表に立ち、人間と共生をしていけるようにしたいと考えています」
そうか。
エルフにとっては、さっきの戦いで家も何もかもを失ってしまったことになるのか。
俺ばかり泣いていたけれど、エルフたちはもっと大変な思いをしていたことに気付いて自分が恥ずかしくなる。
「了解よ。紙とペンを頂戴」
「こちらに」
準備が良い。
最初からアリスに頼むつもりだったのだろう。
アリスもアリスで断らなさそうだし。
さらさらとアリスは紙に書いていく。
そして「はい」とあっという間にかき上げて、ガリアさんに手渡した。
「ありがとうございます」
お礼を言って、大事そうにその紙を丁寧に折りたたみ懐へ入れる。
「アリスさんと新川さんは、これからどうなさるおつもりですか。我々は被害を受けていないものをまとめて、明日には王都に旅立とうと思います」
「そうなのね。私は王都には行けないから、一番近くにある魔法都市に向かうわ。そこに知り合いがいるから、かくまってもらう事にする」
アリスの話しぶりからして、俺がアリスについていくことは確定事項なんだろう。
「俺はアリスに大人しくついていくよ。ミコと一緒に色んな場所を見に行くって、約束をしたんだし」
「決まりね。それで、さっきの手紙の代わりにお願いがあるんだけど……」
「我々にできることなら、なんなりと……」
「少しだけ食料を分けて欲しいの。一日もかからないだろうけど、一応ね」
「そんな事なら、もちろん喜んで」
ガリアさんは快諾した。
俺とアリスはエルフの王都への出立の準備をお手伝いし、その夜にミコを弔うための小さな宴会を催した。
そして翌日、俺たちとエルフは違う道を選び、お互いに別れを惜しみながら出発したのだった。
*
俺の中にミコがいるという証拠である『植物魔法』という文字を何度もなぞりながら、「次はどんな所なんだろうな」と語り掛ける。
当然返事はない。
でもきっと楽しみにしてくれているはずだ。
一緒に多くの場所を訪れてやろう。
それだけが俺のミコへの贖罪だから。
馬車は次の目的地である魔法都市に着実に進んでいて、今のところは順調だ。
アリスに任せてしまって、俺はひと眠りしよう。
眠ってしまえば、少しでもミコを思って心が沈むことはないだろう。
そして俺は身体から力を抜いて、寝る準備をする。
温かい太陽の光と冷たいそよ風は、昼寝をするにはちょうどいい安眠材となる。
俺はゆっくりと眠りの闇に落ちていく。
身体から意識が切り離されて、少しずつ思考に靄がかかっていくのを心地よく感じていた。
「新川」
唐突に御者台にいるアリスが俺を呼ぶ声が聞こえた。
「なんだ……」
眠りに落ちる前の俺はふわふわと浮かぶような浮遊感の中、曖昧に返事をする。
こんな心地いいタイミングに、それを邪魔するなんてよほどの用じゃないと許されないぞ。
「剣かして。見たことがない魔物がいるわ」
そしてやはり俺たちの旅は、順調にいくはずがないみたいだった。




