表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Lv1の剣  作者: 豚野朗
エルフの隠れ里
34/206

戦いの終わり(冷たい唇)

 ドサッ。


 何かが落ちる音が聞こえた。

 ミコの最期の羽ばたきの後、目を閉じてしまっていて、何が起きたのか分からない。

 しかしすぐに訪れると思っていた即死のミコのハグは、10秒ほどたってもやってこなかった。


「ミコ!」

 背後のアリスが、悲鳴のような声を上げる。

 そして俺の横を通って、俺の前に行ってしまう。

 何があったのか分からないので、目を開けて確認してみる。


 そこには、地面に落ちたミコがいた。


 苦しそうに息をしながら、身体をけいれんさせている。

 彼女の苦しみを表現するかのように、あれほど大きく禍々しかったピンク色の蝶の羽はすっかり小さくなってしまっていた。

 しかしそれでもミコを覆うほどの大きさは未だに保持している。

 駆け寄ったアリスはミコの横にしゃがみ、肩を揺さぶった。

 しかし反応は薄く、意識がないように見える。


「ミコ!」

 俺もアリスに続いて、ミコの横に駆け寄った。

「おい、大丈夫か」

 さっきは俺の声だけに反応したのに、もうそれもないなんて。

 苦しそうな呼吸を浅く繰り返し、何度か苦しそうにうめき声をあげる。


「俺はガリアさんたちを呼んでくる。運んで、治療してもらえば……」

「ダメ!」

 俺が助けを呼びに行こうとすると、鋭い声でアリスに止められた。

「な、なんでだよ。ミコが死にそうなほど、苦しんでるだろ。早く治療しないと」

「無理よ。この症状は魔力の枯渇によるものよ。普通の治療じゃ治せない」とアリスは無慈悲に言った。


「だから最後まで、いてあげて」


「最期って……」

 いつの間にか、背中の羽はその背の半分を覆うくらいに小さくなっていた。

 そしてバチバチと明滅し、今にも消えてしまいそうだ。

 まるで今にも切れてしまいそうな電球のような儚さ。


「可視化されるほどの大量の魔力を使っていたら、いかに強化されているからと言っても枯渇は免れないわ。それに魔力は生命力と同じよ。魔力を使うっていうのは、自分の命を消費しているのと同じなのよ。本来なら、限界近くなると身体がストッパーをかけてしまうから、こんな症状にはならないけど……」

 アリスはミコの背中の羽を見る。

 枯渇の症状をミコの身体が見せているのに、まだ魔力の羽は発動し続けていた。


「なら、早く魔法を終わらせないと……」

「それができたら、先にやっているわよ。この魔法は自滅の魔法ね。大きな力を得る代わりに、死ぬまで暴走する……。過去のディアボロとの戦いで、エルフが全滅した時もこんな風に殺し合ってしまったんじゃないかしら」

「そんな……」

 そんな危険な魔法だったなんて、こんなことならば使う前に止めればよかった。

 ダークエルフの件を教えてもらっていたんだから、予測できたはずだ。


「ミコ、聞こえるか。ミコ!」

 俺は気を失っているミコへ必死に呼びかける。

 肩をゆするが、まったくと言っていいほど反応がない。

 身体は本当に生きているのかと思うほど、冷たくなっていた。

 まだ息はしているが、もうミコの命の灯が消えかけていることを嫌でも理解してしまう。


「ミコ、起きてくれ……」

 そう心から願って、ミコの小さな手を握る。

 まるで氷を握っているかのようだ。

 ミコが死に近づいて言っているというのに、自分は何もできない。


「しゅう……へい……」

 その時、ミコが俺の名前を呼んだ。

「おい、ミコ、聞こえるか?」

 奇跡だ。

 俺は必死でミコに語り掛ける。

「魔法を解け。早く……」

「好き……」

 今はそうじゃない。

 嬉しいけれど、そんな場合ではない。


「ミコ、魔法を解くんだ。そうしないと……」

「分かり……ます。私、死ぬんですね……」とミコが穏やかな口調で言った。

「戻ったのか。だったら……」

 この土壇場でミコの感情が元に戻る。

 助かるかもしれないと思ったが、「ダメです。魔法は止められません」と言った。


「そんな……」

 せっかくミコが元に戻ったのに、結局魔法は止められず、助けられないなんて……。

「それでも何か、何か手があるはず……」

「いいえ、もうすぐ……私の魔力が……尽きます。だからその前に、最期に……」

 力の全く入っていなかったミコの手が、わずかに力を込めて俺の手を握った。


「キスを……下さい……」


「諦めるなよ。まだ……」

 ミコに呼びかけるが、「新川、最期の願いを聞いてあげて」と横に座るアリスにまで促されてしまう。

 ミコの手を握っていれば分かる、ミコの死が近い事は。

 でもあきらめたくなかった。

 だってミコは役目を終わったら、俺たちと一緒に世界を旅すると言ったのだから。

 その約束を守りたかった。


「しゅう……へい……」

 ミコが不安そうに動かない身体で、俺を見上げてくる。

 とても悲しそうな澄んだ目で。

 そんな目で見つめられたら、俺が悪い気がしてしまう。

 ただ死んでほしくないと願っているだけなのに。


「聞いてあげないと、一生後悔するわよ」とアリスに警告される。

 その言葉が胸に刺さった。

 俺はここでミコにキスをしてあげられなかったと、この後嘆き続ける。

 きっと今後、ミコのことを忘れないだろうから。


「分かったよ」

 俺は覚悟を決めて、ミコの身体を抱いた。

 だらりと力の抜けた体は、少しだけ重く、そして柔らかい。

「ミコ」

「しゅうへい」

 お互いに名前を呼び合って、唇を重ねた。


 冷たいミコの唇。

 その感触にとても悲しくなって、ミコを抱く腕に力がこもる。

「んむぅ」とミコが苦しそうな声を上げた。

 死にかけている人に何をしているんだと俺は腕を緩めたが、ミコはうまく動かないであろう腕を動かして逆により密着するように俺の首に回し、身体を寄せた。

 ミコの冷たい身体が触れる。

 俺の熱を奪っていくように、まったく温まることなく一層冷たくなっていく。


 一秒でも長く、ミコとのキスを続けたいと願ってしまう。

 ミコの命が消えるその時まで、ずっと……。


 しかしすぐにミコの腕はずるっと俺の肩から滑り落ちた。

「ミコ!」

 咄嗟にキスをやめて、心配になってミコに呼びかける。

 顔も唇も真っ青になっていた。


「もう、限界……のよう、です」

 声もだすのも、もう辛そうだ。

「ミコ、ダメだ。自由になりたいんだろう。なれるんだよ、役目は終わったんだから」

「そう……ですね。だから、もう一つだけ……聞いてもら、えますか……」

 ミコは笑って、そして不可思議なことを言った。


「私を……食べて……」


 それだけを言い残し、ミコは目を閉じる。

「ミコ、ミコ!」

 声を掛けながら、身体を揺さぶった。

 まるで人形のように反応のない動きをする。

「新川、ミコはもう……」とアリスが手で俺を制した。


「ミコ……」

 揺さぶる手を止めて、その顔を見る。

 もう目を開けない。

 もう身体を動かさない。

 もう呼吸をしていない。

 人形のように、動かない。


 胸の奥がぎゅうと巨人に握りつぶされるかのように痛くなった。

 ミコともう会話も触れ合う事もできない。

 その事実が、俺の中に深く深く杭のように刺さっていく。

 痛くて、苦しくて、胸の奥が焼けるように痛む。


 目の前がにじんでいく。

 それが涙なのだと、すぐに俺は分かったが、どうにもならなかった。

 服の袖で拭っても拭っても、涙は止まらない。

 むしろ拭うたびに涙の量が増えていくようにも感じる。

 涙は滝のように頬を流れ、ミコへと落ちていく。


 目の前に横たわるミコの顔を、にじむ視界で認めるたびに、ミコとの短くも濃厚な時間がよみがえってくる。

 そのたびに胸の奥でより強く痛みを感じ、より深い息苦しさを感じた。

 ミコの苦しみや苦悩、ともにダークナイト・グランドと戦った記憶。

 そして告白をしてくれた時の高揚感。


 一週間もないような短い日々を思い出す。

 戦いと祭りのお手伝いと、祭り、そしてミコと二人きりの時間。

 たった一日も持たなかった恋人という関係。

 もう俺の手に入れた物はすべて失ってしまった。


 なんて儚い時間だったのだろうか。


 俺はミコの動かない身体に顔を伏せて、全てを投げ出して泣いた。

 ガリアさんやカエデさんがやってきても、それに気付かずに何もかを忘れて気のすむまで泣き続けた。


 戦いは終わった。

 ディアボロを開放するという魔王軍の思惑を、すべて打ち砕いた。

 きっと世界を救ったと言ってもいいだろう。

 しかし俺はその代わり、この世界でたった一つ手に入れた恋人を失った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ