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Lv1の剣  作者: 豚野朗
エルフの隠れ里
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密会(手と手)

「良い景色でしょう。ここは隠れ里が一望できるんですよ」


 神社の少し離れた場所にユグドラシルの幹に沿うように作られた展望台のようなところがあり、そこに俺は案内されていた。

 時間はもう夜になっている。月は既に登っていて、静かな白い光を落としていた。


「綺麗ですね」と答える。

 里の家から漏れ出る家庭の光と月の優しい光が里を夜の闇から浮かび上がらせている。

 そして遠くに見える湖が森と星空を反射させて、鏡のように美しい。


「私はいつも夜に見る里の景色が好きなんです」

 ミコは欄干に手をついて、身を乗り出す。

「里を守ろうって、思えるから」

 どこか悲しそうな声色で言った。


「新川さん、改めて謝らせてください。申し訳ありません、あなたを守る役目を負ったのに、最後まで守り切れませんでした」

 ミコが頭を下げる。

「気にしないでくれ。俺もガリアさんも生き残れたんだから。さっきも言っただろう。俺もよけられたはずなのに、ミコさんに頼り切ってしまっていた」

 顔を上げて、「お優しいんですね」と笑った。


「でも私がやらなければならない事でした。それができなければ、レベル1のあなたは死んでしまうと分かっていたのに」

 また自分を責めている。

「生き残れたんだから、もう良いって次に切り替えよう」

 何とかミコが自分を責めないように、優しく言った。


「次……。ダークナイト・グランドはまだ死んではいません。だからまた次の戦いがあるんですよね」

「それは、そうだと思うけど……」

 再びミコは里の方へと視線を向けた。

 まるで自分から目を逸らすように。

「私は最初から知っていました魔王の幹部との戦いがどういう物なのか。どれほど死に近く、恐ろしいものなのかという事を……」

「占いでってことか?」

 ふるふると首を横に振る。

「いいえ。占いでは、そこまで具体的なことは分かりません。私は知っています、ただそれだけです。あの恐ろしい世界の在り方を……」


 言っていることが曖昧ではっきりしない。

 知っていますというけれど、ミコは他の魔王の幹部と戦ったことがあるという事だろうか。

 アリスのいう事には、魔王の幹部がこんな所に来ることなんてありえないみたいな話だったはずだが。


「私は知っていたにも関わらず、恐れてしまいました。最初のアリスの一撃がダークナイト・グランドに当たる前、私もあの魔王の幹部の姿を見ていました」

 戦いの最初にアリスが放った『プロミネンス・エクスプロージョン・セイバー』のことか。

 あの時、何も言っていなかったけど、ミコは見えていたのか。


「そして当たる直前、彼は私たちをまっすぐに見ました」

 欄干がミコの握力でミシリと音を立てた。

「あの恐ろしい死の気配に、私は怖気づいてしまいました。みっともなく悲鳴を上げて、咄嗟に逃げてしまおうかと思ってしまうほど……」

 ミリミリと欄干が、ミコの独白と同じように苦しそうな悲鳴を上げている。


「私たちを冷静に、冷酷に見定め、どのように殺すかを品評するようなあの冷たい視線が恐ろしかった。死という物を、たたきつけられた気分でした。全く実感のなかったものが、あの瞬間明確な形を持って襲い掛かってきました」

 そして俺の方に向き直り、涙を溢れさせた目で俺を見つめてきた。


「私はとても弱いエルフです。レベル1の新川さんは、恐れずにアリスと共に戦っていたというのに、私はただ一度睨みつけられただけで怖気づいてしまったんです。アリスと新川さんよりも年上で知識もあるのに、何もできずしかも、与えられた役目すらも最後まで貫き通せなかった。ごめんなさい」

 ミコが謝りながら、ぎゅうと胸の前で両の手を握り合わせる。


 夜の里の景色と相まって、着物を着て涙を落とすミコを儚げで美しいと思ってしまった。


「俺だって、怖かったよ。当たり前だろう。俺はもともと一週間前まで学生だった。そしてレベル1で、相手はレベル4桁なんだから」

「それは、そうかもしれません。でも私は違います。ちゃんと力があって、やらなければいけないこともあって……」

「でもちゃんと最後以外は守ってくれたじゃないか。立派に俺を守るという役を成し遂げていた」

「違います。でも私は最後には恐ろしさに呑まれて、役立たずになっていました。みっともなくへたり込んで、何もできずにいました」

 ポトポトと涙が、床に音を立てて落ちる。


「ミコさんは俺を守ってくれた。だけど俺はミコさんを助けてあげられなかった」

「新川さん?」

 失礼になるかもしれないけど、見た目子供のミコさんの頭を撫でる。

「怖かったんだよね」

 涙目のミコさんは大きく目を見開く。


「ごめん、気づいていれば何か手を貸せたかもしれないのに、戦いの事ばかり気にして、ミコさんの事を考えていなかった」

「当然です。戦いなんですから……」

「違う。だったら、ミコさんがこんなに落ち込むこともなかった。一緒に戦っている仲間なんだから、俺はもっと周囲に気を配っているべきだったと思うよ」


 ミコさんは「違います。違います」と首を振る。

「新川さんはとても頑張っていました。それ以上に何かをやる必要なんてありません。やっぱり私が怖がっていたから……」

「苦手な事や怖いと思う事をやっているなら、ちゃんと周りが支えてあげなきゃいけないだろう。ミコさんが、ダークナイト・グランドを怖がっていたのに、それを知らずに俺は自分の事ばかりだった」

 自分の視野が狭かったと反省する。


 俺は自分がレベル1何だと言って、周りに守ってもらうばかりで自分が助けるような事はしていなかった。

 レベル1だろうと、ただ力が足りないだけで他は誰とも変わらないのに。

 自分は他人が作ってくれた安全地帯で、戦いを他人事のようにみていたにすぎない。

 安全地帯にいるなら、ちゃんとそこで何ができるか考えていないと行かなかったのに。


「だからミコさん、怖かったらいつでも言ってほしい。俺にできることがあったら、できる範囲で全力でするから」

「優しいんですね、新川さんは」

 ミコは涙をぬぐって、つぶやいた。

「普通だよ。自分を責めて泣いている人を怒るなんてするわけないだろう」

 うるうると潤んだ瞳と視線が合い、ミコは俺から視線を外した。


「本当は、怒られるつもりでここで話したんです。さっきはアリスがいて、アリスに遠慮して怒らなかったんだと想って……」

「怒る訳ないじゃないか」

「ガリアも全く怒ってくれはしませんでした」

「そりゃあ、そうだろう。身を張って守ってくれるほど大事に思っているみたいだし」

 ガリアの真意は出会って間もない俺では全く分からないけれど。


「しっかりしないとと思って、新川さんに怒ってもらうためにお誘いしたのに失敗でした」

 そう照れたように笑った。

 その顔を可愛いと感じて、照れ隠しに視線をミコから里の方へ向ける。

 木造建築から洩れる光が作り出す景色を見て、一瞬高鳴った鼓動を抑えていく。

「私は悪い女ですよね。新川さん、ごめんなさい、もう一つ悪い女のお願いを聞いていただけないでしょうか」

「えっと、何ですか?」

「私の手を握って頂けませんか」

 一瞬、彼女の言っている意味が分からなかった。


「て、ててえて?手を握る?どどどうして?」

 言葉の意味が分かると、あからさまに動揺してしまう。

 でもしょうがないんだ、女の子と必要最低限くらいしかしゃべったこともないんだから。

「手を握って頂けませんか」とミコが繰り返す。

 その顔を見ると、いたって真剣だった。


 動揺している僕が間違っているみたいに。


 既にミコは俺に手を差し出している。

 ユグドラシルの根元にある神社の中にいるせいで日光に当たっていないせいか、他のエルフよりも更に白色かもしれない。

 あるいは夜闇の中にあって、その暗さによって一層白く見えているだけかもしれない。

 その小さな白い手は、俺の手を待っている。


 さっきミコさんに怖いときや困っているときで助けを求める時は遠慮しないでと言ったので、断りにくい。

 ミコは俺の目をじっと見つめている。

 そこには若干の不安が入り混じっているように見えた。

 俺よりも一回り小さい姿の女性に、ドキドキとしてしまう。

 こんな目で見つめられたら、もう握るしかないじゃないか。


 そしてこんな時に限って、緊張からじわりと手に汗が出てきた。

 手をズボンで拭って、「分かった」と言う。

 目の前にある小さい手に伸ばしていく。

 ただミコは俺を見つめて、静かに待っている。

 ごくりと生唾を飲む。

 何でただ手を握るだけで、こんなに緊張しているんだ。


 一瞬指先が触れた。

 お互いにぴくっと手を震わせる。

 ミコと目を合わせて、お互いにはにかんだ。

 落ち着いて見えるけど、きっと彼女も同じように緊張しているのかと思うと、少しだけ気が楽になった。

 そして小さなミコの手と俺の手を絡ませる。


 掌に彼女の手の暖かさが伝わってくる。

 柔らかく、そして小さい。

「新川さんの手、大きいですね」とミコがクスリと笑う。

 かぁと身体が一瞬で沸騰するように熱くなった。

 ミコの手と重なる掌の手汗が気になってしまう。


 気持ち悪いと思われないだろうか。

 いっそのこと一旦離して、ズボンで拭きなおして、もう一度やり直すなんてことは……。


 なんて、情けない心配を頭の中で巡らせていると、手の甲に熱が増える。

「み、ミコさん?」

 俺の手をミコさんは包むように、両手で握っていた。

「大きくて、優しくて、とても……」

 ゆっくりと目を閉じて、まるで祈るように俺の手を少し握る。


 痛くはない。

 感情的になっていないから、力加減はうまくできているのだろう。


 沈黙が下りる。

 気恥ずかしさと居辛さで、「ミコさん、そろそろ……」と言ってみるが、「もう少しお願いします」とミコさんは目を閉じたまま言った。

 身体が気恥ずかしくて暑くてたまらないし、汗ももう絶対ミコさんにばれているほど出ている。

 心を落ち着かせるために、再び里を見る。

 さっきよりも光の数が少なくなっているように見える。

 きっともう眠ってしまったエルフたちがいるのだろう。


 目は逸らしても、手にははっきりとミコさんの小さく柔らかい手の温かさを感じる。

「お願いします。もう少し……」と小さな声でミコさんが呟く。

「どうか、どうか……、あともう少しだけ……」

 静かで不思議な時間が過ぎていく。

 月は俺たちを見守りながら、星空を登っていった。

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