新たな道(恩)
「はぁぁあああああ……」
長い長いため息が出た。
ここ数日張りつめていた緊張が一気に解けた気がする。
全身から力を抜いて、訓練場の真ん中で仰向けになった。
やけに青い空が目的を失った俺を嘲笑っているようで、腹が立つ。真っ白い雲がふわふわと能天気に右から左へと流れて行く。
照り付ける太陽のせいで暑くなって、コートの袖から腕を抜いて、コートから解放される。
緊張でかいた汗が、風に吹かれて冷たく冷えて行った。そしてぶるりと身体が震えた。
もう一度、ため息が出そうなのを喉で抑え込む。
ぼんやりと空を眺めていると、2回目の鐘がなる。
歓声が聞こえてきた。
きっとアリスが現れたから、観客が湧いているのだろう。
アリスは勇者であるし、この『大侵攻』という危機的状況下で復活したなら興奮も一入だろう。
『大侵攻』を止めてくれると信じているのだろう。アリスは魔王の幹部を倒したという実績もあるから、期待するのは当たり前だ。
俺もアリスなら、『大侵攻』という未曽有のピンチも乗り越えられると思っている。
レッドローズという千年前の勇者の剣があれば、戦闘で困ることもないだろう。
困るのは、俺ばかりだ。アリスは元鞘に戻っただけである。
アリスというこの世界最高戦力の存在がいないと、レベル1の俺は王都の外を歩くことすら、困難である。
確か付近の魔物のレベルも3桁くらいだから、もし遭遇したら即死イベントとなるだろう。
王都から出ないか、それとも誰か強い人を雇うか。お金だけはあるから、王都のどこかにでも家でも買ってのんびりとするのもいいかもしれない。
そんな事を考えていても、やはり……。
「残念でしたわね。アリスお姉さまの方が一枚上手でした」
エリザベスさんが寝転んでいる俺の横に、ドレスが汚れてしまうにも関わらず座り込んだ。
「ああ。惨敗だよ。不意を衝くなんて言うせこい真似をして、それ以上の強さを見せつけられた。やっぱり俺は弱いな……」
悔しいという感情はあるが、涙も出ないほどの惨敗だった。
「アリスお姉さまから見れば、ほぼすべての存在が弱いですわ。新川さんだけではありませんわ」
「そうかもしれない。でも俺が弱い事は間違いないよ。アリスから見ても、他の人から見ても……。この王都から出る事さえも命がけだ」
「王都から出る……。新川さんはこの後はどうする予定ですの?」と聞かれ、「それは……」と返事に詰まる。
さっきも考えていたが、アリスとの決闘に勝利して最前線へと向かい、魔王軍と戦うというのが直近の目標であり、それ以外の考えは持ち合わせていなかった。
だから何をしたいのかと聞かれてもぱっとは答えられない。
お金はこれまでのいろいろのおかげでとんでもない金額が手に入っているので、何をするにしても初期費用には困らないだろう。
だけどその何をしたいのかという事が思いつかない。
こっちに来てからというもの、ずっと戦いに巻き込まれ続けて、何をしたいかという目的を探せなかった。
そして今やっと、始まりの町から巻き込まれ続けてきたこの世界の戦いの一切から解放されてしまった。
考える暇もなく、この世界を引っ張りまわされて、アリスと共に魔王の幹部と戦った。
だけど逆にそれが良かったのかもしれない。
レベルが上がらないと分かってから、皿洗いすらも満足にできないような俺がどうやって生きられただろうか。
この世界の赤ん坊にすら劣るような自分が、どうやってその後生活できただろう。
アリスに連れていかれたことで、なんやかんやとあまり考えずに過ごせていたのだろう。
最初はお金もすっからかんで、さらに住むところすらもなかったから、優しい人たちに会えなかったら3日も生きられなかった。
アリスという強者がいなければ、王都に来ることも俺はできなかっただろうな。
一生俺をレベル1にし続ける女神の剣を呪いながら、始まりの町の隅っこの方でその日暮らしをし続けたかもしれない。
アリスは俺に恩があると言ったが、引っ張ってきてくれたアリスに俺もまた恩がある。
「あの……新川さん……?」
俺が黙ったままだったので、エリザベスさんが肩を揺さぶってきた。
「ごめん、ちょっと考え事していて……」
「そうなんですの?」
「うん。色々と巻き込まれてきたけど、自分からしたい事っていうのは、まだ何もないなって思ったんだ」
「そうなんですの。ま、まだ予定はないですのね」
何故か嬉しそうに言うエリザベスさん。
予定はないけど、何かしたいかと言われれば、恩のある人たちにお礼がしたい。
今、俺にできるお礼とはなんだろうか。
何をすれば、恩を返せるだろう。
考えられる事は『大侵攻』を止めるという事だが、レベル1の俺にはできない。
でもレベル1でない、自分ならばできるかもしれない。
この剣にかけられた呪いともいうべき、祝福を解除できればそれは可能だ。
そしてそれを解くことができる人間の居場所を俺は知っている。
なら、俺はそこに行くべきだろう。
「新川さん……、もし、もしも、よろしかったら、私の所に来……」
「エリザベスさん、決めた!」と俺はすぐさま自分の覚悟をエリザベスさんに言った。
「俺はこれから教会都市に行くよ。そしてこの剣の女神の祝福を解除しようと思う。成功すれば、俺も誰にだって文句言われずに『大侵攻』の対抗戦に行けるはずだ。それが俺をここまで連れてきてくれた人たちに向けてできる最善だと思う」
「あっ……」とエリザベスさんが口をぽかりと開けていた。
「もしかして何か言ってた?遮っちゃって、ごめん」
「……いいえ、何でもありませんわ。新川さんがそうしたいのであれば、私が止めることなどできませんわ」
そう言って、エリザベスさんは微笑んだ。
「乗り掛かった舟ですわ。私は教会都市に行くことはできませんが、そこまでの準備もお手伝いしますわ」
「本当か!アリスに連れまわされていただけだったから、移動手段も分からないし、ちょっと不安だったんだよ。エリザベスさんには、お世話になりっぱなしで悪いな」
「いいえ、約束を守れなかった私の不徳のお詫びですわ」
約束と言われて、そういえばエリザベスさんは俺とアリスとの仲を取り持ってくれると言っていたのを思い出した。
「教会都市に行くには、馬車で5日ほどかかりますわ。今は『大侵攻』による非常事態中ですので、通常の都市間の馬車は動いていませんの。だから馬車の調達は必要ですわ。それに新川さんの護衛役含めたその間の食料や装備の調達もしなければなりませんわ」
馬車に護衛に食料と装備、かなりお金が必要だな。
お金の心配はないけど、『大侵攻』への輸送物資として大量に集められているのを見ているので、それだけの物資が残っているかが心配だな。
「そうなると、またアリシアさんに相談かな?」
「そうですわね。今の城の中は空っぽですわ。集められるとすれば、商人のアリシアさんですわね」
エリザベスさんから見ても、やはり物資は限られているようだ。
アリス対策として武器を徹夜で作ってもらって悪いけど、アリシアさんが起きたら、また協力してもらえるようにお願いしよう。
それから色々と揃えて、準備して、護衛を雇って……。
またやることが山のように増えていく。
まだまだ俺が休む時は遠そうだ。




