決闘前(準備は万端)
案内された訓練場に、ぽつんと一人立って金色の髪をたなびかせているアリスがいた。アリス以外には人っ子一人いない。
「よく来たわね。準備は整ったのかしら」
俺に気付くと、そんな風に挑発な言葉を放ってくる。
いつも通りのアリスで、決闘の前だというのに緊張している様子もない。当然か、俺はレベル1で彼女の足元にも届かないような戦力なんだから。
「ぼちぼちだ。でも、負けるつもりはないからな」
「こっちも負けるつもりはないわよ」
「分かってる。正々堂々と全力のアリスに勝ってみせるよ」
すり鉢状になっている訓練場の真ん中に向かって降りていく。
すると「新川さん」と背後から声がかかった。
「どうしたの?エリザベスさん」
朝から馬車で迎えに来てくれて、ここまで付き添ってくれたエリザベスさんだった。でも相変わらず、目を合わせてはくれない。
「ご武運を……。私達がひざを突き合わせて作り上げた武器がありますわ。アリスお姉さまに勝つ希望は零ではありませんわ」と励ましてくれた。
「ありがとう。ここまでこれたのは、エリザベスさんのおかげだよ。もしエリザベスさんがいなかったら、俺はこんな風にアリスと戦って、競う事もなかったかもしれない」
「そんな……。私は何もしてはいませんわ。ただ城の中に新川さんをご案内しただけですわ。ここで武器を作り上げたのは、新川さんですわ。それに私は最初、新川さんの事を誤解して、大変なことをしてしまいましたわ」
そういえば、エリザベスさんは俺がアリスをたぶらかしたと思い込んで、俺を誘拐したんだった。誤解は解けているし、エリザベスさんが俺をつけ狙ってくれたおかげで城の中でアリスに会えたんだから、むしろ結果オーライだ。
「それはもう過ぎた事ですよ。始まりがどうであれ、エリザベスさんのおかげでアリスとの決闘まで持ち込めたんですよ。本当にありがとうございました」
お礼を言った後、ちらりとエリザベスさんの顔が見えたが、まるで熱があるかのように真っ赤になっていた。
「あっ、もしかしてエリザベスさん、熱があります?昨日から、様子がおかしいですよ」
「だ、だだ、大丈夫ですわ。お気になさらないでくださいですわ」とぷるぷると小動物のように素早く首を振る。
「そう、じゃあ、行ってくるよ」
「が、頑張ってくださいですわ!それに、もし……」
「もし?」
アリスの方へ向かって歩こうとして、エリザベスさんが何かを言いかけたので振り向いた。
「いえ、何でもありませんわ。どうか、勝ってくださいですわ」
「ああ、頑張るよ」
エリザベスさんに応援されて、今度こそアリスの元へ向かう。
「何を話していたの?」とアリスが俺に聞いてきた。
「ただエリザベスさんにお礼を言っていただけだよ。こうやって、決闘できるようになったのはエリザベスさんのおかげだし」
「そう、良い子でしょう。自慢の妹なのよ。最近は、あまり会えていないけど」
「ああ、とってもいい人だったよ。少し思い込みは強いけど、優しくて律儀な綺麗な人だよ。本当にお世話になった」
「仲良くなれたみたいね」
「まあ、そうかな。おかげで色々な人から、助けてもらえたよ」
「そのぶかぶかのコートの事?」とアリスが俺を指す。
その質問には答えない。
コート自体はアリシアさんに朝、もらったものだ。
武器をギリギリまで隠すために。
バレてしまえば、それで終わりだ。だからそれを防ぐために、一回り大きなコートを着ている。
アリシアさん自身は、武器作成に朝方までかかってしまったそうで、俺に出来上がった武器を渡すと帰宅してしまった。
たくさんの人が手伝ってくれたおかげで出来上がった武器を、コートの下で握りなおす。
これでアリスに一撃を与えるという勝利内容をクリアしなければならない。
一抹の不安もあるが、もうここまで来てしまったのだ。
成功することを祈る他ない。
一方アリスの装備だが、俺に油断してドレスとか私服とか戦いにくいもので現れてくれればいいものを、まさかの昨日の謁見室で見たのと同じような金色のライトアーマーを着ている。
最前線に向かう軍隊の出発が目前まで迫っているのだから、アリスがフル装備で着ているのは当たり前だった。
少しでも成功の確率を上げたかったという俺の我が儘だ。
そして例え望み通りであっても、望み通りでなくてもやることは同じ。手段を選べるほど、俺は強くないのだから。
気を引き締めよう。
目の前にいるアリスは俺を殺しに来ないけれど、魔王の幹部と同等の強さを持っているのだ。
魔王の幹部の強さ、そして理不尽さを俺は身をもって知っている。
地形を変えるほどの威力の魔法や膂力を持ち、多彩な魔法やスキルを備えている。
そしてアリス出なければ突破できないほどの防御力を持っている。俺のレベルでダメージを与えられるわけがないから、加減の必要はない。
さらに言えば、俺はアリスの戦う姿や戦略を見ているがアリスは俺の手の内を知らない。
それがアリスから有利を取れる部分だ。
だからチャンスは一度、そして一秒にも満たない。
その一度きりのチャンスをぶっつけ本番で成功させなければならない。
「準備はできてるわよね」
「ああ、できてる」
エリザベスさんのおかげで早めに寝て、充分な睡眠がとれたから体調は万全だ。
そして武器はアリシアさんが徹夜で作ってくれた。
練習はできていないことだけが不安要素だ。
ちゃんと動くか、ちゃんと一撃を与えられるか。
だけど俺は信じるしかない。
「審判がいないわね。ねえ!そこの人、危ないからこっちに来なくてもいいから、そこで合図してくれない?」とアリスがエリザベスさんの護衛に言った。
「私ですか?」
「そう、お願いできる?」
「はい。光栄です」
「じゃあ、お願い」
「分かりました。エリザベス様の護衛という仕事がありますので、アリス様のお言葉に甘えさせて、ここから開始の合図をさせていただきます」
そう言って、護衛の人が声を張り上げ、審判を始める。
「両者とも準備はよろしいでしょうか!」
「はい」
「はーい」
アリスはレッドローズという剣を鞘から抜き放った。
太陽の光を反射し、赤い刀身がまるで炎のように輝いている。
これが千年前の勇者が使っていた剣。
自分にその切っ先が向けられると、何かよく分からないが凄みのようなものを感じる。この感じている物が、勇者の剣の力だろうか。
俺もコートの下で、武器を構える。緊張で吐息が震えた。手が震え、武器を取り落としそうになるが、改めてつかみなおす。
そしてゆっくりと深呼吸をして、心を落ち着ける。
後はやるべきことをやるだけだ。
それですべては決着する。
合図と同時に決まるだろう。




