謁見の間(王様)
「王よ、どうかお願いします」
「アリス姫の力がなければ、我々人間の敗北が近づいてしまいます!」
「どうか。アリス姫の出陣を、お認め下さい!」
「ならん!アリスは軍規を破ったのだ!」
広い豪奢な廊下の突き当りの巨人でも通れそうな巨大な扉の向こう側から、騒がしい声が聞こえてくる。
中から漏れ聞こえてくる声を聞くと、隣に立つ兵士の言っていた通りにアリスをどうするかどうかの話をしているようだ。
この重厚な扉を通して聞こえる所を見るに、かなり白熱しているようだ。
「王よ!ここで言い争っている場合ではありません。今や一刻の猶予もありません」と聞き覚えのある声が聞こえた。
確か最初に城に来た時、アリスと話していた宰相の声だ。
「既に『大侵攻』によって、最前線は崩壊の危機にあります。アリス様を温存していては……」
「ならぬ!お前は王族として、恥ずべきことをしたのだ!絶対に最前線に行くことは禁じる」と王様らしき威厳のある怒声が響く。
うわぁ、この中に入らなきゃいけないのか。
扉越しにも、中がぴりぴりとしているのが分かってしまう。
この中に行くのは気が引ける。
でも王様の意志は固そうだ。だけど噂を聞く限り、『大侵攻』はアリスがいないとまずいという事は理解してきた。
アリスが行かないとそもそも人間界が終わってしまうのだ。そうなると、俺も生きていられないだろう。
そのためには、アリスは必ず最前線に行ってもらわなければならないのだ。
魔王の幹部に対抗できるのは、現状人間側にはアリスしかいないのだから。
俺には最前線の戦況は分からないが、かなりの劣勢を強いられていることは推し量れる。だからアリスを連れて行かないといけないのだ。
例え別れを告げてきていて喧嘩中だとしても、世界の危機だから手を貸さないわけにはいかない。
それにアリスが最前線に行かないと、俺がアリスについて行くという作戦ができなくなってしまう。
それは困る。
俺はまだ魔王の幹部と戦いたいのに。
だからアリスを最前線に行けるように、王様を説得しないといけない。
できるか分からないけれど。むしろできない可能性の方が高い。中で話し合っている人たちより、頭がいいなんてことはあり得ないだろう。
でも少しでも力になれれば、と思ってここに来たのだ。
兵士が「心の準備はできていますか」と俺に尋ねてくる。
正直に言って、中の喧騒を聞くとあまり気が進まないけど、ここまで来たからにはやらないわけにはいかない。
「はい。できています」と返事をする。
「あまり自信ないんですけど……」と弱気な声も漏らしてしまう。
「私もいますから、
兵士は頷いて、巨大な扉を守るようにいる同じような装備をした人たちへ「王命の通り、新川修平を連れてきた。開けてくれ」と言った。
「はっ!」と両側の兵士がきびきびと動き、扉の両側につく。そして両開きの巨大な扉が開いていく。
眩しい光と共に扉の内側が目に入る。
金銀に彩られた美しい謁見の間に、整然と並んだ人たちがいた。
かなり広い空間なのに、威圧感のある鎧やら豪華な服やらを着た偉そうな人が多いせいで、窮屈に感じてしまう。
そして扉が開いた音を聞きつけて、その人たち全員の鋭い視線が俺へ一斉に集まってくる。
まるで猫に睨みつけられたネズミのように、俺はビビってしまう。話し合いがヒートアップしていたせいか、全員の気が立っていて、視線が凄く痛い。
「失礼します。新川さまをお連れしました」と兵士が報告する。
そして一際俺を見る目つきの鋭い人間がいる。
その人物はこの謁見の間の一段高い場所で、金色の装飾の玉座に座っている王様だ。
髭のお爺さんを想定していたので、予想よりも断然若く見える。ひげなど一本もなく、筋肉質で細身の若い壮年の男性だ。
顔つきが鋭い分、雰囲気がとげとげしているように感じる。
まるで蛇に睨まれた蛙のようだという慣用句を身をもって味わう。何というか、
今にも殺されそうだ。
「やっと来たか」と重々しい雰囲気の声で、王様は俺を睨みつけながら言う。
「新川殿、前へ」と王様のすぐ横に立っている宰相が言うと、まるでモーゼが海を割った逸話のように謁見の間で並んでいた人垣がざっと左右に別れた。
まっすぐに王様につながる道が現れる。
じろじろと見定める視線の中、「さぁ、行きましょう」とエリザベスに背中を押され、その作り出された道を進む。
怪しむような視線に囲まれて、心臓が緊張でバクバクしてくる。
王様だけを説得すると聞いていたので、こんなにも人が多いなんて、予想していなかった。
だからこれからこの大勢が見ている前で、王様を説得しなければいけないという状況に吐き気すら催してきた。
本当にここで俺は話さなければいけないのだろうか。
できれば、半分くらいに減らしてくれないだろうか。
あるいは、もうアリスと王様とあと宰相、それとエリザベスくらいの人数で話させてほしい。
ノープランでここに来てしまったことを後悔した。
一歩一歩進むごとに、扉の前であった心がどんどん小さくなっていくのが分かる。さらに王様のいる方へ進むごとに、何だこいつというような視線が強くなっていくように感じる。
視線が痛い。
正面に座っている王様からの鋭い視線が特に痛い。周囲からの視線は視線を合わせなければいいが、歩く先にいる王様の視線だけは逃れる事はできない。
しかも親の仇に向けるような視線だからより辛く感じる。
気が重いし、何なら胃がキリキリと痛くなってきた。
今更ながら、逃げだしたいくらいだ。
玉座の目の前までくると、今までになく厳しい表情をしたアリスがいた。
彼女は急所だけを守っている身軽な装備をしていて、その身軽な装備とは裏腹に深刻そうだった。
身に着けている剣は、千年前の勇者が持っていたという国宝のレッドローズだろう。全体的に赤く、まるで剣自体が燃えているような色をしている。俺のもらった女神の剣とは、また違う独特な雰囲気を醸し出している。
女神の剣と同等かそれ以上の力を持っていて、千年前の勇者がこれで活躍した。
しかしその剣を持っていても、アリスの出陣を王様が許してくれなければ活躍は望めない。
気を引き締め治す。
俺がびびっていたら、アリスの出陣がなくなるかもしれない。
それは困る。
そのために俺はここに来たのだ。
何があっても、アリスを助けないと。
さぁ、何を聞かれるんだと、王様を見上げる。
「お主が、我が娘と一緒に魔王の幹部を討伐したという新川殿だな」と王様が渋い声で言った。
「は、はい」
そして王様は厳かに俺に言った。
「では、聞かせてもらおうか。お主がアリスとした旅を。お主から見たアリスの姿を」




