ポンポ商会会長(アリスの条件)
「やっぱり。ここにいたのね」
アリシアさんと共に紹介会長が戻ってくるのを待っていて、扉が開き商会会長が戻ってきたと思ったら、アリスが一緒だった。
「あれでお別れする予定だったのに、まさかエリちゃんとコンタクトを取って城の中に入ってきちゃうなんてね。油断していたわ」
「アリス……」
思ってもみなかった唐突な再会に、何を言えばいいのか迷ってしまう。
俺とアリシアさんの座っているソファの対面に座って、「諦めて。私はあなたのために言っているのよ。いろんな人と話して知っているでしょう。ここから先、私の力でも足りない世界なの。私はあなたを守れないわ。無駄死にさせるわけにはいかないの」といつになく真剣なまなざしで言った。
しかしその視線に負けるわけにはいかない。
「知っている。だけど俺は恨みを晴らさなきゃいけない。ここで止まる訳にはいかない。何としてでも、『大侵攻』に連れて行ってもらう。例え死ぬとしても」
「あなたの気持ちは分かっているけど、もう状況は変わったの。こんなにも深刻になっているなんて、思っていなかった」
「それでも、俺は行く」
じっとアリスに負けないように、その青い瞳を見つめ返す。
ここで目を逸らしてしまったら、魔王軍と戦うなんてできないだろう。アリスとまず戦わなければ、その先に進めない。
「意地を張った所で、私は認めないわ」
「認めるんじゃなくて、認めさせるために俺はここにいるんだ」
「そんな事を言ったところで、あなたに何ができるの。レベル1じゃ、『大侵攻』へ連れていくなんて不可能よ」
「だからそれを探している。見つけられた時には……」
「ダメよ。連れていけない。それにもうあなたは十分に戦ったと言っているの。ロックジャイアントからダークナイト・グランド、リッチまで、頑張ったわ。だからもう無理をして、私についてくる必要なんかないわ」
「まだ足りないんだ。戦う度に失って、魔王軍と戦わなければいけないという気持ちが増していくんだ。だから俺は戦いたいんだ」
魔王軍に借りがある。だから俺は戦って、借りを返してもらわなければならない。
それがいかに無謀であっても、俺が立っている限り、立ち向かっていかなければ折れてしまう。そうなったら、俺はきっと今度こそ立ち上がれなくなってしまうだろう。
「どんなに難しくても、成し遂げる」
「人のいう事を聞かないわね。無理だと言っているの!」
「今までもそうだった。これからも変わらない」
「そう思えるのは、あなたが戦場を知らないだけ。もう戦いは進んでいるのよ。一人二人の犠牲じゃすまなくなっていくのよ。あなたよりも高レベルの人が必死で自分の命を守っていても、死んでしまう世界なのよ」
「分かっている。それでも、俺はこの恨みのために行きたいと言っているんだ」
「本当に分からずやね。連れて行かないと言っているでしょう!」とアリスが声を荒げる。
そして射殺すような視線を向ける。
俺は負けじとその視線を睨み返す。
俺とアリスがじっと無言で見つめ合い、お互いに引かないままでいると、「お二人とも、ここで痴話げんかをなされると、皆の居心地が悪くなってしまいます」とアリスの隣に立つ商会会長が穏やかな口調で言った。
その言葉にはっとして周囲を見渡すと、客室にいるすべての歓談していた人たちが全員、俺たちの様子を見ていた。
いくつもの目に見つめられていると分かると、急に恥ずかしくなってきた。必死で言い合っていたせいで、恥ずかしい事を大声で言っていた気がする。
「アリス姫、あなたはこの国の王女なのです。痴話げんかであっても声を荒げれば、怯えさせてしまう事になるでしょう」と穏やかにたしなめるように言った。
商会会長はまるで狸のように丸々と太った男だ。背は低いので、余計丸く見えてしまう。
そして老人を想像していたが、予想よりも若い。おそらく40代くらいだろう。
「痴話げんかじゃないわ。死にに行こうとしている人を止めているの」とアリスがとげとげしい口調で反論する。
「事実がそうであろうとも、周囲の者からすれば姫様の癇癪に見えるでしょう。まずは彼の言葉を受け入れて、それが無理な条件であっても、それを受け入れる度量を見せる必要があるのではないでしょうか」と商会会長に言われ、アリスは一瞬嫌そうな顔をしたが、すぐに取り直した。
「ふぅ……、そうね。一方的に言い過ぎたわ」とアリスが態度を緩和させた。
「だったら……」
「でもね、ダメ。私は本当に、貴方の身体を案じているのよ」とアリスが態度を一変させて、俺をいたわるように優しい声色で言った。
「それは、分かっているけど……」
「強引に突き離せばいいと思っていたけど、今までのように喰らいついてきてしまうのね。だからこちらから条件を出すわ」
「条件?」
「ええ。条件をクリアすれば、私があなたを連れていくことを認めて、話を通してあげる。もちろん、最大限の援助をするわ」
いきなりアリスが協力的になって驚いたが、次の言葉でさらなる過酷に放り込まれたことを思い知った。
「私と戦いなさい。そして一回でも私に攻撃を当てられたら、認めてあげるわ」
さらっと酷い条件を突きつけられる。
「ちょっ……」
「これで良いのよね。魔王の幹部は私よりも強いわ。私に攻撃を当てられなきゃ、『大侵攻』に行けないわよね。……これで良いのでしょう。これが私の譲歩よ」と言って、やれやれと言った様子で商会会長に目配せをした。
すると緩慢にお辞儀をして、「お見事です。アリス姫、あなたの寛容さにこの私めも心を打たれました」と仰々しく言った。
なんとも厭味ったらしく聞こえる。
「まったく、あなたの狸っぷりは本当にイヤになるわね。疲れたわ。私は戻らせてもらうわ」
「誉め言葉として受け取っておきます。どうぞ、アリス姫、休息こそが勝利の前準備と心得ております」
「じゃあね、『大侵攻』への出立前までに連絡を入れてね。いつでも受けて立つから。ルールもそっちで決めて構わないから」
そう言い残して、アリスはさっさと部屋から出て行ってしまった。
「ちょっと、待ってくれ。アリス!」
俺は追いかけようとしたが、扉は俺が追いつくよりも早く閉まってしまった。
扉を押し開けて追いかけようと思ったが、流石にそこまでして追いすがるのは格好がつかないような気がしてやめる。
そして頭を抱える。
「どうしよう。アリスに一回攻撃を当てるなんて、ムリゲーにもほどがあるだろ」
アリスに俺が一撃を入れるなんて、不可能にも等しい。
「さてと、あなたが新川さんですね。アリシアが始まりの町でお世話になったという」
「はい?」
「初めまして。ハレルヤ商会を取り仕切っておりますポンポと申します。どうぞよろしく」
目の前にぷくりと太ったアンパンのような手が差し出される。
「は、はい。すみません。……新川修平です」
その手を取って、立ち上がる。
「ようこそ。ハレルヤ商会へ。それでどんな商品をお求めでしょうか」
「それは……」
アリスとの一騎打ちになったので、そもそも前提条件が崩れてしまった。ある程度強くなって、アリスに認めてもらおうという目論見が、アリスに一撃を入れなければならなくなった。
それもこれもこの人のせいなのだが。
「先ほどの話を聞いている限り、アリス姫に一撃を入れられる商品を求めていると愚考しますが、いかがですかな」
俺とアリスの会話の間に入ってきただけあって、適切に俺の考えを当ててくる。
「それは、まあ、はい。本当にそんな商品があるんでしたら、欲しいです」
とんとんと話が進んでいく。
アリスが一騎打ちになると踏んだ上で、この話をしてきたのだろうか。一騎打ちで有利になれる商品を実は持っていて、アリスにあの話をするように誘導したとか。
そうだとしたら、信じられないほど狡猾な……。
この太った体にどれほど狡猾な黒い腹を修めているのだろうか。あの数分で、それを計算できるほどの計算高さ。
もしかしたら、この人が俺を助けてくれる人なのかもしれない。
「いえ、ありません」
「ないんですか!」
彼の言葉を深読みしすぎて、期待を高めてしまったので大声で突っ込みをいれてしまった。危うくあと少しでずっこけてしまう所だ。
だって、あんな含みがあるような事を言われたら、そう思ってしまうにきまっているじゃないか。
「アリス姫に敵うような物があれば、それは世界を破壊できるほどの力です。そんなものを一商人が持っているわけがないでしょう」
ポンポ商会会長ははっはっはと笑いながら言った。
「そうですか。やっぱり、きついですよね」
「例え優秀な兵士であっても、本気のアリス姫に一太刀を入れるなど相当の幸運がないと無理でしょうな。道具を使おうにも、アリス姫は戦いのプロ中のプロ。最も死線を超えてきた人間です。例え、魔導書や魔道具を使ったとしても、当てるのはかなり難しいでしょう。彼女の戦闘に関する知識はかなりのものです。大体の戦闘の道具は既知なので、使われる前に看破されるでしょうね」
そうなると、搦め手でも難しいという事になる。
ますます手段がなくなっていってしまう。
「あはは……。はぁ、どうしたものか」と弱音を吐く。
巨大な商会のトップのポンポ商会会長でさえ知らないとすると、どうしたものか。しかも手に入る情報は無理だという物ばかりだ。
「私は持っていませんが、あなたは持っていらっしゃるでしょう。アリスに一太刀を入れる方法を」とポンポ商会会長は唐突に不可思議なことを言った。
「はい?」
「我々ではアリス姫という頂には到達できません。何故なら、我々の常識の到達点が現在の彼女だからです。しかしあなたは違う。そうではありませんか?」
「はい?」
あまりにも怪しい言葉を言ってくるが、俺には何の思い当たることはない。
「何を言っているんですか……。意味が……」
「アリス姫の意表をついて、一撃を与えられる可能性があると言っているんですよ」とポンポ商会会長がにやりと笑った。
それはまるで誰かを化かそうとするいたずら狸のようだ。




