◇第5話「命綱①」
街の中に入る行列に二人で並ぶとウェドグルはひっそりと雅久に話しかけた。
「いいか?街の中では魔力共有のことは大っぴらに話すんじゃないぞ。」
「え?あっ、はい。でもどうして?」
「魔力共有は命を預けるのに等しい行為じゃ。禁忌と捉えられる者も少なくはない。それに下手をすると、お前さんがこの世界のセフィーロではないとばれる可能性もある。」
「ば、ばれたらどうなるんですか?」
ちょっと怖くなってきたのでウェドグルに聞き返す。
「そうじゃな。お前さんはこの世界の人間ではないから、セフィーロの財産は没収されて奴隷身分にでも落とされるじゃろう。それでも、命があるだけまだマシかも知れん。」
「そ、そんなあ・・・脅かさないでくださいよ・・・」
いきなり異世界の現実を突きつけられ絶望的になった。
(こうなったら早く元の世界に帰らないと・・・て、あれ?)
「あの・・・この世界に召喚されたのはいいんですけど、どうやって元の世界に戻るんでしょう?」
そう、帰る方法。何よりも大事なこの事を聞くことを、雅久はずっと忘れていたことにいまさら気づく。
「ん?あ、ああ、セフィーロの記憶の中にあるんじゃないのか?」
なにやらバツがわるそうにウェドグルが言った。
(帰る方法、帰る方法・・・と)
言われていつものように記憶を探る。だが、何も思い浮かばない。
「あの・・・ぜんぜん帰る方法が思い浮かばないんですけど。」
「うーむ、あれだな。まだセフィーロの使命を果たしていないから、思い出せないようになってるんじゃないか?セフィーロの記憶を全部が全部思い出せるわけではないんじゃろ?」
「そうでした。はあ・・・」
(こうなったら、なんとしても早く使命とやらを果たして元の世界に帰るぞ!)
そう心に決意を抱く雅久はもはや”ただ「帰りたい」という目的のためだけに行動する”自分が否定していた召喚者に成り下がっていたのだった。
「止まれ!」
街に入ろうとして門のところで衛兵に呼び止められる。
「お前たちは行商人ではないな。旅行者という身なりにも見えん、フォレストヴァントの街へは何しに?」
「儂ら二人は旅の冒険者ですじゃ。この街には宿と必需品の補給に寄ったんじゃ。」
ウェドグルがそう答える。雅久はウェドグルの会話の邪魔にならないように、緊張した面持ちでただ黙って立っていた。
「冒険者・・・だと?」
衛兵は二人をじろじろと訝しげに見回した。
(うわあ・・・なんか怪しまれてる。ドワーフと二人連れが珍しいのか?それとも俺が異世界の人間だと気づかれたか?)
衛兵は少し考え込んでいたが、ふと何かに気づいたかと思うと、
「なるほど、そういうことか。入っていいぞ。だが、問題を起こすなよ。」
意外にもすんなり通してくれた。
「いやあ、ひやひやしましたよ。いきなり正体がばれるんじゃないかって。」
フォレストヴァントの街に入って今は通路を二人で歩いている。街の中はほとんどの建物が石造りで通路のわきには露店が並んでいていろんなものを売っている。人もそれなりに多そうだ。
「お前さんが余計な事を言わなけりゃ大丈夫だと思うぞ。この街は亜人種も普通に受け入れる大らかな街じゃからな。通行証を出せとも言われんかったじゃろ。」
「うーん、それで治安とか大丈夫なんですかね。犯罪者とか街に入ってきたりとかしたらどうするんでしょう?」
「まあ、殺人も盗みも手配されない限り犯罪ではないからのう。さすがに手配されている者を通しはしまい。それに例え手配されていなくても、徒党を組んで行商を襲うとか盗みを行っているなら討伐対象になる。討伐対象になってしまうと、魔物と同じ扱いで殺されても文句は言えんし、殺した者には報奨金がでるので命を狙われ続ける羽目になる・・・じゃが本当の犯罪者は、そこら辺りの加減をわきまえてるから始末に終えんのじゃ。手配されない、討伐対象にされない、ギリギリの状況を保ちつつ街中で生活しておる。じゃから、その、なんじゃ・・・こういう人のいる街に来たのなら治安などという幻想にかまけてないで、自分の身や財産は自分で守らねばならんぞ。こんな風に・・・な!」
そういうとウェドグルは急に路地の方へと振り返って睨む。雅久も慌ててウェドグルが向いた方を見た。人影がサッと隠れたような気がした。
「な、な、なんですか今の??」
「どうやら、お前さんを獲物とみなしたスリかコソ泥が後をつけていたようじゃな。」
「ええっ!?なんで俺なんですか・・・」
雅久はせっかく人のいる街に来たのに、かえって危険な状況になっていることに背筋が寒くなった。
「そのローブはセフィーロの物じゃがそこそこ品質がいいからのう。それにお前さんが警戒している様子がないから与し易いと思われたんじゃろ。じゃが、儂がいるから大丈夫じゃ。手出しはさせん。お前さんにはセフィーロの使命を果たしてもらわねばならんからの。」
「ウェドグルさん・・・」
これまでも頼もしいドワーフだったが、なお一層頼もしく思えた。そして治安が良かった元の世界との危険性への認識の違いを実感するのだった。
「それにああやって儂の放った殺気で隠れるようじゃ、自分がコソ泥だと自ら名乗ってしまったようなものじゃ。もう儂たちの後をついてくることはないじゃろ。・・・そうじゃな、今日の宿はあそこにするか。」
そう言うと通路の先にある木造の大きな建物のほうを指差した。建物の扉の上に大きな看板がかかっており、この世界の文字で店の名前が書かれている。セフィーロの知識がある雅久には読むことが出来た。
「”黄昏の森亭”・・・」
建物の中から肉の焼けるいい匂いがする。
「とりあえず部屋をとって、それから食事にするか。」
(食事!異世界の食事!そうだ、まだ異世界の楽しみがあるじゃないか!)
「ええ。早く行きましょう!」
黄昏の森亭の扉を開けて中に入ると、そこは食堂兼酒場のようだった。食事だけをとる者、酒だけ飲む者、酒盛りをしている者もいる。そして格好も様々だった。鎧を着たまま食事をしている者は街の衛兵か冒険者だろうか、ヨレヨレのシャツにズボンを履いた男はこの街の職人か何かだろうか。そんな風なことを考えながら、雅久は店内を見回していた。ふと酒をあおっている男と目が合ってしまい咄嗟に目をそらす。
(ヤバいっ!こういうのってぜったい絡まれるよな。)
そう思っていたが、男は気にしたような様子も無くまた酒を飲み始めていた。
(あ、あれ?ぜったいなんか言われると思ったんだけどな。)
雅久がそんなことを考えてるうちに、ウェドグルはカウンターの方に近づき席の上によじ登るとカウンターの奥にいる人物に話しかけた。
「宿を取りたいんじゃが・・・」
「んんー?」
奥の人物が振り向く。その顔を見て雅久は驚愕した。緑色の肌、下顎から突き出た牙、赤い瞳、その醜悪な姿が顕になる。セフィーロの記憶を探らなくても何者なのか雅久にはわかった。
(お、オークだ。ここはオークの宿なのか!?)
オークはウェドグルと雅久をじろりと睨むと、
「一泊6s4cだ、食事は別。それでよければ泊まっていけ。」
「構わん。」
そういうとウェドグルはチャリンと銀貨と硬貨を幾枚かカウンターに置いた。
するとオークは鍵をカウンターの下から取り出すと、ウェドグルに渡す。
「ほらよ。向こうの階段を上がった先の奥から2番目の部屋だ。」
ウェドグルは鍵を受け取ると、カウンターの席から降りて言われた階段の方へと歩き出す。慌てて雅久もウェドグルの後について行った。
「オークって初めて見ましたよ。」
階段を登りきり部屋へと向かう廊下の途中、下の階には声が聞こえないであろう距離がとれたと判断して雅久はウェドグルに語りかけた。
「ん?そうか?この宿に来る前にも街には何人かおったぞ。」
「え?そうですか?ぜんぜん気づきませんでした。」
雅久は街に入ってからの事を思い出してみる。だがオークの特徴的な姿をみた覚えは無い。
「それってオークだけですか?」
「いや。儂の同属のドワーフもおったし、獣人も何人か見たのう。」
「獣人!?獣人もいたんですか?ああ、見てみたかったなあ・・・」
(くそぅ、もっと注意して周りをみておくべきだった)
雅久は自分の注意力の無さを悔やんだ。
「そ、そうか?じゃあ、次に見つけたら知らせてやるぞ。む、この部屋じゃな。」
ウェドグルはオークから預かった鍵で目の前の扉を開ける。中は6畳ほどの広さの部屋だった。部屋のサイドにベッドが二つと窓、そして大きな鍵穴のついた箱があるだけの簡素な部屋だ。
「ふむ。まあまあじゃの。ちと狭いが、ちょっとした作業くらいは出来そうじゃ。どれ」
そういうとウェドグルは自分のバッグパックを下ろし、中身を出して整理を始めた。
「ふむ。これはまだ十分だな、足りないのはアレとコレと・・・」
その間、雅久はベッドを確認する。藁のマットにシーツをかけただけの簡易なベッドだ。いわゆるここは安宿と呼ばれる部類なのだろう。掃除もあまり行き届いていないようでホコリっぽい。だが、野宿よりはだいぶマシだと思えた。
ウェドグルは荷物をまとめ終えると、部屋の鍵で部屋に備え付けられている箱を開けた。箱と部屋の扉の鍵は共通らしい。そしてテキパキと箱の中に自分の荷物を納めていく、実に手際がいい。
「それじゃ、セフィー・・・そういえば、お前さんのあちらの名前はなんていうんじゃ?まだ聞いてなかったが。」
「え?ああ、雅久です。」
「ほう、サフィーザか。なかなか立派な名じゃな。じゃが、お前さんにはセフィーロとして振舞ってもらわねばならん。じゃから誰かの前ではセフィーロと呼ばせてもらうぞ、いいな?」
「あ、はい。わかってます。」
名前の発音が間違っていたが、訂正するのはやめておいた。元の世界の名前はこちらの世界では発音できないのかもしれない。もしくは、そう変換されて聞こえてしまうのだろう。そもそもこちらの世界ではセフィーロなのだ。名前を訂正する意味など無い。
「儂のこともウェドグル”さん”などとは呼ばず、”ウェドグル”と呼べ。」
「わ、わかりました。ウェド・・・グル・・・」
まだ出会って1日と少し。セフィーロの記憶でウェドグルの事はよくわかっていても、なんだか少し気まずかった。