表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

◇第4話「街へ」


陽光の暖かさを頬に感じ、雅久は目が覚めた。森の中は朝霧が漂い、霞がかっている。その朝陽(あさひ)の逆光のなかに、小柄な人影が見える。目が光に慣れるとともにはっきりとしてくるその姿は、美しい女性・・・ではなく髭面のドワーフだった。


(ああ、昨日のは夢じゃなかったのか・・・夢だったら髭面のドワーフじゃなく、エルフの美少女が側にいるはずだしな・・・)


そんなことを考えていると、ウェドグルは雅久が起きたことに気づいた。


「む?起きたか。こいつはお前さんの分じゃ・・・」


そう言うとウェドグルは金属製のカップに何かの液体と、木製のスプーンが入ったものを雅久に差し出す。


「あ、どうも・・・」


雅久はカップを受け取り、中の液体を口に含む。口に含んだとたん薬品臭が口中に広がり、”これは飲み物ではない!”ということをセフィーロの記憶から思い出したが、勢いをつけて口に含んだため、つい飲み込んでしまった。喉に何かが刺さるような刺激が走る。


「ぐはあっ!げほっ、げほっ!」


「おいおい、飲み込んだりして大丈夫か?」


「だ、大丈夫だ。つ、使い方を思い出した。げほっ。」


この液体は目覚めのコーヒー的なものではない。口を濯ぐための薬剤を溶かした物だ。スプーンだと思っていた物もスプーンではない。セロリに似た植物の茎で、この世界で一般的に使い捨ての歯ブラシの様に使われてる。そこで雅久はセフィーロの記憶にある習慣から、これらの使い方を思い出す。


(えーと、この薬剤を少し口に含んで口を濯いでから、この植物の茎を噛むんだったな。)


記憶にあるとおりに真似をして液体を少し口に含んで軽く口を濯いで吐き出すと、スプーンだと思っていた植物の茎を噛む。植物の茎は噛み切れないセロリといった感じで、生の植物特有の青臭さはあまり感じない。


ガシッ、ガシュッ。


何度も強く噛んでいると、植物の繊維がばらけ歯と歯の隙間に入り込んで、汚れが取れていく感じがする。右側の歯で数回噛んだあと、左側の歯でも数回噛む。最後にもう一度コップに入った薬剤を口に含んで口を濯いでから吐き出すと、元の世界の歯ブラシを使ったときよりも口の中が綺麗になったような気がした。


「終わったか?じゃあ朝飯にするぞ。」


昨日のスープの残りに豆を注ぎ足したものを皿に盛られ、ウェドグルから渡される。昨日食べて不味くはなかったし、食べられないことは無かったので何の抵抗感もなく渡されたものを口にする。


スープは少し冷めているが、昨日とだいたい同じ味だ。豆は一度焼いて乾燥させたものらしい。火を通さなくても、そのまま食べられるように加工された保存食といったところか。記憶の中のセフィーロも歩きながらポリポリ食べていたところから。スナック菓子感覚でも食べていたようだ。


朝食が終わるとウェドグルが話し出した。


「じつは、お前さんに頼みごとがあるんじゃが・・・セフィーロはの、こう・・・水を創る魔法を使って鍋とか皿を洗ってたんじゃ。この辺には川や水流がないんでな、お前さんの水を創る魔法で洗ってもらえんかの?」


「魔法・・・使ってもいいんですか?」


「たかが水を創る魔法じゃ。かなり低位の魔法じゃろうから、魔力消費も大した事はあるまい・・・だから大丈夫じゃ。」


「そこまで言うんでしたら・・・」


雅久は使うべき魔法を思い浮かべる。その間、ウェドグルは使った鍋や食器を一箇所に集めた。


(水を使って綺麗にする魔法・・・浄化聖水流《クレンジング・バニッシュ》、これかな?)


「・・・行きます。」


積み上げられた鍋や食器がある場所を目標に定め、魔法を唱える。


「浄化聖水流《クレンジング・バニッシュ》!」


そう魔法を唱えると目標にした場所に水柱が上がり、鍋や食器がその水流の中でゆらゆらと揺れていた。10秒ほど経つと水柱が消え、宙に浮いていた食器がカチャリと落ちる。汚れは完全に洗い落ちているようだ。しかもまるで新品のようにピカピカになっていた。


(陶器やガラスには使えないだろうな。でも洗濯にはぴったりかもしれない。)


そんなことを考えていると、ウェドグルは苦しそうに肩膝をついた。


「ぐ、うっ・・・」


「だ、大丈夫ですか?」


ウェドグルの元に駆け寄り、腕をささえる。


「う、うむ。魔力が消費される感覚にどうも慣れなくてな。しかし、ただ水を創り出すだけの魔法で、ここまで消耗するとは・・・」


「やっぱり魔法は使わない方がいい・・・ですよね。」


「いや、少しずつ慣れていくしかあるまい。いつどこで魔法を使う必要に駆られることになるかわからんからな。」


ウェドグルはそう言うと立ち上がり、鍋と食器を拾い集めて自分のバックパックに入れ、ブロードアックスを担ぐ。


「とりあえず街道まで出れば、フォレストヴァントの街が見えるはずじゃ。今日中に街までたどり着くぞ。」


ウェドグルはさっきまで魔力の消耗でよろけていたのが無かったのように、平然と歩き出す。


「・・・わかった。」


雅久はウェドグルの義務感、責任感、そしてその根性に感心しつつ、セフィーロの・・・というかもはや自分の持ち物である杖やバッグを手に取ると、ウェドグルの後について行った。


ー・-・-・-・-・-ー・-・-・-・-・-ー・-・-・-・-・-


・・・数時間後、ようやく森を抜けて街道に出ることができた。


「あれがフォレストヴァントの街だ。」


ウェドグルが指差す先に街らしきものが見える・・・気がする。というのも、雅久はこの数時間の森の踏破でもう体力の限界だった。杖によりかかり、もう一度ウェドグルが指差す方向を見るが、やはりはっきりとはわからない。


「はあっ、はあっ、あ、あと・・・どれくらい歩くんだ?」


「むう、今日中に着けると思っていたが、今のペースだと難しいかもしれんな。」


ウェドグルも雅久が昨夜すこし歩いただけでヘバっていたので、もう体力的に限界であろうことは察しがついていた。ウェドグルは少し考えこんでから口を開く。


「・・・構わんぞ」


「えっ?」


「だから構わんと言っている。」


「えっ?だから何のこと?」


雅久はウェドグルが突然何を言い出したのかわからなかった。


「・・・だから”魔法を使え”と言ってるのだ。セフィーロの魔法に、こう・・・なんだ、一時的に体力を増強するようなものがあるんじゃ無いか?」


そう言われてまた記憶を探って見る。


(はあ、この世界の俺は魔法が使えるのに、魔法が使えるってこと自体忘れがちだなあ・・・えーと、体力を増強する魔法は・・・と、”猪突獣の精神《スピリット・オブ・ボア》”・・・これか。)


「一応使えそうな魔法は見つかったけど、使っていいのか?」


「おうっ、来いっ!」


ウェドグルはその場で腕を組み、仁王立ちになって応えた。

雅久は自分の体力が増強されるように、と想いを込めて魔法を詠唱する。


「猪突獣の精神《スピリット・オブ・ボア》!」


なんとなくそれまで疲労で重かった足が軽くなった気がした。


「むっ、むうぅ・・・」


一方のウェドグルはというと、変なうなり声をあげている。


「ど、どうです?魔力の消費具合は?」


「うーむ、わからん。儂は魔法を使ったことがないからのう・・・水を創る魔法よりは少ない気がするが、同じ魔法をあと何回使えるか?と問われても答えられんな。」


そんな会話をしていると、雅久は自分の身体に変化が起きている事に気がついた。みぞおちの辺りで何かが弾ける感覚がする。


ポン、ポン・・・


その弾けるような感覚に呼吸が連動していく、


ハッ、ハッ・・・


まるで身体の中に車のエンジンがあるかのようだ。走らずにはいられない。


「おおっ、なんだか力が沸いてくる気がします。これが”猪突獣の精神”の効果か!さあ、早く街に向かいましょう!」


そう言うと雅久は街の方向に向かって走り出した。


「おいおい、ドワーフと人間の歩幅の差を考えんか。やれやれ。」


今度は雅久が先行し、その後をウェドグルが追いかける形で移動することになった。


ー・-・-・-・-・-ー・-・-・-・-・-ー・-・-・-・-・-


街の全貌が見えた所で猪突獣の精神は効果が切れたようだ。急激なだるさが雅久の身体に襲い掛かる。


(ぐっ、これは魔法の効果の反動か!?だ、ダメだ。もう立ってるだけでも辛いっ・・・)


よろよろと街道側の小岩に腰掛ける。


(はあ、魔法も万能じゃないんだな。身体にかかる反動がこんなにキツいなんて・・・街までもう少しなのに・・・)


杖に寄りかかりながら、街のほうを見る。街は森の開けた二つの街道が交わる所に建っていて、雅久が通って来たこちら側の街道は人気(ひとけ)が無かったが、向こう側の街道は賑やかで行商の屋台がちらほらと見え、人もそれなりにいそうだった。雅久はこの世界の住人はセフィーロとウェドグルしか会っていないので、早くその他の住民を見て見たかった。


(あの人混みの中に、エルフやネコミミ少女がいるかな?・・・くそっ、身体が動けばすぐにでも会いに行くのに・・・)


身体は魔法の反動が残っているせいか、まだだるくて動けそうも無い。

街とは反対の自分が通ってきた道を見ると、遠くからウェドグルが走ってくるのがわかる。


(ははっ、ずいぶん引き離しちゃったなあ。ウェドグルさんがこっちに来るまで少し休んどくか。)


杖によりかかり、俯き加減に休息をとった。


「・・・大丈夫か?」


気がつくとウェドグルが雅久の正面に立って顔を覗き込んでいた。ドワーフと人間の体格差から、いまは目線がちょうど合う。いきなり髭面の顔が正面にあって少し驚いたが、見知った顔だったのですぐにそれは安心感にかわった。


どのくらい休んだのかはわからないが、そう長い時間ではないのはわかる。疲れは残っていたが、身体のだるさはすっかり消えていた。


(魔法の反動が消えたのかな?)


「あ、ああ。少し休んだから大丈夫だ。」


「そうか。じゃあ街にむかうぞ。疲れているなら、宿でしっかり休んだ方がいいじゃろう。」


そう言うと人混みのほうに向かって歩き出した。雅久も立ち上がり、ウェドグルの後について行った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ