◇第3話「魔力共有」
「なあ、この森は後どれくらいで抜けられるんだ?」
とくに話すこともないまま食事を終わらせるのも気まずいので、雅久はウェドグルにこれからのことを尋ねてみた。
「うーむ。今のペースだと明日中には森を抜けて、”フォレストヴァント”の街に着けると思うがのう。」
フォレストヴァント・・・この国の南西にある辺境の街だ。辺境ではあるが他領との境界に近いため、比較的賑わっている大きな街である・・・”フォレストヴァント”という名前を聞いたとたん急に思い出した。
(知らないはずのことを思い出すというのは、妙な気持ち悪さがあるなあ・・・)
「そうか。明日中か・・・」
記憶の違和感を感じながら、皿に残ったスープをスプーンにすくって口に運ぶ。
ふと森の中を見ると赤く光るものがいくつか浮かんでいるのを見つけた。
「ぶほっ!」
その赤く光るものが何かの目だと理解したとき、あまりの不気味さにむせてしまった。
「ど、どうした?何事だ!?」
ウェドグルはブロードアックスを手に取り警戒する。
「あ、あれ・・・」
雅久は森の中に浮かぶ赤く光る目を指差す。ウェドグルはブロードアックスを構え、指差された方向を向いて目を凝らした。
「シェイド・ウルフか・・・やっかいじゃな。やつらは儂の赤外線視(インフラビジョン)にも気配感知にも反応せんから、囲まれるまで気づかなんだ。」
シェイド・ウルフ・・・闇の瘴気が狼の姿と習慣を模したもの。半分実体を持ったスピリットで狼の習慣に習い、群れを形成し獲物を襲う・・・百科事典みたいな情報が頭の中に浮かぶ。目だけ浮かぶシェイド・ウルフの群れの数は正確にはわからないが、かなりの数がいそうだ。
「どど、どうするんだ?」
(ふつう序盤はスライムとかの弱いモンスターと戦うもんだろ!?)
初めて出会ったモンスターの想像以上の数と恐ろしさと、|セオリー(お約束)が無視されている状況に怯え、雅久は後ずさる。
「お前は下がっておれ。しょせんは犬っコロ、何匹いようと儂の敵ではない!」
ウェドグルはブロードアックスを両手で構えると前に出てシェイド・ウルフと向き合った。
「ガウッ!」
数匹のシェイド・ウルフがウェドグル目掛けて飛び掛る。
「ふんっ!」
ウェドグルは1匹のシェイド・ウルフの顔面目掛けてブロードアックスを振り下ろし、一刀両断にした。さらに左から来たシェイド・ウルフに左手で裏拳を喰らわすと、そのまま鼻を掴み地面に叩きつける。
「ギャフンッ!」
そして体勢を立て直すとブロードアックスを右手だけで操り、右方向から来る2匹のシェイド・ウルフをまとめて真っ二つにする。一瞬で4匹のシェイド・ウルフに致命傷を与えた。致命傷を受けたシェイド・ウルフは崩れるように消えてゆく。
「つ、強い・・・」
一連の流れるような戦闘動作に雅久は感嘆の声を上げた。
「儂の敵ではないと言ったろう?腹ごなしの運動にもならんわ。がはは。」
ドワーフ族の性質なのか戦闘中は饒舌になるようだ。
また2匹のシェイド・ウルフを斬り払い、1匹は柄の先端で突き刺しながら言った。
「お前さんはセフィーロの知識を受け継いだんだったな。だったら魔法の一つや二つ使ってみたらどうだ?」
雅久はウェドグルに言われてハッとする。
(そうだ魔法だ!知識と記憶を受け継いでいるんなら、俺にも魔法が使えるはず!)
こういう場面で使うべき魔法は何がいいか記憶を探る。
(シェイド・ウルフの群れを一掃するような魔法・・・何か無いか?うーん、光の矢を大量に放つような・・・そうだ!あれだ!)
雅久はセフィーロの杖を掲げると叫んだ。
「拡散聖光矢《セイント・レイ・バースト》!!」
杖の先端に光が集まりだし、光の球を形成する。光の球はだんだん大きくなってバレーボールくらいの大きさになったかと思うと、今度は逆に小さくなっていった。
(あれ?失敗したかな?)
雅久がもう一度魔法を唱えようかと思った刹那、ピンポン玉大まで小さくなった光の球が、杖から離れ上に上っていく。杖の先から1mほど上に上がったかと思うと、光の球はシェイド・ウルフ目掛けて無数のレーザービームを放った。
シュバッ、ヒュンッ、ババッ
レーザービームは正確にシェイド・ウルフを貫き、レーザービームに貫かれたシェイド・ウルフは倒れる間もなく崩れて消えてゆく。
「ははっ、すげぇ・・・これが俺に与えられたチート能力か。これだけの魔法が使えれば絶対注目されるし、モテるだろうな。」
雅久はこれからの異世界生活の安泰を確信してほくそ笑んだ。
光の球はレーザービームを撃ち終わると、すうっと消えていった。もうこの辺にはシェイド・ウルフはいないみたいだ。しかも聖光矢の効果で、向こう数十年は闇の瘴気の発生が抑制され、シェイド・ウルフが生まれることは無いだろうとセフィーロの知識が告げていた。
「魔法ってのを初めて使って見たけど、どうだったかな?」
褒めてもらいたい気持ちもあって、少し挑発的にウェドグルに話しかけたつもり・・・だったが、ウェドグルの姿が見当たらない事に気づいた。
「あれ?ウェドグル・・・さん、どこですかあー?」
まだ出会って数時間、エルフでもネコミミ少女でもなく、可愛げが皆無の年老いたドワーフなのだが、セフィーロの記憶から信頼できる友人、親友とも言える感情を雅久はウェドグルに抱いていた。そのため、急に見えなくなったことで心配になって呼びかけた。だが、返事は無い。
「ウェドグルさあーん!」
もう一度呼びかけ、辺りを見回す。よく目を凝らして探すと、焚き火の明かりがぎりぎり届くかというところでうつ伏せで倒れているウェドグルを発見した。
「ウェドグルさん!どうしたんですか!?」
ウェドグルの元に駆け寄り、仰向けに起こす。怪我はしていないようだが、この場所は暗いのでよくわからない。
(あれだけ一方的にシェイド・ウルフと対峙してたのに、やられるなんてありえるんだろうか?もしかして状態異常か?この状況をなんとかするには・・・そうだ!受け継いだ知識の中に、回復系の魔法があるはずだ!)
回復するための魔法を知識の中から探す。
(状態以上を直し、体力を回復させる魔法・・・上位回復《メジャー・ヒーリング》!)
「ウェドグルさん、いまから回復魔法をかけます!」
この世界の魔法は目的と対象を思い浮かべ、魔法の名称を口にするだけでいいというのは、さっきの拡散聖光矢《セイント・レイ・バースト》で経験済みだったので、杖をウェドグルの身体の上に掲げるとウェドグルの身体が治るように思いを込め、魔法名を口にする。
「メジャー・・・」
「ま、待てっ・・・!」
ウェドグルは雅久の右腕をグッと握ると、杖を自分の上から押しのけた。
「わ、儂なら大丈夫じゃ。」
ウェドグルはよろよろと立ち上がると、焚き火の方に向かって歩き始める。肩を貸すには体格が違い過ぎるので、雅久はウェドグルの二の腕を軽く持ち上げて支えるのにとどめた。
「む、すまんのう・・・」
ドワーフの身体は硬く、そして重かった。まるで巨大な岩か鉄の塊を支えてるようだ。
ウェドグルは焚き火の側までたどりつくと崩れるように腰を下ろした。
「ふうっ・・・魔法を使ってみろとは言ったが、あんな高位の魔法を使うとは思わなかったぞ。」
そう言われて雅久はふとあることに気づいた。
「も、もしかしてさっきの魔法に巻き込んでしまったんですか!?すみません!だったらやっぱり回復魔法を・・・」
「いや、待て待て!いま魔法を使われたら本当に死んでしまう!」
「えっ?」
「ん?お前さん知らんのか?”魔力共有《マナ・シェアリング・ブースト》”のことを・・・セフィーロの知識と記憶を引き継いだんじゃないのか?」
「魔力共有《マナ・シェアリング・ブースト》・・・」
言葉を反復することで初めて思い出す。
魔力共有《マナ・シェアリング・ブースト》・・・他者の魔力を自分の魔力として使えるようにする契約。魔力の供給は一方通行であり、一度契約すると解除は出来ない。セフィーロの知識ではこうなっていた・・・が、それと今回のこととの関係が雅久にはわからない。
「魔力共有のことは分かったけど、それが・・・?」
「む。そうか、理解しておらん・・・ようじゃな。これは説明せねばなるまい。」
そう言うと、ウェドグルはこれまでに無いほど真剣な顔をして説明を始めた。
「いいか?お前さんは異世界の人間だ。じゃから、魔力というものを持っておらん。魔力を持っていないため、本来は魔法を使うことが出来ぬ。だが、それではいくら外見が同じでも”紫焔の魔導師”セフィーロという役を演じさせることが出来ないと判断したため、儂と魔力共有の契約を結んだのじゃ。」
「えっ?そんな契約をいつのまに・・・」
「左手の甲に意識を集中して見て見ろ。」
言われて雅久は左手の甲を凝視する。意識を集中すると、自分の手の甲から青白い炎が立ち上っているのがわかった。炎の先から淡い光の帯が伸びて、ウェドグルの右手に繋がっている。これは契約者同士にしか見えない繋がりらしい。
(あのとき・・・か。)
セフィーロが死ぬ寸前、雅久の左手にウェドグルの右手を乗せて誓わせていた。痛みを感じていたのは強く握られていたわけではなく、魔力共有の儀式によるものだったようだ。
「じゃから、お前さんが魔法を使うときは、お主の魔力ではなく、儂の魔力を消費して使うことになる。さっきの魔法は、儂の魔力量を超える魔力消費が必要だったようじゃ、魔力を超えて魔法を使うと、生命力が奪われるからのう・・・」
「じゃ、じゃあ、もう魔法は使えないってこと・・・」
「そんなことは無い。魔力が少しでも回復すれば身体は大丈夫じゃ。ほれ。」
そういってウェドグルはすくっと立ち上がると、身体を動かして見せた。
「儂は魔法というものを使ったことがなくてな。儂の魔力がどのくらいあるのかは、自分でもわからん。これからは低位の魔法を少しずつ使って、どのくらいの魔法まで使えるか把握せんとな。」
「・・・そうですね。」
(魔法を使い放題かと思ったら制限付きか・・・どう考えても俺が魔法使うより、ウェドグルさんが直接暴れた方がはるかに効率的なんだよなあ。)
自分が今のままだと役立たずであることを認識して、雅久は天を仰いだ。
(いや、まてよ。魔力量の多い人と魔力共有してもらえれば、魔法の制限はなくなるんじゃないか?魔力の多い種族といえば、やっぱりエルフ、だよな・・・可愛いエルフの女の子と魔力共有してもらって・・・)
エルフの女の子と魔力共有するという、新たな目標が出来たことで顔がにやけた。
「何をにやけとるんじゃ?」
「あ、いや別に。」
「まあいい。儂が寝ずの番をするから、お前はそろそろ寝ておけ。」
「え、でも身体は大丈夫なんですか?さっきまで動けないほどだったのに。」
「魔力がある程度回復したからもう大丈夫じゃ。それにドワーフは2、3日寝なくても平気だしの。」
「そ、それじゃお言葉に甘えて・・・」
セフィーロの荷物から何かの毛皮でできた毛布を取り出し、身体をくるみ、倒木によりかかる。
背中に当たる感覚が硬くて少し痛かったが、疲れていることもあり眠れないことは無いだろう。
ウェドグルは自分の身長より大きなブロードアックスを肩にかつぎ、焚き火が消えない様に木の枝を足していた。
本当に頼りになるドワーフだ。たとえセフィーロの記憶が無かったとしても、彼のことはきっと信用して頼りにしたに違いないと雅久は思った。
(でもやっぱり魔力共有するならエルフの美少女とだよな・・・)
そんなことを考えながら雅久は目を閉じて眠りに着いた。