◇第2話「万能ドワーフ」
「亡骸を隠さねば・・・」
ドワーフ・・・ウェドグルは立ち上がると、自分のバックパックにつけていたショベルを取り、セフィーロの遺体を埋めるための穴を掘り出した。
「手伝おうか?」
雅久はさっきからただ見ているだけの自分が居たたまれなくなり、つい声をかけてしまった。
「いや。異なる世界のセフィーロとはいえ手を貸して貰う訳にはいかん。これは儂のケジメじゃ、一人でやらせてくれ。」
雅久はセフィーロの記憶からこのドワーフについての情報を思い出す。
頑固だが誠実で、戦闘経験が豊富であらゆる武器を使いこなし、さらには自分自身で武具や道具を作り出す万能ドワーフだ。セフィーロとの付き合いは20年以上になり、信頼という面でも護衛という面でも実に頼りになる。だが、セフィーロとの出会いや、なぜ彼の従者となったのかは思い出せない。
「なあ、この世界の俺・・・セフィーロは一体なぜそんな怪我をしたんだ?」
この世界の自分だというセフィーロの死を目の当たりにして、気になっていたことを聞いて見た。
ウェドグルは土を掘る手を休めずに答える。
「それは儂の口からは言えん。お前さんはセフィーロの記憶を受け継いでいるんじゃろ?だったら自分で思い出せばいいんじゃないか?」
そう言われて雅久は記憶を探る。しかし、どうしても思い出せない。
(死ぬ原因になった事は思い出したくないのか?)
どうやら知識や記憶を受け継いだものの、あまり昔のことや生前のセフィーロが思い出したくないと思っていたこと、雅久自身が思いつかないことは思い出せないらしい。
雅久はウェドグルにもう一度聞こうとも考えたが、このドワーフは「自分からは言えない」と言った事は、絶対に言わない男だとセフィーロの記憶が告げていたため、聞くことはしなかった。
そんな会話をしているうちに、ドワーフはあっという間に直径5m、深さは2mほどのすり鉢状の穴を掘り上げた。すり鉢状なのは、縦に深く掘るとドワーフの体格では出てこれないせいだろう。
ウェドグルは穴の中心にセフィーロの遺体を横たえ、膝を突いて自分の右の拳を己の額に当てている。
セフィーロの記憶の中には何度かそうしているウェドグルの姿があった。あれはドワーフ族なりの弔い方なのかもしれない(セフィーロの知識と記憶でも確信してるわけではないらしい。)
ウェドグルはしばらくその姿勢のまま動かなかったが、別れを済ませたのか遺体の側から離れ、穴から出てくると土をかけ始めた。その間、雅久はセフィーロの荷物から替えのローブを取り出し着替える。このローブというタイプの衣類は初めて着るが、受け継がれた記憶があるせいか、自分の身体に良く馴染む気がした。そしてローブを着終わるとセフィーロが使っていた杖を手に取った。これで見た目だけは、どこからどう見ても魔法使いみたいだ。
ドワーフの方は穴を埋め終え、丁寧に整地していた。いまはそこだけ草が無いので掘り返された場所が分かるが、そのうち草が生い茂れば分からなくなるだろう。森は似たような大木があちこちにはえているので、木の位置から場所の特定するのは無理だ。
ドワーフは整地が終わると、整地された部分の地面をじっと見る。
「お前の死を知られるわけにはいかぬため、墓標を建てることは出来ぬ。だから、二度とここに訪れることは出来ぬじゃろう。じゃが、お前の意思と使命は必ず果たしてみせるぞ!」
例の拳を額に当てるポーズをとりながらそう宣言すると、自分のバックパックとその側に立てかけておいたブロードアックスをとり、雅久の方に向かってきた。
「さあ、行くぞ。間もなく日が暮れる。その前にここを離れなくては。」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。靴が・・・無いんだけど。」
「靴?ああ・・・」
雅久は家に居るときに召還されたため靴を履いていなかった。それ以前に靴下も履いていない。
ウェドグルは雅久の足元を一瞥すると、自分のバックパックを下ろし、中から何枚かの皮を取り出す。
「少し待ってろ。」
そう言うと、腰につけたナイフを抜いて皮を切り抜き、皮の切れ端を寄って編み込むと、5分ほどで一足のサンダルを作り出した。
「ほれ。これを履いてみろ。」
渡されたサンダルを履いて見ると、直接サイズを測ったわけでもないのに雅久の足にぴったりだった。
「どうだ?それで動けそうか?」
「あ、ああ、いい感じだ。即興でこんなものを作れるなんてすごいな。」
「ふん。これくらい大した事ないわい。それにそれは急造品だ。ちゃんとした素材を入手したら、もっといいのを作ってやる。さあ、今度こそいくぞ。」
そう言うとウェドグルはバックパックを担ぎ直し歩き出した。
雅久はセフィーロの物だったバッグに例の書簡をしまい、ウェドグルの後について行くのだった。
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ウェドグルの作ってくれたサンダルは足に実によくフィットし、舗装されていない道を歩いているのに疲れはあまり感じなかった。それでも小一時間ほど歩いた頃には雅久の現代人としての体力の無さが露呈し始め、けっこうヘバっていた。なんでこんな事をしてるんだろうという気持ちと、セフィーロの記憶による使命感、異世界を楽しんでみたいという気持ちが入り混じり、ぐったりとしながらただ目の前のドワーフについていく。
ウェドグルはチラッと後ろにいる雅久の様子を確認すると、その場で止まり、ランタンをかざし辺りを見回しながら言った。
「よし、今日はここら辺で野営するぞ。」
「わ、わかった。ふうっ・・・」
雅久は近くの倒木に腰掛け、杖によりかかる。
(思った以上に異世界生活はキツいな・・・)
早くも元の世界に帰りたい気分になったが、雅久はまだこの世界のことを何も知らない。この老ドワーフと、この世界の自分と名乗る人間としか会っていないのだ。異世界の定番、エルフやケモミミ獣人にはまだ会っていない。セフィーロの記憶からこの世界にはエルフや獣人が居る・・・というのはなんとなくわかるのだが、容姿やイメージまでは思い浮かばない。雅久自身が実際に会ったわけではないので、思いつかないらしい。
(せめて、エルフやケモミミ少女くらいに出会っておかねば・・・)
雅久がそんな妄想に想いを巡らせてる間に、ウェドグルはせっせと野営の準備をしていた。木の枝を集めて積み上げ、周りを石で囲んで簡易的な石かまどを作るとランタンから火を移し、焚き火を炊く。そして残った木を組み合わせてハンガーを作ると、バックパックに取り付けていた鍋を火にかける。
「・・・」
あまりの手際の良さに、雅久は自分が手を出すと返って邪魔になるんじゃないか?と思って声をかけるのを躊躇していたが、意を決して声をかけた。
「俺に何か出来ることはあるか・・・な?」
何も手伝えそうに無いと思ってしまったため、ちょっとばつが悪い言い方になってしまった。
「今はないぞ。いいからお前は、そこで休んでおけ。」
「あ、うん。わかった。」
やはり申し出は断られてしまったが、記憶の中のウェドグルもセフィーロの手助けを断っていたのでここは全て任せてしまった方がいいのだろう。
ウェドグルは火にかけた鍋に豆のようなものを敷き詰め、数種類の根菜をナイフで器用にスライスして鍋の中に落とすと、そこに皮袋から水をまぶした。そして木のヘラで鍋が焦げ付かないようにかき回すと、最後に干し肉のようなものをちぎって入れ、またかき回す。さらに数回かき混ぜて水位がすこし下がったかという頃、お椀状の皿に鍋の中身を少しよそって雅久に差し出した。
「さあ、これでも食え。」
「あ、ども。」
雅久はセフィーロの持ち物からスプーンを取り出し、皿を見つめた。見た目は豆と野菜のスープのようだ。
(うーん、こういうのは不味いってのが定番なんだよな。なにせドワーフが作ったものだし、アクをとったりとか、調味料とか入れてる様子もないからなあ。不味いからといって残したりしたら気まずいなあ・・・)
そう思いながらスープをスプーンですくい、口に運ぶ。塩気が薄いが食べられないことも無い。
(コーン風味の無いコーンスープって感じか・・・)
今度は具をすくってみる、スプーンにはいくつかの小指の先ほどの大きさの赤黒い豆と、ジャガイモのようなものをスライスしたものが乗っている。
(スープであんな薄味だと具は味がなさそうだが・・・)
味の想像がつかないのでとりあえず口に入れてみる。豆は香ばしく、ジャガイモのような具にはちゃんと味がついており、シナチクみたいな食感だ。想像に反してけっこう旨い。
・・・この味を知って、記憶の中のウェドグルも料理は上手だったということを思い出す。セフィーロが何度も料理を作ってくれるように頼みこんでいたが、あまり作ってくれた事は無いようだ。セフィーロとウェドグル、あと一人誰か一緒に居たときにウェドグルは料理を振舞ってくれた。それが誰かは思い出せないが、一度会えば全てを思い出すだろう。
「どれ、儂もいただくとするか。」
ウェドグルも自分の皿に鍋からよそうと、ゆっくりと食べ始めた。
記憶の中の旅行中の食事風景と比べても、今回のこの食事は野営時の食事にしてはかなり豪勢なものだ。
「おかわりはいるか?」
「ああ、もう少し貰おうかな。」
そう言って雅久の皿を出すと、ウェドグルは具を多めによそってくれた。
これは死んだセフィーロに対する弔いの食事なんだというのがなんとなくわかった。