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2人が立ち去っても落ち込んだ様子のままのムスビをしばらく見ていたエブルだがこのままではダメだと話しかける。
「えーっと、本当はここで話す方がいいと思うんだけど、僕が感じた魔力の正体もまだ不明だし食堂で少し話ししようか」
ムスビが人に対して苦手意識を持っているのは昨日でわかっていたので本当ならこの部屋の中で話した方が落ち着いて話せるのだろうが
感じた魔力の正体が分からない今この部屋に2人で居るのは不安がある。
イェーユーニウムかスビグスどちらかでも残っていれば万が一何者かが来たとしても1人が足止めをしてもう1人がムスビを抱えて逃げれば済むのだが1人ではそういうわけにもいかない。
ナギ様が一緒に居ない理由が何らかの事件だったならナギ様が対応するような相手と自分1人で向き合って人を守り切る事はまず出来ないだろう。
断られたらスビグスかイェーユーニウムの部屋にでも移動して話しをするしかないかなと思いつつ提案してみる。
素直にムスビが頷いたので連れ立って食堂に行くと昼時も過ぎておりこの嵐の中わざわざ外から来る客も居ないため、数人の宿泊客がお酒を飲んで騒いでいるだけだったので奥の席に座る事が出来た。
席に着き飲み物を手早く頼んだエブルはムスビに頭を下げる
「ごめんね。昨夜みんなに君の事話した時ナギ様の事を話していいのかわからなかったからぼかして伝えたんだ。それできっと色々考えちゃったんだと思う。」
まぁ、説明って言っても僕も事情を知らないから何も言ってない様なものだし余計にねと一気にそこまで言って言葉を切ると頼んだお茶を飲み、ムスビを見るエブル。
見てきた大人達とは違い正面から自分を見て笑ったり難しい顔をしたりする彼の姿はムスビにとって新鮮で出会ってから大した時間は経っていないにもかかわらず彼は自分が知る人たちとは違うと感じられる。
同時に今こうして今落ち着いて居られるのも、昨日声を掛けて来てくれてからずっと気遣って助けてくれているのお陰にもかかわらず何も返せていない。
せめてそんな彼が必要とするのならそれに対して答えなくてはと思うのだけど、そもそも今の状況を自分でもよく解っていないのに何をどう話せばいいのか考えるほどにわからなくなっていく。
「うーん。じゃぁこれだけ聞かせて?君が1人で家を出たことをナギ様は知っているの?」
ムスビが黙ったまま自分を見て考え込んでる様子をしばらく見ていたエブルだがムスビが何も言わない事で言いたくない事なのかと考えせめて家出かどうかだけでも確認しようと問いかける。
詳細を聞けないのであればイェーユーニウム達を納得させるために何か言い訳をこれから考えなくてはいけないのだけど、自分はムスビの素性を知っているという事である程度は彼らも譲歩してくれるだろう。
難しい顔をしながら頷くムスビを確認し、ならとりあえずは安心だとエブルは笑いかけると言い訳を考え始めた。
エブルの笑顔は不思議とナギが居なくなってからずっと落ち着かないでいたムスビの気持ちを落ち着かせて、お世話になったからという義務感からではなく話を聞いてほしいと思わせた。
「あの・・・」
何か考え込んだ様子でブツブツ言っていたエブルが自分の方を向いた後でムスビは咄嗟に声を掛けてしまったもののどう説明すれば良いのだろうかと考え込む。
父に言われてアドラティオーに向かっているだけではきっと彼が一番気にしている何故父が一緒に居ないかの答えにはなっていない。
何故父が居ないかという答えはむしろムスビが聞きたい事だ。
父と離れる事なんて無かったから連絡などという事はさっき部屋で聞くまで思いつきもしなかったので連絡手段も当然無い。
そして何より父が居ない場所で知らない人と話すという場面はムスビの経験の中ではムスビをどこかへ閉じ込め一方的にムスビに色々と喚き散らし、ムスビが答えたとしても気に入らなければ怒鳴りつけたりというものばかりだったからここで彼が望む答えを出せない事が怖い
今も続く言葉を黙って待っていてくれる彼はそんな事はしないだろうというのは頭ではわかっているのだがどうしても躊躇ってしまうのだ。
特にせかす様子もなくこちらが話し始めるエブルを見て気持ちはどんどん焦りだすけれど、何をどう切り出して話すべきなのかがわからない。
考え込んでいたらふと、いい人と思える人に出会った時はまずは相手の話をよく聞いて、相手の質問に答えるだけでも仲良くなれるよ。という父の言葉を思い出しムスビはエブルを再度見ると何度かゆっくり呼吸をして気持ちを落ち着け切り出すのだった。
「あの、僕、本当に殆ど何もわからなくて、聞きたい事をちゃんと説明できるかわからなくて、なので一つずつ聞いてもらっても良いですか?わからない事ばかりで答えれなかったら申し訳ないんですけど・・・」
それを聞いたエブルの笑顔は今までムスビが見てきた彼の笑顔の中で一番嬉しそうなものだった。