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燃える季節は明けの鳥の鳴き始めるのも早い
日差しが差し始め朝早くから働く商人達やその護衛の冒険者達がちらほらと街道に姿を見せ始めた頃
ムスビは街道に座り込んでいた
家に居た時は絶望的な気分でメソメソ泣いていたのだが外の空気を吸っているからなのか、空が明るくなってきたからなのか、どちらのおかげかはわからないけど気分はかなり上向きになってきていた。
そして心に余裕ができたせいで気づかない方が良かった非常セットの重さと大きさに気づいてしまった。
数か月に一度父であるナギが非常セットを入れ替えるのだが、毎回心配性のナギがあれもこれもとどんどん物を追加して行くので今や非常セットは10歳のムスビの体よりも大きい大きさになってしまっているのだ。
どうせ使う事なんてないだろうと高を括って止めなかった自分を呪いながら街道の道の真ん中で荷物を広げるわけにもいかず港町トレランティアへの道を少し歩いては座り込む事を繰り返しているのだった
父は何を思ってテネリタース様のところを指定したのだろう
立ち上がって歩き出しながらムスヒは心の中で文句を言い続ける
普通に考えるならテネリタース様を頼れというのならせめて同じ国に住むべきではないのだろうか?
1日かけてトレランティア領の港町まで行けば船が出ている?
船に乗れば3日前後で宗教国アドラティオーにつく?
嬉々として説明しながら歩いてた父を思い出す
荷物を全部持っている状態で楽し気に話しながら歩いてる父のペースについていくだけでも苦しかったのにこの荷物をもって1日でとは無理難題でしかない
父であるナギに心の中で文句を言いながら何度目かわからない休憩を早々に切り上げる。
シュンパティア都市群は大陸の中ではかなり治安が良いとはいえ夜になれば盗賊や獣が出てくることもある。
無理だと思っていてもトレランティアの入口が閉まってしまう前に辿り着かなくては行き倒れになるか獣の餌になるかどこかの盗賊の飯のタネになるか、いずれにしても命の危機だ。
自分が獣を食べるのは良いけど食べられるのはぞっとしないし盗賊なんてどんな扱いをされるか下手をすれば奴隷に売られて死ぬより苦しいかもしれない
それなら父のちょっと狂った基準で計算された目標をどうにかして達成するしかない。
変わらない街道沿いの景色もいい加減見飽きて夕暮れがどんどん迫ってくてるのにまだ半分も進んでないことに焦りを覚え始めながらものろのろ進み続ける。
「おーい!ムスビくーん!!」
唐突に声を掛けられ驚いて顔を上げると見覚えのない青年がすごい勢いで走ってきている
咄嗟に体を反転させてきた道へ走りだすが、荷物に重心を崩され盛大に転んでしまい中々起き上がれない
「うわぁ・・・派手に転んだねぇ。大丈夫?」
ひっくり返った亀のようにジタバタしているうちに目の前まで来た青年は困ったような顔で手を差し出して来たので咄嗟にその手に捕まり起き上がりつつ逃げる体制に入ろうとするがいつのまにか追いついてきた彼の仲間と思われる人たちに囲まれてしまっていた
「ねぇ!君ムスビ君だよね?」
「ひっ、人違いです!わた・・・僕はあなたの事を知らないです!なのでっ!僕を捕えても・・・」
唐突に聞かれ混乱しながらも咄嗟に否定の言葉を口にしてみるが最後まで言い切る前に後から来た男性が青年に話しかける声で遮られてしまう
「エブルお前こんな子供を脅してどうすんだよ」
「いやいや、脅してないから!」
集まった人たちが青年を囲んでワイワイ言い合っている隙に何とか逃げれないかと混乱した頭で必死に周囲を見渡しているとまた唐突に青年に声を掛けられる。
「ねぇ、君!ムスビ君だろ?ナギ様のとこの」
父の名が出たことで少しだけ落ち着いて青年に再び目を向けると中腰になった青年の顔が目の前にあった
「父さまを知ってるんですか?」
「ほら!やっぱり合ってた!ナギ様とうちの親父が知り合いでね、以前うちに来た時に不思議な姿絵を見せて貰ってたんだよ。」
父さまは何かにつけ色んなものを作ってくれていたのだがその中には絵本や教科書と称した学ぶための本があったが、父さまの絵は壊滅的である・・・
だけどほかの人間に殆ど会うこともなかった私の姿絵を描ける人なんて居るはずもない・・・
まさか私は自覚が無いだけで父さまの絵に描かれるようなグニャグニャした何かのような見た目をしているのだろうか?
心の中で一度は収まった混乱がまた始まりかけていた所で彼が再び話しかけてくる
「ナギ様のいうところのシャシン?あれより少し大きくなっているけど、ほとんどそのままだね!それで?ナギ様は?まだ明るいとはいえこんな所で1人居るのは危ないよ?」
「ああ・・・、写真ですか。姿絵なんて言うから色々悩んでしまいました」
写真の事を知っているのなら知り合いだというのは間違いが無いだろうけど、矢継ぎ早に質問してくる青年達に父さま不在を言ってもいいものなのか。
「あはは、姿絵で通じなくてシャシンで通じるなんて変わってるね!やっぱりナギ様の子だね」
青年と一緒にいた冒険者がそんな事を言っているが冗談じゃない。
「父さまの子だけどあんな変わり者ではないです・・・」
小声で反論してみるけど誰も聞いていない
「おい、エブルとりあえず日暮れも近いしこんな所で喋ってたら街の門が閉まるぞ」
「そうだね。ムスビ君!ナギ様はすぐ来るの?僕たちクレランティアに向かってるんだけど君は?メディウム?方向は一緒だし一緒に行こうか!」
「父さまは今日は一緒じゃないです」
「あれ?おつかいか何かだったの?こんな大きい荷物一人で運ぶのは厳しいよ!それならなおのこと一緒に行こう!」
青年はそう言うとこちらの様子などお構いなしに私の背負っている颯爽と荷物に手を伸ばし・・・
「あ、これ無理だ!スビグスー!悪いんだけどこれ!この荷物馬車に乗せてくれー」
一瞬で持つことを諦めたようだ。
「君これ持って歩いてたなんてやっぱりナギ様の子供だね!」
スビグスと呼ばれた冒険者が重そうに荷物を運ぶのを尻目にニコニコと笑いながらそんな事を言い出す彼を見て父さまが次の非常セットを作る時にはもっと常識的な重量に抑えるようにきつく言おうと言おうと心に決めた。