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大陸中央のシュンパティア群北西部に位置するシルウァーヌス領
ここは先の魔王軍の侵攻の時はシルウァーヌス領主の素早い判断で魔王軍の経路となりそうな村々の人々を領都に集め多少領地は削られたものの人的被害を最小限に抑えることに成功し
現在は魔力溜まりになっているモーレススピリウムやアトゥルシー山での探索を行う冒険者たちが集まり隣接するクレランティアに並ぶ中心都市メディウムを擁している
また商業国家ウルバーニタスよりやってくる商人たちもまず最初に立ち寄るのがシルウァーヌス領の為
多くの情報や流行が最初に流れ着いてくる場所でもあり、領土は常に活気づいている
そんなシルウァーヌス領の端の端に少し北へ進むだけで旧モーレスピリウムだった荒野に辿り着く位置に住人の殆ど居ない村がある。
ここは先の避難の時に一度は無人になったのだが魔王軍の行軍のルートからはやや逸れたため家屋は無事に残っていたもののその時の恐怖から若い人たちの殆どは避難先から新たな住処を探し旅立ち、戻ってきたのは新しい土地で新たな生活を始めるには不向きな老いた者を中心とした元の住人の1/3ほどである。
そんな村の静まりかえった家の中でムスビは不安に押しつぶされそうになっていた
父さまが帰ってこない
父さまが居ない・・・
父さまどこへ行ったの?
少し前のまだ寒い季節に最後に一緒に遠くへ出かけた時の会話をを思い出す。
何度か会いに行ったことのあるテネリータス様の所へ向かって少し前を歩いていた父さまが唐突に足を止め真面目な顔をして突然言い出した言葉を思い出す。
「いいか?もし俺が突然いなくなったり、死んだりすることがあったらこれから会うテネリータスのところへ行って去年お前に渡したそのペンダントを見せるんだ」
「間違っても家に残ってるんじゃないぞ」
「大丈夫、もし帰ってきてお前が居なかった時にはお前をすぐ見つけられるようにするためのおまじないを今からしてもらうからお前は何も心配することはないよ」
「いいか?俺が何も言わずに1日帰ってこない事があれば・・・っておい!泣くな泣くな・・・もしもの話だよ。万が一の時の保険ってやつだよ?保険の意味覚えてるか?教えたろう?」
「そりゃまぁ、いつかは俺はお前より先に死ぬけど可愛いお前が大人になるまではそんな事はおきないはずだよ」
「最近情勢も不安定だし、、どうなるか・・・」
あの時父さまはこうなる事をわかっていたのかな
父さま・・・なんて言ってたっけ・・・
ああ、あの時泣いたりなんてしないで父さまの言葉を全部聞いておけば良かった・・・
いつもと違いすぎる父さまの様子に不安を覚えてしがみついて泣く私に困ったような笑顔を浮かべた父さまはそれ以上言わず私を抱き上げテネリータス様の所へとまた歩き出した。
「父さまは甘すぎる・・・こういう大事な事は泣いたからって途中にしちゃダメでしょ!」
理不尽な怒りを今居ない父さまに向けてみても当然返事なんて来ない。
反応が無いことで一瞬沸き上がった怒りはまた簡単に不安に飲み込まれていくけど時間は止まらないでどんどん過ぎて行ってしまう。
もう少しで父さまが居なくなって2回目の朝が来る・・・
書き置きしておいたほうがいいのかな・・・
でも・・・情勢、保険・・・覚えてる限りの父さまの言葉だけでも言われた以外の事をするべきじゃない感じがする
もしも悪い奴が父さまを狙ってたなら私がここにいると父さまの邪魔になるんじゃ・・・
知らない人も父さまの居ない外も怖いけど父さまがああいうことを言っていたという事はここに残っているのは危ないのかもしれない。
自分に対しては基本的にいつも優しく穏やかな人ではあったけどそれだけじゃない事はおぼろげな記憶だけど見たことがあるから知っている。
作り笑いの仮面が剥がれた冷たい目をした大人達が私を閉じ込めて居た小屋から私を助け出して背に庇ってくれた父さまの顔は見えなかったけど、いつもの優しい雰囲気じゃなくて、父さまが知らない人になってしまったみたいで少し怖かった。
あの後どうなったのか思い出せないけど、気が付いた時には父さまに抱きかかえられて家に帰る途中で、いつもの優しい父さまの顔を見てひどく安心し、また眠ってしまったのは覚えてる。
そんな事が何度か起きた結果父さまは同じところに長く住まなくなったし、私が1人で出歩くことも無くなった。
そんな父さまが私の傍にいない時はというなら絶対に言われた通りにしないといけないはずだ
泣きそうな気持を抑えて大きく息を吸う
大丈夫。1人でも行ける。
顔を上げてゆっくり息を吐く
大丈夫。父さまを信じてる。
父さまに言われていた事を思い出せるだけ思い出しながらゆっくり呼吸を繰り返す。
「父さま・・・私ちゃんと言われた通りにできるから。早く迎えに来てね?」
誰もいない家の中で父さまに呟いて私は遠出用の服に着替えこの数年間住んでいた家の地下に父さまが用意してあった非常セットをもって夜明け前の道を歩き始めた