高貴な侵入者と愉快な侯爵家
前世を思い出したことによる影響に、少年はまだ気付かない。
「はっはっはっはっはーっ!はーぁ...こりゃヤバイな。後でちゃんと修理代金出そう、な?」
「な?じゃない。父上のお小遣いで払って。オレ知らないから。怒られるのは父上だけだから」
「そりゃないぜ、息子よ!」
僕は重い身体を何とか動かして上半身だけ起き上がる。目に映ったのは、僕の父上に似たダンディな男性と片脇に抱えられた1人の子供。男性もこどもも金髪の碧眼。海賊のような格好をしている。何ていうか、見た目は気品溢れるおじ様と僕と同じ歳位のお坊っちゃん。見た目は。喋ると残念。というか、誰だ。取り敢えず親子だということはわかった。
やり取りがアホらしくて警戒する気になれずジト目で眺めていると、彼らは視線を感じたのか次第に静かになった。
ダンディなおじ様な見た目の男は子供を腕から降ろす。そして二人して僕をジロジロと見てくる。不躾な行為ばかりだけど、所々の仕草に貴族の振る舞いが見え隠れしていた。特に立ち姿が綺麗すぎる。海賊風な身なりも装飾に細かな模様があり、相当な価値がありそうだ。身分が高い可能性は大いにあるため下手に出れない。性格は抜きにして。そもそも、悪意あるものは我が屋敷に入れないはずである。
「リヒト様っ!お怪我はございませんか!?」
無害そうではあるが、この場からどうやって逃げるか考えていると、父上付きの従者のアインスが慌ただしく部屋に入ってくる。恐らく父上の命令だろう。助かった。タイミング的に、不審者に害はないから目的把握のため泳がせていた、と言ったところか。
「強いて言うなら、部屋を荒らされて頭が痛いかな」
割れたガラスの破片が彼方此方に散らばり、折れた木の破片も散らばる僕の部屋。寝衣の僕の身としては風邪が入って肌寒い。アインスは僕の真顔の呟きに、「リヒト様...。ああ...お労しい...」と眉を下げたあと不審者を睨みつけた。
「本来ならば直ぐ不審者を抹殺するのですが、流石に自国の王様を殺害するには何かと裏工作が必要でして...」
「...ん?」
王様?裏工作?...待って。どこを突っ込めばいいんだ。
「相変わらずだな、アインス。王様よりもヴェステン侯爵一家優先か!」
王様は気さくに笑いながらアインスに手を振る。
「当たり前のことです。貴方も相変わらず王らしくありませんね」
「ああ!今でも城を抜け出しているくらいだぞ!」
「見たらわかります。帰れ」
ああ、ふむふむ、なるほど。旧知の仲とみた。アインスはずっと真顔だけど。アインスが氷の対応をしても相手はにこにこしてるし、慣れてる感じがする。それにしても本当に王様だったら、不敬罪にならないか非常に心配になってくるのだけど。...大丈夫そうだ。
「はっはっは!お前は昔から照れ屋さんだなぁ!」
「地獄に落ちろ」
子供たち放置されているぞ。2人のやり取りから目を離すと、向こうの子供と目が合った―――――――と思えば、勢いよく目をそらされる。口調からは考えられなかったが人見知りか。人は見た目じゃないな。自分も然り。友達になれそうだ。うんうん、と心の中で頷いているとバタバタと音が近づいてくるのが聞こえた。
複数の足音。そして開けっ放しの扉から父上と母上、兄上が入ってくる。
...?...壊れた窓に、開いた扉?...だから余計に寒かったんじゃないか。なんだそれ風通し最高か。「お労しい」とか言ったアインスが僕にとどめをさしてたのか。解せぬ。
「リヒト!こっちにいらっしゃい!」
叫ぶ様に第一声を放ったのは母上。父上と兄上は無言で戦闘態勢をとって、特注の剣を構えていた。一国の王に向けるものじゃないと思うのは僕だけだろうか。ツッコミが足りない。ボケを捌ききれない。
まあ、今は流れに任せるとしよう。
僕は「母上!」と声を上げて大きなベットから駆け下りた。母上は「怪我は無いかしら...!ああ、リヒト...!」と心配そうに僕を抱きしめる。ちょっと照れた。アインスはいつの間にか居なくなっており、王様のお迎えでも呼びに行ったのだと推測された。
「泳がせておいたのが仇になったか。まさか、リヒトに手を出そうとするとはな」
父上が王様に冷たい視線を向ける。王様は慌てて首を振る。
「ま、待て!誤解だ!話せばわかる!落ち着け、ジェフ!」
ジェフとは父上の愛称だ。ジェフリード・フュルスト・フォン・ヴェステン。それが正式名である。兄上そっくりの美形。自慢の父上だ。
「父上、僕は大丈夫だよ。...窓を直して貰えれば」
あまりにも父上が怖い―――美形の怒った顔は精神的にじわじわくる―――ので、僕は母上の腕から抜け出して父上の服の端を掴んで言う。
「リヒト、無理しなくて良いぞ」と兄上が僕を窺うが、父上は困った様に眉を下げた。
「いいかい、リヒト。これは躾だ。言うことを聞かないペットには躾がいる。どちらの立場が上かを教えるんだ。覚えておきなさい、クロイツ、リヒト。」
「はい!父上!」とキラキラとした目で父上を見る兄上。母上も「カッコイイわ...」とうっとりしている。一方で、「はい...?」と絶句するのは僕ひとり。
いやいやいやいやいやいやいやいや。相手は王様!王様!
やはり、早々にツッコミ要因が必要だと思った。
王様は「ジェフも照れ屋さんだなあ」と豪快に笑う。王子の方は「ああ、もう!父上は黙って!」と自分の父をポコポコ叩いていた。全く効いてない。何それ可愛い。前世の母性が滲み出てきたようだ。
その後、父上に容赦なく引きずって行かれた王様。残された王子様。年齢も近いことから相手をするのは僕である。
「寝衣のままでは駄目よ。一先ず、着替えましょう。クロイツ、少しの間王子様を宜しくね。」
兄上の「任せて下さい!」という力強い一声を背に、僕は母上と共に侍女の待つ部屋へ連行された。
部屋に残るのは兄クロイツと王子様。...大丈夫、だろう。
「...ねぇ、母上?」
それよりも、第3王子に対する母上の態度に違和感を感じた。
「どうしたの?」
微笑む、いつもの優しい母上。
違和感の正体がわからずモヤモヤしたが、結局考えても何も思いつかなかった。
「...ううん、何でもない!」
衣装部屋に着くと2人の侍女が満面の笑みで出迎える。僕は見てしまった。見えてしまった。
「母上、これはっ...!」
ずらりと並ぶ女児用のドレスの数々を視界に入れてしまったのだ。
「...いっ、妹が、妹が産まれるのですか?」
「あら、違うわ。これ全部貴方のものよ、リヒト」
嘘だろ...?
前世は女でも、僕は紛れもない男。そりゃあ、まあ、今は男の娘みたいだけど。今の精神は男!精神が女なら喜んでいただろうけど、男!
まさか、前世が女だと...バレている?
内心は心臓バクバクで母上を見上げた。
「どうして...」
「王子様を待たせているのよ?着替えながら説明するわ」
母の表情は何かを企んでいるかのようだった。美しいから様になる。(現実逃避)
そして僕は、始終げんなりとしていた。
掻い摘んでいえば、古い風習にならっての女装らしい。身体の弱い男児を一定の年齢まで女児の装いで育てるやつである。
今回の寝込んだ件が原因だ。僕は別に身体が弱い訳じゃない。今回が特別だっただけで、頗る健康体だ。...なんて抗議しても受け入れられず。なんてこった。
健康体なのだから今時期限りだと自分に言い聞かせた。
髪がちょっと短めの美少女にしか見えないのが悔しい。母上も次女達もホクホクとした顔付きに見えたのは気のせいであってほしい。
ぶっちゃけると、寝衣は男女兼用のを着ていた。子供の服ってそんなもんだよね。そして僕の顔は女顔。つまり、王子様は僕の性別を間違っている可能性がある。そう考えれば目が合った時、目を背けられたことにピンとくる。
男だと言ったら駄目とは言われていない。速攻で打ち明けよう。そして友達になるんだ!ツッコミ要員も増やしていきたい!
この女顔なら、せめて卑下されないようにムキムキマッチョになってやる。それで世界最強になってやる。よし、アインスが帰ってきたら早速鍛えてもらおう。
僕の将来計画はこうして始まったのだ。
おまけEp01:残された者たち
☆勘違い
王子「(物語に出てくる妖精みたいな子だったな...)」
クロイツ「(ふっ、見たか!我が家の天使を!)」
王子「(ハッ!そうか!彼女を婚約者にするために自分は連れてこられたのか...)彼女の名前は...?」
クロイツ「("彼女"っていったら母上の方か)そういうのは自分から直接聞くもんだ」
王子「!そうだな」
クロイツ「ああ。(母上とは年の差もあるし、年上には攻めだ!)こっちから積極的にならないとな」
王子「積極的に...(あの子にアピールを!)」
クロイツ「(父上一筋だから確実に振られるだろうけど、それも経験だ)まあ、君なりに頑張れ」
王子「ありがとう!(将来の兄に応援してもらえた!)」
☆自己紹介...?
王子「そういえば互いに名を知らないな」
クロイツ「忘れてた。俺はクロイツ・フュルスト・フォン・ヴェステンだ。よろしく」
王子「ああ、兄上がよく話すクロイツか!こちらこそよろしく頼む」
クロイツ「...俺は君を"三の王子"もしくは"君"と呼ぶ事にした。一生な。」
王子「なっ何でだ!?」
☆ストーカー疑惑
クロイツ「ところで、君は兄王子と仲が良いのか?」
王子「1番上の兄ならどちらかと言えば...良いと思うけど」
クロイツ「じゃあ、伝言を頼みたいんだが」
王子「何だ?」
クロイツ「"ストーカーはやめろ"」
王子「えっ(まさか、兄上は彼の恋人のストーカーを...!?)」
クロイツ「"俺に付き纏うな"」
王子「えっ(本人!?)」