No.1 転移
――何でこんなところに居るんだろう。
深夜1時。コンビニのウォークイン冷蔵庫でひたすらドリンクを補充している時、ふとそんなことを考えてしまう。単純だが、機敏な動作が必要な作業の連続で、どうしても思考がネガティブな方向に偏る。寒い冷蔵庫内に居ることで、心まで寒くなってくるようだ。
両親は居ない。俺が大学1年の時に交通事故で亡くなった。両親との最後の記憶は、大学の夏休みで帰省した時だ。「向こうでも元気でやってる」とか、「大学の友達はいい奴らだけど、まだ仲良くなりきれてない」とか、たわいもない話をして、「今度は年末だね」と言って別れた。
両親が事故に遭ったのは、その2日後だ。横転したトラックに巻き込まれたらしい。俺は大学付近のワンルームに帰って来て3日でまた地元に戻った。両親は身寄りがなかったので、葬儀は最低限で済ませた。といっても、俺を大学に行かせるため、あまり余裕のなかった両親の財産は葬儀代でほとんどが消えた。
ワンルームに帰ってからは、しばらく何もする気が起きなかった。まだ両親が死んだという実感はなく、でも理性は両親の死を理解していた。理解に実感が追い付いて来ず、呆然としていたんだと思う。気力がないまま、この頃はほぼ1日中寝ていた気がする。
寝てばかりの生活が終わったのは一週間後だった。コンビニの勤務時間がやってきたのだ。当時は朝6時から9時まで、講義が午後からの日と土日に週3でバイトをしていた。両親の事故があったため、地元に戻る前に一週間の休みを貰っていた。
コンビニまでは徒歩5分弱。俺は5時50分まで寝ていた。一週間も寝たきり生活をしていて気力も何もなく、本当に行きたくなかった。たかが3時間の勤務なのに、酷く辛いもののように思えた。だが、朝勤は2人体制。俺が行かないと確実に迷惑がかかるのが目に見えていた。それに無断欠勤をすれば、どうせすぐに電話がかかってくる。それも無視すれば非常に怒られるだろう。
そんなことを布団の中で繰り返し考え、呻いた。そして、俺は半ば恐怖心に近い責任感で一週間ぶりに家を出た。まぁ、実際に働くとそんなに辛くはなかった。3時間だしな。毎回勤務前は布団の中で責任感と戦いながらも、俺は継続して働けていた。
働き始めると、休みの間に寝ているのは勿体ないと思い、ゲームやら漫画やらアニメに時間を費やした。週3回、3時間だけ働いて残りは二次元の世界に浸る。そんな生活を続けるうちに、大学の夏休みが終了した。
大学が始まったら奨学金の申請しなくちゃな、などと思っていたし、大学に行く気はあったのだ。バイトと同じように行けると思っていた。だが実際は、俺は布団の中でいつものように色々と考えた挙句に、布団から出ることはなかった。
何故か、と問われると、責任感の差と答えるだろう。コンビニは俺が行かないと他の人が困る。けれど大学は?
大学は自己責任の場所だ。俺が行かなくても俺以外の誰も困らないし怒ることもない。それで単位が取れなくても自己責任。俺は、大学に行かなくなった。自堕落な生活に慣れきった俺は、他人に迷惑がかかるという悲観的な恐怖心がないと動くことができなかった。
そしてそのまま現在に至る。3年以上経った今は、両親が死んだ悲しみ自体はほぼ癒えたと言ってもいいだろう。だが、俺の気力の無さは変わることはなかった。金がなくなって来て、バイトは「週3で朝の3時間」から「週4で深夜の8時間」に変えて貰ったが、それ以外は何もしてこなかった。働いている以外の時間は専ら二次元に費やしている。大学は授業料の納入を無視し続けていたら、去年「除籍処分とする」という旨の郵便が届いていた。
就職活動をしなければいけないとは思っている。だが、今更就職活動という大事に向かっていく気力は全くと言っていいほどない。大体、「大学を辞めてから3年経っていますが、その間何をしていましたか?」と聞かれたらどうすんだよ。まぁ「バイトをしてました」と答えるしかないが、基本的には二次元に没入して堕落した生活を送っていただけだぞ。
深夜のウォークイン内で、そんなことが頭の中で繰り返される。
俺の気力の無さは、異世界転生か転移でもしない限り変わらないだろうな、と考えてしまうあたり、大分二次元に毒されている。両親の死がきっかけではあるが、3年も経った今もこうしているのは、俺自身がクズなんだろうな。
何でこんなところに居るんだろう。大学に行っていた頃は、こんな風に生きているつもりはなかった。順当に行けば今頃は就職先も決まっていて、大学卒業を目前に控え卒業研究の大詰めを迎えているはずだった。それがどうして、こんなに冷えきった寒い世界に居るのか――。
そんなことを考えているうちに、ドリンクの補充作業が終わった。コンビニの他の業務では、次に何をするか色々考えて動かないといけないため、俺のネガティブな思考は一先ず中断された。
「お疲れ様でしたー」
一緒に働いていた相方や、俺と入れ替わった朝勤の人たちに、取り繕った愛想のいい挨拶をして店を去る。仮にも接客業を3年もやってきたのだ。心の中は冷めていても、外面を取り繕うのは得意だ。
内心は酷くテンションが低い。いつもは仕事が終わると、多少の解放感があり少しは気分がマシになるものだが……今日は気分が沈んだまま昇ってこない。まぁ明日――いや、もう今日の夜か――も仕事だからな。それに、3日前にある小説を読み終わって以降、小説でも漫画でもアニメでも良作を見つけられないでいるし……。そろそろ次の良作を発掘したい。
そこまで考えたところで、唐突に不安が押し寄せる。こんな生活を続けていていいのだろうか。就職活動をしなくてはいけないのではないか。最近はこんな感じの思考を延々とループしている。いや、良作に触れている時だけは別だな。その作品のことばっか考えてるわ……そんなことを思いながら、曲がり角を曲がった。
は?
そこは草原だった。周りには沢山の人がいる。
「何でこんなところに居るんだ……?」
今日既に何回か繰り返された問いを、俺は純粋な意味での疑問として口にしていた。
――その言葉は、日本語ではなかった。
なんだこれ!? どうなってんだ!?
周りを見ると、他の人もこの状況に対して動揺していることに気付いた。それと同時にもうひとつのことにも気づく。周りに居る人たちだが、髪の色がバラバラだ。金髪や茶髪ならともかく、二次元でしかお目にかかれないような色彩の人も多い。極め付けが、獣の耳が頭頂部に乗っている人間だ。
あれ、コスプレじゃなければ完全に獣人だよなー。
俺はさらに周りを見渡す。頭が完全に爬虫類のものになっている、二足歩行の人型生物を発見した。あれは完全にリザードマンですわー。もし違うとしたら竜人ですわー。
ははっ。これは異世界転移確定だわ。転生じゃなくて転移で来たかー。そうかそうかー。
『やあ』
二次元の住人の仲間入りを果たした俺がそんなことを思考していると、天から声が響いた。いや、頭の中から聞こえたような気もする。
『いきなり呼び出してごめんね。僕は神だよ』
はは、声だけとはいえ神様登場。俺以外にも周りに沢山人が居るのがアレだが、まぁテンプレ通りだな。
『あー心配しなくていいよ。どうしても帰りたい人は帰してあげるから』
え、帰してくれんのか。親切だなオイ。
『だからとりあえず落ち着いて話だけは聞いてほしいな』
ふむ。神が俺たちを呼び出すほどの何かがこの世界にあるんだろうな、きっと。そして俺たちは何らかの使命を負う……テンプレだな。
『君たちを呼び出したのはね、僕の創ったカードゲームを試して欲しいからなんだ』
は? カードゲーム?
こうして、世界中の全員を巻き込んだゲームの幕が切って落とされた――。