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ポケット・スピリット  作者: 一日一話
9/14

oblivion in the hope [9]

 これから彼女がどうするのかは知らないが、まあ、できればオレの言ったことに従ってくれるといいんだけど。




 彼女がいなくなったことを確認して、街頭の光を眺めながら、中学校の敷地の壁に腰をおろした。


 まあ、彼女から目を離したところで、もうヒトを襲うこともないだろう、と思ってのことだった。


 彼女はもうコトを起こさない。


 あの様子では、今日はひとまず帰ることしかできないだろう。


 その後で、師匠に連絡して、彼女の家を見張っていればいい。



 師匠には何かしら言われそうだけど。




 でもま、正直だれも血を流さすに済むのなら、これ以上の結果は存在しない。





 すでに二人も死んでしまったけけれど。





 そのことを、彼女は一生背負って生きていく。




 忘れたようなら、思い出させよう。




 それでいい。今は。








 さて、と立ち上がる。




 そろそろオレもハラが減ったので、その辺で夕食を食うとしましょう。


 立ち上がって、中学校をすぎる。


 そこから先は、住宅街からは離れた、工場地帯になる。


 いくつかの曲がり角を曲がった、その先に。




 一人の人物の姿が見えた。




 その一人の姿。





 さらされる肌は、色素の欠落によって紫外線に耐えられないため、このような時間帯にしか出てこれない、その人物。

 



 髪は純白。肌の色素も薄い、その人物が。 




「……………………」




 ひどく冷たい目で、足下の衣服を見つめていた。



 ―――――何か、イヤなものが自分の心の中に流れ込んでくるような気がしたが、無視して足を進める。



 あまり考えないようにして、いつもの調子で声をかける。



「師匠」



 そこにいたのは、我らが師匠、木卜部白堊さんだった。


 見た目は少年、頭脳は賢人。


 なんて、どこかで見たようなキャッチフレーズ。




「きみか」




 実際には気づいていたくせに、うちの師匠はそんなことをおっしゃるのだった。



「まず言いたいことがある。子守くん。きみ、私の言いつけを破ったな」


「ああ、はは」


「まあ、こうなるとは思っていたがね。きみは自分の尻に火がついても平然としている男だから。まったく、あと二ヶ月だというのに、きみにはまるで危機感がない」




 あぁ、今の師匠は怒っているな、というのが、厭というほどわかる。



 まず、本人からでている空気とでもいうものがそんな状態なのだ。



「あのー、師匠。それは?」




 彼の足下の衣服を指さす。


 師匠は軽くため息をついて、首を振った。




「さて。偶然出会った時計所持者だ。どこの誰かは知らないが、見て危険だと判断したから排斥した」



「あぁ、そう、ですか」




 ……………………。




 師匠は、そんなオレのことをじっと見ていた。 その目には、非難の色がある。




「師匠は―――――その、大丈夫でした?」


「特に抵抗もされなかった。ずいぶんと消耗していたからな。もはや、立つ力さえなかったのかもしれん。おかげで始末は楽だったがね」



 淡々と言う師匠は、本心では怒りの炎がともっているようで、無期的な口調の中に何か強い色のようなものがあった。




 まあ、それも仕方がない。


 言いつけの守れない弟子なんて、叱る気にもなれない、ということだろう。 


 言い返す言葉もない。




「師匠、そのヒト、殺ったんです?」


「ああ、今更訊いてどうなる?」


「ああいえ。そのヒトの時計の文字盤って、どんなんだったのかな、と思いまして」



 言った瞬間に、師匠はオレのことを軽蔑するような目で見てきた。



 きっついなあ。今日何回この顔をされたんだろうね、オレ。







「錆だ」






「あい?」


「錆ついていた。元々の色は金なのだろうが。全体が大きく錆び付いてしまっていて、文字盤も針もぎりぎりで動いているような状態だった。おそろしいことに、もうとうに壊れてもおかしくはない状況で、それは稼働していた」



「あぁ、へぇ」



 そこで、あの姿を思い出す。



 絶対的な有利にありながら、常に追いつめられていた、一人の少女を。



 ああ。そうか。



 ちょっとだけ、後悔。



 あの子はもう、限界だったんだ。



 一人で歩くことなんて、とっくにできなかったんだ。



 自分でなんとかしろ………………か。








「満足したか?」



 その一言で、オレの前進は動かなくなる。



 言葉としては、それは最上級の非難だ。


 …………………………。


 まあ、仕方がない。


 どうせ一時の感傷だ。


 同情も悲しみも。


 有益ではなく、意味を成さない。





「ええ、満足です」



 師匠は、そんなオレに対して、目を離さなかった。



「そうか。今回の一件、きみには失望した」


「はっはぁ。まさか失望されるほど、師匠からみてオレは評価されてたんですかねぇ。落ちるところまで落ちた評価だと思っていましたが」



 ふん、と師匠は鼻をならして、足下に落ちた衣服を見た。



「コレの処分を考えなくてはな。子守くん。悪いが、少し処分しておいてくれ。これは、きみへの罰だ」


「はい。承りました」



 できればそのままにして起きたかったけど、そういうわけにもいかないらしい。



 仕方がないので、その制服を回収した後に、塀のそばに咲いていたタンポポをちぎって、そこに落とした。




 あくまで、師匠には見つからないように、だが。







 …………………………。








 帰りたい、と彼女は言った。



 けれどそれは叶わない願いだ。彼女の対象は、失われた時間に向かっている。


 過ぎた日々を戻すことは、神様にだって不可能だ。


 そこにしか、帰る場所がなかったのか。


 そこにしか、帰りたくなかったのか。




 …………………………。






 うらやましいな。









「あ、師匠。そういえばお礼がまだでしたね。なにか奢らせてくだせい。あ、コーンのおいしい店が駅の近くにできたんで、そこに行きましょうよん」


「礼? ああ、そういえば、そんなのあったね。だが駅前か、ふむ。私は騒がしいのは嫌いでね」


「この時間に騒がしいもないでしょう。あ、アンちゃんバイト終わるからアンちゃんにも――――あ、いや、いいや、今度で。師匠。ところで、今回アンちゃんと組んだのはどういう嫌がらせでしょうねえ。ゆっくりと教えていただきましょう?」




 師匠はオレのことを無視して歩いていこうとする。


 その後ろに、オレはついていく。




 




 かくて少女は、誰にも救われることはなく。



 誰にも理解されることもなく。




 贖罪の機会すら失って、この世を去った。




 それは悲しいことなのだろうか?


 それは激怒することなのだろうか?





 オレにはわからない。





 とかく、彼女は一人だった。



 頼れる者など、一人もいなかった。



 自分だけの苦しみに対して、他の誰かは無関心だった。




 だから最後に…………


 だから最後に………………。


 ……………………………………。











 やめよう。


 考えても仕方のないことだ。 


 彼女は行方不明、ということになるのだろう。


 もしかしたら師匠あたりが両親に伝える可能性もあるけれど。


 忘れることはしないけど、いつまでも気に留めるとイヤな痕を残すので、一つだけ。



















        バイバイ後輩。



        生まれなおして、望んだ家に還りなさい。




          Oblivion in the home


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