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ポケット・スピリット  作者: 一日一話
3/14

oblivion in the hope [3]

 S県の南、都内に少しだけ近い位置に場を構える尾守市は、都会でもなく、しかし、万人が思い浮かべるような田舎でもない、非常にハンパな町である。






 交通の面では、都会への進出が優れているものの、名産品、観光地、遊園地、特徴となるものがなに一つもない、実に平凡な現代地である。






 駅の周りには都市化が進んでいるものの、一端駅から離れると、都市的なビルなどというものは一つもお目にかからない、しかし、田圃もない、永遠のコンクリートの道が延びた住宅街という特徴のない景色に突入する。






 その癖、日本全国の中でも犯罪検挙率だけは都会以上、という、妙に治安の悪い県であり、その中で尾守市は、本当に「なにもない」という言葉が適切な町なのだった。






 若者にとっては遊ぶ場所も少なく、まあ、せいぜい居酒屋かカラオケ程度の設備しかないような町なため、多くの若人は高校卒業、大学進学とともに町を離れ、都会か就職先に足を運ぶ。






 その中でも、オレのような学生崩れのフリーターのようなプータローが、惰性で生きていても特にご近所さんたちには白い目でみられない、という他者に関心を失った町でもあった。







 で、まあ。






 そんな町を、オレこと子守くんは昼間っからぶらぶらしていた。






 主な雇い主が世界一周なんてものにいっているので、やることがなかったのである。





 まあ、生活費に関しては、ぎりぎり今の住処を追い出されないだけの貯金があることと、資金にまったくアテがない訳ではないのだけど。






 まあ、なんというのか。わずかに一年前までは普通の学生だったのに、どういうわけか今のような状況になり下がっている。











 で、目的地に到着する。






 市立、尾守高校。





 高校としては市の中でも最大の巨大高校が見える位置に来ていた。





 まあ、当然ながら敷地の中に入るわけにはいかないので、学校の裏側に周り込む。





 時刻は昼の十二時過ぎ。





 現在、授業が一区切りがついて、生徒たちは昼休みになっているはずですが。






 まあ、オレの場合、一年前の一件があるので、高校に近づくのも一種の事件になりそうなんですけどね。




 高校の敷地は優に数百メートルにわたるが、裏側は運動部の部室になる。





 主に野球部の用具入れがあるはずだが、部室の老朽化を見かねて、二年前、新しい部室が校庭の反対にたてられた。





 現在、その用具入れの中身はすべて移動され、しかし、学校側には小屋を破棄するだけの資金がなかったのか、そのままその場に放置された。





 無論、完全に手を離せば、生徒が入り込んで面倒を起こすので、「ある監視」をおいたらしいのだが。





 高校の校舎の裏は、不審者除けの鉄柵で覆われている。





 つまりは高校を退学し、日がな一日をアホみたいに過ごしているオレのような不審者の為の設備なのだが、中から見る分には、それが何か動物園の檻のように見えたことをよく覚えている。





 他の設備を修復する資金はないくせに(しかも放置することを前提で新しい設備を作る癖に)こういった設備の補修はしょっちゅう行っているのか、真っ黒な鉄の檻は、頑丈で隙間のないままだった。





 まあ、無論、こんなところから入り込むだけの勇気はない。





 鉄柵は上に十メートルほど延びているため、これを自力でよじ登れる人間は限られる。





 オレはその人種ではないので、無理なのです。





 で、問題の廃用具入れなのですが。









「あり?」






 本来、その場にいる人物が見あたらなかった。





 さすがに時間が早すぎたかしら、と思ったが、校庭の周りには、教師の目を盗んで近くのコンビニに行く男子学生諸君が見えたので、まあ、来ているはずなんけど。





「困った」




 口に出してはみるものの、大嘘です。






 オレは時間に追われていない社会のクズなので、例え来なくても、たかが三十分の時間の喪失に腹を立てることもない。




 ここ二日間、たぶん水道以外の食事(?)を採っていない身としては、多少体に堪えるところもあるんだけど。








 まー別にいっか、と思っていた。





 ぼけっとしているのは嫌いじゃないし。





 学生の休み時間は有限だし。






 それを無為に奪うこともないでしょう。











「ん?」






 と、その時。





 鉄柵の向こうに、一人の男子生徒が歩いてくる姿が目に入った。





 白いワイシャツに、灰色のズボンは、確かにこの高校の制服なのだが。






「――――あ」





 どうやら、向こうもオレの存在に気がついたようだ。





 で、まあ、その少年に対して、オレは軽く手を挙げる。






「やや、どうもどうも」





「…………あんた、子守さん?」






 で、開口一番、そういわれた。






「あ、なに、きみオイラのこと知ってるのかい?」




「知ってるもなにも、あんた、ここら辺じゃ知られてるだろ」





 そうなの? 





 そんなことをいわれても、当人さんは初耳なんですけど。





「ふうん。あんた、なに、まだここに恨みでもあんのかよ。知ってるぜ、あんたの事件」




「うーん。きみさ、一年生だよね? オイラみたことないし。なに、オイラのこと先輩からきいたのかい?」





 そんな風に行っても、男子学生くんは軽蔑した視線で見てくるのだった。




 中退者への世間の目線というのは、まあ、厳しいものですにゃあ。






「まあ、なに、少年。誰から聞いたかは知らないけど、きみ、ここにくるヒトのこと知らないかな」




「あ? なんだよ」









 と、そこで。




 ぽんと、その少年の肩に、形のいい手がおかれた。




 男の子は背後を振り替える。






 と、そこには。







「処分だね」







 と、そんな、真っ黒な目をした、一人の女子生徒が立っていた。





 女子生徒用の長い白スカートに、男の子と同じような、校章をあしらったワイシャツ。






 その白い容姿に、真っ黒な腰にまで届くであろう髪が目についた。






 瞳は黒く、妙に落ちついたような表情が特徴的な、その少女。





「あ、会、長」



 で、その男の子は、オレを見た時なんて比じゃないレベルでビビっていた。





「きみ、一年生だよね。ああ待って、思い出すから。あ、三組だ。名前知ってるよ? で、ここでなにしてんの?」




 そうして、その女の子はオレのことを一別した。




 気さくな感じで手を振ってみると、女の子の眉間にいくつかの筋が入った。





 やべえ、怖えぇ。







「や、その」




「昼休み中の外出は認められてないんだけどね。そこの不審者は私が教師に通告しておくから。教室に戻ってくれるかな」





 女の子の言葉は、決して強いものではなかったが、男の子は完全にビビってしまっていた。






 まあ、無理もない。





「ま、いいや。今回は見逃してあげる。あ、あと教師―――桃井先生がいいかな。連れてきて。そこの不審者、伝えなきゃいけないから。きみは私に連れてこられたってことにしてあげるよ」





 顔を真っ青にした少年は、女の子に頭を下げて、そのまま校舎のほうに走っていってしまった。





 ――――心なしか、その顔には朱の色が混ざっていたように思うけど。






 慌てた少年を見てから、その女の子は死んだような目でオレのことを凝視した。







「なにしてんすかセンパイ」






 思い切りあきれたような声で、そういわれる。





「いやあ、その、年頃の少年と話すのが久しぶりだったもので、お話に花が咲いちゃってねえ」




「きめえ」







 一言である。





 話している時にまったく表情が変化しないところも特徴の一つ。







「桃井先生がくるまでの時間って、分かりますかセンパイ」




「まあ、だいたい二十分ってところじゃない? あの子、けっこうテンパってたし」




「そうですか」






 その女の子は、微笑むこともせず、しかし迷惑というわけでもないように、こちらに手を振った。




 会話から十数秒、ようやくの挨拶だった。







 安西(あんざい)杏里(あんり)





 渾名アンちゃん。






 尾守高校における、恐怖の生徒会長なのだった。






 見た目は清廉潔白。






 ご時世のイメージする高校生ではなく、ノーマルを極限にまで高めたような、そんな女の子である。いや、この言い方で伝わらないんですよこれが。









「ところで、あの子、オイラのこと知ってたんだけどさあ。教えたのってきみかい?」





「いいえ。でもまあ、センパイは尾守市の中でも、人畜有害ハナクソ野郎ぶっちぎりの一位ってことで有名ですからね」





「え? マジそれ?」




「有名ですよ。女の子にはホントに嫌われてます。たぶん、強姦魔と同じかそれ以上。あれ、今の子からセンパイの話がでたのに、まだ分からないんですか?」




「えぇ、やべえ泣きそう」






 もしそれが本当だったら、オレ、この町にいる限り白い目で見られるじゃないですか。






「ま、つまらない冗談はおいておいて。私じゃないです。なんだって私が、センパイみたいなロクでもない人種の話をしなきゃならないんですか」




「あ? そうなの? でもなんか、たった今傷つきましたわよオイラのハートは」




「特に値打ちもない心でしょう」




「きみぃ、さ。オイラのことを貶しにここまできたの? なに、日頃のストレスのはけ口?」







 でもこんなことはいつものことなので、別に気にしたりはしないのでした。







「で、本題に移りたいんだけど。時間もないみたいだし」






 ここで話を切り替えないと、永久的になじられる気がするしね。






「今朝メール送ったけどさ、えっと、把握してる?」




「うちの生徒の中に、センパイと同じようなのがいるって話ですよね」




「そ。いや、実はオイラ、二日前に殺されちゃってね。放っておいても危険なんで、少し処理をしてこいと師匠から」




「ハクアさんですか」






 アンちゃんは呆れたといった風にため息をつく。





「センパイ、いい感じに弟子っていうかパシリみたいになってきましたね。まあ、前からそういうところありましたけど」




「前はきみのパシリだったからね」




「仕事してないならパシリ専門の仕事でもすればいいのに。主に派遣の」




「きみはヒトの人生に適当に口を出しすぎです。って、情報を提供してくださいお願いしますですよ。時間ないんだから」







 本当、この子は口を開けば罵倒しか待っていない。





 まあ、言われっぱなしは少し割りにあわないので、すこし挑発してみるか。








「もしかして、メールの内容の答えを持ってないんで、はぐらかしてるの?」







 言うと、木の陰になって暗いアンちゃんの表情が、更に暗くなる。







「センパイが打ち込んできた名前は知っています。でも、センパイが知りたいのは、その子の個人情報

じゃないですよね?」







 鋭い。







「うん。なんていうか、居場所に心当たりはないかのー、って思って」




「今日は学校にはきてないです」






 アンちゃんは手にもったビニールから、筒形の伝統のカフェオレを取り出して、それにストローを刺した。







「というか、ここしばらくは登校してないですね」




「え? なに? 登校拒否?」




「センパイみたいな社会不適合者と一緒にしないでくださいよ。そうじゃなくて、体が弱いんで、病欠らしいです」




「体が弱い、ねえ」







 どう考えても仮病でしょ、それ。






「オイラたちと同じなら、正直その表現はあり得ないけどね」




「死なないんですもんね。体調が悪いくらいじゃ、どうともないということですか」






 何かあきれるようにアンちゃんは言う。






 ちなみに、アンちゃんは現在こちらを向いていない。彼女はこの場所で話す際、いつも学校側の方を向いて、オレに背を向けて話す。





「でも、元々体調がよくない子なんです。私と同じ学年ですけど、それまでにも何回か、学校を休んでたような子ですから」




「へえ、それは、まあ」




「なんですか?」




「ああ、いいえ、なんでもございません」








 時計所持者としては、いやなくらい揃いすぎている。





 まあ、まず間違いはないのですが。








郡成沙羅香(ぐんじょうさらか)。センパイ。二日前に、その」




「うん、死んじゃってね。で、メールには特徴を書いたつもりだったけど、アンちゃんが知ってるグンジョウさんとはどうなのかなーと」





「別人です」








 あら?








「え、そうなの?」




「郡成さんはそんなに長髪じゃありませんし。なんていうか、夜に出歩く子じゃないんですよ」




「ふーん」




「アルバイトをしてる風でもないですし」




「詳しいじゃないアンちゃん」




「そりゃまあ、同じ生徒会ですし」




「あれ、ああ、そういうコト」








 アンちゃんの機嫌が悪い理由が、ここでようやく分かったような気がした。






 ま、この子はいつも機嫌が悪い顔をしているのですが。






 どこかの師匠と同じでね。








「センパイ、どんな風に殺されたんです?」




「うーん。ま、感覚的には毒殺だにゃ。意識が煩雑になって、その後に全身の痛みと嘔吐の感覚。熱っぽかったかな。とにかく直接的じゃないイヤな感じね。あ、でもちょっと前にきみに青酸カリ飲まされた時とは違うから」




「そうですか」






 何らかの反応があるかなと思って言ったのに、一言で返された。





「郡成さんは、普段は茶髪です」




「うん? え、脱色とかしちゃうの?」




「まさか。彼女の父親が日本人とは別の人種なんです。遠くから見てもそうと分かりますから。センパイが見たような長い黒髪っていうと、違うと思いますけど」




「ふーん。じゃ師匠の予想ははずれたのかしら」




「そうかもしれませんね」






 彼女はストローを口に運ぶ。







「これは…………あぶないなあ。もしかして、二日前にオイラのことをぶっ殺したのはきみなんじゃねーのと思ってきちゃうわよ」





「そうかもですね」








 あ、少し怒ったかな。








「師匠もオイラなんかに任せるなら、自分で始末すればいいのになあ」




「適材適所なんじゃないんですか? 私、ハクアさんのことは尊敬してますし、できれば無事でいてほしいとも思いますけど、センパイのことは割とどうでもいいので、できれば早くにそのヒトのことはどうにかしてほしいです。私も、バイトの帰りとか怖いし」




「そうスか。でさ、アンちゃん。きみから見て郡成沙羅香さんは殺人を行うようなヒトなのかな?」




「…………もう先生がきますけど」




「あと数分はあるよ。それまでにほれ、参考程度です。カマギリさんとのお茶会でもセッティングするからお願いしますよ。オイラ的にも情報が一つ有るのとないのじゃ、死ぬか生きるかに関わるので」








 アンちゃんは少しだけオレのことを睨みつけて、ため息をついた。








「おとなしい、って印象なんですけどね、周囲にとっては」




「ほうほう」




「男の子にも結構人気があって」




「はあ」




「その割に、誰も見てない」




「うん?」










 最後のほうだけおかしくない?









「見てない? えっと、どういう意味?」




「なんて言うんでしょう。これは、私の第一印象なんですけど、人間を人間と思っていないっていうか。誰もがじゃがいもに見えてるっていうか………………」







 言っていてバカバカしくなったのか、アンちゃんはそこで言葉を続けるをやめたらしい。







「センパイ、ハクアさんから彼女のことはたいてい知っているんでしょう? なんで今日私を呼んだんですか?」




「きみに会いたかったから?」




「うわ。マジどん引きだよ。死ねよ」




「真顔になんないでよ。びっくりした。まあ、この学校の中のことは、きみが一番把握してるでしょ。今の三年生には知ってる顔も多いけど、まあ、情報としてはきみかなあ、と。グンジョウさんとも同学年だし」




「それもハクアさんからの提案でしょう?」







 うわ。気づかれてる。







 つーか、なんでそんなことまで分かるんですかねこのヒト。






「センパイは自分で考えるということをしませんから。いつだって誰かの考えのほうによっていくんです。人生で失敗する人間の典型ですね」




「またきっついこと言ってくれる。でもま、いっか。アンちゃんが知ってるグンジョウさんの情報はそんだけかな」




「住所は教えませんよ」




「自分で行くからいいわよ。ここら辺なんでしょ? 結構いいお家柄らしいし」




「間違っても泥棒にはならないようにしてくださいね」




「あのね、きみにとってオイラはどういう人間に見えてんのかしら」




「不審者、軽薄、危険人物。あとは、まあ」








 言って、アンちゃんしらけた目で、ようやくこちらを振り向いた。






「まあ、こっから見ると、そのまま独房にいるみたいな」





「近い未来予知みたいで怖いわぁ。んじゃありがとちゃん。カマギリさん今旅行に行ってるらしいから、帰ってきたら連絡するよん」





 ばははい、と手を振ったが、アンちゃんは手を振らなかった。







 まあ、あの子にかぎって、そんなことをするはずもないか。







 教師がくる前に退散するとして、さて、警察沙汰にならなければいいけど。






「ふーん、体が弱い、ねえ」






 それでいて、他人を人間とも思っていない、と。






 グンジョウ宅はここから近い位置にある、と。







 結構立派な屋敷なので、それなりに有名、とか。師匠談。







 伺ってみてもいいが、正直本人がそこにいるとは思えないので、一度家に帰ろうかしら、と思ったが、帰れば師匠がいるので、なんとなく、グンジョウ家に足を延ばしてみることにしました。


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