84「非効率過ぎる」2度目の口出し、遮るのは…
再び屋敷の庭に来たイツキ。そこで見えるものは…
軽い休憩に留め、直ぐに練習を再開しようと思っているのか、立ったままで側にいた侍女からタオルを受け取り、汗を拭いているマリス。
水分補給の為の水が入った筒を手渡されたところで、ようやく近づいて来るリレイに気づいた。
「マリス」
「!お父様っ…と、イツキさん?」
敬愛する父に目を向けた後、顔が見えない為確信が持てなかったが、なんとなく見覚えのあるローブ姿とその他諸々から、イツキだと判断した。
門番がリレイに用があると来た時点で、来訪者がいるのだろうと察していたマリスは、その来訪者がイツキだったのかと理解する。
しかし、何故また?…という疑問が湧いてきていた。
「様子を見に来たそうですよ」
「そうなんですか!」
マリスの疑問を察したリレイは、特に考えさせることもせず、その理由を教えた。
すると、パッと笑顔になり、嬉しそうに納得の声を上げる。
何かアドバイスがもらえるかもしれない、という期待から現れた喜び故だろう。
「それでは、お願いします!」
「…?」(どうしたのでしょう。やけに気合を入れて。イツキ様が来たから?…それだけではないですね…)
少しでも早く上達したいと思っているマリスは、リレイが眉をひそめるほど、強く気合を入れていた。
それまでに気合を入れる理由が思いつかなかったリレイは、心の中で首をひねる。
「実感できるほど、早く上達できると考えたのだろう」
「…なるほど。少し焦ってしまっていた、と」
その疑問もすぐに氷解した。
まるで心を読んだかのようにタイミング良く、答えを告げて来たイツキにより。
足運びの練習は始めたばかりであるし、伸び悩んでいるわけでもないが、これといって上手くなっている実感も無かった。
そのためか、マリスの中でほんの少し、焦りが生まれていた。
そんな焦りの中で現れた先生に、マリスはとあることを思い、そこに光を見出す。
それは、先生に見てもらいながら指導してもらえれば、間違いなく今よりもっと良くなって、実感できるほど上達できる筈…というものだった。
故に、今が伸ばす絶好のチャンスだと、強くやる気を出していた。
やる気を出した理由を、イツキの助言により察することができたリレイは、自身の息子へ発破をかける…
「では、最後に今日の成果をイツキ様へ見せて、終わりとしましょう」
「…え?」
「なにか?」
「あっいえ、はい…」
かと思いきや、上がったやる気を落とす、『今日はもうこれで終わり』という、終了の言葉を掛けた。
これ以上続けても、身体へ負担が掛かり明日以降に響くだけだと、マリスを気遣っての言葉なのだが、マリスは少し不満げであった。
「…さっさと始めろ」
「あっすいませんっ」
そこに平気で追い打ちをかけるのが、イツキ。
この急かしには、先生からの言葉というのも合わさり、少し慌てだすマリス。
ただ進捗状況を見に来ただけで、この後も夕食を取るだけなので急ぐ必要もない…かといって、無駄に時間を掛けるのもつまらない。
そんな些細な理由で、まだまだ未熟な子供を急かしたイツキであった。
そんな理由で急かされたマリスは、ずっと持ったままだった水筒とタオルを慌てて侍女に返す。
そして、父に言われたことを思い出しながら、その場で足の運びの足だけの動きを始めた。
これにより、上半身が…というよりも、腰や腕が自由に動きつつ、足元をガン見しているため頭は俯いている、奇妙なダンスが始まる。
「あぁ……」
(なるほど…悪くは無いが)
イツキは、ため息混じりに納得の声を上げる。
何に納得したのか、それは足以外に意識を向けていない…向けさせていない理由である。
奇妙なダンスを踊る原因は、マリスが足を動かす際、腕や腰などの別の部位へ意識を向けず、足のみに意識を集中させていた。
その結果、個々が自由に動き踊りっぽくなっていた。
ここで問題なのは、踊る様に見えていることでは無く、足の動きだけで他へ意識を向けていないことである。
その問題は、イツキ監修の練習法をリレイに授ける前から存在しており、授けた今でも改善されていなかった。
しかし、リレイがその問題に気づいていないとは考えにくく、そうなるとわざと放置していることになる。
イツキは、この『足のみに意識を向け、他を無視している」ことが『わざと』であるという原因がはっきりとし、明らかになった理由に納得したのだ。
ただし、ため息が混じったように、イツキからすればあまり良い策とは言えなかった。
そのため、イツキはやめさせるために口を開く。
「やり方を変えろ」
「…何をでしょう?これでもイツキ様に教わった通り…」
「言い方が悪かったか。方針を変えろと言っている」
唐突な言葉でも冷静に聞き取り、変えなくてはならない理由を探す。
しかし、教わった通り教えておりでアレンジも何もしていないため、自分では何が悪いのか見つけることができず、イツキに尋ねることになった。
そこでイツキは言い方を変えるが、それでも伝わらなかったらしく、リレイは微かに首をひねった。
「まとめて教えると、覚えきれなかった。だから一つ一つ覚えさせていく…悪くはない」
「………」
「だが、非効率過ぎる」
リレイが首を捻った様子をみて、理解できなかったのだと察すると、そのまま続ける。
黙り込んで聞きに徹するリレイに最後、『非有効率』だとダメ出しをした。
その、非効率だとイツキが指摘した方針の経緯はというと…
イツキが依頼に来る以前、マリスに全ての動きを意識させようとした際、覚え切る事ができず上手くできなかった。
そのまま続けても先は暗かったため、一つ一つ覚えさせていくという方針に変えた、というものだ。
まあ、時間が掛かるとはいえ、割とシンプルなものである。
結果、始めたての今は足以外が統率されず、踊ることになっていたわけだが。
しかし、イツキからすれば足運びなど基礎訓練の基礎の基礎であり、時間をかけている様な基礎ではないという考えでいた。
他にも教え込むことはいくらでもあり、もっと時間をかけなくてはならない事がある。
足運び程度に大して時間を割いてなどいられなかった。
…というのに、足や腕、重心の移動など、ひとつひとつ覚えさせていくなどという、時間のかかるやり方など許容できる筈がない。
なので、非効率極まりない今の方針を変えろと、唐突に言い出したのだ。
「他に選択肢はなかったのか?」
「まとめて覚えさせることができないなら、一つづつ覚えさせていくしかないでしょう?」
元とはいえ、高ランクとは思えぬ選択をとったリレイに、心中で微かに呆れを覚えていたイツキ。
だが、リレイの返しで思い直す。
高ランクだからといって教官が向いているかといえば、違うだろう、と。
なにより、リレイがマリスに課した練習法は、最悪の塊であった。
つまり、相手が誰であろうと師事をする事に全く向いていない、教えることが苦手なタイプなのだと、ようやく思い至ったのだ。
(…高ランクなら、一から十まで全てを教えなくとも問題はないか、とタカを括ってしまったわけか)
イツキならば、リレイが作った基礎の練習法を見た瞬間に気づけることであった。
しかし、あまりにも練習法が酷い組み立て方だった為に、意識することもできず、更に高ランクだからと無条件に一任させてしまった。
完全にイツキの認識不足であった。
「…あの、どうかなされましたか?」
「いや…何でもない」
刹那の熟考であったが、イツキの雰囲気から何かを察したのか、なにかやらかしたかと不安にかられ、問うリレイ。
問われて初めて、無意識に少しだけ俯いていた事に気づく。
リレイが何かを察したのはこれの所為かと納得しつつ顔を上げ、何事もなかったかの様に口を開き、元の話に戻す。
「さて、今の選択肢の話だが」
「はい…おかしいですか?」
「そうだな…」
「そ、そうでしたか」
肯定と取れる答え方をしたイツキに、内心で大ダメージを受けつつも、何とか営業スマイルで取り繕うとするリレイ。
平然と貶してくれるな、と内で文句を言ってから気づく…まだ話途中でなんと説明しようか迷っている、そんな雰囲気である事に。
つまり今のは肯定ではなく、言葉を選んでいる為に出たつなぎの言葉だったのだ。
それを証明する様に、思案中だった意識が急にリレイへ向いた。
リレイはなんでもないと伝える為に小さく首を振り、目を閉じると、小さく『失礼しました』と呟いた。
「まあいい。…結論から言えば、おかしくはない。非効率なだけで、しっかり身につく。不器用な者ならかなり効果的だろう」
「ならば、何故……不器用な…?」
おかしな様子に訝しむが直ぐに気を取り直し、イツキは答えた…おかしくなどないと。
それもそうだろう。
まとめて教えると覚えきれないなら、数を減らすか一つづつ教えるしかないのだから。
それならば、何故変える必要があるのか、もっともな疑問をすぐに思いついたリレイは、問うつもりで声をあげ…一つの言葉に引っ掛かった。
イツキの言葉にあった、『不器用』という言葉に。
(不器用?…もし今の話を当て嵌めるなら、対象はマリスです。しかし、マリスは不器用などでは…っ、そういう事ですか!)
リレイは引っ掛かった言葉が鍵になると、頭をフル回転させる。
そしてぶつぶつ呟きながら悩む事十数秒、答えにたどり着き、答え合わせのためにイツキに顔を向けた。
その様子を眺めていたイツキは、答えにたどり着いた事により少し興奮していると気づき、声を張り上げると確信する。
もう煩いのはミエリアだけで充分だと、リレイの調子を落とす為にわざと一拍遅れで、遮る形で口を開いた。
「わ──」
「実際は、余程不器用か性に合っていない限り、一つづつ教えていくのは無理だ。かなり複雑な動きならともかく、簡単なものなら根気がいる」
「あ、あの──」
「まあ確かに、アレには根気がある。しかし性に合っていない。効率以前に方法が間違っていたな」
「…」
普段より少しだけ力を込めて放った声は、興奮していたリレイにも届いたらしく、一文字で口を閉じた。
話がひと段落ついた、そう思い声を上げるがさらに遮られ、リレイは完全に沈黙してしまった。
俯いたリレイには見えていなかったが、イツキの顔は心なしか清々しそうでやりきった感に溢れていた。




