80「また後日に…」模索が答え、天才に呆れる人外
〜イツキが求める、魔物の素材を加工する上で必要となる基礎とは〜
ただ無言で加工作業していたシュエンが、手を止め、初めて口を開いた。
「正直なぁ、そいつの腕と素材一つ一つで、方法はいくらでも変わるっ」
「……」
シュエンが素材の加工法の基礎として語ったソレは、イツキが求める様な答えではなく、漠然としたものだった。
しかし、それはシュエンが適当に答えたわけでも、説明が下手だから思いつかなかったわけでもない、とイツキは理解していた。
先に、加工する場面を見ていた為に、そうであると理解させられていた。
「発揮したい効果と用途に合わせて、自分の考えで加工する…それが魔物の素材を活かす加工法の基礎で、最も大事な事だなぁ」
「…つまり、経験と魔物の素材に対する知識が必要だと」
「おう、先に言われちまったがぁ、そういうことだ」
これといって基準となるものがなく、腕を振るう本人と素材、その用途に合わせていくしかなく、それ故に細かい説明ができなかった。
イツキならそうだと理解できると思い、先に実践をし、その様子を見せるために、シュエンは何も言わずに加工から始めた。
また、多数ある加工法の中で、一つ手本としてイツキに見せる為に、実践したという側面もある。
いくら自分で探す必要があるとはいえ、0から始めるのは流石に厳しいだろうと考え、少しでもヒントになればと思った、シュエンの気遣いである。
そしてイツキは、シュエンがまとめようとした言葉を先に口にし、気遣いも含め、理解できたこと伝える。
シュエンは、無事に理解できたと分かり、少し嬉しそうに笑うと、頷きながらイツキの言葉を肯定した。
…その笑った顔は、宝を見つけて喜ぶ悪党にしか見えなかったとは、その場にいた人外による談である。
さて、それはともかく…今回のシュエンの教え方は、特殊な教え方となった。
鍛治師として、基礎が間違いなく出来ているイツキだから、言葉なく実践して見せ、自分で探していく事が基礎だと教えた。
これが始めたての弟子や見学者であれば…
『この角は、剣を打つ際に金属に混ぜると、剣の耐久力を上げられる。だから粉末状にし、金属を溶かした際に混ぜる〜〜』
云々…と、素材の効果や加工結果など、しっかり説明する。
つまり、加工法を説明する事自体は可能であり、イツキにもその知識・技術を与える事はできた。
しかし、イツキが求めたのは、いちいち教わる必要ない様に、応用が効く様な基礎を身につける事だった。
必要となるのは、素材一つ一つの加工法ではなく、加工する際に最低限必要になる知識と技術だったのだ。
ただ、加工法は人それぞれで、しかも自分にあった方法でないと素材の力を十二分に発揮させる事はできない。
その為には、素材の知識はともかく、技術に関しては己の経験で作り上げ、自分流のものとして確立させなくてはならない。
そういった事情があるのに、既に鍛治師としての地盤が出来上がっている者へ、全く別の地盤を持つ者の方法を与えて、上手く行くはずがないのだ。
その為、基礎は自分で身につけることを理解させる為に、実際に加工して見せつつも、自分色に染まらせない様に、素材をどの用途の為に加工しているのか、一切説明はしなかった。
シュエンが行った事は、無言で加工する瞬間を見せただけなのだが、実際その行いに含まれていた意味は、かなり複雑であった。
「こればっかりはぁ、数をこなしていくしかない。中には、宿る魔力や勘で完璧な加工をして見せるっ、天才って奴もいるがなぁ」
「…そうか」
とにかく経験を増やす事、それが大事だと静かに語る。
実際シュエンは、それなりの年月をかけて自分流の加工法を確立し、その技術を高めて、魔物の素材を活かす腕で大陸で五指に入った。
しかし、ほんの僅かな者たちだけ、経験を無くして完璧に近い加工を施す、いわゆる天才が存在すると、悔しそうに顔を歪める。
時間を掛けて磨き高めた知識と技術を、圧倒的才能に越される事は、五指に入るからこそ強い悔しさを感じるのだろう。
その悔しがる様子をみて、イツキは…
(何を言うか…お前も同類だろうに)
ただただ呆れた。
天才がいると悔しがっているシュエンも、他のものから見れば、努力があったとはいえ、素材加工技術の高さで大陸五指に入った、天才に見えると。
才能のない者には、どれだけ努力をしようとも上には登れず、才能があっても努力を続けると言うのは難しい事を…全く頭にないことに…
自身を大きく超える者がいると、いかに自分が恵まれているか、気づけないものである。
「お前、鍛治を始めて、一体何年経った」
「……10年くらい、だなぁ。…それがぁ?」
(やはり、そうか)
呆れた理由はそれだけではなかった。
悔しがっていた為に、急な問いに遅れて答えたシュエンだったが、その答えは10年であった。
シュエンは、まだ鍛治師となってから10年しか経ってはいないのだ。
物作りに携わる職人は、プロになるだけでも大きく時間が掛かる。
そこからさらに腕を高め名が売れるには、数十年掛かるといっても過言ではない。
しかしシュエンは10年である。
明らかに、そんじょそこらの者では敵わない、大きな才能を持っているのは間違いないのだ。
武具を打つ才能だけでなく、魔物の素材の力を見抜き、最適な方法で加工する才も、挫けず努力し続けて、大陸五指に入った才も。
どう見ても、羨ましがられ尊敬され、時には妬まれる、天才の一人である。
その事実に、内心で呆れていたのだが…
「いや。気にするな」
「そうか…?」
(目的は果たせた、その礼に指摘してやってもいいのだが…)
訝しげに聞き返してきたシュエンに、ただ気になっただけだという風に装い、その煙に撒いた。
流石に、期間を聞かれただけで、自分がいかに恵まれていたかなど気づける筈もなく、シュエンはそれ以上気に留めなかった。
ならイツキが教えてあげればいいと思うが、その気は無かった。
最初に忠告してもらったことも、無事目的を果たせたことも、礼をすべきことはあり、借りを返すという銘文にもなる。
しかし、それでもする気は無かった。
何故なら、シュエンが成長するに必要なことであり、その為には自分で気づく必要があると判断したから。
そんな時である。
「なあ、ちょっと頼みがあるんだがよぉ」
「断る」
「まだ何も言っていないわっ!聞きもせず断るなよぉ!」
少し遠慮がちに切り出したシュエンは、頼み事があるという。
しかしイツキは、まだ内容すら言っていないというのに、たった一言『断る』などと、バッサリ切り捨てた。
話を切り出しただけで、有無を言わせず断られるとは夢にも思わなかったシュエンは、目を見開いて声を荒げる。
そしてまたイツキが何か、言葉を発する前に畳み掛けるように、頼み事の内容を話す。
「どんな物でもいい。短剣でも何でも、ひとつ打ってくれないかぁ?今ここで。何なら、素材も好きに使っていい」
タイミングを見計らっていた、イツキの腕を、アイディアを見たいという目的を、今だと判断したらしい。
素材の加工法を見せたばかりであり、この作業場にはそれなりに魔物の素材が保管されている。
その素材たちを好きに使わせる。
そして、金を惜しみなく使い、鍛治をする上でかなり良い環境に整えた、この作業場を今だけとはいえ提供する。
この条件下で、尚且つ貸しも作った今なら、引き受けてくれるのではと考えた、結構自信のある本気の提案であった…のだが。
残念ながら甘かった。
「悪いが、断る」
「うぐっ…」
先程とは違い、『悪いが』と申し訳なさを出したものの、躊躇うことなくキッパリ断ったイツキ。
実は、最初に頼み事があると言った時点で、どんな内容かは予想がついていた。
今の場合、色々と考え自信満々に内容を提示してきた為、一応『悪いが』と前置いたが、どっちにせよ引き受けるつもりはなかった。
そして、あっさりと断られたシュエンは、自信があったが故に大きなダメージを受け、呻く。
イツキに全く躊躇う素振りが無く、少しも悪びれた様子がない事が、シュエンを追撃していた。
懇切丁寧に教えてくれた事に対し、とんでもないお返しをしたイツキ。
まさに、恩を仇で返すを体現した訳だが、流石に、絶対にお断り…ということではなかった。
「もちろん、見せること自体は構わない。ただ、また後日にさせて欲しい」
「何でだぁ…?いま、見せてくれないのかよぉ…」
断るとは、今行うことを拒否したのであって、シュエンの望むイツキの腕を見る、ということを拒否したわけではない。
なので、見せないわけではないと説明する。
それも珍しく、決定事項の様にキッパリと言い切るのでは無く、頼み口調でまた今度にして欲しいと、頼んで。
今すぐ見たいと思っていたシュエンは、例え後で見れるとしても納得はいかず、不満たらたらだった。
条件を揃えて、貸しまである中で断られれば、誰だって不満の一つや二つ、抱くだろう。
それでも、イツキが後日にと頼んできた事が、どれだけ珍しい事か、今までの態度で何となく分かってしまい、何か理由があるのかと、強くは出られなかったシュエン。
もうひと押しで、後回しにできそうなところで、イツキはその最後のひと押しとなる事を言い放つ。
「そうだな…後日、魔物の素材を借りていいなら、目の前でいくらでも打つ」
「…本当かっ!」
後に回したら、シュエンの要求通り何でも、幾つでも打つと約束する…魔物の素材を使えるという条件を、ナチュラルに追加しつつ。
1回見られればと思っていたところで、どんな物でも要求通り、しかも幾つでも造るという条件に、強く心を惹かれたシュエン。
元々自由に使わせるつもりだったので、素材についてはどうでも良かった。
この条件なら、今でなく後回しでも問題ない…どころか、好都合だとニヤつき出した、強面鍛治師。
「おう!いいぜっ、それで」
恐ろしい事この上ない顔で、許可した。
「ああ。助かる」
あまりに酷い顔面に軽く引きつつ、後日へ回してくれた事に、感謝の言葉を述べた。
この時、イツキには一切約束を反故にする気などなく、要求通りのものを幾らでも打つ気でいたし、本気で感謝していた。




