79「武具の製法」多発する勘違い、素材の加工法
〜イツキが珍しく、愉快げに人をからかった。からかわれた本人はたまったものではなく、つい終わった気に…〜
イツキが愉快気にからい、再度ため息を吐いたシュエンは、短い筈がやけに長く感じる時間の流れに、終わって欲しいという願望でも現れたのか。
イツキがここに訪れた理由が複数あるにも関わらず、ひとつ聞いただけで終わった気になっていた。
「さて、と。これで終わりかぁ?」
「…何を言っている」
勿論、そんなバカな発言を聞き逃すイツキではなく、呆れの視線を侮蔑に変え、終わりでないことを告げる。
…あまり触れなかったが、イツキの死臭に気づけたということは、シュエンはイツキに近い実力を持つことになる。
しかし、今までの間の抜けた態度や頭は、本当にイツキと比べられる程度には実力があるのか、疑ってしまうのは仕方がないアホさがあった。
あるいは、裏に強く関わっていた過去・現在でもあるのか。
なんにせよ、顔を合わせる前にいきなり振ってきた、大きなハンマーの扱いを考えれば、かなりの実力者であることは間違いないのだろうが…なんとも信じがたい男である。
「………おぉ、悪い。忘れていたわっ」
イツキが向けてきた言葉と視線の意味から、もう終わったと勘違いしていたことに気づいたシュエン。
その適当に謝る姿に、何気にイラッとしたイツキだったが…
「…では、二つ目だが」
「おう、なんだぁ?」
次に話す二つ目の目的が、ここに来た一番重要な目的な為、達成するためにひとまず抑える。
忘れていたことは特になんとも思っていないので、謝り方が雑になった。
そのため少しくらい何か言い返してくるか、と予想していたシュエンは、何もなく話し始めたイツキに拍子抜けしていた。
ただ、後で倍返しされるのかもしれないと思い、少し腰が引けていたりする。
「魔物の素材や特殊な鉱石を使った、武具の製法」
「…おいおいおいっ、いくらなんでも、そんなモン教えられるかよぉ!」
二つ目の、一番重要な目的としていたのは、この世界なら当たり前であろう、魔物の素材や魔力を含む鉱石を使用した武具の製法であった。
イツキとしては、特に難しいことを頼んだつもりはなく、基礎的な事を軽く教えてもらう、程度の認識であった。
しかしシュエンは、先ほどまで少しとはいえ、腰が引けていたとは思えない調子で、思いっ切り断って来た。
(魔物という存在が当たり前のこの世界でも、魔物の素材を加工する技術は機密なのか?)
まるで機密事項でも尋ねられたような断り方に、イツキは訝しむと目を細めた。
シュエンからは、イツキが目を細めた動きは見えなかったが、なんとなく雰囲気で察したか、情けなくもビクついていた…もはや強者の威厳など、欠片もない。
実際、シュエン自ら、強いというような発言があったわけでもなく、裏に強い関わりがあっただけの可能性もあるので、イツキと比べられるわけではないのかもしれない。
まあ、それはともかく。
イツキは自身で考えていた以上に、魔物の素材を加工する知識・技術は、知れ渡っていない情報だったのかと考えるが…
(いや、それはないな)
しかし、都市一つを単体で滅ぼすような生物が跋扈する世界である。
魔法があるとはいえ、魔物退治に不可欠な武器防具の、優秀な素材になる魔物の素材の加工法が、広まっていないわけがない。
もし優秀な鍛治師のみが独占しているようなら、正直な話、武具が足りずに前線に立つものはバタバタと倒れ、とっくの昔に人類は滅んでいたのではないだろうか。
滅んでいないにしても、ここまで安定した平和な都市が築けるはずもないし、その前に抗議でもありそうなものである。
しかし、シュエンは普通に作業場を構えているし、鍛治仲間らしき者達からも、慕われてはいそうであったところを見るに、恨まれるような真似はなかったとわかる。
なら、魔物の素材を加工する方法については、十分広まっているとみて間違いないだろう。
そうなると、なぜ断られたのかといえば…
(…あいつ性格だ。相当重要な事を聞かれたとでも思ったのだろう)
単純な話で、基礎的なことではなく、秘伝と言っても過言ではない、かなり重要な事を聞かれたと勘違いをしたのだろう。
もちろんのこと、弟子にしてほしいなどの、一切知識がないものから請われれば、基本的な事を聞かれていると考える筈だ。
しかし、教えろと請うてきたのは、性悪代表の一角を占めるイツキである。
たかが基礎的な事などを望むなど思いもせず、門外不出のかなり重要な技術でも求められていると考えても、まあ納得はできる。
そして、その可能性に至ったイツキは、その勘違いをした理由に納得できる筈もなく、心中でも呆れとイラつきから、『…』と間を開けていた。
それでも、自身の説明が足りていなかったと認め、表に出すことも八つ当たりも飲み込み、素直に訂正する事にした。
「なにも、お前の秘伝の技術やらを知りたいわけではない」
皮肉も揶揄も込めずに、本当に素直に訂正した。
「どういうことだぁ?」
「ああ、基礎的な事を知りたいだけだ」
「うっ、お、おう。そ…そうだったのかぁ」
身内にもそうそう教える事のない、大事な事を聞かれているとばっかり思っていた為か、シュエンはそのほかの可能性を思い浮かべる事が出来なかった。
イツキは、考えるそぶりもなく、ノータイムで聞き返して来たシュエンに、何故思いつかなかったのか、理由を感情から読み取る。
そして、読み取ったその、あまりにもふざけた先入観に、一周回ったのか怒りも消え、ただ淡々と説明しだした。
特に怒りも何もこもっていないイツキに、なぜだか震えを止められないシュエン。
ただ、イツキの訂正とその真意に納得はできたらしく、思いの外軽い事に安堵していた。
…意外と普通な事が聞きたかっただけなのかと、一瞬だけ呆気に取られていたシュエンだが、実はその瞬間をイツキに見られていた。
何故普通のことを聞いたら、呆気にとられるのかと。
その所為で、イツキのガチの方の不機嫌パラメータが更に悪い方へ傾いた。
しかし全く気づいていないシュエンは、ある意味幸せなのだろう。
「そのくらいなら、全然構わないわっ!…しっかし、お前さんは鍛治もできるのかぁ」
本来なら、弟子にでもならない限り、基礎だろうと何だろうと自身の製法を教える事はないシュエンだが。
基礎程度なら他へ行っても大して変わらない事や、これで少しでも恩が売れるならと、イツキの頼みを引き受けた。
少し受け答えのテンションが高いのは、イツキの鍛治の腕…というより、その才やアイディアが見られるかもと思い、ほんの少し興奮したからである。
実は、イツキが鍛治に心得や経験を持っていると、薄々感じ取っていて、意外と凄腕なのでは?という予感があった。
流石にシュエンを超えるほどではないと考えているが、それでも何か、目につく製法でもあるかもしれないと思っていた。
認めるものは少ないが、腕が劣る者のその製法が、参考にならないわけではないとシュエンは考えている。
そして、イツキなら、自分では思いつけないような、違う視点から見た者のアイディアを持っているか、閃かせてくれるのでは、と期待していた。
どのタイミングで、どのような理由で鎚を持たせるのかは、特に決めていないのだが。
「ああ。ただ、鉄を加工するものしか教わっていないのでな」
「だから、魔物の素材を使った方法を、ってかぁ。熱心な事でっ」
打算が含まれているとしても、快く引き受けたシュエンの様子から、やはり特に秘匿する様な技術ではないと確信したイツキ。
つまり、余程腕がなかったり、まだ修行中でもない限りは知っていて普通の技術、という事で間違いない。
そうなるとこの世界では、それなりに鍛治を心得ている者が、魔物の素材を使用して武具を造った事がない、というのはかなり珍しい事だろう。
その為、鍛治ができるにもかかわらず、魔物の素材を加工する方法が分からない理由を、予め話しておいた。
その内容も事実で、鉄や他の金属や合金など、いたって普通の金属しか使っていない。
まあ、The異世界物質であるミスリルやオリハルコンなど、地球には存在しないので、基本使用するのが鉄や銅になるのは当たり前だが。
ただ、龍なら存在していたし、イツキは既に単独で討伐済みである。
しかし、素材として武具に取り込むメリットが見出せず、使用する事はなかった。
また、イツキは鍛治の技術を誰かから教わったわけではない。
最高峰の鍛治師と言われた男の作業を盗み見て、基本を覚え、様々な鍛治師達の技術を集め、自分流にアレンジし習得した。
そして数をこなして定着させると、武器に関しては間違いなく地球でトップに立った。
異世界の鍛治技術は、地球をはるかに超えるので、残念ながらイツキは、トップに立つには程遠いのだが。
余談である。
シュエンの予感だったが、かなりの腕の割に、素材加工の基礎も知らないイツキ。
その理由を聞いたシュエンは、今の時代に鉄しか扱わない鍛治師など思いつかず、納得はできなかったが、問いただすほどのことでもない。
「じゃあ、始めるかっ。…基礎だけでいいんだったよなぁ」
そして、何故今になってその知識・技術を求め出したのか、自分自身で造るためなのか、誰に造るのか、たくさん疑問はあるが、それら全て流し…
「ああ。頼む」
「よしっ…つっても、何から始めるかなぁ」
イツキに、基礎を教えるために準備を始めた。
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意気込んで普段使う、作業道具や台がある場へ移動したシュエンだったが…既に鍛治師としての腕を持っているイツキへ、基礎をどう教えるか悩んでいた。
「見せるのが一番かっ」
それも、実践して見せてみればいいかと考え、素材を手にした。
数種類の魔物の角や牙、骨に鱗に皮など、異世界っぽい素材のオンパレード。
それら一つ一つを、武器防具やアクセサリーに組み込む、その加工法を披露し始めたシュエン。
砕きすり潰し、溶かして固めて、時には魔力を流して。
様々な素材を様々な方法で加工していき、用途に合わせて変化させていく。
その手つきは流石の一言で、全く淀みのない職人の技術には、イツキでも感心し五指に数えられる事に、再度納得するほどであった。
ただ、何も説明することもなく加工を続けるシュエンに、イツキはついに眉をひそめる。
しかし、口を挟まずにその作業を見続けていくうちに、何故黙ったままなのか、理解していく。
そして、シュエンが作業を始めて早40分。
無言で加工を続けていたシュエンが、手を止めイツキに顔を向けると、口を開いた…




