73「黙って殴られろと?」鍛冶、2度目の急襲
〜殴り掛かって来た男を蹴り飛ばしたイツキ。これ以上は揉めることもなく中に入ることはできたが…
イツキの唐突とも言える予想外の行動により、一瞬にして静まり返った鍛冶屋周辺。
イツキと男の周りにいた者たち全てが唖然として、動けずにいた。
それは、本気で殴り掛かった男に、流石に不味いと感じたのか止めに入ろうとした者も、ただ傍観していた者も。
2人の険悪なやり取りに恐れを抱いていた者も、珍しくない鍛治師達の騒ぎに呆れていた者も、ただの通りすがりも、例外なく動けなかった。
そして、蹴り飛ばされた張本人である男は、依然起き上がる素振りもなく、誰に介抱されることもなく、白目を晒して地面に横たわっている。
多少の荒事には慣れている筈の者たちを、動けなくなる程唖然とさせたイツキは…
「…」
『大丈夫かー!』
「なんだったわけ?」
「さあ?」
辺りの様子を見る事も、蹴り飛ばした男へ注意を向ける事もなく、何事もなかったかの様に平然と鍛冶屋へ入ろうと歩き出した。
イツキが動いたことにより、止まっていた時が動き出したかの様に、身じろぎ一つ取らなかった周辺の者たちが動き出した。
ある者は蹴り飛ばされた男の元へ駆け寄り、ある者はチラチラと横目で伺いながらもその場を離れ…
「…って、おい!いきなり何してくれてんだ!」
「…」
そしてある者は、蹴り飛ばした者へ非難を浴びせる。
あまりにも自然に中へ入ろうとしたイツキに、一瞬反応が遅れノリツッコミの様に引き止めながら。
しかしイツキは完全に無視。
非難を浴びせてきた男の声にピクリとも反応せず、そのまま足を止める事もなく中へ入って行こうとドアに手をかける。
「無視するな!」
「なら、黙って殴られろと?」
「うっ…」
あまりにしつこい男に、言葉で黙らせてドアを引く。
イツキの短い唐突な言葉にも、何を言いたいかしっかり理解できた男は、頭が冷め何も言い返せなかった。
イツキの蹴りを見たからか、強引に引き留めようとする者も現れず、今度は中へ入ることができた。
「…」
後ろ手でドアを閉めると、辺りを見回すイツキ。
イツキが入ったドアは作業場につながるものらしく、工具や炉など、鍛冶に必要であろうものであふれていた。
鍛冶スペースは奥と右に伸びていて、右側はさらに奥がある様なので、上から見るとL字に近い形をした建物なのだろうと予想していた。
***
この鍛冶場兼自宅は、両方を兼ねているだけあってかなり大きく、縦は3〜4メートル程度だが横に広い石造り。
敷地は長方形らしいが、一部は庭となっており、上から見たら建物は底辺がもの凄く太いL字の形、残りの空白部分が庭となる。
L字というと細く狭そうに見えるが、長方形の一隅を小さな長方形でくり抜いた感じなので、結構広い。
建物の向きはLの底辺が中央寄りでてっぺんが南側、L字の左側が大通りに面していて、イツキが潜ったドアは底辺左側にある。
外観は、煙が立ち上がっている煙突の他、これといった特徴は見られない。
ちなみに、Lの底辺と縦棒の少しが作業スペースとなり、残りが住居スペースとなる。
…足りない部分は各々で補完してほしい。
***
目的地に着いたわけだが、肝心の鍛冶師はというと…
「……」
(気づいていないのか。仕方ない、しばらく待つか)
イツキに背を向け、金槌を振り上げては下ろす、をずっと続けていた。
イツキが蹴り飛ばした時も、鳴り止むことがなかったのだが、集中し過ぎて周りが見えていないらしい。
金属を叩く甲高い音の所為で、周りの音が聞こえなかった可能性もあるが。
まあ何にせよ、作業中の者に声をかけるのは流石にしないらしく、一息付くのを待つことにした。
そしてふと思う。
もしかしたら、作業場に入ろうとしたイツキを執拗に止めたのは、中でまだ作業中だったからなのかもしれない。
典型的な貴族なんかは作業中だろうが構わず、自分本位に話し掛けたりするだろうから、邪魔をさせないために、という可能性もあった。
何にせよ、イツキの場合は強者には全く見えない為、作業中でなかったとしても、雑魚が使う様な物ではないと止められた可能性は高かった。
カン…カン…と、金属を打つ音が続く中、イツキは壁に掛けてある、いわゆる叩っ斬る西洋の剣やレイピア、小型のナイフなど数点の武器に目を止めた。
どの品も最高品質だと分かる出来であり、イツキの見立てでは全て同じ人物が作ったと思われる物たち。
そして武器から目線ずらし、壁に掛けられた武器を作ったであろう、金槌を振るう男へ目を向ける。
(間違いなく、この男の腕は良い。やはり地球とは違うな…質もそうだが、何より武器としてしっかりしている)
心の内とはいえ、珍しく他人を手放しで褒めた。
それだけ、飾る様に掛けてある武器の質が良く、欠点と言える欠点が見つからなかった。
大陸の中で五指に入る男である、当たり前だ…と言いたいところだが、イツキは事情が違った。
そもそも、イツキは鍛治も出来るため、場所さえあれば問題なかった。
地球でも、仲間に支給していた武器の半数はイツキの手作りであり、質はかなり良く、しかも短い時間で仕上げられる。
武器だけでなく、生活の中で使う物ですら自分で製作しており、実際、数は少ないが武具作成の依頼が来るほどだ。
なら、何故ギルドマスターに頼んでまで、腕の良い鍛冶師を紹介してもらったのかといえば、世界の違いから、である。
どんな違いかといえば、まず実用性が違う。
イツキのいた地球で作られる接近武器は、多くのものは観賞用や芸術的価値を求めたもので、実践的なものは少なかった。
更に地球では、銃器など遠距離が主であり、剣や刀などを持つものなどまずいない。
せいぜい、護身用の短刀や投げナイフ、銃剣程度である。
況してや、ファンタジーの様にハルバードや大鎌を振り回すなど、ほぼ皆無である…まあ、ほぼであり、皆無ではない。
イツキやその仲間など、一部の人外レベルの者以外、好んで接近武器を使うのは極僅かだったのだ。
それに比べ、この世界では危険が身近で、かつ命を奪う事が前提とされている為、見た目より圧倒的に実用性が優先され、武器としてはかなり優れている。
また、大量生産ではない、職人による一からの生産が大半なので、それなりの質はある。
そして、こちらでは遠距離といえば魔法か弓である。
素質が物を言う魔法では、主流になるには使用する人数が少なく、弓の場合は余程優秀でない限り、弓一つで渡り合うのは厳しい。
故に接近武器が廃れる事はなく、幾年が経とうとも無くなることはないだろうと言われている。
そもそも、優秀な者であれば一つのものに拘らず、また接近対策もする筈なので、結局接近武器は必要となる。
そのおかげで、優れた武器が望まれ、地球より圧倒的に質の良い、殺す事に優れた武器が生まれる。
場合によっては、イツキが作るものよりも優れたものがある筈なので、最低でも1人は優秀な者を捕まえておきたかった。
違いはそれだけでなく、むしろ1番の違いが素材である。
例えば、間違いなく魔物の素材を使うだろうし、金属にしても魔力という未知のエネルギーがあるのだから、ファンタジーな鉱石などもあるだろう。
そうなると必然的に、製法も変わる。
それも、温度や作業の時間の変更程度でなく、工程が根本から変わる可能性がある。
魔力を使用する作業だってあるだろう、加工すること自体が困難すぎる素材も、それに必要な道具も、知らぬ事がかなりあるだろう。
その為、教えてもらえるかはともかく、知識の多い者と知り合っておきたかった。
自分でも作成できる様に。
ちなみに、イツキはかなり優れた刀を持っているにも関わらず、武器を入手、もしくは製造方法を知りたがっているのは、この世界で生きていくから。
ここは地球ではなく、全く別の異世界である。
今のままでも生きていくことはできるが、増えていくかもしれない仲間を守るには、不足している。
できないことを放置するより、できることを増やす方が良いのは明らかであろう。
そう言う理由である。
と、長々と説明したところで丁度、男は振るっていた金槌を静かに置き、スッと立ち上がった。
イツキが中に入ってから20分近く経っているが、中に入る前から既に打ち始めていたそれが、やっと終わったわけである。
もう良いかと話しかけようと一歩踏み出したイツキは…
「ハァッ!」
「…」
一瞬にして膨れ上がった闘気に、後ろへ飛び下がった。
男は急に振り向く何処からか大きなハンマーを取り出した。
そして気合の声とともに、1秒未満で遅れてやって来たハンマーが、1秒前に立っていたイツキの頭部の位置を空ぶる。
その勢いは、決して笑って済ませられるレベルではなく、当たれば頭が吹き飛んでも納得してしまう、相当な速さと質量を持っていた。
イツキにしてみれば余裕を持って回避できたが、それでも宿のオーナーであるリレイの攻撃時の様に、スレスレの躱し方は行わなかった。
それほどまでに危険を備えた一撃を、なんだかんだで何もなかったかの様に躱したイツキは、ハンマーを担いだ男へ向きなおる。
振り抜いたハンマーの慣性をまるで感じさせず、ふらつくこともなく平然と止めた男は、面白そうに、顔をニヤつかせる。
「…なんだ」
「ほぉ?……くっく…わはははは!」
不満は感じても、命の危機が迫ったとは思っていないとよくわかる、余裕のある声で問うイツキ。
すると男は、人1人の重さはあるであろう大きなハンマーをドスンと雑に床に置くと、感心した様に唸り声をあげた。
そして、少し間が空くと、さも面白いことがあった様に小さく笑い、堪え切れなくなったのか大声で笑いだした。
「なんだぁ、やるじゃないか。てっきりまた雑魚が来たのかと思ったわっ」
「…」
(…やはり、そうか。あの勢いでも、寸止めする気だった。避けたと分かったからか、振り抜いてはいたが…かなりの実力者か)
笑いが治ると、嬉しそうに顔を歪めた。
殺人的勢いで振り抜かれたハンマーは、身の程知らずと勘違いした男の間違いだったらしい。
しかし、もし本当にその者が雑魚であった場合、間違いなく悲惨な状況になると思うが…どうやら寸止めするつもりだったらしい。
勢いよく振られたかなりの重量のハンマーを、いとも簡単に止めて見せたから、可能なのだろうが、やられた側からすれば恐れしいことこの上ない。
目的の相手に襲い掛かられる事が2度目のイツキは、1度目のリレイ以上の実力を見せた男に、警戒を強めた。
その警戒を表には出さなかったので、男にはバレなかったのか、ニカッと笑ったまま握手を求めるかの様に、イツキに大きな手を差し出すと…
「さっきは悪かったな!ようこそ、俺の家へ。歓迎するぜ…殺人鬼様」
説明が長く、すいません…説明文はスラスラ書けるので、つい…長くなってしまいorz




