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72「どいつもこいつも…」純粋な好意から、到着…

〜ソフィアと別れ、鍛冶場へ向かうイツキ。入り口までは問題なく進むが…〜

 ギルド前でソフィアと別れ、鍛冶師のいる作業場兼自宅へと向かう。

 特にすることもなくただ歩いていたイツキは、ふと今さっきまで一緒にいた、別れを惜しみ過ぎて気落ちして、慰めることとなった事を思い出す。


(そもそもの話、偶然に街中で会い、少し話をしただけだというのに、何故ああも落ち込むのか)


 人の賑わう大通りを歩きながら、頭をひねる。

 理解に苦しんでいるイツキだが、勿論仲間と別れ惜しむ気持ちはわかる。

 何せ、今現在が二度と地球の仲間に会えない状態であり、もう関わることがない…できないと考えた時、寂しさを覚えたのだから。


 しかし、である。

 ソフィアの場合、今生の別れでもなんでもない、日常生活ではありふれた軽い別れだ。

 それも、デートの後や帰り道での別れなど、名残惜しさを感じるような状況ではなく、ただ偶然会い少し会話をしただけ。

 それだけで何故あれほど別れを惜しみ、目に見えて落ち込んでいたのか、イツキは全く理解できないでいた。


 このままわからずじまいでは、今後に影響する恐れもある為、もう少し考えることにしたイツキ。

 怪奇現象の解決については、これ以上仮説は立てず、実際に現象が起きている場を見て判断することにしたので、目的地に着くまでの短い時間を割くことにしたらしい。


(惜しむ理由か…難しいな。悩みはあったようには見えなかったが。ただ一緒に居たい、か?)


 人が別れを惜しむ理由をいくつも上げていくが、当てはまりそうなものがなく、手こずるイツキ。

 どんな問題にしろ、手こずるということがあまりないイツキにとって、この進まぬ現状は不快であり、この不快を解消するために頭の回転を上げてみる。


 そして記憶を辿り、ギルドに着くまでの間も、ギルド前で落ち込んでいた時も、深刻な悩みを抱いているような状態でなかったことを確認する。

 もはや別れたくないと思う理由が思い浮かばず、ならば理由も無く一緒に居たかっただけなのかと、最終解答に行き着く。


(だが、それだと…異常なほど気落ちする理由には弱い。惚れさせたとはいえ、不安定になる程惚れ込ませたわけでもない…ちっ、先に読んでおくべきだった)


 ただ一緒に居たいだけの理由で、仕事に支障をきたすほど落ち込みはしないだろうと、自分で出した答えを否定する。

 あるいは、かなり落ち込んでしまう程、一緒に居たいと思っている可能性もある。

 しかし、真面目で優秀な受付嬢であるソフィアが、感情をコントロールできないほど、イツキに惚れ込んでいるわけでもなさそうであった。

 ふとした時に過剰な反応をしてしまったりはするが、抑えることはできているのだから。


 答えがなかなか見つからない現状に、読心をしなかった事へ舌打ち、改めて考え直す。


(……対象が全く違う)


 そして一つ、可能性に行き着いた。

 イツキが行き着いたと可能性とは、ソフィアが激しく落ち込んだ理由では無く、ソフィアの心情を推測できずにいた理由だった。


 対象が違うとはどういうことかといえば…

 イツキが普段色仕掛けで堕として情報源としている相手と、ソフィアとの性質が全く違うということ。


 地球で対象としていた者たちは、ほぼ全員が利己的で下心満載の、控えめに言ってクズばかりであった。

 イツキが欲しがる情報を持っているものなど、大抵は裏にどっぷりと浸かって、金や権力に取り憑かれ、自身の事しか考えていない様な者である。

 そう言った者たちは色仕掛けで堕としたとしても、イツキのために尽くす気など毛頭無く、洗脳でもしない限りあり得なかった。

 だからこそ扱いやすく、イツキの好きな様にされていたのだが、ソフィアは全く違う。


 イツキの見た目に惑わされたとはいえ、それは策略に引っ掛かったせいであり、面食いなわけでもない。

 自身の欲の為に誰かを利用しようという下心もない、相手のことを考えて行動できる、純粋で善い人物である。

 ソフィアの性質は、今までの相手と全く違うことがよくわかる。


 もしソフィアが、今まで相手をしてきた様な者と同じなら、イツキの経験から簡単に推測できただろう。

 しかし、残念ながらソフィアは真逆の人物であり、イツキは一般人との関わりが薄い為、心情を推測するだけの判断材料が少ない。

 今考えていた、ソフィアが別れを異常なほど惜しんだ、その理由を推測する為に使った材料も、イツキの経験ではなく、世間一般からとった統計を元にしている。


 その統計だけでも推測するには十分な材料になるのだが、やはりイツキの経験ほど参考にはならない。

 それに、今回は勝手が違った。



 少し話は変わるが、イツキは相手の思考誘導や読心などの為、感情の機微に聡い方ではある。

 お陰で、相手の抱く感情と、その感情を抱いた理由を瞬時に見抜くことができる。

 しかし、とある条件下で生まれた感情は読みきれないことがある。


 それは、イツキへの純粋な好意から発生したもの。

 他人から他人、またイツキへの下心込みの好意や、逆に悪意から生まれた感情なら簡単に、それこそ手に取るようにわかる。

 しかし、イツキ自身が絡んだ正の感情は、『何故そうなる』と言いたくなるほど理解ができない。


 つまり、今回ソフィアが抱いた、別れたくない…一緒に居たいという気持ちは、『ただ好きだから』であり、本当にこれといった理由はなかった。

 そして、純粋な好意から生まれた、ソフィアの側に居たいという気持ちは、イツキには理解できるものではない。

 故に、最終的に出した答えが合っていたにもかかわらず、自分で否定してしまった。

 判断材料が、自身の経験ではないという事も、合っていた答えを否定したことに一役買っていたのだろう。



 さて、ソフィアが一緒に居たがった理由もわかり、これで万事解決…かといえば、そうでもなく。


(仕方がない。私には考えても答えの出ぬ事だ)


 理解できないのだから、イツキには答えは出せない。

 イツキは、自分への好意が絡むと途端に理解できなくなることを知っており、自分では答えを出すことが出来ないと分かったので、仕方なしに諦めた。

 全く訳が分からない状態ではなくなったので、問題もないだろうと区切りをつけると、歩く足を早めた。


(これが作業場、ね。確かに金槌の音も聞こえるが。1人なのか)


 そしてすぐに、周りの建物とは明らかに雰囲気の違う、中に足を踏み入れることを躊躇う様な、厳かな建物の前に立つ。

 位置や見た目から、紹介された鍛冶師のいる作業場兼自宅であると、確信する。

 周りを見渡すと、五指に入る様な鍛冶師がいる為か、辺りにも鍛冶場や武具防具店、他にも様々な作業場が見受けられた。


 中の人の気配は1人だけで、鉄を打つ音は確かに中の、その人物が発生させている。

 鉄を叩く音を聞く限り、五指に入ると言われて納得できる…どころか、トップでないのが驚きであるほど、腕を感じさせた。

 イツキも鍛冶はできるので、音だけでも腕を判断するくらいはできるのだ。


 さて、ずっと外で待機して居ても意味はない。

 迎えがあるわけでもないし、中へ入る際の注意事項なども受けていないので、そのまま中へ入ろうとすると、声をかけられる。


「おい、アンタ。どこに入ろうとしているか、わかってるか?」

「…」

「ちょ、おい!」


 少し険悪な雰囲気で話し掛けてきたのは、日に焼けたガタイの良い男だった。

 実は、イツキが鍛冶場の入り口前で突っ立った時点で、周りから視線を集めていたが、よくあることなのか特に騒ぎもなかった。

 しかしイツキが一歩踏み出した瞬間、ざわっと辺りが騒がしくなり、1人の男が近づいてきたのだ。


 恐らくは鍛冶師だろうと思われるが、イツキが今入ろうとした鍛冶場の人間ではない筈だが、歓迎的ではない言葉をかけてきた。

 …いや、関係者でも、歓迎するかはわからないか。


 まあ、それはともかく、いきなり話し掛けてきたの男に対しイツキは、一瞥もくれることなく無言で中へ入ろうとした。

 そんな態度が勘にでも触ったのか、目を釣り上げ声を荒げる。

 その程度なら無視して行く筈だったが、イツキの肩へ男が手を伸ばした為に中止となり、避けながら振り返る。


「なんだ」

「なんだじゃねぇ!ここは雑魚やただのボンボンが来るとこじゃねぇんだよ!帰れ!」


 伸ばした手が空を切ったのが予想外だったのか、唖然としていた男へ、不満と不機嫌を込めて言う。

 イツキの、まるで煽るかの様な態度が、更に男を苛立たせたのか、剣幕を強め殴りかかりそうな勢いで叫ぶ。

 雑魚というのがイツキを指しているのかは分からないが、男自身実力はあるらしく、C〜Bランクほどには成りそうであった。

 ボンボン…つまり、貴族などの金持ちのことをわざわざ例にあげるということは、イツキを貴族か何かだと思っている筈だが、怖じることなく威圧すらして来る。


 周りで様子を見ている者たちも、イツキへの非難や嫌煙を向けるが間に入る様子のものは1人もいない。


 状況から察するに、かの有名な鍛冶師様に会いに来る迷惑なバカが多く、鍛冶師様本人に迷惑がかかる前に、周りの者たちが先に撃退しているのだろう。

 それだけ慕われているのか、弟子になりたいという下心からからは分からないが。

 そしてイツキも綺麗な髪や肌から、性別はともかく貴族か何かだと思い、どうせアポはとっていないのだろうと考えて、邪魔しにきた…というところか。

 男も対応に慣れを感じる。


 と、推測しているイツキに、大した時間も経っていないのだが、堪忍袋の尾が切れたのか、男は腕を振り上げると…


「何黙ってんだ、テメェ!」


 実力を感じさせる、無駄に振りかぶることも隙もなく、叫び散らしながらイツキの顔目掛けて殴りかかった。


 攻撃されたイツキは当然の如く、首を傾げ紙一重で避けると…


「なっ!?」

「…どいつもこいつも、煩い」

「っ…」


 避けられたことに驚愕している男の側頭部へ、回し蹴りを見舞い、数メートル吹き飛ばした。

 男は悲鳴をあげることもできず、蹴られた衝撃で気を失うと、受身を戻れずに地面に叩きつけられ、地面に引きずられて止まった。


 辺りは静寂に包まれた。

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