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71「何処かへいこうか」大袈裟な別れ、次の約束

〜ソフィアと予期せぬ遭遇をし、ギルドまで一緒に行くことになったイツキ。ギルドの前まで何事もなく着いたと思ったら〜

 冒険者ギルドの受付嬢と冒険者との会話は、両者の仕事である依頼の話ではあったが、堅苦しい雰囲気も無く会話は弾んでいた。


 ギルドがかなり近くなり、もう少しで仕事に戻る…イツキと離れることに、少し残念だと思う気持ちを覚えるソフィア。

 それでも、イツキの話を聞き漏らすなどなく、歩きながら話し続ける。

 話題は、今イツキが受けている依頼の一つである、怪奇現象の原因解明と除去依頼について、現状どれだけ分かっているのかなどの報告になっていた。

 いくつか原因の可能性を考えてはみたが、断定出来るほど強いものもないと語るイツキに、少し大変そうに見えたソフィア。


「まあ、実際目で見れば、問題なく分かるだろう」

「そうですか…すごいですね、言い切れるなんて。それも見ただけで、ですか。かなり自信がお有りの様ですが、何か経験でもあるのですか?」


 しかし、一転して自信満々に言ってのけるイツキの、その内容に内心で驚いていたソフィア。

 見れば分かると自信満々に言える事も驚くが、何よりも、見ただけで分かると断言できるその事実に驚いた。

 見るという行為が、特殊な力を持った目で見ることを指すのか、本当にただ裸眼で見るだけなのか、それとも比喩表現なのかは分からない。


 何にせよ、見るだけで分かるにはそれ相応の知識経験、能力が必要となる。

 頭の回転が早く観察眼も良い、以前にも似た様な事例がありそれを知っている…など、いくつも可能性は上がるが、どれもがなりたての冒険者が持つものではない。


 だから驚きつつ、自信満々の理由を問うたソフィアだったが、完全に普通の冒険者とイツキとの前提の違いを忘れていた。

 確かにイツキはなりたての冒険者だが、それ以前に実力者であり危険人物であることを。


「確かに、以前に似た事はあったが…今回は別だろうな。見れば分かるというのも、もちろん見て終了ではない。その後に情報を整理して、組み立てていく必要はある」

「そっか…そうですよね」


 見れば問題ないと断言した後、ソフィアの内心に驚きが広がった事を感じ取ったイツキは、何か驚く様なことがあったかと思案しようとしていた。

 しかし、ソフィアの問いにより驚いている理由が勘違いだとわかった。

 そして、その勘違いを正すためか、見ただけで原因がわかる意味を説明する。


 普段より細かく説明した成果か、ソフィアは『見る』という事だけを注視していたことに気付き、小さく呟くと二重の意味で納得の声を上げた。

 一つは見る云々の話しで、二つ目とは、なりたての冒険者が持っている様なものではない知識や経験を、イツキが持っている事。

 街中で偶然出会ったことで舞い上がり、すっかり忘れていたが、ギルドで死人を出しかけた、本来なら危険人物として注意しなければならない、実力者なのだと思い出したから。

 …と言っても、イツキの冒険者登録の際に惚れた関係で、騒ぎを起こした後も危険人物として注意して見る事はできないでいるが。


 まあ、それはともかく。

 例えEランクでも、冒険者になって2日目でも、少なくともCランクよりは上に立っているのだと…やっと思い出し、納得したのだ。


 と、納得したタイミングでイツキが立ち止まり、つられてソフィア止まると…


「…あ」

「ここまで、か?」

「………そう、ですね」


 目と鼻の先には冒険者ギルド。

 つまり、ソフィアはここまでであり、イツキはこのまま南区画へ向かうので、お別れである。

 全く気づいていなかったらしいソフィアは、少し…ガッカリとした、呆然とした気の抜けた声を出して、仕事場を見上げる。


 分かりきってはいるが、確認のためにイツキが終わりかと聞けば、ソフィアは少々の間を空けて、躊躇い気味に認める。

 会話の内容はイツキが受けている依頼の事と、全くプライベートな事はなかったが、事務的でない会話に心が弾んでいたのは間違いなかった。

 そしてその事実が余計に、ソフィアの気持ちを落とす要因にもなっていた。


 目を、顔を伏せて、哀愁漂う姿で惜しむソフィアに、落ち着くまで待とうかと考えたイツキ、だったが。


(このままでは埒があかない。…目立つ事はしたくなかったが、仕方がないか)


 このまま待ち、時間になれば仕事へ戻るだろう。

 しかし気落ちしたままの可能性が高く、その状態で放置して去るのは、イツキでも良い事ではないとは分かる。

 仕事に臨む姿勢としても良くないだろうし、同僚に訳を聞かれイツキに非難が来る可能性も、好感度が落ちる可能性も、いくらでも理由はあるのだ。

 放置は完全に悪手であり、良い展開に進む可能性などほぼ皆無と言っていい。


 それに、慰める方法は思いつくし実行もできる、慰めればまずプラスにしか働かない筈である。

 ならばもう、慰めるしかないだろう…と、結論を出したものの、少し気は進まない。

 何故なら、今現在イツキたちのいる場所は、ギルドの前と人の通りが多く、何より目立つ場所である…実際にイツキたちを眺める視線をいくつも感じるほどだ。

 それだけ人は多い…だけが、原因ではない。


 それは2人の組み合わせと、2人をはたから見た際の様子が、とてもの目を引くものだったからである。


 まずソフィアは、優秀で人当たりも良く仕事も熱心な方で、何より容姿がとても優れているためとても有名で、冒険者・市民・老若男女問わず人気もある。

 そもそも、ソフィア1人でも本人も知らぬ間に視線を集めているほど、強い人気がある。

 そんな人物に、黒いローブを纏い、フードで顔を隠している怪しげな人物が一緒にいるのだ、嫉妬や心配など、理由は様々であるが、それはもう視線を集める。

 予期せぬ遭遇からここまでの道のりの間でも、かなりの視線を集めていた。


 また、一番視線を集める原因であるソフィアが、顔を伏せ悲しそうな、気落ちした様子でずっと佇んでいるのだ。

 何事かと更に視線を集める事になり、既にかなり目立ち注目されている…だからこそ、注目された中で気落ちしたソフィアを放置できず、慰めようとしている。


 とまあそんな中で、イツキが取ろうとしている方法は、目立つ事を助長させるもので、でもこれ以上赤の他人の印象に残りたくない。

 故に、気が進まなかった…が、それもここまで。


「…では、私は戻ります。先ほどは、ありがとうございます。…お話ができて嬉しかったです。……それでは」


 気落ちしていても、時間はしっかり把握していたようで、ふと伏せていた顔を上げ、暗い雰囲気でイツキに言う。

 無意味にイツキと一緒に突っ立っていたせいか、気を取り戻すどころか、むしろ落ち込み具合が酷くなっており、かなり重症である。

『話ができて嬉しかった』と口にした時だけは、少し笑みも浮かび本当に嬉しかったことがうかがえた…かなり大胆な事を言っている事にソフィアは気づいていないが。

 そしてギルドに戻ろうとイツキに背を向けソフィアが歩き出した時、その手をイツキが掴んだ。


「待て」

「っ!?!?」


 あまりにも唐突なイツキの行動にバッと振り返ると、昨日ぶりに、かなり取り乱すソフィア。

 何がどうなってこうなったのか、少しあわあわと慌てながらも考え、上手く頭が働く筈もなく空回りする。

 そして手を掴まれているという事実だけが頭に残り、余計に混乱が強まり、少し目が泳ぎだしていた。


 手を握ったことや慌てているその様子に、周りの観衆は嫉妬や怒りに心配の声、黄色い悲鳴などを上げ、辺りが騒がしくなっていく。

 しかしソフィアは周りに気にかけることなどできず、イツキは御構い無しに周りを無視して、フードに手を掛ける。

 そして、一瞬だけどうにかならないかと思考するが、もう引き返せない場所まで来ていると、再確認することしかできず、一思いにフードを後ろへ払った。


 そして露わになる、輝く銀と暗く光を反射する紅、全てを魅了する整った容貌。

 イツキのそれが露わになったその瞬間、騒がしかった周りはスッと静まり返り、心なしか露天の並ぶ通りの声も無くなったかの様だった。

 いっそ不気味なくらい静まり返った、集合場所としても良される噴水のあるギルド前。


 正直な話、もう落ち込んでいる様子は見られないソフィアに目を向けると、唐突に手を伸ばした。

 イツキと目が合い動揺していたソフィアは、急に伸びて来た手に驚き、ギュッと目を瞑ってしまう。

 そして衝撃は…


「…え?」


 来なかった。

 当たり前だろう、殴るつもりも叩くつもりもなく、ただ頭をクシャリと撫でただけなのだから。

 目を瞑っていたソフィアには、撫でられるまで分かる筈もなく、予想と違った感覚に疑問の声を上げ、おずおずと目を開けイツキに目を向ける。


「ん?どうした?」

「ぁ…ぅ……」


 そこで目にしたのは、手を戻しつつ微妙に微笑むイツキの姿。

 そしてその柔らかい声に、何故か急に恥ずかしくなってしまい、赤くなった顔を髪で隠そうとしているのか、俯くソフィア。

 髪の隙間から赤に染まった肌が丸見えで、意味はないが。

 そんなソフィアに、イツキは立ち直らせるために用意していたセリフを、もはや必要ないと思うが、念の為に放った。


「今度、一緒に何処かへ行こうか」

「………………え?」


 それは、また会おうという約束。

 別れるのが嫌で気が落ちるなら、次の約束を取り付ければ良い、そうすればむしろ元気になると、イツキは知っていた。

 故の約束であったが、ソフィアは予想外すぎる誘いの約束に、ただ呆然とし、顔の赤みも引いていった。

 しかし、イツキの言葉を脳内で反芻して、じわじわと誘われた喜びが広がり、また顔に赤みが差して来た…興奮によって頬が上気していたから。


「どうだ?」

「っっはい!!ぜひ!」


 イツキの確認により、聞き間違いでも妄想でもないと分かると、先ほどの気落ちした様子などかけらも無い、笑顔満面で大きく頷いた。


 イツキはもう一度微笑むと、フードを被り直した。

 喜び浮かれていたソフィアは、再びフードを被ったイツキを少し残念に思うが、被らなければ間違いなく騒ぎの元になる。

 これは仕方ないのだろうと結論を出し、自分で納得した。


「では、な」

「はいっ、ではまた明日…でしょうか?報告お待ちしていますっ」


 そしてイツキは別れを言うと、今度は元気に笑顔のソフィアは、弾んだ声で返事をすると、2人は別れた。



 ちなみに、2人が分かれてやっと喧騒は戻り、2人の謎のやりとりや、もう1人の謎の美人は誰だとかなり騒ぎになったのは、ソフィアは知らぬことだった。

 …勿論のこと、イツキの耳はその喧騒を拾っていたので知っている。

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