67「そのつもりでいろ」真っ赤な嘘、難易度上昇
〜ミエリアを置いて部屋から出たイツキ。もう孤児院を出る?〜
微かに響くミエリアの声を背に、まだ表を見続ける孤児達の元へ歩く。
すると、イツキに気がついた一部の者が声をかける。
「用事は済みましたか?」
「ああ」
一番先に気がついたのは、孤児達を少し離れて見守っていたサリー。
数分の間は見張りの為ドアの付近にいたが、勉強を受けない幼児を含め全員に動く気配がない為、孤児達全員の様子が見える位置へ移動していた。
全体を俯瞰していたからこそ直ぐに気づいたわけだが…思いの外時間の掛かった用事に、何か問題でもあったのかと思いつつ、見張り終了かを問う。
イツキは、ミエリアの叫びを気の所為と処理されていることを確認すると、サリーの問いに頷かずに肯定する。
…もはや、ミエリアと2人きりだった頃の豊かさはカケラもない。
そして辺りを見回し、若干集中力が落ちているが未だに表を見ている孤児達や、ずっと教えに回っているのであろう者達を目に収め、状況を把握する。
そして最後に、用事が終わり見張りの任を解かれ、なのに部屋から出て来ないミエリアに、首を傾げるサリーを見る。
すると、丁度サリーと目が合った。
恐らく、用事が終わっているにも関わらず、一向に出て来ないミエリアにどうしたのかと思い、一緒にいたイツキなら知っている筈と目を向けたのだろう。
そして、丁度目が合ったと…ただ、イツキの目はフードの影に隠れて見えないので、サリーは目が合っているとは思ってない。
つまり、サリーには目線で問うということができないわけで、ならばどうするか…
「イツキさん、メアはどうしたのかしら?」
直接尋ねるだけである。
そもそもの話、それ以外となると筆談やジェスチャーなど、この上なく面倒な方法しかないだろう。
声が出ないなら別だが。
まあ、それはともかく…
サリーが尋ねた事はイツキの予想通りであり、誰でも気になりそうな事であった。
例えば、学校で授業中にいきなり先生がクラスメイトが連れてどこかに行き、数分経って帰ってきたと思ったら先生だけだった。
連れて行かれた理由もだが、生徒だけ帰って来ない理由…意外と気にならないだろうか?
この例だと興味が理由で、サリーの場合は心配など気遣う気持ちの方が強いので、全く同じではないのだが。
…またしても逸れてしまったが、とにかく。
尋ねられたイツキは無視するわけにもいかず、しかし驚いているから置いてきた…なんて素直に言っても面倒である。
「木屑で遊んでいる」
ミエリアがいないことをいい事に、真っ赤な嘘を平気で口にするイツキ。
「そ、そう。何をやっているのかしらね…まったく」
予想と違う、間抜けた理由に目を丸くして吃るが、イツキの言葉に疑う事はなかった。
それだけ、普段のミエリアが残念なのか、イツキの言葉に信用を持っているのか…イツキの見立てでは前者らしいが。
さて、ミエリアの認識が残念な感じであることを再確認できた所で、サリーと少し言葉を交わすと、孤児達の元へ歩き出した。
先ほども述べた通り、若干集中力が落ちてはいるものの未だに表を見ており、イツキが近づいている事に気付いているのは2人だけである。
2人といえば…
「あれ、イツキさん…メアさんは?」
「ん?…あぁ、いねぇな」
ニーシャとキースである。
2人はずっと教える側に回っていて、周りを見る余裕があったため、イツキが部屋から出ていた事にも気付いていた。
周りは皆集中しているので声を掛けるのは憚られ、近づいてきた今、ようやく声を掛けたのだが、ミエリアがいない事には気付いていなかったらしい。
辺りを見回し、サリーの近くにも居らず見える範囲にもいない事に首を傾げ、キーズへ振る。
ニーシャに言われ、ミエリアがいない事に気付いたキースも軽く辺りを見回すが、あまり気にしていないのか、どうでも良さ気に呟く。
そんな態度にニーシャは…
「もうっ……ほんっとに、もうっ」
怒っている様にも見えるが、そういうわけではない。
なぜ普段は今の様に、真面目な雰囲気でいることができないのだろうかと、遣る瀬無い気持ちでいっぱいだった。
実は今、キースは下の子に引き算を教えているのだが、結構真面目に教えており、かなり集中していた。
キース自身を除く孤児院全員が知っていることだが、キースはいざ集中すると周りをあまり見なくなる。
そしてその時の雰囲気と顔つきは、普段の落ち着きのなさやバカっぷりが完全に抜け落ちて、もはや別人の様にガラリと変わる。
その時のキースとは、言動も真面目でしっかり考えてから動く、できる子に変身し、頼れる男となるのだ。
…なるのだが、ただ何分集中している時のみの話であり、普段は知っての通りちょっと残念な感じである。
普段かできる子状態だといいのに…というのは、ミエリアを除く孤児院全員の総意であり、今もキースの姿を見て、ニーシャは強くそう思ってしまったのだ。
ちなみに、ミエリアは現状のままでいいと思っている。
何故なら、普段から真面目なキースなど気持ち悪くて仕方がないから…何気にひどい言い草だが、一部の者は納得してしまった。
…というわけで、悔いにも似た想いで、思い通りにいかない現実に遣る瀬無さを感じつつ、キースから目を逸らしイツキへ向けた。
「わっ…」
そして、思いの外近くにいた事に驚き、ビクッと体を跳ねさせたりしていた。
「あ、ああの、メアさんは、どうしたのですか?」
「部屋に残っている。訳は自分で聞け」
「…はあ、そうですか」
自分の反応をごまかしたいのか、少し慌ててミエリアの居場所…というより、何をしているのか問う。
しかし、今度が詳しく答えず適当にいなすイツキ。
部屋に残っているのは分かりきった事なので、何故出てこないのかを知りたかったニーシャだが、それほど気になっていたわけでもないので、まあいいかと後で聞く事にした。
ニーシャが引いたことを横目で確認すると、手を叩き注目を集める。
「今日はこれで帰る。少しは頭を休める様に。計算は良いが、文字の書き取りは私のいない時にしない様に。いいな」
『はぁい!』
軽く注意事項を話すと、10歳未満の元気な返事が返ってくる。
内容を全て理解していないで、ノリで声をあげた子もいたりするが、そこは教え合うだろう。
問題はないだろうと、内心で頷いているとキースが近づいてきた。
「なんで書き取りさせねぇの?」
未だに出てこないミエリア、その様子だけ確認しようと思っていたイツキは、キースの問い掛けに…
「表を見ながらでも、おかしな癖がつく可能性はある」
「なるほどなぁ。だから別に計算はいいってか…ふーん」
しっかり答える。
依頼を完遂する上で、この質問は答えなくてはダメだろうという判断故で、もっとどうでも良いことだったら流していた。
意味ありげに納得の声をあげていたキースに、もういいかとその場を後にしようとした。
と、その時、キースとニーシャ2人へ用件ができた。
「2人にいうことがある」
「ん?俺と…ニーシャか?…呼んでくるか?」
「いや、いい…」
「どうかしましたか?」
それなりに大事なことなので、今伝える事にした。
2人に言うことがあると言われ、自分以外と誰かと思案したキースは、イツキがニーシャの方へ顔を向けていることから正解を導き出す。
少し離れたところにいるので、話をするなら呼ぶかと気を遣うキースだったが、それをにべにもなく断るイツキ。
わざわざ呼ばなくとも、キースが伝えればいいと考えていた為、断ったのだが。
イツキとキースが顔を向けていたので自分に用でもあるのかと思い、ニーシャが寄ってきた為意味がなくなった。
タイミングが良いんだか悪いんだか、と呆れた様子のキースに、違ったのかなと若干恥ずかしさを感じ始めたニーシャ。
ただ用件を伝えようとしただけでこの有様である。
うんざりするが、このまま帰るわけにもいかないし、丁度2人が揃ったなら好都合なので、このまま伝える事にする。
「2人に話がある」
「そうだったよな」
「…なんだ、合ってたの」
「…お前ら2人とミエリアにはもっと難度の高い計算を覚えてもらう」
イツキが話し出した事で2人の意識が集まる。
ニーシャは用があったのは合っていたと、小声で安心していたが、感じなくていい恥を感じていた事に、少しうな垂れていた。
それも、イツキの言葉に二重の意味で意識を持っていかれ、吹き飛ぶ。
「ふーん。なんで?」
「私たちにとっても、願っても無い事ですが」
キースは特に何も感じなかった様で、ただ疑問をぶつけただけだが、ニーシャは違った。
一つは、もっと難しい計算を覚えられる事に対しての喜び、もう一つはミエリアを名前で呼んだ事。
たった2時間程度とはいえ、誰も名前で呼ぶことがなかったのに、ミエリアだけは呼んだことに引っ掛かったのだ。
とはいえ、それを問いただすわけにもいかず、表面上は普通を装ってキースに続けた…もちろん、イツキにはバレバレである。
「既にほぼ習得済み。あの程度のことは繰り返してもあまり意味はない。なら次に進んだ方がいい」
「ふーん」
「うーん?」
1〜2桁の足し算引き算など、習得済みなら何度繰り返したところで大して変わらないから、なら別のことを学んだ方がいいと言うだけの話である。
理由はそれだけではないのだが一旦区切ると、なんとも納得のいかない…といった声が漏れる2人。
話した理由は本当のことで、別に納得してもらえなくても構わないので、そのまま続ける。
「明日以降、3人のみ全く別のことをする。そのつもりでいろ」
「…わかった」
「はい」
2人はなんだかんだで、新しいことを学べると内心喜んでいた。
これで用件は終わったので、まだ出てこないミエリアの元へ歩き出した。
既に数分も経っており、流石にまだ驚き固まっているということはないだろうが、しかし何故か出でこない。
ドアの前まで来たので、躊躇なくドアを開け放つとそこには──
「うふふふふ〜」
──木屑と戯れる、ミエリアの姿が…
イツキの真っ赤な嘘が、事実になった瞬間であった。
はい、まだ孤児院内です。次の話で出る、と…はい。




