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61「軽くはない」理解のできぬ、意外な行動

〜やっと木の板の表面を均す作業に入れたイツキ。このまま順調に…〜

 刹那の間に刀を振り終えると、よくある『チャキ』という金属が擦れ合った音もなく、無音で刀を持ち直す。

 そして間も無く、切られた凸部の木屑は、パサッ…と軽く小さな、紙が落ちたかの様な音を立て、床に落ちる。

 凸部と一緒に凹部もμレベルの薄さで斬り落とした為、空気の抵抗を強く受け、紙の様に落ちていったのだ。

 見た目をイメージするなら、カンナで木を薄く削いで出た、薄っぺらい木屑に凸部を付けた感じである。


 イツキの妙技を目にして感嘆の声を上げたミエリアは、感想もイツキを見ることもなく、落ちた木屑を拾う。

 その木屑は、一切引っ掛かった後もなく綺麗に斬られた断面と、あまりにも薄い木屑を、首を半開きにしてまじまじと観察していた。


「ぉぉー…」


 板の表面を均す、その方法の奇天烈さと、予想以上の結果に気の抜けた様な声が漏れ出してしまっていた。

 さらに、何をどうすればこうも綺麗に斬れるのかと、イツキの一連の動き(・・・・・)リピート(・・・・)していた。

 その為、余計に意識が他へ移っていて、口がミエリアの制御下から離れていたのだろう。


 側からみたら、口をだらしなく開いて木屑を見つめている、ちょっと変な人にしか見えない。

 イツキもそう思ったのか、表に出ないが呆れが少し覗いていた。


「それを見ていて楽しいか?」

「…ふぇ?」


 いつまででもそのままの体制で見つめていそうなミエリアに、何が面白いのかと疑問をぶつける。

 それはイツキが読心をすれば早い話かもしれないが、読心も万能ではない。

 読心をした場合、今抱いている感情や何故その感情を抱いているのか、その理由まで読めても、理解ができない場合があるのだ。

 特にイツキの場合、相手の状況を自分に置き換えても、同じ事を…同じ感情を覚える事がほとんどないから。


 例えるなら、水族館へ金を払ってまで魚を見たい意味が、魚を見て何が楽しいのかが全く理解できない。

 魚が好きだから、水族館へ行く…そもそも食材としてではなく、愛玩として魚が好きになる意味がわからない、そんな感じである。

 ただし、自分に置き換えると理解ができないだけで、相手の性格を知っていれば、どの状況下でどの様な感情を抱くか推測するくらいはできる。

 かなり簡単に例えると、魚好きだから、水族館へ行ったら喜ぶのだろう…など。


 とまあ、とにかく。

 斬り出した木屑はかなり薄く、物珍しさを覚える可能性は低くない物になっている。

 なのでミエリアは飽きもせずに見続けているのだろうと推測はできるが、そこに楽しいのという感情が混じっていた。

 物珍しさがあるとはいえ木屑を見ていて何が楽しいのか、全く理解できなかった為に尋ねたわけである。

 …まあ、鰹節が踊る、という様なアクションがあるわけでもないのに、木屑を見て楽しいと思う者は少数だと思うが。


 しかし、ミエリアの意識は完全に木屑に向いていた為、イツキの質問を聞き逃してしまい、その上気の抜けた疑問形の声を上げる。

 首を傾げたままイツキを見つめるミエリアに、完全に聞いていなかったことを悟ると、一言一言強調して繰り返した。


「それを見ていて、楽しいか…と聞いている」

「え、あ、いや…そうゆうわけじゃないんですけど。…あ、でも。ちょっと、楽しいですっ」

「…そうか」


 やっと、聞かれている事がわかったのか、しどろもどろになりつつ否定的な言葉を言う…と思えば、やはり少し楽しい、と肯定した。

 少しと言う割には語尾に音符でもつきそうな声音に、やはり全く理解ができなかったイツキは、理解することを諦める。

 これから付き合いが多くなる予定のミエリア。

 なのでなるべく多くの事を知り、理解までしたかったのだが、できない事はできないとあっさり諦めたのだった。


 ちなみに、木屑をガン見していたのは、イツキの刀を出す瞬間(・・・・)から振り下ろすまでの映像を頭の中で繰り返していたから。

 必死に思い出しているうちに、視覚は意味をなくしていたので、実際は木屑を見ていたわけでは無かったりする。

 ただし、改めて木屑を見たところ、ちょっと楽しくなったのは本当のことである。


「さて…」

「っ!はい!」

「先程の私の一振りは見えたな?」

「ちょっとブレましたけど、はい!」


 楽しいと認めたからか感情が顔に現れた様で、にへへ…と、だらしなく笑って木屑を見ていたミエリアに、真面目なトーンで切り出す。

 だらしなく緩んでいた割には耳聡く声の変化に気づき、パッと反応すると、ミエリアは元気よく返事をした。

 今度は何の問題もなく話に移り、つい先程の木屑を生み出すことになった一連の動きについて、見えたのか確認を取る。

 これで見えていなければ意味がないが…ミエリアはほんの少し自信なさげだが、しかし目で追う事はできたらしい。

 頭の中でリピート再生できるほどには目に焼き付いているから、十分だと思われるが、ブレてくっきりと見る事は叶わなかった為、少し自信が無かった。


 しかし、である。

 イツキはそもそも、そこらの低ランク冒険者なら全く目に映らない速度で振っていたので、ブレる程度なら許容範囲内なのだ。

 いや、むしろよく見えていると褒められるべきである。


「そうか、見えていたか」

「えっと、はい。ただ、細かくは見てられなかったですけど…」


 イツキがそうそう褒めるはずもなく、ただ見えていたという事実を確認できた事に心中で頷く。

 元々、ミエリアが目で追えるかは斬る際も目線を確認していたので、追えていた事は分かってはいた。

 本当にただの確認だった。


 しかし、ミエリアにはやけに期待されている様に感じ、一挙一動にまで目を向ける事はできなかったと、へりくだる。

 別に、期待されるのが嫌なわけではない。

 せっかく見せてもらった凄技をしっかり見る事ができなかった事に対し、少し負い目の様な感情を抱いていた為、その期待に申し訳なさを感じていた。

 なので期待を持たせ過ぎる事と、その後の落胆が嫌でつい謙ってしまった。

 何となく暗くなってしまい、目を伏せるミエリア…その正面に立つと、イツキは言葉とともに手を伸ばす。


「落ち込むことも、罪悪感もいらない」

「…っ」


 ミエリアはイツキの言葉を、落ち込む暇も申し訳なさを感じる必要もない、いいからしっかりやれ…と、叱咤の言葉と勘違い(・・・)をしてしまう。

 さらに、真正面にいるイツキの手が、自分に伸びてきている事を何となく察知し、怒られるのかと萎縮してしまった。


 しかし、次の瞬間には、叱咤の言葉ではなかったこと、萎縮も不要であるとを身を以て知る事になる。

 イツキの意外な行動によって。

 それは──


「…え?」

「お前はよくやった。誇って良い」


──小さい子にする様に、頭を撫でる事で。


 イツキが伸ばした手はミエリアの頭の上に置かれ、そのまま髪が乱れない様に配慮をしながら、手を手前から奥へ動かした。

 つまり、たった1回とはいえ、頭を撫でたのである。

 しかも、褒めると同時に『誇れ』とまで。


 予想と真反対のイツキの言葉と行動に、状況が飲み込みきれずフリーズするミエリア。

 何せ、その褒める言葉は心なしか、柔らかく暖かい声音で、頭を撫でる手つきは労りとこれまた暖かさを感じたから。

 優しい…とはまた違った、気遣うか認められた様な接され方で、ちょっとどころではない…全く把握できていなかった。


 しかし、今度はイツキに促される前にミエリア自身で再起した。


「ぁ…」


 撫でられた頭に両手を持っていき、フードで隠された顔の中で数少ない見える部位、口元が微かに…しかし明らかに微笑んでいる、その事を認める事により。

 撫でられたという事を実感し頭が始動し、雰囲気が変わろうと無表情だった口元が、僅かとはいえ微笑んでいる事実にフル回転となったのだ。


「で、でもなんで…」

「ああ、悪いな。また説明不足だったか。どういうことかと言えばな…」

(ここまで連続でミスをする事があったか?……)


 頭がフル回転になったところで、褒められた理由も『誇れ』とまで言われた理由も思いつかない。

 今日は頭の中がよく変わるなぁ…と頭の片隅で思いつつ、疑問が頭を占める。

 しかし、本人も気づかぬ間に、じわじわと喜びと嬉さが侵食していっていた。


 さて、ミエリアの頭の中と感情をコロコロ変える原因であるイツキは、今度はしっかり心中を悟り、説明していない事に気づくと、話し始めた。

 ナチュラルに謝罪の言葉を放ったが、これはミエリアをかなり認め始めた証であった。

 それとついでに、やけに説明不足のミスをする事について、原因究明のために頭の整理にも入った。


「私の予想を超えた。全力ではないが、あの振り下ろしを目で追えた。その事実は、今ミエリアが考えているほど、軽くはない」

「どういう…ことですか?」


 どうやら、ミエリアのスペックはまたしてもイツキの予想を超えたらしい。

 1日に2度も外れることは初めてであり、それも目の前で見て感じて出した予想が、かなり大きく違った。

 それだけでも、地球の仲間たちは目を見開いて驚きをあらわにするか、冗談だと一蹴するだろう。

 それだけあり得ないと思われるほど、イツキの予想は正確で外れる事が無いのだ。


 そして、理由はそれだけでは無かった。

 イツキが先程見せた、木の板の凸部を斬り落とす際の振り下ろし…その速度を目で追えた事も、何かあったらしい。


「先程、ミエリア…お前に見せた振り下ろしは、ギリギリ見えると予想した速度で振った」

「えっ」

「それが、ブレたとはいえしっかり目に映っていた。目で追えていた。つまり、私の予想を超えた」

「えぇ…?」


 つまり、ミエリアの動体視力でギリギリ、刀を振った跡が見える…かもしれない、というほど速めに振った。

 それにもかかわらず、ミエリアは少しブレただけで、振り下ろし自体はしっかり見えたと言った。

 これが予想を外した事。


 ミエリアは、イツキのカミングアウトともいえる説明に、目を白黒させつつただただ驚いた。

 …イツキの説明は、ミエリアの混乱を加速させただけだったが。


「だが何より、あの速度は──


 そして何より…と続ける

 振り下ろしの速度は…


──私の仲間の内、3人はギリギリ目に映る…程度には速かった」


 イツキの仲間にも追えるかどうかの速度だった。

 それを見れたということは、人外レベルのイツキの仲間に、一部とはいえ優ったという事だ。

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