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60「落ち着いたか?」謝罪、刀一振り

〜イツキが急に謝り出した、その理由とは〜

 唐突に謝りだしたイツキに、呆けた声を出したミエリア。

 せっかく良い師匠センセイに巡り会えたというのに、それが不意になってしまう、そう思った矢先の事だった為、頭が追いつかなかったようだ。

 イツキはその、混乱したミエリアの頭にさらなる追い打ちをかける。


「だから、悪かったな」

「え…ええ!?ななな何が…な、なんでですかっ!?」


 再度謝罪する事で。

 2度目ともなれば流石に反応くらいはするようで、とりあえず思うがままのこと…つまり疑問を撒き散らす。

 撒き散らしたからといって動揺と混乱が収まるわけはなく、むしろさらに強まるのだが、それでも謝られる理由を探す。

 しかし全く頭が働かないらしく、考えても何も思いつく事がない為に焦り、目が泳ぎまくっている。

 ミエリアがここまで混乱する原因を作ったのはイツキだが…


(何をそんなに慌てることがある?)


 理由が全く分かっていなかった。

 普段なら、今抱いている感情と状況からの推測で、どうして慌てているのか、すぐに分かっただろう。

 しかし今は、真面目に謝っているからか何なのか、ミエリアの感情を見ていなかった。

 また、慌てる原因を推測はしたが、謝罪が原因だとは全く考えていない為に推測の中に含まれず、正解を導き出せなかった。

 その為、理由が全くわかっていなかった。


 そもそも、ミエリアの動揺と混乱を強める事になった2度目の謝罪も、同じ理由で起きた勘違いによるものだった。

 ミエリアが呆けた理由が、ただ単純に聞こえなかっただけだと取ったから、繰り返したのだ。


 普段ならあり得ない、イツキがあまりの鈍さを発揮していた。

 しかし、ようやく通常運転に戻る。


「え〜っとえ〜っと…うぅ」

「……?」

(なんだ、疑問?…そうか、またやってしまったか)

 

 悩みすぎてついに頭痛すら感じ始め、呻くミエリアの様子に、スイッチを切り替えたのだ。

 多少とはいえミエリアが苦しみ出した事実に、イツキの頭がやっと普段の状態へ切り替わった。


 そうなれば後は速いもので、これまたようやく気づいた、疑問を強く抱いている事に対し、瞬間の思案で答えを見つけ出した。

 何か、またミスをしてしまったと、悔いの様なものを感じながら。


「ミエリア」

「ハイっ!」

「…落ち着け」


 話をするにはミエリアを落ち着かせる必要がある。

 名前を呼んだだけで過剰な反応が見れるほどである、話ができる状態とは言えたものではない…全てはイツキが悪いのだが。

 しかし、ただ落ち着けと言い聞かせてどうにかなる混乱ではない。

 なので言葉と一緒に、『トン…』と指で額を軽く突いた。


「ふあっ…あ、あれ?」

「落ち着いたか?」

「あ、はい」


 急に触られた事に驚きの声を上げるが、次に大げさな反応をすることもなく、一瞬の間を空けると正気に戻っていた。

 行ったことは宿でガードマンにした事と一緒だが、本人が衝撃を感じないほど弱く、ダメージも一切残らない様に配慮をしている。

 効果も気絶する事はなく、眠っている程度の状態まで頭の働きを落とす程度で、後遺症の類もない。

 受けた当人にしてみれば、『眠気に抗いきれずに一瞬だけ眠ってしまった』状態が、眠くないのに起きた様に感じる程度の効果なのだ。

 それでも強制スリープの様なものなので、あまり多用はできないし、できれば取りたくない手の一つでもある。


「あ、あの…さっきは何で」

「ああ、今説明する」


 混乱は抜け、落ち着きは見られるが疑問はまだ残っている。

 何にせよ、落ち着きを取り戻す事に成功したイツキは、説明を開始する。


「そもそも、なぜ謝ったのか、だが…」

「はい…」


 話し出したイツキに、ミエリアは似合わない神妙な面持ちで、謝罪の理由が話される時を待つ。


「ここで何をどうするのか、碌に説明もしなかった。だからお前の反応は仕方がなかった。だと言うのに、頭にきて威圧した。その事だ」

「え、あ〜…いやぁ。アレは、私がアホだっただけで…威圧?」


 イツキの言う事は、今もいる端材置き場となっている部屋に、ミエリアを呼んだ理由のことである。

 板の表面を均すと言ったがその方法まで伝えず、その方法を見せる為に呼んだと言った時も、何故見せるのかまでは伝えなかった。

 明らかに説明不足の状況で、訓練も始めていないまだ一般人のミエリアに、今後の訓練以降のためという案が出る筈が無いのだ。

 しかし、その事を考慮せずにイラつき、あまつさえ威圧までした。

 殺気でもないし強力な威圧でもない、ただの怒り…怒気であり、ミエリアは慌てても萎縮する事はなかった。

 それでも威圧した事に変わりわない。

 説明不足と理不尽な怒り…10対0で完全にイツキが悪く、本人も気づきその事実を認めたため、急に謝った。


 謝っている際、ミエリアが呆けたり慌てたりした理由がわからなかったのは、本当に相手の感情を見ていなかったから。

 何故なら、地球で仲間に『本当に悪いと思うなら、謝罪中に相手を読むな!』と怒られたからである。

 素直に従っているのは、読んではいけない理由を聞かされ、最終的にその理由に『そういうものなのか』と納得したから…ただし、名前呼びをする程度には親しくないと普通に読んで対処している。

 まあ、それはさておき。


 イツキが急に謝った理由を話すと、ミエリアはほんの少し前のことを思い出し、自分がおかしな回答をしたのが悪いと、イツキを庇ったのだ。

 それも、相手がイツキだからなどの立ち場を含めた気遣いではなく、本心で自分が悪いと考えていた。


 だが、何も知らない状態で○○を見せるために呼んだと言われ、面白いのかと期待するのは、誰もが実にミエリアらしい感じる事であり、誰もが悪くないと庇うだろう。

 イツキですら、自分が完全に悪いと考えているほどなのだから。


 しかし、わざわざ1人だけ呼んで見せることが、ただの面白い事な訳がない、と…もっと考えて発言すれば良かったと、少しの後悔と共に自分が悪いと考えていた。

 それも、イツキの威圧という言葉に引っかかりを覚え、少し薄れる…が。


「確かにあの答え方は、短時間しか見ていない私でも、らしいと思うものだった」

「うっ、イツキさんもですか…。そんなにアホな子に見えますかぁ…?」


 それも、イツキのアホだと認める様な発言により彼方へと消えた。

 実際のところ、イツキは本当にただ単純にミエリアが答えそうだと思っただけで、今の発言にアホだと認める意図は一切なかった…本心はともかく。

 しかし、イツキの心の内が分かる筈もないミエリアには、認められたとしか思えずしょんぼりする。


「別にそうは言っていない」

「ほ、ホントですか…?別に気を遣わなくても…」

「何故私が気を遣わなくてはならない」

「…え?あ、そうですよね!何言ってるんでしょうねっワタシ!」


 ミエリアが落ち込んだからか、それともイツキが意図した意味と違う捉え方をされたからか、ミエリアの勘違いを否定した。

 すると目に光が戻り、イツキの顔を見ようとし…フードに阻まれる事により現実に戻り、気を遣われているのだと思い込んだ。

 すると相変わらずな言い方で、結果的にミエリアの思い込みを否定した…ただし、否定の仕方がまるで性悪貴族の様で、かなり感じが悪い。

 ミエリアもイツキの言い様に呆気にとられ、慌てて変に気を遣った様な返し方をしてしまった。

 内心、納得してしまう声もあったが。


 ちなみに、誰に対しても気を遣っていない様な言い方ではあるが、何だかんだ身内には気を遣うこともある。

 周りの状況、人の動き、地形や障害物など空間的な事まで把握している為、いざ人に気を遣ってみるとかなりいい動きをするのだ。

 特に、仲間に対しては時にかなり甘い対応を取るので、そういった際の気の遣い方は、少しの間で人を堕落させるほど快適に過ごさせる、そんな空間を作り上げるという。

 …さて、話を戻して。


 アハハハ…と愛想笑いを浮かべて何とかその場を乗り切ろうとするミエリア。


「…もういいな。ここに来た目的を果たす」

「あ、そうですね!…えっと、表面を均す、でしたっけ」

「ああ」


 良くも悪くも、普段は気を遣わない質のイツキは、あからさまな愛想笑いを浮かべるミエリアにも特に気に留めず、流石にそろそろ本題へ戻った。

 すっかり今いる場所も目的も忘れていたミエリア。

 周りに様々な形の木材と少しの別の端材に囲まれている状況で、先ほどのやり取りが行われていたと考えると、2人とも普通の神経はしていない事がよく分かる。

 一体誰なら、対して広くもなく端材がたくさん置かれた部屋で、先ほどの展開を繰り広げられるだろうか…という話である。


 さて、やっと木の板の表面を均すという作業に移り始めたイツキ。

 移り始めたと言っても、使うであろうと当たりをつけておいた手頃な板を引っ張り出す事しかしていないが。

 ミエリアも、力だけはあると手伝いに入り、あっという間に使う物と使わない物とを区切られた。


「これを、どうやって…?」

「ああ…斬って出っ張りを落とす」

「へ?…斬るって、なにでですか?え、そんなことできるんですか!?」


 そして、これで仕分け作業は終わったと思い、均し作業に入ると考えたミエリアに、未だに言っていなかった手段を聞かれた。

 イツキはもったいぶる事もなく、普通に伝えた…斬って凸部を斬り落とすと。

 あまりにも予想外の方法に、最初は冷静に何で斬るのか聞くが、すぐに斬るという意味をしっかり理解し、驚きの声を上げる。

 まあ、誰もが驚くか疑うであろうやり方である。


「当たり前だろう。できない事を見せてどうする」

「そっか、見るために呼ばれたんですよね。でもそれを私が見る事に何の意味が?」

「それはな…」


 しかし、ミエリアに疑うという考えはあまりなく、況してやイツキが相手なので何の躊躇いもなく信じた。

 また均す方法を見るために呼ばれた、ということが頭から抜け落ちていた。

 イツキに言われて思い出したが、またしても見る意味が説明されていなかったと気づく…今度は斬る為の刃物がない事を忘れて。

 そして、意味を問われたイツキは、答える素ぶりを見せ…


「フッ…」

「なっ……わぁ」


 唐突に腕を振り上げたと思いきや、いつの間にか手にしていた例の刀を振り下ろし、予告通り凸部と…僅かに他の表面を斬り落とした。

 たった一振りで、ヤスリがけをしたかのようにサラサラした肌触りの表面が出来上がった。

 その光景に、一瞬の絶句の後、ミエリアは感嘆と興奮の声を上げた。

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