59「もういい」前準備(仕上げ)、仕方のない勘違い
〜文字と計算を覚えるための表が出来上がった。これで前準備は終わりのはず、が〜
数字と計算の表を4つ書き上げ、イツキのいない間に使う文字と計算の学習のための表も書き終わった。
これで孤児院での前準備もとうとう終わり…
(後は木板の生産と表面の均しか)
ではない。
イツキが孤児たちの評価を上げた事により上がった対応、その作業がまだ残っていた。
文字が書きやすいように木の板の表面を均し、板が足りなくなると思われるので、ついでに切り出しも行う。
その旨を伝えるためにサリーへ呼びかける
「おい」
「…あ、はい。何でしょうか?」
「最後に、先ほどの部屋で木板の表面を均す。ミエリアを連れて行くが、他は入って来ないように…」
「分かりました。見張っていれば良いのですね」
「ああ」
少し前に、表が書き終わったら書きずらい表面を何とかする、とイツキは言っていたのだが、どうも覚えていないらしい。
地味に衝撃を受けていた筈だが、やはり、衝撃とはいえ所詮地味な衝撃であり、地味程度では記憶には残らないということか…
まあ、それはともかく。
覚えていないならそのまま始める…わけにもいかないので、一から説明をする。
ミエリアを連れて行くとは先ほども言っていなかったが、とある理由から元々そうするつもりでいたのだ。
とある理由は後ほど。
そして最後に、他の者達…まあ孤児たちであるが、入ってこないように見張っているように指示する。
もはや強制であるが、サリーは気にすることもなく承諾した。
子供達に害が無ければ、疑うこともなく了承してしまう程度には、イツキに感謝を覚えているせいなのだが…。
ちなみに、サリーは感謝の念によりやや従順になってしまったが、イツキはこの心の動きは狙っていたわけではない。
つまり、偶然なのだ。
イツキの自分中心の行動でも、サリーにとっては感謝を抱く、大袈裟に言えば救いの行動になっていた、ということだ。
化け物と言っても過言ではないスペックのイツキが、地球で孤立することも、全ての者に嫌煙されることもなかった。
それは、仲間を大切にする以外にも、無意識の行動とはいえ、結果誰かしらを助ける事に繋がっていたから、なのかもしれない。
さて、わざわざサリーに見張りをさせてまで目を避けているのか。
それは、これらの行われる作業は、度々出現する不気味な色合いをした謎の刀により行われる。
そして、刀自体もそうだが、部屋の中で振り回している光景を見られて、今更何か…不信でも尊敬でも何でも、変に感情を覚えられると面倒だと考えた。
なので孤児達の目に映るのを避ける為に、見張りを置いたのである。
ただ、イツキの刀を振るう速度に目が追いつくことはないと思うが…念のためである。
ちょっとした懸念が晴れたところで、計算の表を使って教える側に回っていたミエリアを呼ぶ。
「ミエリア、来い」
「はっはい!」
孤児たちが静かにしている事と、やけによく通る声のおかげで孤児院内に響き、自分を呼ぶ声に慌てて立ち上がり返事をする。
そして駆け足でイツキの方へ移動した。
イツキの言う事にやけに素直に従うミエリアに、不機嫌になり仏頂面を晒すキースと、何故か今度は不信感を抱かないニーシャ。
それと、何事かと疑問を視線に乗せて見つめる他一同により、一気に疑問と注目を集める事になったイツキとミエリア。
「ついて来い」
「?…はいっ」
しかし、基本周りの目を気にしないか、若干パニックに陥っているのでそもそも気にできず、周りを無視する形になっていた。
イツキの場合元から説明する気などないし、ミエリアは何故呼ばれたのかも知らないので、答えることもなかったが。
要件はまだ言わず木材などが置いてある部屋に入るイツキ。
それについて行くミエリアは、当たり前だが、イツキが入って行った部屋が何の部屋か知っている。
なので、端材が置いてあるだけの部屋に何の用があるのか、自分が呼ばれる理由は何なのかと不思議に思う。
しかし、悩んでも答えなど分かる筈もないし、中に入ればすぐ分かる事であると考え、むんっ、と気を入れると部屋へ入って行った。
「さっさと入れ」
「うっ、すみません…」
しかし、いきなり非難である。
イツキが部屋に入ってからミエリアが入るまで、十秒程度でたいして時間が掛かったわけではないし、ミエリアが足踏みした理由も分かっている。
分かってはいるが、これから先、同じようなことは何度もあるだろうし、その度にいちいち尻込みされて無駄に時間をロスするのは気に入らない。
なので、特に感情もこもらないで淡々と非難だけした。
ただ、入室直後の非難により、ミエリアがせっかく入れていた気合も霧散してしまった。
「それで、ここにどんな用が?」
「その板の表面」
「表面ですか?…うーん、普通ですけど」
「字が書き難いだろう」
流石に部屋に入っただけでは何の用事か分からず、直接聞いて来たミエリアにいちいち遠回しに答えるイツキ。
サリーへは普通に答えていたが、どういう基準なのだろうか…まさかミエリアに、察しが良くなる様に鍛えているわけでもあるまいし。
まあどんな理由にせよ、分かり難い答え方をしている事に変わりなく、そもそも相当鋭くても答えまで至らないであろう程遠回しな言い方である。
「…あぁ!そういうことですか!まぁ、確かにそうですね。いつもの事ですけど、それがどうしたんですか?」
それをミエリアに解ける筈もなく、質問を重ねて行く。
…このやり取りの方が時間のロスだろう、という突っ込みは無しで。
「それを均す事がここに来た理由だ」
「え、どうやってですか?まさかヤスリで削るとか…その為に私を!?」
やっと端材置き場にやって来た理由を話した。
その予想外の理由と、自分が呼ばれた理由を間違って結びつけてしまったミエリアは、そんな事で呼ばれたのかと驚愕する。
どう結びつけ結論を出したのか、それは…
まず、木の表面を均すなら普通はヤスリ掛けしか思いつかないし、ミエリアも例に漏れずそう考えた。
しかし、全ての板を均すとなるとかなり面倒であり、誰も自分からやろうなどと考えないだろう。
そんな中、自分が呼ばれた…つまり、代わりにやらされるのではないか、という流れがミエリアの頭の中で発生した。
しかもその考えが浮かぶと他に理由が思いつかなくなり、自分の考えが正しいと思い込んでしまう。
そして、イツキがそんな事の為に…と驚いたわけである。
「…その様なわけないだろう」
「で、ですよね〜」
一字一句同じではないだろうが、ミエリアがその結論に至った理由を推測し切ったイツキは、あまりのバカな流れに呆れた。
思わず出そうになったため息を飲み込んだところで、ミエリアの考えを否定する。
すっかり思い込んでいたが、いざ否定されれば正気に戻る。
あり得ない考えをしていたと少しだけ反省しつつも、内心ではヤスリ掛けをしない事に良かったと、安心していた。
「まあいい。それで、ミエリアを呼んだ理由だが…私がこれを均す方法を見せる為だ」
「均す方法を、見せる…ですか。それって…」
本人は隠しているつもりでも、ミエリアは隠し事に向いていない質なので分かりやすい。
況してや、読心ができ勘が鋭いイツキでは尚更であり、ただ見て聞くだけでも浮かんでいる感情くらいはすぐにわかる。
その為、ミエリアの内心の安堵が丸わかりであった。
ただ、そこまで気にする事でもないので流してやると、次にミエリアを呼んだ…連れて来た理由を話した。
今度は特にメンドくさい答え方はせず、普通に本当の理由…刀で表面を均す瞬間を見せるという事を話した。
それを見せることになんの意味があるのか、それはミエリアに心境の変化を与える為である。
心境の変化とは、目標を実際に見せることによるやる気の向上や、技量を見せイツキを師として見れる様にする事などである。
と言っても、見せれば済む事であるし、心境云々はむしろ伝えてはダメな部分なので、そこまで詳しく説明はせずに、ただ均す方法を見せるとしか言わなかった。
しかし、簡略して説明した事を、イツキは後悔することになる。
「面白いんですか?」
「……」
(コイツは…アレか?ふざけているのか?)
ミエリアのあまりにもアレな発言により、シャレにならないレベルでイラつくことになった為に。
ミエリアはよりにもよって、挑発しているのかと思うような言葉のチョイスをしてしまった。
だが、それは仕方がないといえば仕方がないのだ。
まさか斬って均すとは誰も思わないし、それを見せる理由がこれからの訓練と、その先の修行に向けてのものだと思える筈がないから。
わざわざ板の表面を均す方法を見せる、その為に呼ばれたと聞かされて、それがどうして修行に関わると結びつけられるか?
なにか見るだけの価値があると考えられても、大抵はミエリアの様にパフォーマンスを見る心構になるだろう。
なので面白いものが見られるのかな?と、真面目に尋ねてしまったミエリアは、別に悪くはない。
そう、悪くはない。
悪くはないのだが、その言葉にイツキは結構イラっとした様で、言葉を発することも忘れただ空気が重くなっていく。
理不尽にも思えるかもしれないが、どこの世も師は大抵理不尽なものである。
「…?……っすいません!そんなわけないですよねっ! 真面目に考えます!」
一向に答えないイツキにどうしたのかと首を傾げ、しばらく自問自答を繰り返していた。
すると、自分の発言を客観的に見る事ができたのか、どの様に思考が至ったのかはわからないが、先ほどの自分の発言が悪かったのかと気づき、ハッとする。
そして、何となくサリーが怒った時に似た雰囲気を、イツキが放ち出したと悟り、すぐさま謝った…ミエリアは悪くないというのに。
さらに、謝った後は本当に真面目に考え出した。
「うーん…」(私に見せる理由?ぜ、全然思いつかない…)
しかし、どんなに真面目に考えようとも、やはり思いつく筈がなかった。
うーんうーんと唸りながら懸命に理由を探すが、無理なものは無理である。
それでも必死で考えるミエリアは、空気の変化に気づけなかった。
「いや、もういい」
「…え?いやあの、すいません!もうちょっと考える時間を…」
重かった空気は、霧散していた。
イツキから、放たれていたものが収まっていたのだ。
それに気づいたのはイツキが話し掛けてからであり、そのイツキの変化に見放されたのかと慌てるミエリア。
そんなミエリアにイツキは…
「そうではない。悪かったな」
「…へ?」
素直に謝った。
唐突な自分の非を認めるという行為に、ミエリアは思考が停止した。




