58「もう一つ…」好感触、前準備(計算)
〜記入物として使うものについて考えていたイツキ。結局現状維持という結論に至り、部屋を後にした〜
木材、と言うより記入物として使えそうな物が、どれだけあるか把握し終えた戻ったイツキは、はしゃぐ事なく真剣に表を見る孤児たちを目に止める。
その様子に、サリーは嬉しそうに微笑むが、イツキは若干片方の眉をピクリと動かした。
なにも、表の扱いが悪い為にイラついたり不満があった…わけではない。
紙は、机に置いてみんなで見るか、紙が折れない様に気をつけながら1人が周りにも見やすい様に持っていたので、綺麗なままである。
イツキの反応とは悪い意味ではなく、むしろ好感触の反応であった。
それは、孤児たちが静かに表を見ていたその光景に、孤児たちの集中力の高さを知ったのだが、その中にキースやニーシャ、ミエリアの文字が完璧に読める年長組も含まれている。
しかも、この3人の場合はただ見るだけでなく、読めない子達に簡単にとはいえ教える事もしていた。
それも、3人で連携して教え合いながら、自分が気づいていない事もあるのではないか、と自身の学習も兼ねて、である。
教え慣れているところや、何だかんだやる気があることをはっきり確認し、3人の評価…特にキースを上方修正したのだ。
他にも、孤児たち全員の集中力の高さにも、好感を覚えてはいた。
それだけの集中力を発揮していたのだ。
イツキの書いた表は、文字を覚えやすい様に工夫されただけあり、ただ文字が並んでいるだけの表よりよっぽど見ていられる。
しかし、読みやすく覚えやすい工夫が、面白く楽しく見る事に繋がるわけではない。
ましてや、いくら勉強したがる子供たちでも、はしゃぎもせずに静かに真面目に学ぶつもりで見続けることは、意外と難しい。
これが例えば、某有名アニメの青タヌキさんが描かれているのなら、小さい子は喜びやる気も出すだろう。
しかし、読めない子のために簡単な絵は描いてあるが、キャラクターなどの気を引く絵は一切ない。
それに、それほど時間が経っていないとはいえ飽きる様子もなく見続けられる事は、集中力の高さが現れていると言っても過言ではないだろう。
それ以外にも、孤児院という貧しい環境故の物珍しさが集中力を高めているのだろうが、それでも十分感心できるものである。
もし日本で例えるなら、平仮名は気付いた時には覚えているものなので、漢字ドリルだとして…アレを書き取りをするでもなく見続けられるだろうか?
テスト直前の学生ならともかく、普段なら気は乗らないだろうしすぐ飽きる…筈である。
文字が読めない子もいることを考えると、知らない外国語のワークの方が置き換えやすいかも知れない。
意味のわからぬ文字の表や羅列を見て楽しめるのは、ほんの少しの間だけなのである。
さて、イツキの反応の意味と理由は分かった。
そして、イツキが相手の評価を上げる、好感触を持つとどうなるか…
(やはり、表面を平すか紙を作るか?恐らく、ペンは木炭か何か、別のものを使うのだろう。そう考えると、アレは使い難過ぎる)
対応があからさまに良くなる。
所謂、ツンデ……。
といっても、全ての者に同じく対応が良くなるわけではなく、元の評価が普通以上で尚且つ依頼などが絡む場合である。
何の関わりもない赤の他人だと何も思わないし、敵対者ならそもそも好感を持つことはまず無い。
敵対者の場合はその前に命が絶たれているからというのが大半なのだが…それはともかく。
それに、依頼相手でもそうそう評価が上がることが無いので、かなり珍しいことである。
これはイツキ自身の機嫌がいい時と同じくらい希少とされ、地球でも仲間たちが知る限りは十にも満たない。
実際はもっとあったのだが、四六時中一緒にいるわけでもなければ、評価が上がったかどうかなど見ても全くわからないので、少なくなっている。
これは、機嫌が良かった時が希少と思われているのも同じ理由であり、実際もっと多い。
…まあ、余談である。
ということで、今回の場合は先ほど決めた現状維持を辞め、記入物として使う物の質を良くしようと改めた。
理由としては、勉強をするにあたって環境を良くする為で、記入物の凸凹が酷いと書きづらいだろうという気遣いである。
それに、先ほど両手に持ち使っていたペンだが、実はサリーに前もって借りていた物で、イツキの物ではない。
そして、そのペンは羽ペンらしき形状なのだが、割と高めのペンなのかあまり数は無いらしい。
その為、勉強に使うにはもっと安価な物、木炭やチョークのような天然の石を代わりに使うと予想していた。
ただでさえ書き難いのに、木炭や石などを使用すればかなり歪な字になるのは分かりきっており、折角の表が意味をなくす。
それに孤児たちのやる気が減るかも知れない、というのも理由の一つである。
ちなみに、イツキが使っていたペンが羽ペンと断定できないのは、羽ペンらしいペンだけあり、度々インクをつけていた。
ただ、インクを吸わせてから書き続けてインクが切れるまで、かなり文字が書け、明らかに吸わせた量より多く書けた。
その事から魔法的何かがあるのか、素材に何か特殊なものが使われているのか分からないが、とにかく羽ペンとは断定できなかったのだ。
魔力探知には引っかからなかったので、魔法では無いと思われるが。
さて、話は戻し、孤児たちはどのペンを使うかは予想でしかないため、サリーへ尋ねると…
「はい、基本木炭を使っていますよ。木材はたくさんありますし、私たちでもペンの代わりにできる程度の木炭は作れますから。他にも使い道はありますし」
「…ふむ」
「それが、なにか?」
「いや、それだと書き辛いだろう…とな」
予想通り木炭を使うようだ。
というより、普段から木炭利用しており、木材が余っている事から自分たちで作っているという。
そんなに簡単に作れるものではないように思えるが…空気が入らない密閉空間で燃やせば、家庭でも簡単に作れたりする。
もちろん、口で言うほど楽ではないが、『しっかり手順を知って』作れば例え粗悪な質でも、ものは作れる。
サリーは博識のようだし、知っているということだろう。
それに木炭は消臭や湿度管理以外にも色々と使い道があり、数本あると中々便利である。
ただ、いきなり聞かれたことに疑問を覚えていたサリーは、何か思案している様子のイツキに、その疑問をぶつける。
すると、イツキの意外な気遣いがみられた。
「それは、確かにそうですね。字も歪んでしまいますし。平らな板はあまり多くはないですから、仕方のないことです…」
サリーもそのことは理解していたが、10人もいる中で綺麗な板などを選んでいては、とても終わり切らない。
なので仕方がないと諦めていたらしい。
しかし、大切な子供達のことであるし、諦めきれないのだろう…葛藤が見え隠れしていた。
「それは私が解決する」
「っ、どうやって…?」
「後だ。それより、もう一つ、表を書かないといけないのでな」
「表、ですか?文字以外ですよね。ですと計算ですか」
その中で天からの一言。
地味に衝撃を受けているらしく、敬語が抜けていた…ただ、後回しにされたが。
後回しにするだけの理由がイツキには有ったので、納得の上その理由であるもう一つの表について考えるサリー。
といっても、そう難しいことではない。
文字の表は、もはや付け足すことなど思いつかないほど完成されたものであり、他に作るとなると計算しかないのだから。
イツキも、サリーの出した結論に肯定し頷く。
「しかし、紙は…」
「まだある。数枚だけだが、事足りる」
「それ程使っても良いのでしょうか。これでは金貨すら…」
「気にするな」
ただし、更に表を書くとなると更に紙を使うことになり、合計すれば10枚を超え、つまり金貨が飛ぶのと同価になる。
いくら何でも使い過ぎではないかと、あまりの金額に若干声が震えるサリーだったが、イツキは一言だけで済ませその場を後にした。
その、全く気にしていないイツキの様子に、本当に気にする必要がないのだと気付いたサリー。
表を書くためか、机に向かって歩いていくフードを被ったローブの後ろ姿に、頭を下げた。
…まだ、顔は見せていない。
*****
席に着くとまたどこからともなく数枚の紙と2本のペンを取り出す。
すると、キースのみが気づき、また何かを書くのかと興味津々の体で近づいてくる。
他の者たちはまだ文字の表を見るか、教えていた。
「なんだ、また書くのか?」
「…ああ」
「ふーん。…げっ、また両手持ちかよ。どんな頭してんだ……器用過ぎだろ」
予想通り、真っ新な紙を正面にペンを持つイツキの姿に、また別の表を書くのかと確信したキース。
何を書くのかは分からないが、文字の表は枚数は足りているし、別のものだろうと考えながらイツキの手元を覗いた。
そして、またしても両手で書いているその状態に、また呻き若干引く。
そうそうマネのできることではない、結構凄いことであるとは分かっても、まるで別の生き物のように別々に動く両手には気味悪さを感じてしまう。
何より、それを実現させられる頭と、改めて実感する手元の器用さに絶句する。
ただ、気味悪くとも見続けていれば慣れてくるもので、余裕が出てくると何を書いているのかにも意識を割ける。
やっと何を書いているのか理解した。
「数字…計算か。…うっわ、また綺麗な字」
(煩いな)
数字の並び、その下には数字分の点が書かれていた。
さらにその下には足された時の動き、逆に数字の上には引いた時の動きが書かれてあり、計算の表であると身を持って理解したキース。
ただ、横でブツブツ言われているイツキは、煩いとしか思えない。
別にその程度で文字を乱したり、ミスをするわけではない。
もしくは孤児たちの様に、周りが見えないほど集中すればいいのだが、この程度の作業にそれ程集中を必要とはしないのがイツキ。
さらに、物事を並行してこなす処理能力を持っている為、余計周りの声も拾ってしまう。
スペックが高い事が良いことばかりではない、良い例だ…まあ、贅沢な話である。
そうこうしているうちに今度は4セット書き上げた。
「ほら」
「もう出来たのか。しかも4つか」
『『うわっーー!』』
「なんで、こんな同じ字が書けるの…?意味がわからない」
「わ〜、分かりやすいですね!」
10人全員が固まっている机に出来上がった表を置く。
するといつの間にか戻っていたキースが、呆れた様にぼやき、同時に幼い子たちの歓声が湧く。
ニーシャは相変わらず、イツキの綺麗すぎる字に呆然と呟き、ミエリアは幼い子たちと殆ど変わらぬリアクションをとっていた。
漢字ドリル云々や外国語のワーク云々は、私自身の個人的な考えなので、勉強好きの方などは真反対の考え方かもしれませんが、これも一つの考え方として見てください。




