57「木材だけなのか?」木材、小さな問題
〜イツキの用意していた紙が、まさかの価格…だからと言って動揺も何もないが〜
イツキが使用した紙が…
「1枚だけでも、銀板貨が必要になると思います…これをタダとは…」
「まあ、な」
(銀板貨、だと?質はいいかもしれないが、ギルドマスターの部屋に落ちてた紙が、それ程するのか。いや、嘘ではない、か。まあ、1万程度なら、まだマシか)
なんと、質が良いとはいえ銀板貨が必要になる程高いらしい。
日本円に直せば、1万である…とてもマシとは思えないが。
しかもこの紙、実はギルドマスターの部屋から勝手に持ってきたものなのだ。
床に落ちていて、他にもそこらにたくさん置いてあった為、念のためにと取っておいていた。
それほどの高級紙をタダで貰ったと聞けば、驚くのは当たり前だろう。
依頼書やちょっとしたメモに使う紙ならもっと安いが、イツキ持ってきた紙は明らかに保存するためのものであり、重要な報告書などや論文に使いそうな紙だ。
確かギルドマスターは、他のギルドへ要請をした際に報告書を書かされると言う。
基本、本部に要請をした際しか書く機会はないとも言うが、書く量が半端ではなく100枚を越すとか。
サイズは小さいが、報告書として使いそうな紙が、それも大量に…。
まあ、知ったことではない。
イツキはその事を知らないと思われるが、知ったところで何も思わないだろうし。
そういうわけで、話を進めよう。
「紙もそうですが、正しい書き順をよく知っていますね。私も知らないものもあるので、勉強になります」
「えっ!院長も知らないのあるんですか!」
「えぇ、書き順は拘らない方も多いの。そのせいで色んな順番が広まってしまったのよ」
『へぇ〜』
割と重要な情報を落としてくれたサリー。
イツキが順番を知っている理由は、御察しの通りである。
地球と似た文字から推測し、異世界修正を少し行ったのである。
知っているというより推測であるが、サリーの反応から正しいのは間違いないのだろう。
ちょっとした雑学も披露しているが、やはりサリーもなかなか知識はある様だ。
これは孤児たちも初耳らしく、また知識をつけるのが楽しいのか、楽しげに聞いていた。
知識をつけることを楽しいと考えられる者は、非常に教えやすく物覚えも良い。
依頼は意外と早く終わるかもしれないと考えつつ、ある事を確認する為にサリーへ話掛ける。
「木板を記入物に使うのだったな」
「ええ。先にも言った通り、紙は高いですから。それが?」
「どれ程あるのか、見せろ」
確認することとは記入物…つまり、ノートに何を使うのか。
ここへ来たばかりの時にサリーが言っていたが、別に忘れていたわけではない。
確認が一番の理由だが、紙は使わせない、と言う意味も含まれている。
それから、どれだけ量が使えるのかによっても進めるペースも変わってくるので、その確認もある。
「分かりました。こちらへ」
「ああ。…お前たちはこの表を見ていろ」
『はーい!』
別にイツキの頼み…というか命令口調ではあるが、それを跳ね除ける理由もないので了承し、木材を置いてある部屋へ先導するサリー。
イツキもまさか断られるとは思っていないので、感謝も何もなく当たり前の様に返事をする。
サリーに着いて行く、前に孤児たちへ振り返り、早速表を使わせる。
この孤児院の子供たちは異様に物を大切にするので、紙を破くなどの心配は必要なく、年長組もいるので安心して任せられる。
学校の児童たちの様に揃った元気な返事を背後に、今度こそサリーの元へ歩き出した。
「こちらの部屋に修理に使う木材やその廃材を置いてあります。この中の物はご自由に使っていただいて構いませんので」
「そうか」
一つのドアの前で立って待っていたサリーは、イツキが近づいてくるのを確認するとドアを開けた。
そして中の説明と、自由に使って良いとの許可を出す。
好きに使って良いと言っても、孤児院自体の修繕に使用する木材が大半の為、切り分けない限り大きすぎて使いづらい。
なので使える木材はそう多くなく、ほとんどは木板を使うことになるだろう。
木板はそれなりにあるし、どちらかというと廃材の体をしているのでいい感じに小さく、字を書くにはかなり使えそうだった。
しかし、何故これほど木材があるのか不思議ではあるが、わざわざ買ったわけではないだろう。
それなら好きに使って良いとは言わないだろうし、言いたくもない筈である。
となると街中で拾ってきているのだと思うが、周りは割と石造りの建物が多く、木材を入手できそうな場所はない。
まさか、盗んで…
「これはこの孤児院を支援して下さる方が、ついでにと置いていってくれるのです。お陰でかなり助かっています」
「何だ急に」
「いえ、何となく…?」
いるわけもなく、聞いてもいないのに説明をしてくれたサリー。
急に喋り出したサリーに胡乱気な視線を向けるイツキだが、サリー本人にもよくわかっていないらしいく、首を傾げていた。
なにか勘が働いたのだろう…恐ろしい話である。
まあ、それはさておき。
この孤児院を支援している者…この都市の貴族か、また別の個人・団体なのかは分からないが、わざわざ置いていってくれるらしい。
何故置いていく物が木材なのか、日持ちする食材や生活用品ではダメなのか、そのチョイスが気になるところではあるが、親切な話である。
「木材だけなのか?」
「殆どはそうです。なんでも、費用が掛からずに調達できる物が端材くらいしか無いらしく、木材が多くなると。それでも色々な使い道がありますし、タダで頂いているものですから。不満などあり得ませんし、感謝しかないです」
イツキも、話の流れや部屋の状態からほぼ木材しか無いとは分かっていたが、判断材料が少な過ぎて理由までは確定しきれずにいた。
大した疑問でもないが、解くことのできる疑問をそのままにしておく趣味はないと、若干遠回しに聞く。
すると、詳しく丁寧に説明をするサリー。
お陰でイツキが聞きたかった、何故送らてくる物が木材なのかもわかり、疑問が解消された。
金を掛けずに集められる役に立つ物が端材しか無く、捨てられる端材が木材ばかりなのだと。
***
金を寄付をしている何者かが、それ以外にも何かしたいと思い、他にも寄付をしようと考えた。
しかし、家に寄付に使える様なものなどなく、だからと言って、わざわざ何か物を買って寄付しても意味がない。
買い物に金を使うよりその金をそのまま寄付金に足した方が、物を送るより自分達で買いたい物を選べる分、使い道は多いと考えたから。
正直貰う側からすれば、何でも貰えるだけありがたく、むしろ寄付金だけでも助かると考えるだろう。
しかしその何者かはそうは考えず、しかしとにかく何かしてあげたいと悩んでいると、とある、金が掛からずに集められて、それなりに使えるものを思い付く。
それが、端材であった。
ただ、何故木材ばかりなのかといえば。
ここからはサリーも知らぬことだが、この都市は大した規模では無いのにも関わらず様々な職人が多く、更に腕の良い職人も多い。
なので端材はよく生まれる。
しかし、喜ぶべきか嘆くべきかはその者次第だが、腕がいいと端材も少なく更にはリサイクルを自分で行う為、良い質の端材は手に入りにくい。
なので、リサイクルがし難く、かつ地味に余る木材ばかりが集まるのだ。
更に余談だが、この都市がやけに職人が多い理由とは、中央の大陸で5指に入る鍛治師が本拠地を構えている為である。
***
(しかし、木板はどうしてもノートの代わりとして使うには適していない。ならば、さらに紙を取ってくるか。それか私が作ってもいいが…手間がかかり過ぎる)
割とどうでもいい疑問が解消されたが、すると次は、そこまで気にはならない程度の問題が浮上した。
どんなに頑張っても、木の板では紙のノートの様な使い方など出来ないこと。
持ち運びが不便であり裏表2ページしか無く、更に凸凹が酷くまともに字など書けたものではない。
しかし、木の板の数は沢山ある為2ページだけでもよく、孤児院内でしか使わないので持ち運びなどは問題ない。
文字を覚え計算をできる様にするだけなので、綺麗に字を書く必要もない。
つまり、そこまで気にする必要はない問題となるのだが、問題は問題であり、さらにその打開策もある。
一から紙を作るという、結構面倒な方法で。
トイレットペーパーや牛乳パックの様な元があれば簡単に作れるが、草や木から作るとなると薬品が必要になる事もある。
他にも型や網目状のものなどが必要になってくる。
と言っても、それらを調達するだけならまだいいが、手間と時間がもの凄くかかる。
それならこのまま木の板でやっていくか、ルビルスからパクってくる方がマシだと思うほど。
だったら何を悩むことがあるかといえば、どれを取ってもデメリットがあるから、なのだが…
(まあ、いいか。このままで)
あっさり、今のまま木の板を使っていく方向で行くと決めた。
どれを取ってもデメリットがあるなら、一番手間も掛からない選択肢を選んだだけである。
それに、板の凹凸が気になるのであればイツキが直せばいいだけのことであり、直すことは難しくない。
ヤスリ掛けなんて言う面倒なものではない、もっとシンプルなイツキならではの方法…
(板があまりにも書き難いのなら、斬ればいいだけの話か)
ただでさえ薄い板を、凹凸部分だけ斬り落として平す、というもの。
木の板自体にダメージを与える事なく、それこそ、まるでヤスリ掛けをした様な綺麗な断面を作り上げることができる、それがイツキである。
まあ、余程書き難い時のみの対処方ではあるが、問題は解決した。
もう端材置き場に用はないので…
「戻るか」
「そうですね、戻りましょう」
部屋を後にした。
因みに、だいぶ長い間考え込んでいた様に思うかもしれないが、安定の高速思考をしていた為10秒も経っておらず、サリーも気に止める事もなかった。




