56「写し書きに使え」順調に進み過ぎた罠、前準備(文字)
〜あっという間に、2人に新たな力を授けたイツキ。やっと依頼は移れる?〜
2人へ読心付与が終わったところで、やっと依頼に戻る…
「理解したか?どちらも転化可能だと」
前に、教える切っ掛けになったのは、読心ができればその防ぎかたも分かる、それを理解させる為であった。
そして、2人には実際に覚えさせたので、イツキの言っている事が理解できたのか確かめた。
極僅かな時間で済んだとはいえ予定外のことを組み込む程、理解させることにムキになっていたのだ。
本題であるそれを確かめるのは、当然であろう。
「う、うーん…今なら、分かる、ますけど」
「習得途中は、あまり実感がなかったですね。どちらかを覚えているから、もう一方も覚えられる…という感じはあまり」
「…」
(つまり…アレか)
しかし、2人の反応はイマイチだった。
シンヤもサリーも、イツキの言いたい事はわかっていそうだが、納得のいかない顔をしていた。
その2人の反応に、イツキは何故こうなったのか思い当たる節があるようで、その理由になんとも言えぬ脱力感のようなものを感じていた。
一体、何が原因なのか、それは…
(短い期間で、躓くこともなく簡単に習得出来過ぎた…と。これは、私の詰めが甘かったか)
1時間やそこらという、極僅かな時間で会得してしまったこと、である。
あまりにトントン拍子で進んでいったために、イツキの主張する転化云々が効果を表す前に習得し終わってしまったのだ。
長期間掛かるか、かなりの高技術な読心術でないと転化の効果を実感し難い、という事をイツキは…知っていた。
知ってはいたが自分で発見した事ではなく、珍しいことに仲間に指摘され始めて気づいた事である。
そして、自分で見つけたわけではないからか、その事か頭から抜けていたらしく、イツキは本領発揮で2人に短期間で習得させてしまった。
結局転化ができることを理解させる、という事を達成させ切れずにここまで来てしまった。
これは、イツキ自身が考えているように詰めが甘く、そのせいで珍しくミスをしてしまい起きた事。
人外スペックでも完璧ではない良い例である。
「まあ、少しでも理解はできただろう」
「…うん、一応ね」
「しかし、何故そこまで拘りを?」
「別に。では、これで終了だ。後は自分で磨け」
納得はしていなくとも理解はできている、これが2人の状態であり少なくとも理解はしているのだ。
それならば、完璧ではないが達成でいいかと、特別授業を終了とした。
サリーがそこまでムキになる理由を質問するが、イツキは答える事なくその場を去った…同じ孤児院内だが。
*****
やっとの事で、孤児院内のゴタゴタが全て解決した。
ミエリアについてはまだまだやる事はあるが、今日はもうする事はないので取り敢えず、全て解決したといえる。
なので、一番の目的…依頼の準備を片付けていく。
まずは、孤児たちの前に立ち声を上げる。
「さて、色々あったが、改めて説明する。私はここに文字や計算を教える為に来た。期間は明日から毎日、依頼人が十分と判断するまでだ」
声を張り上げる…というほど大声ではないが、普段よりは声が大きくよく声が通り、少し遠くにいた子にもしっかり届いていた。
サリーとシンヤとで話をしていた様子を見ていた者たちも、他のことに夢中になっていた子たちも、イツキの突然の声に何事かと騒ぎ出す。
イツキの言葉を正確に読み取れたのはミエリアやニーシャなど、一部の賢い者たちだけであったが、何となくニュアンスは伝わったらしく、喜ぶ幼い孤児たち。
しかし、年長組…ミエリア、キース、ニーシャは全く違う反応をしていた。
どうも、イツキが依頼できていた事をすっかり忘れていたようで、3人は驚愕の事実を聞いたような顔をして、固まっている。
「今日は準備で来た為、特に何もしない…が、明日以降はしっかり行ってもらう。しかし、私はあまり此処にいられない」
「えっ!」
「はあ?」
「……?」
しかし、明日以降、あまり孤児院にいられないというイツキの言葉に反応した2人と、それをきっかけに1人が再起動した。
「え〜…」(なんでですか〜…それじゃあ、何時するんですか…)
ミエリアは、力の制御を何時やるのかという不安から、驚きの声を上げ…
(何言ってんだ?それでどうやって教えんだよ?)
キースは、イツキの実力を知らない為に、その短い時間でどう教えるんだと割と真面目な事を思いつつ、小馬鹿にして…
(そんなに、気にする事あるかな?)
ニーシャはその2人…特にミエリアの大げさな反応に首を傾げて、黙考していた。
「私がいない間も勉強が出来るよう、その為に今日準備に来た」
「ふーん」(な〜んだ)
次に何かを思ったのはキースのみであった。
バカだバカだとは言っても精神的な話であり、知能が低過ぎるわけではないので、イツキが準備をしていると話せば納得はした。
実は何も考えていないバカが来たのでは、となれば追い返してやったのに…と、イツキに伝われば恐ろしい様な事を考えながら。
ちなみに、イツキはいつでも読心をしているわけではないので、心で悪口を考えたからと言って直ぐにバレる事はない。
ただ、イツキが多少でも意識を向けていたら詳細はわからずとも、悪口を考えているくらいは分かってしまうので、悪事を安易に行うのは避けるべきなのだ。
「そして、今から準備を開始する。そのついでに軽く教えるから、こちらへ集まれ。以上だ」
何故、イツキが孤児院全体に話し始めたのか、疑問に思う者がやっと現れだしたところで、丁度理由も語られた。
イツキがどの様な準備をして、ついでにどの様に教えるのか興味が出て来た一同。
イツキが話を締め近くの机に着いたところで、教わる予定の10名が寄ってくる。
全員が揃った事を確認すると、どこからともなく紙とペンを取り出し、まるで漫画の様にサラサラ〜っと何かを書き記していく。
「……っはあ!?」
「う"、何アレ…」
『『スッゲー!』』
「わっ、イツキさんすごい事しますね!」
「…あれって、にんげんわざかな?」「…どうなのかしらね?」
机にB4サイズの紙を数枚並べ、ペンを両手に持ち同時に書いていく。
そのあまりの光景に、呻きながら若干引いてる者や、何故こんなことができるのかと目を剥き声を張り上げる者。
目を煌めかせて面白そうに見つめる無垢な子たち、純粋に褒めて何故か喜んでいる者。
そして、埒外の光景に呆然と呟く姉妹など、様々な反応が見られた。
地味に特技として自慢できそうな事をやってのけるイツキだが、今までの所業と比べると見劣りしてしまうのは…まあ、仕方のないことか。
しかし、孤児たちにはそうは写らずはしゃいでいたが、年長組は書いていたものを見て、ミエリアですら絶句していた。
イツキがまず書いていたのは…
「自称年長組みは見なくてもいいが、他はこれを見ろ。取り敢えず一覧を作ったから、写し書きに使え」
文字の一覧表である。
それも、書き順を表す矢印と数字をと、2〜3単語例がつけてある、文字を覚えるのにかなり有効な表である。
1セット3枚組、それを3セット作ってあり、数分で作り上げたのだ。
しかも、王都の貴族たちが挙って欲しがりそうなほどの出来で、字自体もかなり丁寧で綺麗に書かれている。
もし王都で販売しようものなら、銀板…いや金貨すら飛び交うかもしれないほどである。
それをものの数分で書ききった。
年長組には、出来栄えがどれ程凄まじいのか理解はしていなかったが、とても分かりやすい表を短時間で書き上げた事に、二の句を継げられなかった。
「うっわ、すっごいきれいな字。キースにぃちゃんとはぜんぜんちがう」
「おい、余計なこと言うなよ!…いやいや、これと比べちゃダメだろ」
「そうよね…私だって、比べものにならないもの。ヘコむわよ…」
小さい子の無邪気な発言で、気を取り戻したキース達。
しかし実のところ、キースの字は決して汚くない。
サリーが懇切丁寧に教えきった成果であり、ただ周りの者達…サリーやニーシャ、ミエリアなどが綺麗すぎるのだ。
綺麗な字にも種類があるが、サリーやニーシャは惚れ惚れする様な字を正確に書き、ミエリアなどは読みやすい良い字を書く。
それに比べてしまうと、特に上げるべき点がないキースは下に見られてしまう。
しかし、そのニーシャが比べものにならないと言うほど、イツキの字は整いつつも、パッと見でどの字か分かるほど見やすく、正しく書かれている。
他にも、たくさん字が書いてあるのにも関わらず見にくいと言うことがなく、むしろ見やすい程バランス良く並べて書いてあるのも、字が綺麗に見える理由の一つかもしれない。
字を覚えるのに自信がなかった子も、もっと綺麗に書きたいと思っていた者も、これなら『イケる!』とテンションが上がっていた。
ニーシャは、完全にイツキを教師として見るようになり、尊敬の目すら向けるようになった。
ミエリアは特に変わらないが、これで依頼達成の大きな一歩を踏み出したと言えるだろう。
「どうしたの、そんなに喜んで…あら、まあ。随分と綺麗な字ね。……これは」
「?どうしたの、いんちょー」
すると、騒ぎを聞きつけてサリーがやってきた。
先程までは勉強はまだしない、4歳児達の面倒を見ていたのだが、あまりの盛り上がり様に気になってしまい、やってきたらしい。
そして子供たちの目線を辿り、理由を察した。
あまりにも綺麗な字で書かれたソレを、一目で文字を覚えるためのものだと見抜き、しかしあまり驚きはしなかった。
イツキならこれくらいやってしまいそうだと考えていたらしく、落ち着いた反応だったが、文字の下…紙を見て驚きを露わにする。
「この紙は…」
「どうした」
「どこでこの紙を?」
どうも、紙自体に気を引かれたらしい。
特に心当たりもなく、若干眉をひそめて問うイツキに、どこで手に入れたのかを逆に問うサリー。
質問で返されてほんの少しだけイラっとしたが、改めてサリーを伺うとかなり混乱していることがわかった。
なので、とりあえず素直に話す。
「貰った」
「っ…この紙を、ですか。これはかなり質が良いです。多分…」
貰ったと言うが、実は貰ったのではない。
しかしサリーにはその嘘を見抜くことはできず、信じてしまう。
そしてタダで貰ったと解釈し、あり得ないと思いながらその理由を話していく。
紙の質は確かに良く、日本でも意識して見れば綺麗に見えるくらいには、白く不純物の少ない紙であった。
「1枚だけでも、銀板貨が必要になると思いますよ…」
衝撃の値段である…




