53「それが…日常だった」いつかSを超える、誘ったワケ
〜ミエリアのお願いを先回りして口にしたイツキ。もちろん承諾するだろうが、その前に〜
ミエリアにしてみれば、お願いを言おうとした時にいきなり許可が出たことになり、一体何の事かと戸惑ってしまった。
つまりいきなり了承したイツキが悪いのだが、自覚があったのか…いや、さっさと話を進める為だろう。
もう1度、今度は詳しく話す。
「あっはい。でも何で…」
「元々、私から提案するつもりだったからな」
「……どうしてですか?」
それでようやく、お願いを引き受けてくれた事を理解した。
しかし、何故内容が分かったのか迄は理解できるはずもなく、つい聞いてしまう。
そしてイツキはほんの一瞬考えを巡らし、真実を告げた。
元々というのは、シンヤを追いかけてた際に立てた計画に含まれていた、という事である。
答えが返ってくると思っていなかったらしく、また、返答の内容が驚きであったミエリア。
驚きの衝撃が強かったのか一周回って逆に冷静になり、多少間は開いたものの、静かにその理由を問いた。
「お前は、普段からかなり力を抑えているだろう」
「はい。分かるんですね」
「ああ。それで、力を抑えず完璧に扱えたなら…」
(あのギルドマスターなら下せるだろうな)
ミエリアが再度尋ねてくることは予想済みであり、もちろん返す言葉も決めてあるので、逡巡はなく答える。
いきなり理由を言うのではなく、前置きを置いてから。
その前置きは、サリーにも言っていたことだが、ミエリアは普段から力を抑えており、抑えている状態でもドアを吹き飛ばす。
それならば、もしその力をフルに使えたら、ギルドマスターであるルビルスすら勝てる…いや、圧倒できる。
イツキはそう考えていた。
もちろん、戦闘技術を叩き込んだ場合の話であり、制御できたら直ぐに強くなるわけではない。
いくら力が強くとも、ただの少女が振るう暴力は、死線を乗り越えてきたルビルスには通用しないだろう。
それに、未だ未知数な魔法という存在もある。
元とはいえ、人外と呼ばれるSランクにいた実力者であり、Aランクのリレイですら足元にも及ばぬ膨大な魔力を所持している。
その魔力が行使されれば、身体能力の差など無いも同然の威力を発揮するだろう。
つまり、今ルビルスすら超えると伝えても仕方がないので、ミエリアには伝えずに心中に留めた。
「扱える様になると…なんですか?」
「…ん、ああ。お前に必要になるかは知らないが、戦闘力は跳ね上がるだろう」
しかし、イツキが途中で話を止めた理由なと知る由も無いミエリアは、続きを促す。
内心で冒険者やサリーの道に役に立つのではないかと、期待しつつ。
そしてイツキが口にしたものは、ミエリアの期待通り、冒険者にしてもサリーと同じ道にも間違いなく必要なもの…戦闘力の上昇であった。
冒険者は基本的に魔物などと対峙する為、戦闘力は必須と言える。
役割にもよるが、冒険者として生きていくなら戦闘力はあるに越した事はないのだ。
そして、サリーの道…つまり暗殺者であるが、戦闘力が必要かと言うと微妙なところである。
暗殺に必要な事は速やかに対象を殺す事であり、それを達成するには寧ろ戦闘は避けなくてはならない事である。
闇に紛れるなり何なりで隙を伺い、一撃で対象を殺し気付かれずに直ぐに離脱…という流れが理想である。
ただの殺し屋なら真っ正面だろうと何だろうと構わないのだろうが、暗殺者は違う。
迅速かつ的確な判断力と、気配を殺し、奇襲する完璧なタイミングを計る力、そしてそのタイミングまで集中を切らさずに耐え忍ぶ力がいる。
他にも急所を的確に狙う技術など、沢山必要なものはあるが、戦闘力はやはり必須というものではない。
まあそれでも、何だかんだ言ってもあるに越した事はないので、役には立つだろう。
ただ、ミエリアは別に暗殺だ何だに詳しいわけではないので、強ければ何とかなると考えて細かい事は気にしていなかったりする。
なので戦闘力が上がると聞いて、どちらにでも役に立つと喜んでいる。
期待に胸を膨らませていた事と、イツキの言葉が期待通りであった嬉しさから、ミエリアは全く気にも留めていないが、イツキの返答には間があった。
それは、他の事へ思考を割いており意識を取られていた為に、反応が遅れてしまったから。
かなり珍しい事なのだが、異世界に来てからというものの、滅多にしない反応や行動を連発している。
意外と異世界に来た事に動揺でもしているのか…まあ、それはともかく。
意識を取られるほど、一体なにを考えていたか、それは…
(実際どれ程の身体能力があるのか、未だに判断がつかないが…恐らくあいつと並ぶか)
ミエリアが力を制御できる様になり、戦闘などの技術を叩き込んだ時にどれ程の戦力になるか。
また、何をどう教えていくかなどを頭をフルに使って考えていた。
その為に反応に遅れたのだが…実はイツキ、自分でも気づいていないが育成がかなり好きなのだ。
まだまだ先の、ミエリア強化計画をつい立ててしまい、意識のほとんどを向けてしまう程に。
イツキが無意識とはいえ、育成にハマったきっかけがある。
それは、仲間に何年も指導していた事であった。
目的は自衛ができる様にする為であるが、その内、自分の描いた通りに育て上げる事にハマってしまっていた。
それ以降、直接指導するのは仲間だけではあるが、計画を立てるなどは割と嬉々と行っていた。
『その時、心なしか目が輝いていた』とは、計画を立てているイツキを見かけた仲間である女性が、鼻血を垂らしながら漏らした談である。
ただし、本人は無意識であり仲間たちも指摘しなかった為に、ほぼ趣味になっていることに本人は気づいていない。
という理由から、夢中になっていたわけである。
ちなみに、ミエリアがどれ程力を抑えているのか把握しきれていない為、潜在才能が断定できていなかった。
むしろそのせいで夢が膨らみ、夢中になってしまっていた、ともいえる。
中学生の妄想みたいなものである…本人には怖くて言えたものではないが。
そしてあいつとは、イツキの仲間のうち2番目に総合能力が高く、イツキの予想を超えて才能を発揮した逸材の者のことである。
イツキ直属の部下では数少ない女性の1人で、容姿端麗・文武両道と素晴らしい人物に見える。
ただし中身が非常に残念であり、日本のオタク文化にハマり、特に異世界モノにどっぷり浸かった。
また、イツキへの忠誠と敬愛は本物であるが、度が過ぎており度々仲間達に引かれることも。
イツキが本心で笑った顔を見た瞬間に致死量の鼻血を吹き出し、和やかな場が一気に混乱の場へ姿を変えた、という話が最も有名。
『天は人に二物も三物も与えるが、代わりに大事な何かを持って行ってくれる』とは残念美女を表した、別の女性の嫉妬混じりの言葉である。
…さて、盛大に話が逸れたが。
結局、イツキがミエリアに、制御の話を持ち掛けようとしていた理由が未だに説明されていない。
浮かれていたミエリアだったがその事には気づいた。
「あの〜、それで、私が例えば強くなれたとして、どうして…その……」
「理由がまだだったか。私は今戦力を欲していてな。つまり…」
前置きの意味は分かったが、それがどう理由に繋がるのか分からず、しかしなんて聞けばいいのか、言葉が見つからず、だんだん尻込んでいく。
そこでようやく、未だに理由を話していないと気づいたイツキ。
どうもまだ、意識は強化計画に引っ張られているらしい。
ただし、一度認識してしまえば本来のスペックが発揮し、すらすら話を進める。
「私は時が来たこ─で─ど──いも───をせつ─する予定だ」
「…ぇ?」
「その時、お前に──して───と─ている。…どうだ?」
正直、何を言っているのか全く理解できないが、何故かノイズが走ってよく聞こえないのだ。
これには周りで耳を立てていた幼児や、こっそり音を拾おうと頑張っていたニーシャは驚いて、ガン見までしていた。
ノイズが走った理由はもちろん、イツキがとある方法で雑音を振り撒いたからである。
「そ、それはっ…どういう」
「そのままの意味だ。…そうだな、昔話と、先程の話をしようか」
「…?昔話、ですか。先程というのは…」
「人攫いたちの事だ。何か聞きたいことがあるのだろう?」
当たり前のことではあるが、雑音を振り撒いたのは周りの者へだけであり、イツキの声はミエリアには普通に聞こえた。
なのでイツキの語った予定と、自分に話を持ち掛けた理由を知ったミエリアは、その内容にただただ驚き、つい分かっていながら意味を聞いてしまう。
ただ、自分にも好都合な提案であると理解し、何故その予定をしようとするのかを尋ねる。
その予定とは、世間一般からすればそう思いつくことではないし、行おうとも思わないことだから。
イツキはその予定を立てた理由を説明するために、イツキの過去と先程のシンヤを連れ戻す際の虐殺シーンを上げる。
しかし、先ほどの事と言われてもピンと来なかったミエリア。
アレだけ気になっていたはずだが、その後の出来事により塗りつぶされてしまったのか、或は唐突に変わっていく話についていけなくなったか。
忘れていては困るので、イツキは都市の外へ蹴り出した事だと思い出させた。
「先に、先程の事を話すか…いや、何が聞きたい」
「…なんで、あんなに簡単に、殺せるのですか…?」
ミエリアが無事思い出させたと分かったところで、話を切り出す。
しかし、先程の事を話すと言ってもミエリアは全てを見ていたのだから特に話すことなどなく、質問形式で答えていくとにした。
聞きたい事を促されたミエリアが真っ先に聞いたことは、一切の躊躇いもなく草でも刈るかの様に人を殺していった事。
実はミエリアは、サリーに憧れがある為か、命が軽い世界という環境も手伝い、前から殺人という行為に忌避感はあまりなかった。
しかし、それでも自分の手で殺せるかと言ったら頷けないし、躊躇もするだろう。
さらに、サリーを目指す可能性も高まった事から、躊躇いをなく殺せる理由を一番に聞いた。
そしてイツキは、答える。
「それが…日常だった」
「っ!?」
過去の話にもつながるが、イツキも殺しを日常としていた、と。
全てを理解したわけでは無さそうだが、それでもミエリアは驚愕を顔に貼り付けた。




