47「いいのか?」院長、同業者からの願い
〜部屋に呼ばれたイツキ。用事とは〜
*サリー*
唸りながら出て行くミエリアを見て、ほんの少し前の事を思い出す。
──ちょっとしたミスで、人を殺しかねないのよ?
そう言い放った時のミエリアの顔は、思い出すだけで胸が苦しくなる程悲しみに歪んでいた。
「そうだったとしても…」
例え、その様な顔をさせてしまっても守らせなくてはならないルールがある。
思わず、覚悟もなしに人を殺してしまえばタダでは済まないから、大きく傷つく前に止めなくてはならない。
そして目指して欲しくない未来がある。
血塗られた人生にどれだけの幸せがあるのか…
だからこそ止めたいのだ…多少傷つけてでも。
〜〜〜〜〜
「………殺しかねないのよ?」
「っ…」
そう口にした途端、ハッとした次の瞬間には歪めた顔を伏せるミエリア。
きつい言い方をしたとは思っているし、他にも言い方はあった…それでも今回の動きは悪過ぎたのだ。
それに、別の意味もある…ミエリアに人殺しなどして欲しくないという。
その事がわかっているのか、顔を伏せたっきり何も言わない。
シンヤの寝息だけが響く静かな時間が流れる中、躊躇いがちにミエリアが口を開いた。
「ごめん、なさい…」
声を震わして放った言葉は謝罪。
いつもの元気さなど全く見受けられず、ただただ暗い空気をまとっていた。
きつい言葉で、強く叱ったから…だけではなく。
約束の重要性はしっかり理解できているから、破った事に対して罪悪感の様なものを強く感じてしまっているのだろう。
サリーはそう捉えていた…実は別の罪悪感が覗いていたのだが。
そのことに気づかず、思考する。
昔からミエリアは、一つの事に集中すると完全に周りが見えなくなる為、以前にも何度か叱る事はあった。
しかし大人へ近づいたからか、最近は落ち着きが出てきて何事ともなかった。
物は壊すことはあっても、致命的なことは一切なかったのだ。
なかったのに、今になって暴走したから強く言いつけた。
「ちゃんと分かってはいるみたいだから、いいわ。だけど、しっかりするのよ?」
「…はい」
「はいっ、ここまでよ。そんなに落ち込まなくていいのよ。みんなに心配されるわよ?それに、今でも頑張って抑えているのは知っているし、よくやっていると思っているもの」
「それでも、ダメダメです…」
思っていたよりも深く落ち込んでしまったので、言い聞かせることは止めた。
どうも此処を飛び出した後何かあったらしいのだが、そのことを聞く前にシンヤは寝てしまった。
そのことが原因なのだろうかと思いつつ、確認の為もう一度念を押せば、返ってきた返事は変わらず暗い。
空気を変える為に手を叩いて明るくしようとする…ついでに孤児院の子どもたちを引き合いに出して。
こうするとよく効くとサリーは知っている…何せ自分もよく効くから。
すると伏せっぱなしだった顔を上げたので、やはり効果はあったと自画自賛しつつ、励ますつもりも含めてよくやっていると褒める。
自分で落ち込ませながら励ますとは、と自嘲しながら。
実際よくやっていると思っている。
大の大人、それも男性ですら持て余す…ではぬるい表現になってしまうほどの異常な力。
その力をただの女の子が持っている。
ただ生活しているだけで自滅してしまいそうな力を、抑えながら子どもたちの世話もしているのだ。
これをよくやっていると思わなければ、何がよいのだろうか、と。
なので本心だったのだが、ミエリアはそれでも納得しない。
「それなら…」
「?」
そんなミエリアをみて、力を使いこなす為の方法…あまり気が乗らない、しかし最も良い選択肢を提案してみる。
しかし躊躇ってしまい、間が空いた為にミエリアが不思議そうに見つめてくる。
そして意を決して、言う。
「イツキさんに、頼む?」
「え!?」
「…どうしたの?」
ミエリアと同じく、細い体とは裏腹にかなりの力があると思われ、それもほぼ完璧に使いこなす、Eランクなどあてにならないでだろう冒険者。
自分の生い立ちすら見抜いているのではないかと。
そして、恐らくエミリアの事をお願いすれば日常生活程度ならどうにかしてくれると、そう考えている。
引き受けてくれるかはともかく。
その事を提案すると、やけに驚くミエリアに何かあったのか尋ねる。
「何故、イツキさんに頼むのかと思いまして」
「あら?つまりメアにも考えがあったの?」
どうやら、何故イツキに頼むという案が出てきたのか不思議だった様だ。
それも、頼むには不適格という意味ではなく、同じ考えを持った理由が不思議というニュアンスで。
その事から、ミエリアもイツキへ頼もうとしていたと気づき、少し意外に感じたサリー。
イツキが例の件を頼む相手として良いか悪いか判断できる場面など殆どなく、サリーはキース持ち上げる際しか思いつかない。
そんな少ない判断材料で、イツキが良い相手だという考えに至った事が意外だったわけである。
しかし、此処で思い出す…孤児院の外で何かがあった事を。
もしや、イツキの実力の一端でも見る機会があったのかと、少し慌てて尋ねる。
「ねぇ、メア。シンヤを追いかける時に何かあったの?」
「…えっと。はい、それが…」
少し躊躇っていたが、何があったのか話し始めた。
そしてその内容に、驚きを隠せなかった。
まず人攫いに出会った事、さらにその相手は手練れだと思われる者であったこと。
捕らえる事が難しいとわかると即座に口封じに目的を変える、的確な判断ができる様な者たちがそこらの人攫いなわけがない。
1人は魔法まで行使したという。
冒険者で言えばCランクパーティーにすら届くのではないかと思われる、それ程の人攫いがこの都市にいる事が驚きであった。
何より、その人攫い達を瞬殺したイツキ。
その時のイツキによる人攫いの処理の方法を聞き、予想以上の実力者の可能性にまた驚く。
それと同時にとある考えを強め自分の推測が正しい事悟る。
「だから、イツキさんに頼ろうと」
「はい…あんな動きができる人なら、もしかしたらって、思いまして」
「…ねえ、メア?」
「はい?」
ミエリアの言い分はとても納得のできるものであり、イツキによる人攫い達の処理の様子を見て頼ろうとするのは、もはや必然といえる。
まあ実のところ、ミエリアはイツキによる人攫いの処理を見る前から、力のコントロールの助けを頼んでみるつもりであった。
魔物と戦う冒険者なら、力の使い方も熟知している筈なので、多少なりともコントロールの助けになると思っていたのだ。
その為度々、なにかの篭る視線をイツキへ向けていたのだ。
イツキを頼ろうとした理由は分かった。
しかし、ミエリアの目にとある感情が浮かんでいる事に気づいた。
まさかと、勘違いであって欲しいと願いながら尋ねる…予想通りなのだろうと、心のどこかで分かっていつつも。
「もしかして、昔の私を…目指しているの?」
「……」
どういうことかといえば、サリーが昔就いていた職業のこと。
その事を聞かれたミエリアは、黙りとして答えない…しかしその沈黙が、サリーの問い掛けを肯定していた。
そして先ほど、ミエリアが感じていた罪悪感が別のものであったと理解した。
サリーがして欲しくないと言ったことをミエリアは望んでいた…過剰に言えば裏切りと言え、その裏切ることから罪悪感感じていたのだと。
そこまで考えが至ると、再度尋ねる。
「本当にまだなりたいと思うの?──
そしてサリーが昔、何をしていたのか…
イツキが実力者だと推測した理由が、サリーの昔の職業に繋がる。
そこまで深く足を突っ込んではいなかったが、それでも立派な…イツキの同業者。
そのためにイツキから感じた死の気配…そこから実力者の可能性を導き出した。
そう…
──暗殺者なんて」
イツキと同じ、暗殺稼業である。
まあ、イツキの本業は何でも屋であるが。
〜〜〜〜〜
結局それ以降会話は無く、取り敢えずミエリアは退室させ冒頭に戻る。
ミエリアに殺人者になどなって欲しいとは思わない。
だから殺人に忌避感を強く持ってもらおうとしてきたのだが…
暗殺者云々はともかく、ミエリアの力について、イツキにお願いすることはもう決まったので、イツキをこの部屋へ呼ぶ様お願いをしておいた。
しかし、あの様子では呼び忘れて少し時間が掛かるかと考え、シンヤの様子を見る。
「ん、ぅ」
「…ふふ」
先ほどの話の最中も眠っていたので聞かれたという心配はない。
シンヤの可愛い寝顔に、つい笑い声が漏れてしまった。
そしてふと、頭に昔の光景が浮かぶ…それは孤児院の院長を務めようとした切っ掛け。
ミエリアと、シンヤとの出会い。
少し思い出に耽っているとドアがノックされた。
ミエリアが出て行ってから時間が経っていた様だが、直ぐにイツキがこの部屋に来なかったことから、予想通り用件を伝えるのを忘れていたのだろうと予想した。
いつの間にドアの前に来ていたのか、もう気配を読むなどできなくなってしまったな…と考えたところで、元からかと苦笑いを浮かべる。
「どうぞ」
そして入室の許可を出した。
*****
*イツキ*
部屋に入るとドアを閉めず先に一言。
「何の用だ」
「そうね、とりあえずこちらに来てくださる?」
開閉一番に出た言葉は愛想の欠片もない、随分な言いようである。
しかも尋ねておきながら、ミエリアが振り回されている異常な力、そのコントロールの術を教えてあげて欲しい。
そういった類のものだろうと予想済み。
しかしサリーは特に動じず部屋の中へ誘う。
恐らく、イツキが何の用事でこの部屋に呼ばれたのか、分かっていることが分かっているのだろう…ややこしいが。
そして言葉通り部屋に入ってドアを閉めると、サリーの対面となるイスには座らず壁に寄りかかる。
「分かっているのでしょうが、ミエリアについてお願いがあります」
「力のコントロール、か?」
「ええ、その通りです」
できれば座って欲しかったのだが、無理に座らせる理由もないと話を進めた。
そしてお願いを口にする。
内容はイツキが先に言ってしまうが、その通りであるためサリーは肯定した。
「もちろん、報酬はお出しします。ご希望に添えるかは不明ですが」
「いいのか?」
流石に依頼の延長として行わせるつもりは無く、期待に添えるかは分からないが別に報酬は出すと言う。
孤児院の運営で大した金はなく、使える道具の類も持ち合わせていないので、そういった言い回しになってしまったが。
そしてイツキは、間をおかずに質問を返した。
なぜそこで素直に答えないのか、そこで余計なアクションを入れるから面倒ごとによく会うのではないか?
まあ、それはさておき。
『いいのか?』という言葉に含まれる意味とは…。
言い回し、わかりにくいでしょうか?
当たり前のことですが、私はなんのことだか理解しているので、説明などを無意識に端折っている可能性に思い至りまして。
どうしても説明文などが自分の主観となってしまい、読者様には分かりにくいものになっているのかと。
どうでしょうか?




