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45「覚えておこう」通ずるもの、漸く一歩

〜シンヤとミエリアを無事連れ戻したイツキ。教師事の依頼はどうなるのか〜

 サリーとシンヤに続き、イツキを含め全員が孤児院に戻った。

 すると今さっきのシンヤのお出迎えにはいなかった、気絶していた筈のキースが不機嫌そうに座っていた。

 どうやら、イツキたちがいない間に目覚めていたようだ。

 しかしシンヤ達の出迎えにはいなかった。

 何故、出迎えにいなかったか、それはサリーが事前に、大人しくしているよう止めていたからである。

 気絶する程頭を強く打った後である、大人しくするのはあたりまえだろう…本人は大変不服そうではあるが。


 不機嫌な理由は他にもあり、孤児院を飛び出そうとしたのに失敗…するどころか格好悪く気絶する始末。

 それで気絶している間にシンヤが飛び出し、それをミエリアが追っていった。

 その2人を連れ戻すのに向かったのは気に入らぬ冒険者。

 機嫌がマイナスに傾くのは分からなくもない。

 そんな不機嫌なキースが、シンヤの方へ顔を向け口を開いた。


「シンヤ…」

「…うん」

「ここを飛び出すなんて何やってんだよ」

「………は?」

『……え?』


(お前が言えた事ではないだろう)


 シンヤの名前を呼び溜めに溜めて放った言葉は、自分を棚にあげた事。

 本人は大変真面目に言っている…言っているのだが、飛び出そうとしてカッコ悪く失敗した事を根に持ち、無事飛び出せたシンヤへ八つ当たりしているようにしか見えない。

 てっきり叱られるのかと思い、深妙な態度で次の言葉を待ったシンヤは、掛けられた言葉に数秒の間呆然とする。

 叱られたは叱られたが、その内容は予想外も予想外だった。


 周りの者たちも、ミエリアや幼い子達ですら呆然とし、次には心の中で『何言ってんだコイツ』と呆れていた。

 イツキですら『お前が言うな』と思ってしまうあたり、キースは相当ズレている。


「…ん?なんだよ、こっち見て」

「いーえ、何でもないですよ。それより、もう大丈夫なんですか?」


 周りの者たちほぼ全員にジト目で見られている事に気づき、それでも自分の発言がおかしかった事には気付けないキース。

 ミエリアやニーシャなど、多少なりとも頭の回る者達はキースの様子を見て更に呆れを強くし、心中でもっと自身を客観的に見れるようにと願っていた。

 どうせ無理だろうと、分かってはいたが。

 そのまま無言でいるのも不自然なのでミエリアが代表して答えると、話を逸らすかのように気絶していた件を問う。


「…おう、大人しくしろとは言われたけどな。別に痛くもなんともないんだけどな」

「そうですか!よかったです!」


 ドアにぶつかり気絶した件を掘り返され、なんとも言えぬ気分になり少し言葉に詰まるが、既に問題ないことは伝える。

 出迎えにいなかった理由の通り、大人しくさせられていることを不満気に語りながら。

 そのことを聞き、本心で喜ぶミエリア。


 シンヤを追いかけてから孤児院へ戻る道中では、その様な素振りは見せなかったが、キースがドアにぶつかる原因を作ったのは自分だと思い、強く責任を感じていた。

 なので無事だとわかり安心と喜びが強かったのだ。

 念の為に…別に自分が責められることを免れたという安心ではなく、大切な人に傷つけてしまった不安が解消された為の安心である。


「…」

「…」


 と、ここでミエリアとキースの間に気まず気な空気が流れ出す。

 突然どうしたのかといえば、整理がつき落ち着いた事で忘れていた事を思い出したのだ。

 何をといえば、イツキを教師として可か否かで言い合いになり、キースが出て行こうとした事である。

 ここで重要なのが言い合いになってから今まで、仲直りらしきことは一切していない事。

 今までは、ミエリアはキースの気絶やシンヤとイツキのもたらした衝撃で、キースは頭に物理的に起きた衝撃で、言い合いの事は忘れていた。

 しかし整理がついた途端その時の事を…感情を思い出してしまい、2人同時に気まずいと感じてしまったのだ。


 急に黙り込んだ2人の空気が周りに伝わり、静まる孤児院。

 しかしその空気も霧散する…


「ごめん!」

「ごめんなさい!」

「「…え?」」


 その空気を作っていたミエリアとキース、その2人が同時に謝った事により。

 そして、意を決して口に出した謝罪がまさか被ると思わなかった2人は、これまた同時に固まる。

 本当ならこのまま自分の悪かった事を述べてもう一度謝る、2人ともそう考えていたのだがその機会は去っていった。

 こうして固まる事数秒…


「…ふっ」

「…プッ」

『ッハハハハハ!』


 突然噴き出したかと思うと、大笑いしだした。

 それはもう、可笑しくて可笑しくて…バカみたいだと、邪魔な何かを吐き出すように笑い続けた。


「っはぁ」

「〜っ、いや〜、笑いました!」


 笑い続けて乱れた息を整えるかのように息を吐き出すキースと、吹っ切れたように晴れ晴れとした顔をしたミエリア。

 その2人には、もう気まず気な空気など欠片も存在していなかった。

 どんなやり取りがあり何を思ったのかは分からないが、通ずるものがあったのだろう。

 これで取り敢えず、解決…なのだろう。

 正直突然過ぎて周りの者達…ニーシャやミミリリ姉妹など、事態を見ていた全員が置いてけぼりをくらっていた。


 突如として黙りだした2人が暫くすると急に謝り、固まったと思えば大笑いしだした。

 イツキは知らぬ事ではあるが、ミエリアもキースも『大爆笑』が似合う様な大笑いをする事は滅多になく、それなりに珍しい光景だった。

 ということで事態についていけなかったのだが、まあその様な事などお構いなしにまだ進んでいく。


『うん、ごめん!』

「これで終わり!」

「はい、終わりです!」


 示し合わせた様に、再度…しかしこれで最後という様に謝った。

 ミエリアは珍しく敬語を崩して。

 こうして突如孤児院に訪れた、年長組みの謎行動は終わりを告げた。


 *****

 終わった雰囲気を出していたので、見守っていた組はよく分からないが口を開いた。


「あの、何があったのですか?」

「ふふ〜、何でしょうね〜?」


「なにかはじまった、とおもったら」「きゅうにおわったわね」

「なにしてたの?」

「お前らにはまだ早いな!」


 何があったのかよく分からず気になるニーシャはミエリアへ、直接尋ねるもはぐらかされる。

 キース周辺ではミミリリ姉妹が仲良く状況整理をしていた…何も変わらぬが。

 キースへ直接尋ねた子はヨウ君…もといヨツトウなのだが、キースはそれに答えず何故かドヤ顔で胸を張っていた。


 訳は分からずとも、元の孤児院の空気へ戻っていた…が。


「あ、ミエリアさん。院長が呼んでいますよ?」

「…はっ!」


 実はこの場にいなかったサリー…そのサリーがミエリアへ手招きをしていた。

 恐らく、後で部屋へ来いと言われていた件だろうが、すっかり忘れていたミエリアは怒られるのかと、ピシッという効果音が似合いそうな姿で固まる。

 このまま石でいられたらどれだけ楽だろうかと現実逃避していたミエリアに、タイムリミットが来た。


「メア?此方に来なさい?」

「は、はい!直ちに!」


 サリーが直接声を掛けてきた為に…それも普段子供達には使わない丁寧な口調で問いかける様に。

 これがかなり頭にきている証拠である事を、普段からよくやらかすミエリアは知っていた。

 その為ビクビクしながらサリーの元へ向かっていった。


 その様子を見送った本主人公であるイツキは、覚悟を持って近づいてくる気配を捉える。

 そちらの方へ振り向けば、明らかに自分を目的に歩いてくる男の子…キースがいた。

 その後ろには、また喧嘩でも売るのかと心配になりついて来たニーシャもいる。

 そしてイツキの前まで来ると、フンッと鼻息をはいて口を開いた。


「とりあえず!先生は認めてやる!ただヘタクソだったら追い返すからな!」

「そうか、覚えておこう」

「っ!キース君?!」

「それと分かってると思うけど、俺はキース!ニーシャと同じく読み書きと簡単な計算はできる!よろしくはしないぞ!」


 嫌がっていた、イツキによる勉強をとりあえずはと認めたキース。

 喧嘩を売ると思っていたニーシャは予想外の言葉に、驚きつい名前を叫んでしまった。

 それを無視…というより気づかず、知っているだろうけどと前置きをして自己紹介をした。

 実はサリーや他の子たちに、キースが気絶している間に自己紹介をしたと聞いていたので、ついでに言っておこうと考えていた。

 最後まで捻くれている紹介だったが。

 イツキも若干挑発気味に答えた。


 さて、自己紹介自体はまだ残っているものの、イツキが先生をやる事に反対する者はいなくなり漸く一歩前に進んだ。

 平和だった孤児院にここまでトラブルを引き起こし、一歩進むだけでかなり時間がかかってしまったイツキ。

 まだ予定時刻は過ぎていない為特にイラつきもしていないが、この調子で上手くやっていけるのだろうか?

 大変不安を感じる始まりとなった、教師事の依頼であった。


 *****

 *サリー、ミエリア


 サリーとミエリアのいる部屋へ移り。


「し、失礼します…」

「来たわね?それでは、そこに掛けて?」


 ビクビクと怯えながら部屋へ入ったミエリアを迎えたのは、横になってスヤスヤ眠るシンヤとそれを撫でるサリーであった。

 サリーはミエリアを目に止めると、近くの椅子へ座るよう促す。

 未だ治らぬ口調に更に震えるミエリアであったが、ここで素直に従わねば更に恐ろしい事になると大人しく椅子に座る。

 そしてサリーが口を開く。


「何故、ここに呼ばれたか…分かるかしら?」

「うっ。え…と。院長の声を無視してシンヤ君を追いかけたり、物を壊したり…」

「そうね、それもあるわ。それじゃあ、一番悪かった事は何か分かっているかしら?」


 まさしく、これから怒りますと言わんばかりの前置きに、確定してしまったと呻くミエリア。

 怒られる理由は今日自分で作ってしまった為、素直に例をあげる。

 ミエリアが上げた理由に問題はないらしく、その通りと頷くとサリーは更に問いを重ねる。

 この質問が一番重要なのか、少し力が入っている。


「…院長の言葉を、無視した事…ですか?」


 ミエリアはサリーのここまでの質問で、何故ここまで怒っているかを理解した。

 そこまで怒られる理由だと、自分でも分かっていたから。

 その理由は、サリーの制止の声を振り切ってシンヤを追いかけた事、いや…


「そう、その通りよ。私の言葉はしっかり聞きなさいと、言ったでしょう?」


 サリーの言う事を無視して動いた事。

 ミエリアが小さい頃からサリーとの約束であり、破ってはいけないルールでもある。


「貴女は落ち着いていなくてはいけないと。物を壊すだけならまだいいのよ。けど貴女は…」


 今後、こういった事のないよう言い含めなくてはいけないと、少しきつく言う。


──ちょっとしたミスで、人を殺しかねないのよ?


 と。

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