43「ここだな」恐怖の込もらぬ目、都市の外へ
〜人攫いに囲まれる2人を、計画のためにとわざと助けないイツキ。タイミングを待つとのことだが〜
*ミエリア、シンヤ視点。
屋上でタイミングを伺っていたイツキ。
しかし様子を見だして1分も経たぬうちに、自体は動き出した…イツキの予想通りに。
「おい、そろそろ動かねぇと」
「…そうだな。大人しくしろよ?手荒な真似はしたくはない…が、必要なら躊躇いなどない」
「まぁ、臨時収入ってやつだからなぁ、お前らは。無くなったところで痛くもねぇわけだぁ」
「っ…」
犯罪集団である彼らは、長時間同じ場所に留まることはよろしくないのだろう。
黙りの2人に痺れを切らした可能性もあるが、再び大人しく着いてくるよう促す人攫い達。
どうも自分の意思で着いて来させたいらしく、脅しを挟みつつも未だに強制させない男達だが、しかし少しづつ2人へ近づいていく。
ジリジリと、一歩にも満たない短な距離ではあるが、大の大人達が近づいて来る様子はなかなか恐ろしいものである。
シンヤも多分に漏れず、恐怖から顔を引きつらせミエリアにしがみつく。
呑まれていた後悔すら吹っ飛ぶのだから、その恐怖は推して知るべしであろう。
しかしそのシンヤの様子に、ミエリアは焦りは抱いていたが、恐怖など全くなかった…いや、シンヤを傷付けられたらという恐れはあるが、人攫いへの恐れはないのだ。
少し話は逸れるが、目は口ほどに物を言う、とよく言われる。
命の危険があるやりとりをする者達にとって、相手の考えや感情を読み取ることは、生き延びるためには必須といえる。
そんな彼らは、目は口よりも何よりも物を言うと考えている。
そして、今ミエリア達の前にいる人攫い達も、周りへの警戒を疎かにしない程度にだが、2人へ目を合わせて動いていた。
だから気づいていた。
臨時収入としか考えていなかった、獲物でしかない2人のガキのうち、女の方は自分たちへ、一切の恐怖を覚えていないことに。
この状況で恐怖を抱かぬ者がいるとすれば、それは打開策を持っているか、圧倒的な何かを有しているからだろう。
その可能性があるために、男達は力尽くという選択を未だ取れていなかったのだ。
「…もうやるぞ。死ななければいい、多少の傷は容認する」
「仕方ないでしょ」
「くっ!」
「最悪ぅ、殺すしかないかなぁ?」
そう、取れていなかった…それは過去の話。
これ以上は黙って見てはいられないと、多少状態が悪くなっても構わない、力尽くで捕まえる事になってしまった。
今までは若干躊躇う素振りのあった人攫いだったが、1人の言葉で意思統率がなされたのか、全員の雰囲気が変わった。
それは戦闘態勢に入ったための変化。
ミエリアもシンヤも雰囲気の変化には気づたため、ミエリアは焦りが…シンヤは恐怖が強まる。
そして様子見の為か、1人の男が飛び掛かった。
シンヤは恐怖が振り切れ、目をぎゅっと瞑りつつ、ミエリアにしがみついていた手を離していた。
そして、男の手が2人…というよりミエリアに迫り、それに続こうと他の男達も構える瞬間──
「やあーっ!」
「がっ」
──その男が吹っ飛んだ。
それも地面と水平に飛び、その勢いのまま壁に激突し、これで1人脱落。
そして、この状況に似つかわしくない可愛い掛け声と共に、男を吹き飛ばしたのは…
「ちっ、こういう事か」
「……っ」
そう、ミエリアであった。
ドアを吹き飛ばすような力を、全力で男へぶつけたのだ。
ミエリアのなかに恐怖がなかった理由。
それは簡単に吹き飛ばせるような相手に、しかも守らなくてはいけない者が近くにいるなか、恐怖など覚えていられなかったから。
舌打ちと共に警戒を強める男達と、無言で男達を睨みつけるミエリア。
「これはぁ、どうするよぉ」
「多少の傷は、むちろこっちが受けちゃうね。まだ狙う?」
「予定変更だ。見られる前に殺すぞ」
異常な力を目の当たりにした男達は、捕らえる事を諦め口封じの為に、目的を殺害に切り替えた。
これにはまずいと焦るミエリア。
シンヤはもはや周りが見えていない。
先程は無力な相手と侮っていたから、ミエリアでも殴る事ができたが、今は違う。
更には、殺さない様にという枷があった為に、馬鹿力だけでも抵抗できそうであったが、その枷も無くなった。
もう捕らえる事は一切考えず、全力で殺しにかかってくるはずだ。
特に訓練も受けていないミエリアが、対人のプロとも言える人攫い達に抵抗できるわけもない。
「いくぞ!」
「はいよ」
そして3人は短剣を取り出し、なんと1人は魔法の詠唱を始めた。
そして3人が一斉に飛び掛った。
ミエリアは…シンヤを抱え男達の隙間をすり抜け、逃げ出した。
その行動に、まさか逃げられるとは考えていなかった男達は驚愕を顔に貼り付ける…
「残念でした」
「予想通りぃ」
「やれ」
「『ファイヤーランス』」
ことはなく、予想通りだと魔法を行使させた。
詠唱が終わっていた為に、瞬間に発動された魔法は、攻撃性の高い炎で象られた槍。
そして弓矢の如く進む炎槍に、ミエリアも諦めてしまったのか、シンヤを強く抱きしめ目を瞑る。
そして槍先がミエリアに刺さる直前…
「ここだな」
フードを被った何者かが降ってきた。
その何者かは、手に持つ刀を下へ落ちる勢いを使い、『ファイヤーランス』を上から貫き地面に縫い付けた。
縫い付けたと言っても一瞬の話で、直ぐに霧散し、魔法は消えた。
フードを被った者、それはイツキであった。
タイミングが来たらしい。
「何者だ!」
「バカか!逃げろ!」
突如として現れ、魔法を消し去った人物に、誰何する魔法使い。
そして他の3人のうち2人は即座に斬りかかった。
しかし、落ち着いた口調の男が声を荒らげ、止めようとした。
イツキを見た瞬間に、自分たちではどう足掻こうと勝てないと、逃げるしかないと気づいたから。
しかし間に合わず、2人はイツキへ短剣を振っているところであった。
仕方がないと、自分だけでも逃げようと反転し…
「逃すわけがないだろう」
そんな声が聞こえた気がした。
そして気づけば空高くにいた…と認識した時、何故ここにいるのか疑問に思う暇もなく、男の意識は黒に塗りつぶされた。
*****
再びイツキに戻る。
処理を終えたイツキは、振り返りミエリアを視界に入れる。
するとイツキの目に映った人物…ミエリアは呆然としていた。
イツキが何をしたか…それは。
先ず斬りかかってきた2人の首を即座に切り落とし、頭と体を都市の外の森へ蹴り飛ばした。
次に魔法使いを蹴り飛ばしつつ首を斬り、壁にぶつかり伸びていた男を腕力だけで上空に投げ飛ばし、これまた首を斬った。
そして最後に、こちらに背を向けた男にも首を切り落とし頭と体を都市の外へ蹴り飛ばした。
イツキ達のいる地点はかなり外側なので、そこまで遠くはないが、それでも数百mはある。
しかし、外までしっかりと蹴り飛ばせていた。
イツキが首を斬ってから蹴り飛ばすまでかかった時間は1人あたり1秒未満。
壁にあたり伸びていた男だけは2秒ほどかかっていたが、合計でも5秒掛っていないのだ。
これはルビルスの様なレベルでやっと、目で追える速度である。
因みに、最後に男が青空を見られたのは、首だけになっても一瞬は意識が残っていたからである…まあどうでもいいか…。
常人には目で追うことすら不可能な速度で行われた処理は、はたから見たら、急に次々と男達が消えた様にしか映らないだろう。
ミエリアが呆然としているのも仕方ない事だ。
いきなり、勉強を教えてくれるはずの冒険者が助けてくれた、と思ったら男達が消えたのだから。
そして、上の空になっていたミエリアが、口を開く。
「い、今の…なんですか……?」
「今のとは?」
「…っ」
恐る恐る…ありえないものを見てしまったかの様に、声を震わせる。
今起きたことは何かと。
何を聞きたいのか理解していながら、聞き返すイツキに、意を決して再度尋ねる。
「今動きは…あんな一瞬で5人も…」
「ほう、やはり見えていたか」
「そ、それに…こ、殺し…」
「その先は、そいつのいない時の方が良いのではないか?」
一瞬で5人を斬り都市の外へ飛ばした事を、問うた。
そう、ミエリアには一連の動きがしっかりと見えていたのだ。
しかしイツキは驚く事などなく、むしろ予想通りと言わんばかりに落ち着いていた。
ただ、予想通りだったとしても、今の一連と動きを目で追えたその動体視力には眼を見張るものがあり、イツキは感嘆した。
珍しく好意の視線を向けていたイツキであったが、向けられていたミエリアに、そのような事を気にする余裕はなかった。
今の数秒の出来事を目に焼き付けてしまったのだから当然である。
一連の動きが見えていたという事は、首を落とす瞬間も都市外へ蹴り飛ばす瞬間も、すべて見えていた事になるのだ。
流石に人の生き死にを見る事はなかったミエリアは、顔を青ざめさせて殺した事についても、追求しようとした。
だがイツキはそれを途中で遮った。
幼いシンヤがいる今話す事ではない、知らない方が良い事もあると。
未だ周りが見えていないシンヤ。
そもそもイツキがいる事にすら、気づいていない可能性もあるので問題ないと思うが、冷静ではないミエリアにはそこまで考えは至らなかった。
「…そう、ですね。…あの、後で」
「ああ。…戻るか」
その事には納得したのか、今聞く事はやめて後で聞く事にした。
まあ、それでもまだ聞くつもりらしい…大した度胸の持ち主である。
すっかり元気のなくなったミエリアに、後でならと了承し、孤児院へ戻る様促した。
「シンヤ君、シンヤ君。もう大丈夫ですよ」
「…え?…あれ?さっきの人たちは?」
「イツキさんが追い払ってくれました」
「へ?イツキさん…?……っ!?」
寝ているわけではないので、自分で歩いてもらおうとシンヤの名前を呼び、正気に戻すミエリア。
どうも本当に記憶はない様で、目をつぶってから起きた事は一切頭にないらしい。
側にイツキがいる事も、本当に気づいていなかった。
今の状況に頭がついていかないのか、何となく先程の男たちの行方を聞く。
正直に頭と体が分かれて都市の外へ飛んで行きました、と言える筈がなく、追い払った体にした。
イツキの名前が出てここでようやく、すぐ側にいることに気づいたシンヤは、人見知りが発症したのか声なき声をあげ、ミエリアの陰に隠れる。
「シンヤ君、イツキさんは助けてくれたんですよ?隠れないでお礼を言わなきゃですよ…あ」
「?どうしたの?」
「いえ、なんでもないです。ほら、前に出て」
「うん…」
そんなシンヤの様子に、本当に人見知りなのだと再確認した。
しかし人見知りだとしても、命を救ってもらった人へ取っていい態度ではないと、シンヤを諭し、お礼をするよう促す。
その時、自分もお礼をしていないと気づいたのだろう、何かを思い出したかのような声を上げた。
シンヤと一緒に言えばいいと考え、シンヤの肩に手を添えイツキの前に立たせる。
そして…
「助けていただいて…」
『ありがとうございました!』
ミエリアが先に言うと、次には2人揃って頭を深く下げて、大きな声でお礼を言った。
ミエリアは先ほどの出来事を振り払うように、シンヤは自身の人見知りを無視するように、しかししっかり感謝の念を乗せて。
イツキはその2人へ…
「ああ」
と、いつも通り短く答える。
そっけないようにも思えるが、しかし2人には、心なしか声が柔らかく聞こえたのだった。




