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39「抱えていなければ」口喧嘩、固定されたドアは

〜先生として紹介されたイツキ。孤児達の反応は〜

 そして、勉強する事になる子供達だが、もしここが日本なら、それはもう嫌そうな声が上がるだろうが…


「ほんと!?」

「やったー!」

「たのしみね!」「そうね!」

「なにするのー?」

「…え?その人、先生なの?」

「はあ!?そいつに教わんのかよ!」


 肯定的なものばかり。

 この世界では、やはり学ぶ機会などそうあるわけではない為、勉強する事はかなり喜ばれる事なのだ。

 まあ、全てにおいて当てはまることではないし、既に学校に通っているような者には、ブーイングでも起きると思うが。


 それに、肯定的なものばかりなだけであり、中には戸惑いや否定的なものもある。

 そう、計算ができる例の2人である。

 どちらがどちらの言葉かは言うまでもないだろう。


 そんな不満文句など嫌そうな雰囲気を発する2人へ、イツキが口を開く。


「何か文句でも?」

「…いえ、なんでも」

「っは、誰がお前なんかに」


 喧嘩腰に、文句でもあるのかと言うイツキに、誰がどう見ても『不満です!』と取れる態度で、文句はないと否定する女の子。

 しかも男の子に至っては、喧嘩腰で真正面からお断りだと返す。

 若干空気がピリつきまだ幼い子たちが不安がる中、しかし1人の声にその空気も霧散する。

 その声の主とは…


「ちょっと!仲良くしないとダメですよ!」

「…メアさん?」


 ミエリアだった。

 予想外の乱入者に、驚きの目を向ける一同。

 こういった場面で割って入りそうなサリーは、未だ一歩後ろに引いた位置で笑顔を浮かべ、見守っている。

 そして話は続く。


「もう先生はこの人で決まりました!だから仲良く、ですよ!」

「なんでだよっ。これまで通り院長でいいじゃんか!」


(面倒な奴が多いな)


 ミエリアは、もう勉強をしてくれる人はイツキで決まったから、もっと仲良くしろと言う意味で、口に出していたのだが…

 ミエリアの言う、『この人で決まった』という言葉には、本人も気づかぬうちに、別の意味…気持ちを込めていた。

 それは、この人を逃したら、もう次は無いという焦りの気持ち。

 依頼を出してからそれなりに時間が経っており、もしこのままイツキが帰ってしまったら、2度と受けようとする人はいないと思ったから。

 その無意識の焦りが、珍しくも自分の意見を強く推す原因となっていた。

 また、滅多に見ることのないそのミエリアの姿に、しかも気に入らない冒険者をかばうという形に、男の子もつい反発してしまっていた。


 そして2人は、遂に口喧嘩に発展してしまう。


「ちょっとわがままですよ!みんなのことも考えていますかっ?」

「はあ?こんな奴に教わることの、どこがみんなの為になるっていうんだよ!」

「イツキさんのどこが不満だというんですか。頭も良くて教えるのも上手なんですよ!」

「そんなこと知るかよ!院長でいいじゃんか、って言ってんだ!」


 会話…言い合いは成立しているようでしてはいなかった。

 特に男の子の言うことは支離滅裂だった。

 ただ気に入らないことになんとか理由をつけて、先生をやめさせようとしている為だろう。

 そして、ヒートアップした口喧嘩に、周りにいた子供たちは目に涙を溜めてきた。

 恐らく、溢れ出すのも時間の問題だろう。

 この様子でも、院長はまだ間に入ろうとはしない。


 そして言い合い…口喧嘩はミエリアの言葉で終わりを迎える。


「キース君はそうやって、ずっと院長に頼るつもりですか!」

「っ!…メアの、バカ!!」


 ミエリアの言葉に、一瞬愕然とした様な顔をし、何かから目を背ける様に、ミエリアに罵声を浴びせると涙目で孤児院を飛び出していった。


「がっ!」

「…あ」

『…え?』


 …否、飛び出そうとしたが、失敗した。

 扉を吹き飛ばす勢いで出て行こうとしたが、ドアが開かず、『ガンッ』と、かなりの音を立てて額を強打。

 そのままひっくり返って気絶した為に。


 今、ドアはミエリアが壊した為に開閉できる状態に非ず、しかも取り敢えずという事でドアを嵌め込み、固定していた…ミエリアの馬鹿力で。

 固定されたドアは、開かないのだ。

 その結果、男の子…キースが思い切りぶつかっても開かず、思い切り額を打ち付ける事になった。

 その衝撃でドアも外側に倒れてしまったが。


 まあ、それはともかく。

 誰もドアの事もキースの心配もしていなければ、近寄る気配もない。


「……」

『……』

(バカ、か。まさかこの予想通りとは、な)


 余りの展開に頭が付いて行っていない為に。

 それはサリーも例外ではなかった。

 本来なら、キースは無事飛び出し、ミエリアは言い過ぎてしまったと、追いかけるなりその場で落ち込むなり、もっと動きがあっただろうが。

 まさか飛び出す事は叶わず、しかもその場で気絶するなど、いったい誰が考えるだろうか?

 その現実に処理が追いつかず、幼い子たちも含め、孤児院にいるほぼ全ての者が呆然と固まっていた。


 もちろんイツキはその例外である。

 イツキはどうやら、幾つか展開を予想していたらしく、そのうちの一つに当てはまったらしい。

 それでも確率は低いものだったらしく、イツキでさえこの結果に呆れを見せていた。


 そして場が凍りつき、30秒程経った頃だろうか…ミエリアとサリーが復帰し、キースの元へ走る。


「ちょっ、キース君!大丈夫!?」

「メア。揺さぶってはだめよ。安静にさせなくては。取り敢えずベットに運びましょう?」

「あ、あ、すいません!私が運びますね!?」


 つい先ほどまで言い合っていた事など既に頭になく、死んだ様に眠るキースに若干パニックを起こし、キースを揺さぶり出すミエリア。

 頭に強いダメージを受けたキースを揺さぶるなど、冗談では済まない愚行にすぐサリーが止め、取り敢えず安静にさせようとベットに運ぶ事にした。

 自分がキースにトドメを刺そうとしていた事に気付いたのか、更に慌てつつ、怪力である為自分で運ぶと言い出す。


 その、2人のやりとりで場は動き出した。


「キースにいちゃん、だいじょうぶかな?」

「いたそうだったね?」「そうね、いたそうだった」

「すごいおとした」

「…はっ!キース君!?」


 涙を溜めていたはずの幼児たちは、しかし泣く事はなく、キースの行動…というよりもドアにぶつかった事に、ただ驚いていた。

 ひそひそと、ぶつかった瞬間の事を囁き合う幼児たちに遅れ、やっと正気に戻った女の子。

 走ってキースの元へ近づく。


「メア、貴女じゃなくていいわ」

「え…じゃあどうするんですか?」

「ええと、イツキさん。お願いできますか?」


 ミエリアがキースを持ち上げようとした時、サリーが止めた。

 ミエリアは、孤児院内では一番力があると思っているので、自分が運ばないなら一体どうするのかと。

 するとサリーが頼んだのは、イツキ。

 正直引き受けるとは思えないが…


「…まあいいだろう」


 溜めはあったものの、躊躇う素振りもなく了承した。

 そしてそう言うとキースを横抱きに持ち上げた。

 ミエリアもそうだが、イツキは細身からは想像できない力を発揮し、一切体勢を崩すことなく持ち上げた。

 その姿に驚く…者は孤児院にはいない。

 最早ミエリアで慣れているのだろう。

 それでも意外そうな顔は浮かべていたし、ミエリアは全く別の何かを目に宿していた。


「それで」

「え?…ああ、はい。奥に横になれる場所があるので、そこまでお願いします」


 イツキはその周りの反応もどうでもよく、取り敢えず今持っている者をどうするのか、サリーに聞く。

 いきなり続きを促されたサリーは一瞬何かと思うが、イツキの抱える者をみて運び先だと思い至った。

 後は先導して、寝室とは違う、別の横になれる場所へイツキを案内する。

 部屋の中にシーツが引かれている寝床の様になっている場所があり、キースを勝手にその場に横たえた。


「ありがとうございます」

「ああ」

「私はしばらく、この子を見ていますので。申し訳有りませんが、先ほどの広間でお待ちください」

「わかった」


 横たえる場所が合っていたのか、特に指定などなかったのか…何も言わず礼を言うサリー。

 そして、頭を打ち付けて気絶した者を、況してやまだ子供であるキースを、そのままにしておける筈もない。

 その為、サリーは残って様子を見ることにした。

 この場にいてもどうする事もないので、サリーの言葉もあり、取り合えず先ほどの広間に戻った。


 キースとサリーの残る部屋を出て扉を閉めると、不安を顔に浮かべ様子を伺う幼児達がいた。


「ねえ、キースにいちゃん、だいじょうぶ?」

「大丈夫だ」

「!…ほんと?」


 そしてそのうちの一人が、勇敢にも尋ねてきた。

 相手が幼いという事を考えて、何時ものように『ああ』というわかりにくい返事てはなく、しっかり『大丈夫』と教えた。

 …こういった気の使い方はできるのか、それとも依頼の内と捉えているからなのか。

 まあ、それはともかく、イツキの言葉に喜ぶも再度尋ねて確認する。

 意外と疑い深い…。


「ただ頭をぶつけただけだ。頭に何か抱えていなければ、問題ない程度だ」

「あたまかかえる?じゃあだいじょうぶ?」

「知るか。大丈夫だとは思うが」


 やけに疑い深い幼児へ、少し説明を加えたのだが、イツキの言う『頭に何かを抱えている』というのは、病気などの事なのだが…

 幼児にはまだ理解ができず、言葉の通り手で頭を抱える事だと思い、そんな事してなかったから大丈夫だと思った。

 そういった勘違いがあった事をイツキは理解していたが、イツキが見た限り問題はなかったので、訂正せずに大丈夫だと伝えた。


 幼児も納得したようで、それ以降聞いてくる事はなかった。

 ひと段落ついたと、イツキ達のやり取りを見ていたミエリアは、イツキの方へ向かって歩き話し掛けた。


「それじゃ、キース君はいないですけど、さっきの自己紹介の続き、しましょうか!」

「…ああ」

「まずは私から、ですね!先ほども言いましたが、ミエリア、略してメアです!お気軽にメアとお呼びください!ちなみに、最年長で17です!」

「そうか」


 どうやら、先ほどのキースにより遮られた自己紹介を、再開したかったようだ。

 ミエリアは先に済ませていたが、流れを作る為に再度自己紹介をした。

 年齢は初だが。

 こうして、10人を超える自己紹介が始まる。

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