38「…考えているのだろう」枷、気づけた事
〜『物を大切に』その言いつけが枷になっていたと知ったサリーに、イツキが言う事は〜
──子供らしくさせたらどうだ?
イツキの言葉にハッとなった、サリー。
孤児たちが指を、そして物を計算に使わない、その理由を…回りくどく突いた言葉。
しかしその回りくどさも、孤児たちを心から愛し大切に思って来たサリーには、何の妨げにもならず、真意を理解してしまう。
物を大切にさせ過ぎたが為の弊害。
「そうだったの…」
「院長、大丈夫ですか?」
「…えぇ」
珍しく目に見えて落ち込むサリー。
何があったか理解していなくとも、良くないことはすぐに分かるミエリア。
珍しく落ち込む院長の姿に、心配し声を掛けるがミエリアだったが、返ってくるのは気の無い返事。
仕方のないことだろう。
小さい頃から面倒も見てきた子供たちに、貧しい現状故にずっと言いつけてきた、『物を大切に』という方針が、大げさに言えば枷になっていたのだから。
愛していた分、ショックは大きい。
ただ、ここで黙らないのが、我らが主人公。
「暇があるなら変えろ。それが為だ」
慰めの言葉など、ない。
含まれていたのは、叱咤と意味。
枷になっていたのかと落ち込んでいる暇があるなら、変えて枷を外してやれ、という叱咤。
それを今すぐ行うことが、孤児たちにも、サリーにも為になることだと、意味を示す。
失意の中にある者に掛けるには、いささかキツい言葉にも思えるが、慰めはイツキの役ではない。
そのの役割は…
「いんちょー、どうしたの?」
「おなかいたい?」
「だいじょうぶ?」
(こいつらがいる)
そう、孤児たち。
サリーが何りよ愛し大切にした、掛け替えのない者たち。
それはもう、この世の何よりも特効薬になるだろう…だからこそ、逆に深く落ち込んでいるわけだが。
実は来客中により、ミエリア以外の計算ができる2人が、気を利かせて離れさせていたのだが、サリーの落ち込んだ様子から近寄って来たのだ。
「院長、どうされました?」
「何かされたのか?」
たどたどしさのない、しっかりとした口調。
この2人が、ミエリア以外の計算ができる者たちである。
ちなみに前者が女子、後者は男子である。
最初は小さな子供達を抑えていたのだが、途中珍しく目に見えて落ち込み出した、自分たちの母親を見て、駆けつけていた。
女の子の方が一体どうしたのかと、そして男の子は原因であろう来客者であるイツキへ、敵意の満ちた視線を向け、何があったかを問う。
そんな、子供達の様子を見てサリーは…
「…ふふっ、イツキさんは意外と、優しいのですね」
「…なに?」
「いいえ、なんでもありません」
少し、笑いをこぼしイツキを褒め出した。
わざと厳しい言葉をかけたことを、子供達が慰めに来ることを想定してのことだと、理解したから。
イツキとのことを、優しい人だ、と。
その、唐突なサリーの言葉に、言っていることは理解しても聞き返すイツキ。
若干不本意そうな雰囲気を出している。
しかしサリーは笑いながらも答えない。
「はいはい、静かに。心配かけたわね。もう大丈夫だから…」
「え…?あの、大丈夫なんですか?」
「本当か?」
「えぇ、大丈夫よ。まだこの人と話を続けるから、もう少しこの子達の様子を見ててあげて?」
「無理しないでね」
「分かった。ほら、お前ら行くぞ」
そしてパンパンと手を叩くと、心配の声を上げていた孤児達を静まらせ、もう大丈夫だと伝える。
余りに急な変化に、若干呆然としてしまい、つい聞き返してしまう女の子と男の子。
しかし、それなりに長い間、サリーと一緒に過ごしてきた2人は、本当に大丈夫なのだと理解した。
サリーも2人が理解できているの悟ると、まだイツキと話があると言い、もうしばらくの間他の子供達の面倒を見ていてと頼む。
2人は結局折れ、仕方がないと一言念を押し、子供達を引き連れて離れていった。
「うふふ、ごめんなさいね。あの子も、私を守ろうとしてくれただけだから」
「別に」
「それに、ありがとうございます」
子供達を見送る…といっても数メートルだが、まあ見送ると、イツキへ謝罪するサリー。
どうやら、イツキへ敵意の満ちた視線を向けた、男の子と態度を詫びているようだ。
正直、あの程度の視線など気にも止めないし、ましてや、腹を立てることなどあり得ない為、割と本心で気にしていない。
だがまあ、予想していたのだろう。
イツキの返しに特に反応する事もなく、それにと続けて、礼を言う。
何を指しているのかといえば…
「あの子達の枷を教えて下さり…そして、まだ間に合うと、私にはあの子達がいると、気づかせてくれいただき。感謝の念しかありません」
「そうか」
失意の中、イツキが送った叱咤の言葉へのものだった。
いくら枷になっていたことがショックだろうと、何だろうと、そのまま付けっぱなしにするよりも、早く取り除いてやる方が遥かにマシだ。
そして、自分が枷になっていた事にショックを受けているより、子供達を優先するべきだという事を、気づかせてくれた。
また、枷になっていたとしても、あの子達は付いてきてくれるという事を、改めて知る事ができた。
あのまま、イツキに会わずに過ごしていたら、気付く事ができなかったかもしれない。
その為の、お礼だった。
…何だかんだ、今日だけで依頼外の人助も行っているイツキ。
あの、外道っぷりはどうしたのか…まあ良いことではあるが。
「さて、依頼の話に戻りましょうか。どう考えても合格ですが、メアはどう……あら?」
「…うぅ」
「…メア?そんな隅で、どうしたの?」
さて、若干話は逸れたが、依頼の…教師事をするにあたって、どれ程教えることができるか試していたわけだが。
孤児院内の問題もひとつ解決でき、知っていることとはいえ、口頭だけでもかなり分かりやすい教え方に、合格を出すサリー。
むしろここで合格を出さず、何時出すというのか…イツキより上の者など、先ず来ないだろうから。
そういう訳で合格を出したのだが、お試しを受けていたのはサリーだけではない。
サリーを除く孤児院最年長の、メア…もといミエリアがいる。
なので、ミエリアにも一応聞いておこうと話を振ると、何時の間にか近くには居らず、部屋の隅で膝を抱えていた。
その姿は、『ズーン』という効果音がよく似合う暗さを纏っており、一体どうしたのか、サリーは引き気味に尋ねる。
「いいですよぅ、私なんて…私なんて……」
「ど、どうしたのかしら?」
「恐らく…」
しかしブツブツと、聞いている者まで暗くなりそうな事を呟く、ネガティブメア。
流石に、滅多にないその変な様子に、気持ち引きつつも心配してきたサリーだったが、意外と理由は思い至らない。
ここで、イツキは恐らくと前置きを置き、ああなった原因を話し出した。
「お前が落ち込んだ際、心配し近寄ってきた者たちの輪に入れず、除け者にでもされたと考えているのだろう」
サリーが落ち込んでいるのは分かり、心配していたミエリアだったが、理由がわからず、うーんと悩んでいたのだが…。
その間に他の子達が集まってきて、気づけば蚊帳の外。
みんなも理由はわかっていないことは察したが、何となく輪ができていた。
しかしそこにミエリアは入れず、次第に思考がネガティブになっていき、サリーがスッキリした頃にはネガティブメアの出来上がり、だった。
その為、完全に空気になっていた。
「…あら、まあ。それはごめんなさいねぇ。…大丈夫?」
「…。ふぁい…すみません、大丈夫です。…私もイツキさんで、全然良いと思います」
そのことを聞いたサリーは、ただ単純に申し訳なく思い、あまりの落ち込みように今度はサリーが心配する番になった。
そのことに気づいた、という訳ではなさそうだが、迷惑をかけていると思ったのか、謝ると同時に気持ちを入れ替えて、なんとか元に戻った。
それとついでに、イツキが教える人で良いと同意した。
「そう?貴方も無理しないでね?1番頼りになる年長者さんなのだから」
「はい。もう大丈夫です!」
「ならいいわね。それじゃあ、依頼の件はイツキさん、という事で完全に決まりね。まあ、他に当てがある訳でもないけれど。改めまして、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします!イツキさん!」
「ああ」
纏っていた暗いオーラが、だんだん消えてきた事を何となく感じたサリーは、無理をしないようにとだけ注意する。
殆ど元気を取り戻したミエリアは、先程までの様に明るく返事をして、もう大丈夫であることを再度伝えた。
その様子を見て、完全に大丈夫と判断したサリーは、1番大事な話…勉強を教える人がイツキで確定した。
といっても、元からイツキを断る理由はなく、むしろやっときたチャンスを逃したくないという思いが強かった。
ペナルティ依頼になるだけあり、この依頼を受けようとした者は全く居らず、多少の悪点には目を瞑るつもりでいたのだ。
なので、取り敢えずどの程度教えられるか試したわけである。
結果は言うまでもなく、最高であった。
ちなみに、この依頼がペナルティになっていることは、基本的に依頼人は知らない。
もちろん今までの者たち全員、たまたまやってきたのだと思っている。
さて、イツキに任せることが決まり、これで一旦落ち着いた。
イツキに決まったのなら、することは一つ。
それは…
「それじゃあ、イツキさん。こちらに来てもらえますか?みんなに紹介します」
「分かった」
自己紹介である。
子供達の集まる場所へ、誘導するサリー。
「皆、こっちにいらっしゃい。貴方たちに勉強を教えてくれる方がいらしたわ」
そう言って子供達も呼び寄せた。
勉強をする事になるといって、起きる反応といえば嫌そうな『えー!』といったものだが、ここで上がった声とは…。




